158 / 179
第2話 【朝の欠片と風の船路】
しおりを挟むいつもの朝、でもリュウコクはいなかった。
湯ノ花の里の天守閣、窓から射す陽がカーテンを透かして畳の上を白く照らしている。
ミサトは、ぼんやりと天井を見つめながら目を覚ました。
リリィの声が枕元で囁く。
『はい。ミサト。おはようございます、社畜の寝坊助姫様。今日も働く準備は万端ですか?」
「んっ?……おはよう。姫じゃないし、年中休暇中のつもりなんだけど……。てかリュウコクは??」
『はい。ミサト。リュウコクは本日来ていませんね。ミサト、休暇とは、働くための英気を養う作業のことです』
「その言い方だと休暇も仕事になっちゃうから!たま~に朝来なくなるのよね~あいつ!何やってんだか?」
『はい。ミサト。貴女の前以外では彼は王様ですから…』
「まぁ、そうなんだけどさ、、“明日は来れないよ”とかさ、一言言ってけって言うの!」
布団の中でミサトは小さく笑った。
けれど、どこか胸の奥がぽっかりしている。
いつもなら「朝だよ♡」と言いながら、リュウコクが窓を開けてくれていた。
その気配がないだけで、部屋の空気がすこし寂しい。
「今日は……居ないんだなぁ、、ねぇ……なんか変だね。いつもならパンケーキの匂いにつられて、子供みたい美味しい美味しい食べてるのに…」
言葉の端に滲むのは、ささやかな“気づき”。
恋と呼ぶにはまだ浅い、けれど確かに心に残る欠片。
ミサトは顔を両手でパンッとすると、「おっしゃ!久しぶりにマリーにでも会いに行こうかな」
『はい。ミサト。港国アルガスですか? 突然どうしたんです?』
「久々にちょっと顔見たいし、あと新しい船のルートも見ておきたいし、それに全然会えてなかったら!あいつ居ると“僕も行く~”とか言い出すでしょ☆」
『はい。ミサト。湯ノ花の管理はどうするつもりですか?』
「えっ?誰でも大丈夫でしょ。みんな優秀だし、ザイール方面の荷受けはニアに頼んであるし!」
そう言ってミサトはぱたぱたと支度を始める。
リリィはため息をついた。
『はい。ミサト。“社畜仕事人間”の言う大丈夫は信用なりませんね』
「え~、、そこが社畜のいいところでしょ?」
『はい。ミサト。いいところ……ですかねぇ?』
「はい。リリィちゃん、お口チャック!行くよ!」
◇◇◇
湯ノ花の市場、ザイール方面の荷受け所。
ニアが額の汗を拭いながら、大声で職人たちを指揮していた。
「ほんなら、次、温泉塩十樽、三番倉庫に回しといて! あ、そこの木箱、滑るから気ぃつけてなぁ!」
ニアの手際は見事だった。話しながらも、指先は寸分の狂いなく帳簿を捌く。
「ほんでな、聞いてくれよ。昨日、スライム浴場で近所の弟ちゃんが言ったんやけど“兄ちゃん、この温泉、飲んでも効くの?”って。ほんで、俺が“効かんわ!”って言ったら、隣の爺さんが“ワシは飲んで毛がふさふさになったぞ”って言うねん!いやいや、爺さん禿げてるやんっ!なんなら眉毛まで無いやん!!言うて!ほいで、爺さん胸元バッサァ~やったら胸毛ボーボーやねん!そこかいっ!言うてなぁ~!!」
「あははは!」と荷運びたちが笑い声を上げる。
そんな中、ひとつの木箱にニアの目が止まった。
木目が妙に新しく、焼き印が裏返しだ。
荷送り状の記載もどこか不自然。
「んっ?……あれ? この印、な~んか見覚えあるなぁ、、」
そっと近づき、表のシールを剥がす。
現れたのは、黒い紋章、、見たことのない商会の印。
「ほ~ん、、“あっこが動いてんか?”、、後でミサトさんに報告っと。ま、今は仕事優先やけどね、、」と、再び手を動かすニア。
笑いながらも、その眉の奥に微かな影を宿していた。
◇◇◇
、、そして、港町ガルマへ向かうミサト。
ミサトの乗る馬車が海風を切って港へ向かう。
潮の香りと、遠くの帆船のきらめきが混じり合う。
波止場で待っていたのは、懐かしい顔だった。
「あらっ!ミサトさん。久しぶりですね」
ルディア。港の書記官であり、情報屋としても顔の広い女性だ。 彼女は書類束を片手に笑った。
「湯ノ花は順調そうで何より。でも最近ね、少し妙な噂があるの。ラインハルトには書類を回しといたんですけど」
「妙な?噂??だからあいつ忙しいのか?」
「そうなんです。出どころの分からない荷が増えてるのよ。送り主も宛先も曖昧なまま、倉庫を転々としてて」
「……なるほど。私も調べてみるね」
「助かります。ミサトさんが動くと、港の風向きが変わるからね」
ミサトは笑って肩をすくめた。
「ところで、ルディア。アルガス行きの船ってある?」
「はい。ちょうど十分後に出るわ。間に合う?」
「余裕余裕! 走るのも仕事のうちだから!」
そう言ってミサトは手を振り、リリィと船へ駆けた。
帆が風を孕み、海面が銀の筋を描く。
◇◇◇
「よっしゃ!間に合った!!」
甲板に立つミサトは潮風に髪をなびかせた。
「はぁ……久々に海見たねぇ!なんかリフレッシュするぅぅぅ!!」
『はい。ミサト。社畜女王様が“リフレッシュ”なんて言葉を使う日が来るとは」
「たまにはね! でも、海って仕事の匂いするなぁ。輸送、物流、商会の競合、税制改革。やらなきゃいけない事多いんだよね……」
『はい。ミサト。ほら出た、職業病。風景よりも経済を見る女!うわぁぁ!嫌だ嫌だ』
「うるさいなぁ。あ、でもリリィ、聞こえる? 波の音」
『はい。ミサト。ええ、心拍に似てますね。規則的で、少し切ない」
「んっ?……切ないって、なにそれ??」
『はい。ミサト。つまり、貴女の“恋する社畜”の鼓動です」
「はあぁぁ!?なんだそれっ!?」
『はい。ミサト。最近のミサト、リュウコクさんの名前が出るたびに呼吸数が上がります。睡眠ログにも“にやけ検知”がありました。後、、ずっと考えてる……。こっちが恥ずかしくなるぐらい……ポッ!』
「くぉのぉぉぉ!!頭の中覗くなって言ってんの!!何勝手に覗いて、“ポッ”じゃ無いわよっ!!リリィのくせに何観測してんの!?もっと世界平和に尽力しなさいっ!」
『はい。ミサト。恋愛リアリティー観測です。尊いデータです。私のサーバーに永久保存して、愛でていたいレベルです』
「今すぐ消せぇぇぇぇい!!」
『はい。ミサト。無理です。私は世界平和よりも貴女の恋バナ優先です』
「こらっ!やめろぉぉぉ!!優先順位間違ってるって!」
甲板の風に、ミサトの悲鳴とリリィの笑い声が、青く響いた。
そしてミサトは何かを感じ目を閉じた。
波のリズムに心を合わせるように、静かに息を吸い込む。
「ねぇリリィ、なんか風の匂いが……少し変わった気がしない?」
『はい。ミサト。そうですね。どこか、鉄と恋の匂いがしますね』
「でしょぉ~っ、やっぱりっ、、って!恋の匂いはしないだろろろろっ!リリィうっせっ!あははっ!」
ミサトの胸に、小さなざわめきが生まれる。
穏やかな陽光の下、まだ誰も知らない“影”が、静かに動き出していた。
続
10
あなたにおすすめの小説
おっさん武闘家、幼女の教え子達と十年後に再会、実はそれぞれ炎・氷・雷の精霊の王女だった彼女達に言い寄られつつ世界を救い英雄になってしまう
お餅ミトコンドリア
ファンタジー
パーチ、三十五歳。五歳の時から三十年間修行してきた武闘家。
だが、全くの無名。
彼は、とある村で武闘家の道場を経営しており、〝拳を使った戦い方〟を弟子たちに教えている。
若い時には「冒険者になって、有名になるんだ!」などと大きな夢を持っていたものだが、自分の道場に来る若者たちが全員〝天才〟で、自分との才能の差を感じて、もう諦めてしまった。
弟子たちとの、のんびりとした穏やかな日々。
独身の彼は、そんな彼ら彼女らのことを〝家族〟のように感じており、「こんな毎日も悪くない」と思っていた。
が、ある日。
「お久しぶりです、師匠!」
絶世の美少女が家を訪れた。
彼女は、十年前に、他の二人の幼い少女と一緒に山の中で獣(とパーチは思い込んでいるが、実はモンスター)に襲われていたところをパーチが助けて、その場で数時間ほど稽古をつけて、自分たちだけで戦える力をつけさせた、という女の子だった。
「私は今、アイスブラット王国の〝守護精霊〟をやっていまして」
精霊を自称する彼女は、「ちょ、ちょっと待ってくれ」と混乱するパーチに構わず、ニッコリ笑いながら畳み掛ける。
「そこで師匠には、私たちと一緒に〝魔王〟を倒して欲しいんです!」
これは、〝弟子たちがあっと言う間に強くなるのは、師匠である自分の特殊な力ゆえ〟であることに気付かず、〝実は最強の実力を持っている〟ことにも全く気付いていない男が、〝実は精霊だった美少女たち〟と再会し、言い寄られ、弟子たちに愛され、弟子以外の者たちからも尊敬され、世界を救って英雄になってしまう物語。
(※第18回ファンタジー小説大賞に参加しています。
もし宜しければ【お気に入り登録】で応援して頂けましたら嬉しいです!
何卒宜しくお願いいたします!)
落ちこぼれ職人、万能スキルでギルド最強になります!
たまごころ
ファンタジー
ギルド最弱の鍛冶師レオンは、仲間に「役立たず」と笑われて追放された。
途方に暮れる彼の前に現れたのは、伝説の鍛冶書と、しゃべる鉄塊(?)。
鍛冶・錬金・料理・魔道具――あらゆるクラフトスキルを吸収する《創精鍛造》を極め、万能職人へと覚醒!
素材採取から戦闘まで、すべて自作で挑む“ものづくり異世界成り上がり譚”が今、始まる。
裏切った元仲間? 今さら後悔しても遅いぞ!
クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?
青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。
最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。
普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた?
しかも弱いからと森に捨てられた。
いやちょっとまてよ?
皆さん勘違いしてません?
これはあいの不思議な日常を書いた物語である。
本編完結しました!
相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです!
1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…
神様転生~うどんを食べてスローライフをしつつ、領地を豊かにしようとする話、の筈だったのですけれど~
於田縫紀
ファンタジー
大西彩花(香川県出身、享年29歳、独身)は転生直後、維持神を名乗る存在から、いきなり土地神を命じられた。目の前は砂浜と海。反対側は枯れたような色の草原と、所々にぽつんと高い山、そしてずっと向こうにも山。神の権能『全知』によると、この地を豊かにして人や動物を呼び込まなければ、私という土地神は消えてしまうらしい。
現状は乾燥の為、樹木も生えない状態で、あるのは草原と小動物位。私の土地神としての挑戦が、今始まる!
の前に、まずは衣食住を何とかしないと。衣はどうにでもなるらしいから、まずは食、次に住を。食べ物と言うと、やっぱり元うどん県人としては……
(カクヨムと小説家になろうにも、投稿しています)
(イラストにあるピンクの化物? が何かは、お話が進めば、そのうち……)
【長編・完結】私、12歳で死んだ。赤ちゃん還り?水魔法で救済じゃなくて、給水しますよー。
BBやっこ
ファンタジー
死因の毒殺は、意外とは言い切れない。だって貴族の後継者扱いだったから。けど、私はこの家の子ではないかもしれない。そこをつけいられて、親族と名乗る人達に好き勝手されていた。
辺境の地で魔物からの脅威に領地を守りながら、過ごした12年間。その生が終わった筈だったけど…雨。その日に辺境伯が連れて来た赤ん坊。「セリュートとでも名付けておけ」暫定後継者になった瞬間にいた、私は赤ちゃん??
私が、もう一度自分の人生を歩み始める物語。給水係と呼ばれる水魔法でお悩み解決?
高校生の俺、異世界転移していきなり追放されるが、じつは最強魔法使い。可愛い看板娘がいる宿屋に拾われたのでもう戻りません
下昴しん
ファンタジー
高校生のタクトは部活帰りに突然異世界へ転移してしまう。
横柄な態度の王から、魔法使いはいらんわ、城から出ていけと言われ、いきなり無職になったタクト。
偶然会った宿屋の店長トロに仕事をもらい、看板娘のマロンと一緒に宿と食堂を手伝うことに。
すると突然、客の兵士が暴れだし宿はメチャクチャになる。
兵士に殴り飛ばされるトロとマロン。
この世界の魔法は、生活で利用する程度の威力しかなく、とても弱い。
しかし──タクトの魔法は人並み外れて、無法者も脳筋男もひれ伏すほど強かった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる