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第49話 【西の風と林檎の香り】
しおりを挟む午後の風が湖面をなで、弁当の包み紙をひらりとめくった。
木々の隙間から差す光が、まるで春の様な陽気を名残を惜しむように二人の影を縁取っている。
「ねぇ、リュウコク。悪くならないうちに食べよっか☆」
ミサトが箸を渡すと、リュウコクは素直に受け取った。
口に入れた瞬間、ふっと目を細める。
「……うん、美味しい。この卵焼き……母さんの味に、少し似てる☆」
「えっ?本当??なんか嬉しい」
ミサトが照れ笑いを浮かべると、リュウコクは小さく息をついた。
「今日みたいな日だったなぁ……あのときも」
その一言に、空気が少し変わった。
ミサトはそっと箸を置き、「リュウコクのお母さんってどんなお母さんだったの?」と聞いた。
リュウコクは湖の向こうを見つめたまま、静かに口を開く。
、、あの日も、こんな青い空だった。
◇◇◇
五歳のリュウコクは、丘の上を駆けていた。
母の白いドレスが、風に揺れている。
「待ってよ、母さん!」
「ふふ、リュウコク!ほら早く! お花が逃げちゃいますよ~☆」
色とりどりの花がきらめき、空には雲一つない。
母は地に座り、籠を膝に乗せて笑っていた。
「ねぇ?リュウコク。お父さんね、出会った頃はすぐ転ぶ人だったのよぉ~」
「えぇ~!うそだぁ!あんなに強いじゃんっ!」
母が笑い、リュウコクも笑った。
その笑い声は、午後の風に溶けて、どこまでも優しかった。
しばらくすると、母の表情がふと曇る。
森の奥を見つめる瞳に、かすかな緊張が宿る。
だが、リュウコクにはそれが分からなかった。
母はすぐに微笑み直すと、柔らかく言った。
「ねぇ、リュウコク?今日はアップルパイにしようか?、、先に帰って、お父さんに言っておいてくれる? “お母さん、林檎をとって帰る”ってさ!」
「うん!わかった!」
「道に迷わない様に帰るのよぉー!」
リュウコクは嬉しそうに駆け出した。
その背を切なそうに見つめる母。
陽光の中で、母の声が小さく響いた気がした。
、、、行ってらっしゃい、私の宝物。
◇◇◇
日が沈み、空が茜に染まるころ。
母は戻らなかった。
心配した国王ラインハルトは、まだ幼い息子を抱きしめ、森へ向かった。
風が止み、鳥の声も消えていた。
そして、月が昇る頃、二人は見つけた。
母は静かに横たわっていた。
白いドレスが血で滲み、首元には、、二本の牙の跡。
「えっ?母さん……?」
小さな声が震える。
ラインハルトは何も言わず、ただ妻の冷たい手を握りしめた。風が木々を鳴らし、夜の全てが泣いていた。
、、その日、僕の中の“何か”が止まったんだ。
◇◇◇
ミサトは息を詰めていた。
目の前のリュウコクは、湖面を見つめながら言葉を紡ぐ。
「父さんは獣の仕業って言ったけど、、僕はその後調べたんだ。母を殺したのは、夜翼一族 《ノクティアル》 、、西に棲む、血を糧とする者たち。
何百年も、他国と交わらずに生きてきた。言葉も、法も、約束も通じない。……人の形をしているのに、闇だけを愛する存在。 よく寝る前の話しでね、、“早く寝ない子は西から血吸いお化けが来るよ~”!なんて大人が脅かしたもんなんだ……。まさか実在するなんてね、、」
「それって、、そんな……吸血鬼、ってこと?」
ミサトが呟く。 リュウコクは頷いた。
「僕はずっと調べてきた。文献も、古い歌も、消された記録も。ようやく、あいつらに手が届くところまで来た。マルディアの裏の影に、あいつらの闇がある」
「リュウコク……復讐のために?」
「あはは、、ううん。違うよ☆」
リュウコクはゆっくりと顔を上げる。
「終わらせるために。誰かが、“ラインハルト王国”がずっと泣き続けてきた悲しい夜を終わらせなきゃいけないんだよ」
その声は静かで、どこか悲しいほど優しかった。
◇◇◇
少しの沈黙のあと、リュウコクは食べ終わった弁当をずらしながら言った。
「ねぇ?ミサト、ちょっとだけ膝借りるね♡」
「ちょっ……こらっ!何言って、、!!」
慌てるミサトの声をよそに、彼はすとんとミサトの太ももに頭を預けた。
リリィの端末が光る。
『はい。ミサト。……ミサト、、見逃せるのは今日だけですよ?これはAIとしても倫理的にギリギリです』
「うるさい!ギリギリとか危な目に言うなっ!彼は少し眠くなってしまっただけだ!うん。そうだ!そうに決まってる!」
ミサトが赤くなって叫ぶ。
『はい。ミサト。ふふ、お顔が真っ赤ですよ? 体温上昇。データとして記録しておきましょうか?』
「やめて!!変なログ残すな!!てか!今度からあんたお留守番ねっ!」
『はい。ミサト。えっ?なんで?なんか変な事するんですか??』
顔を赤くしたミサトがリリィをポケットから取り出して軽くつつく。
リュウコクはその様子を膝の上で見上げながら、くすりと笑った。
「……ほんと仲いいよね、君たち。妬けてきちゃうよ」
「だぁぁぁ!仲良くない!!ないったらないっ!リリィがいつも無駄に煽ってくるだけ!」
『はい。ミサト。ミサトがツッコミを入れたくなるテンポで話してくるだけです。しかもいつもイチャイチャして』
「いつ、イチャイチャしたんだよっ!大事な話ししてただろうがっ!そう!正にそれを煽ってるって言うの!!」
湖畔に、くすくすと笑い声が広がった。
リュウコクが目を細めて言う。
「……なんか、いいな。こういうの」
「えっ?どれのこと??」
「この時間。君と、リリィと、風の音。毎日こんな生活が出来たら幸せなんだろうなぁ~☆ねぇ?」
その言葉に、ミサトは一瞬だけ返す言葉を失う。
リリィが小さく囁く。
『はい。……とてもいい空気ですね。記録しておきます?』
「うん。今度は記録しといていいよ」
ミサトの頬に、風が触れた。
ミサトの太ももの上で目を瞑り微笑むリュウコク。
ミサトはリュウコクを拒まなかった。
リュウコクの髪に指先が触れる。思ったよりも柔らかく、少しだけ温かい。
「ごめん。大事な話ししてくれたのにいつもみたいに騒いじゃって……辛かったんだね」
ミサトの声は、湖の波間に消えるほど小さかった。
「ふふ。いつものミサトでいいよ。うん。でも、今は違う」 リュウコクが目を閉じたまま、微笑む。
「ミサトがいるから、僕は“夜”を怖がらなくなった。ねぇ?次はミサトの昔話聞かせてよ♡あっ、、男関係無しね……。僕……すっごく嫉妬するから、、あははっ!」
ミサトは胸が熱くなるのを感じながら、そっと顔をそらした。
「ふふふ、、…そう。じゃあ、今度は私の番ね。じゃあ、、付き合った男の話し全部言おうか??あははっ!」
「えぇぇ!いじわるっ!!そんな話しやだよ!!ミサトが話したいなら聞くけど、、たぶん話し終わる頃、僕白眼で息してないよ、、」
「あははっ!それは困るよっ!、、うん。じゃあこの世界に来る前の話しでも聞いてもらおうかな??」
湖面に映る二人の影が、ゆっくり寄り添う。
風が、遠い西の空から流れてきた。
それは、どこか林檎の香りがした。
続
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