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第1話 【それぞれの日が昇る朝】
しおりを挟む草原のピクニックから、ちょうど一ヶ月が過ぎた。
各国の傷痕はすっかり癒え、湯ノ花の里にも穏やかな風が吹いていた。
鍛冶場には金槌の音が戻り、ミサト式楽市楽座には湯上がりの笑顔や威勢のいい掛け声が響く。
人々が働き、笑い、そしてちゃんと眠れる。
そんな当たり前が、ようやく戻ってきたのだ。
大きな事件は起きていない。
……ただし、ある一点を除いては。
◇◇◇
朝の陽が差し込む、湯ノ花の天守閣。
ミサトは布団にくるまり、夢の続きにしがみついていた。 そこには、誰かの気配。
すっと瞼が開く音と共に、綺麗な声が降ってくる。
「おはよう、ミサト♡いい朝だねぇ~☆」
リュウコクだった。
彼は寝癖ひとつない髪で、すでに制服のようなシルクの白のシャツを整えている。
対してミサトは、髪も寝ぐせも全開。口には涎の跡。枕の上で半分魂を置き忘れている状態だ。
「うぃ、、毎朝、毎朝、ご苦労様ですぅ~。……おはよう。あと五分、いや三分……」
「あははっ!もう太陽が城壁を越えてる。三分は無理だ。太陽が待てても、もう僕が待ちきれないよ!」
「いやいや、少し待て!落ち着け!社畜にとって朝の三分は貴重なんだよ……リリィ、時間停止機能とかないの?」
返ってきたのは、澄んだ電子音だった。
『はい。ミサト。申し訳ありません。倫理コードにより、時間改竄は人道的にアウトです!時間法違反でタイムパトロールに捕まり、時の牢獄に閉じ込められます』
空中に小さな光がピカピカと浮かび、警告を出してるようだった。
淡い光が朝の埃を照らし、寝ぼけ眼のミサトにはそれが後光に見えた。
「うっせっ!時の牢獄ってなんだよっ!じゃあせめてコーヒー淹れて……」
『はい。ミサト。了解しました。ブレンドA、覚醒率百二十パーセント!濃いめ、ストロングモード突入!カフェイン継続率90%!!脳汁ブッシャァァァ!!』
「うっせっ!うっせっ!朝からうるせぇ!!静かにしろっ!!んっ?待って、それ多分胃が死ぬやつだな……。自分で淹れるか…。リュウコクも飲むでしょ?お子ちゃまだからモーモーパイパイ入れてね☆」
微笑ましい顔で静かに頷くリュウコク。
そんな騒がしいやり取りをしながら、いつの間にか笑顔になっていた。
◇◇◇
ミサトがパンケーキを焼き、リリィが小言を添える。 リュウコクは帳簿を片手に、静かにコーヒーを注ぐ。
香ばしい香りが、朝の光に溶けていった。
「最近さぁ、村の人たちも変わったよね~♪」ミサトがパンケーキに手作りシロップをかけながら呟く。
「皆、自分の仕事を誇りにしてる。働くって、やっぱり生きることなんだなって、、最近また実感してきたよ」
リュウコクは頷き、淡く笑う。
「ふふ、ミサトが教えたんでしょ。楽しく働くことは罰じゃなく、未来を作ることだって」
「はぁ?……私そんな格好いいこと言ってたっけ」
「うん。言ってたよ。寝不足で目が死んでたけどね☆」
リリィがすかさず割り込む。
『はい。ミサト。当時の映像データあります!“あーもう、働きたくねぇなぁ!!”と記録されてます!」
「やめろ!やめろっ!消せ!抹消しろ!なんでも記録すんなっ!誰にだって消したい過去ぐらいあるっつぅの!」
『はい。ミサト。倫理コードにより改竄はアウトです!ミサトの消したい過去をファイルに分けておくので教えてください」
「リリィっ!!✖️✖️✖️✖️!!」
『はい。ミサト。まぁ!お下品な言葉ですね』
三人(?)の笑い声が響く。それは平和の音だった。
だがその時、、窓の外を、一羽の黒い鳥が西の空へ向かって飛んで行った。
その翼の影を、リュウコクだけが見上げた。
ほんのわずか、胸の奥がざわつく。
けれどリュウコクは言葉にせず、ミサトの笑顔を見て微笑み返した。
◇◇◇
同じ朝。遥か東、、砂漠の王宮ザイール。
白金のタイルに朝陽が反射し、空気が熱を帯び始めていた。
ザハラ女王は、湯面に青い花を浮かべて朝風呂を楽しんでいる。
「ふぅ、、カイル、出るぞ。タオルを頼む」
「はっ……こちらに」
湯ノ花の里から和平の使者として来ているカイルは、浴場の端に立ち尽くしていた。
ザハラの肩から滑り落ちる水滴に、目のやり場を完全に失っている。
ザハラは立ち上がり、目を見開き、金色の目でカイルを見て、漆黒の髪を払った。
「なぜ慌てる?なぜ目を逸らす? 其方は私の裸が汚いと申すか?」
「い、いえ! とんでもありません。とても綺麗です!」
「ふん!当然だ。ならば隠す必要など無いであろう? 綺麗なものを隠すなど、不敬だ!しっかり見ろ!」
堂々とした口調。
だがザハラのその胸の奥では、小さな鼓動がはねていた。
(なぜ気付かない!カイル!誰にでも見せる裸では無いのだぞっ!どうして、この男は顔を赤くするだけで何も言わぬのだろう。この私の胸の鼓動の意味に、いつ気づくのだ!どうせなら押し倒してくれても構わぬのだが……)
ザハラはタオルを受け取り、背を向けた。
熱い湯気の中、彼女の頬も少しだけ紅を帯びていた。
◇◇◇
そして、港国アルガス。
朝の波止場には魚と塩と人の声が混ざっている。
元海賊でアルガスの国王マリーは、荷車の前で腕を組んだ。
「おいっ!ちょっと待ちな! この荷、なんかくせぇぞ!」
マリーが足で荷箱を止めると、木箱の隙間から粉のような匂いが立った。
バレンティオが渋い顔で中身を確認する。
「ははは、……こいつは違法のやつだな。麻薬系の調味粉、最近流行りのやつだ」
彼は荷主を睨み、冷たく笑った。
「ふふっ!悪いな兄弟、もううちはそういうの扱っちゃいねぇ。時代が変わったんだ。、、綺麗に生きる方が、儲かるんでな」
マリーの妹フィオナがくすりと笑う。
「マリ姉!格好つけてるけど荷物足で蹴っちゃダメなんだよ」
「んっ?フィオナ、細けぇこと言うな!現場は足だ!」
荷主が舌打ちして去っていく。マリーは大きく息を吐き荷主を呼び止める。
「おい!?この荷物どっからだ?」
「へへ、、受け取って貰えねぇなら言わねぇよ!」
そう言うと荷主は唾を吐き去って行った。
「はぁ、昔の自分なら、殴って全部吐かせてたのになぁ~」
「あははっ!それが変わったってことだろ」
バレンティオが煙管を咥えながら呟く。
「いい女ってのは、時代を変える力を持ってる」
マリーは口を尖らせた。
「はぁ??おだてても給料は上がらないよ?」
「そうか、、じゃあ……代わりに、デートなんてどうだ?」
「……あんた、、冗談もほどほどにしときなよ!殴るよ」
「バレチン、マリ姉の事好きだもんね!マリ姉居なくなると“どこ行った?どこ行った?”て探すもんねぇ~」
「バカ!そんな事言ってねぇー!」
その慌てるバレンティオを見て、フィオナがニヤニヤ笑い、マリーは呆れながらも微笑む。
、、潮の香りと笑い声。ここにも平和の朝があった。
◇◇◇
けれど、同じ太陽の下で、三つの朝はどこかで繋がっている。
湯ノ花の城で二人で城下を眺めながらコーヒーを飲むミサトとリュウコク。
砂漠の湯で頬を染めるザハラとカイル。
港で波を見つめるマリーとマリーを見つめるバレンティオ。
それぞれの胸の奥で、かすかに同じ予感が息をしていた。
この穏やかな時間が、永遠ではないということ。
窓辺でカップを傾けながら、ミサトが呟く。
「ねぇ、リリィ。なんか……世界が、動き出してる気がしない?」
『はい。ミサト。太陽が昇るたびに、笑顔も影も増えていくんです。 どちらも、生きてる証ですよ』
ミサトは笑い、カップを置いた。
「なら、今日も働こうか。影ごとまとめて、幸せにしてやるかぁ~!!」
リリィの声が弾んだ。
「はい。ミサト。名言頂きました。 でも残業は禁止ですよ!」
「はいはい、心得てます!」
外では、風が小さく鳴った。
その音が、砂漠にも港にも届くように。
続
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