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第三章最終話 【恋するピクニック】
しおりを挟む陽が頂点から少し傾き始めた頃草原を、風が撫でていく。
木の枝に吊るしたリュウコクの豪奢なマントが光を反射し、ゆらりと黄金の輪を描いた。
ミサトはおにぎりを咥えたまま、空を見上げて小さく息をつく。
「……ふぅ。まさかピクニックで人生相談になるとはね」
向かいのリュウコクが、子どものような笑顔で言った。
「ははは!たまにはいいじゃない。食後の語りってやつだろ?」
「王様が庶民に世間話してどうすんのよ」
「庶民?ミサトが??あははっ!なら僕の“庶民の先生”はミサトだね☆」
軽口を返す声が、風と笑いに混じっていく。
リリィの端末がぴこりと光った。
『はい。ミサト。お二人とも、ピクニックの定義を少し逸脱してますよ?』
「うるさい、リリィ。今日は仕事忘れなさい」
『はい。ミサト。了解。では、リリィ“社畜AIモード”を解除します』
「うぉぉぉぉいっ!そんなモードあったの!?そのモード永久凍結しとけって!あははっ!」
ミサトが笑いながらツッコむと、草原に柔らかな笑いが広がった。
、、けれど、ふと、ミサトの笑顔が翳る。
「そうだ、、私の番だったね?……じゃあ、、私の“前の世界”の話、してもいい?」
ミサトが膝に居るリュウコクに聞く。
リュウコクが真剣に頷く。風の音だけが残った。
「てかさ~、もう、、あんたいつまで人の膝を勝手に占拠してるつもりなんだい??料金とるよ」
『はい。ミサト。前の世界では“有料オプション”と言う、と~っても“スペシャルなサービス”のことですね』
「こらっ!その言い方やめろっ!なんか卑猥に聞こえるだろって!!」
リュウコクが笑いながら体を起こす。
「ふふっ!ほんとに、今日はいい日だね……。うん、聞かせて。ねぇ、ミサト。君の世界では、どんな日々を過ごしてたの?」
その問いに、ミサトは少しだけ遠くを見た。
風が頬を撫で、どこか懐かしい匂いがした。
「ん~、、……話すと長いよ? 私、前の世界では“社畜”っていう職業だったんだけどね…。まぁ、実際には社畜って言う職業は無いんだけど……」
「うん。長そうだね。長いんじゃまた膝枕してもらお♡」
リュウコクはまたミサトの太ももに頭を乗せ目を瞑った。
「あっ!このっ!本当にお金取るよ、、まっ、今日はいっか。 あのね、私ね、毎朝始発ってやつで出社して、終電ってやつで帰ってたの。上司はパワハラの天才で、“根性が足りない”が口癖。休みの日なんかはさ“自宅勤務という名の幻”よ。あはは」
ミサトは自嘲気味に笑う。
「でも、もっと嫌だったのは、誰もそれを“おかしい”って言わなかったこと。みんな疲れすぎてて、怒る気力すらなくしてた。もちろん私もそうだったんだけどね、、」
『はい。ミサト。……辛くなるならほどほどに』
「うん、知ってる。大丈夫だよ。もう終わった話だから」 風に乗って、遠くの鳥が鳴いた。
ミサトは草を一本ちぎり、指で弄びながら言葉を続ける。
「そんな世界で、私はずっと“自分を支えてくれる誰か”を探してたの。 でもさ結局、最後まで見つけられなかった。どこまでいっても“集団ごっこ”ってやつ…。だからひょんな事から死んで、こっちの世界に来て、神様がリリィをくれてさ、ずーっと一緒にいて、正直ちょっと泣いたんだよね」
『はい。ミサト。……私は、ミサトがこの世界で暮らせるように神のギフトモジュールとして生まれました。 でも“泣いた”という反応、興味深いですね』
「あははっ!はいはい、照れ隠し禁止☆あんた感情芽生えてきてんじゃないの~??」
ミサトが笑うと、リュウコクが肩をすくめる。
「なるほどね。つまり、僕が今こうしてミサトに会えたのは、神とブラック企業とやらの合作ってことか?もしくは運命の赤い糸に惹かれあって…かな??」
「あははっ!その赤い糸引きちぎっちゃっていい??しかもそんなブラックな奇跡ある!?」
『はい。ミサト。照れ隠しはいいですから、、ポジティブ変換力、さすが社畜女王ですね』
「ほぉ~、リリィちゃん、、やり返して来たな??しかも社畜女王呼びのおまけまで付けて!」
草原に三人の笑い声が転がっていった。
ミサトはひと呼吸置いて、改めて空を見上げる。
「……でもね。こっちの世界に来て思ったの。
“働く”って、本当は生きることと一緒なんだって。
誰かを笑顔にしたり、温泉を湧かせたり、街を作ったり。 そんな風に、人を疲れさせない世界を作りたい。 ブラックじゃなくて、ちゃんと“ホワイト”な世界を。死んじゃって、生き返ったんだから、、今度こそ好きな様に生きてやるんだっ!!」
リュウコクは目を細めて聞いていた。
「ミサト、それは……まるで全ての王の理想みたいだな」
「あははっ!リリィに言わせたら私は社畜女王よ」
「あははっ!なら僕は、その尻に引かれるラインハルト王国の王様にでもなるかな!あははっ!」
「なんであんたはもう尻に引かれる前提なのよっ!」
軽い冗談のように聞こえたけれど、その声音はどこまでも穏やかで誠実だった。
「ふふ……」リュウコクが寝転がったまま笑う。
『はい。ミサト。あ~あ、王族と元社畜の距離がゼロです。これは不祥事案件です』
「うるさいってば! もう、あんたは黙ってなさい!」
『はい。ミサト。“あんた”呼ばわりされたAIの悲哀……ログに残しますか?』
「残しませんっ!しかも哀しむんじゃないよ!そんなきつく言ってないでしょ!」
草原にミサトの怒声がこだまし、二人とリリィは、もう何もかも笑いに変えていく。
やがて、リュウコクが静かに身体を起こした。
その瞳は、先ほどまでの茶目っ気をすっかり消していた。
「ミサト」 「んっ?……なに?」
「あのさ、、全部終わって、戦いも終わって、、
こんな幸せな日を毎日送れたら、本当に妻になってくれる??」
言葉が風を止めた。
ミサトの顔が真っ赤になり、頭から煙が上がりそうだ。
「ふぁぁぁぁっ!!ちょっ!な、なに急に……っ、真面目なハンサム顔して、そういうのは、、もっと雰囲気ってもんが、、」
リリィが端末越しにぴこりと跳ねる。
『はい。ミサト。、、これは大スクープ……!』
「ふふっ!機械、今からちょっと見ちゃダメ☆」
リュウコクが布をひらりと掴み、リリィに被せた。
『こらっ!なっ、何も見えませんよ! AIの人権侵害です! うわ、なにこれ、通気性悪っ!』
布の隙間から見える二人の影が、ひとつに重なる。
シルエットだけで、すべてを語るには十分だった。
『ひゃああああ! ミサト!大変! 倫理コードが燃えます!!今すぐ離れなさい!』
リリィの声が響く中、風が吹きリリィの布を運ぶ。
そしてミサトが白目を剥き、頭から煙を出しながら後ろに倒れ込む。
リュウコクがその身体を支えた。
優しく、まるで何か大切なものを包むように。
「おっと、、次は世界が平和になってからだね。うん。……帰ろっか」
その言葉は、夜風のように静かで、やさしかった。
◇◇◇
帰りの馬車、、
窓の外では、夕陽が金色の湖を照らしている。
リュウコクがミサトの肩に頭を預けて眠り、ミサトはその頭にそっと顔を寄せた。
リリィの端末が、かすかに光る。
『はい。二人とも……幸せそうな顔で……。
でもミサト、私、同担拒否ですからね!リュカになった場合は同担拒否ですからね!』
馬車の中にリリィ小さな独り笑いがこぼれる。
黄昏時の風が馬車をくぐり、三人を包んだ。
静かな温もりの中、ミサトはうとうとしながら思った。
、、この世界なら、もう、誰も泣かない会社を作れる。
そうして、また新しい日々が近づいていた。
続
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