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第3話 【港の夜と宮殿の呻き】
しおりを挟む夕陽が海を染めていた。
アルガスの港に降り立ったミサトは、潮の香りを胸いっぱいに吸い込みながら伸びをした。
「ふぅ~……やっぱり港はいいねぇ。風が働いてる匂いがするよ☆」
『はい。ミサト。働いてる風って何ですか、それ?』
リリィの声が軽やかに返る。
「う~ん、なんて言うか……“みんな今日もがんばってるなぁ”って感じ?」
『はい。ミサト。まさか港の風に“社畜仲間意識”を覚え、尚且つ自然にも休みなく働けと…。社畜女王怖っ』
「怖くないって!な~んでっ風が気持ちいいって言ったら社畜女王になんだよっ!私、ホワイト目指してるんですけどっ!……だが、強く否定できないのが悲しいところ!」
ふたりの軽口は、夕方の潮騒に混じって、どこか心地よく響いた。
港は静かだった。荷受けの喧噪は一段落し、手動クレーンも職人も休息に入っている。
穏やかな海面を見つめながら、ミサトはふと呟いた。
「さてと、マリーの所は明日行くとして、、今日の晩ごはん、どうしよっかなぁ??アルガス名物の鳥鳥ダックでも食べようかなぁ??あっ、あの蟹の辛味噌のやつもいいな~☆」
『はい。ミサト。情報処理的には、“食べる前に宿を決める”のが正解です。……ミサト…もしかして…旅行したかっただけでは…』
「おいっ!人聞き悪い事言うなしっ!ちゃんとマリーに会いに来てるわっ!でも、、だってお腹空いてるし。人間は空腹のまま宿探すとね、判断力が二割落ちるのよ。ぼったくり宿に入ったらあんたに請求しますからねっ!」
『はい。ミサト。統計出してるんですか、その数字。あと、私のお金は貴女のお金…死なば諸共です』
「うっせっ!社畜の肌感ですよ!てか、宿調べといてよ」
『はい。ミサト。肌感…?信憑性ゼロですね。宿の方は私の方で手配してしまってよろしいですか??…あっ、、すいません…Wi-Fiが、切れてしまって……繋がり、、ませ、、、ん』
「うわぁぁっ!わざとらしっ!元々この世界にWi-Fiないだろがっ!あははっ!」
そんなやり取りを続けながら歩いていると、倉庫街の端で見慣れた背中が見えた。
「ん~っ?んっ?あれ、バレンティオ??」
「ん? おお、嬢ちゃんじゃねえか!」
振り向いたバレンティオが笑い、横で木箱を押さえていたフィオナがぱたぱたと手を振る。
「あっ!ミサトお姉ちゃん。おひさしぶりです~!夕方のアルガスは静かでしょ?」
「ほんとに。なんだか嵐の前の静けさって感じね~。マリーは居る?」
「はははっ!ま、嵐っつってもな……」とバレンティオが鼻を鳴らした。
「その、お前さんの友達が、今まさに“嵐”と格闘中よ」
「えっ?マリーが? 喧嘩してんの?海賊時代の知り合いとか?」
「ふふっ!い~や、“書類”だ」
「……書類?」
「あはは! あいつにとっちゃリヴァイアサンより苦手なやつとな。宮殿行ってみろよ。あいつ、もう溺れてるかもしれないぜ」
ミサトは大笑いしながら頷いた。
「あははっ!了解。助け舟、出してくる」
「おうっ!頼んだぜ。ここが片付いたら俺たちも宮殿行くからよ!一緒に飯でも食おうか?」
ミサトは笑顔で「うん☆鳥鳥ダックと蟹のやつね~☆」と頷くと宮殿に向かって歩き出した。
バレンティオはそのミサトの背中に「おうっ!コックに言っとくよ」と言った。
◇◇◇
港の夕陽を背に、宮殿へと続く石畳を歩く。
白い壁に金色の窓枠。新しい国の象徴のような清潔な建物だ。
案内されマリーの部屋の扉を開けると、部屋の奥から呻き声が聞こえた。
「……ん~~~もう無理ぃぃぃ!出来ないぃぃぃ!殺されるぅぅぅ!!」
聞き覚えのある叫びだった。
恐る恐る部屋の奥を覗くと、マリーが机に突っ伏し、両手をぶんぶん振っている。
床には書類の山。海賊時代の大波よりもずっと危険な“白い波”だ。
「あの~~、、もしかして……マリーさん?漂流中?」
ミサトが苦笑すると、マリーが涙目で顔を上げた。
「み…ミサト??ミサトぉ~~! 助けてぇぇ!」
「ほら出た。伝説級のSOS」
「あたし、今世紀最大の敵に囲まれてるの! 数字とハンコと契約書!」
「うんうん、知ってる。社会の三大魔獣だね~。それにしてもずいぶんと貯めたね~~」
「そうそう、リリィ、ミサト聞いてよ!こいつら、“締切”って名前の召喚術まで使ってくるんだよっ!」
『はい。ええ、確認済みです。召喚されると脳みそが焼かれます』とリリィがすました声で返す。
『はい。ミサト。このままだと今日がマリーの最後の日になりますので、、救援ミッションを開始します』
「おお、リリィ頼もしい!」
『はい。ただし条件があります。作業中におやつを支給してください』
「お前は匂いしか嗅がないだろうがっ!!」
三人は笑いながら書類の束を捌いていった。
マリーが印を押し、ミサトが整理し、リリィがスキャンして分類とチェック。
まるで社内の残業風景、、、
だが、そこには“楽しさ”があった。
「ねぇ、昔の私なら、こういう時間を“苦痛”って呼んでたかも」
『はい。ミサト。今は違うんですか?』
「うん。誰かと笑いながらやる仕事って、疲れないんだよね~」
『はい。ミサト。それを“チーム”と呼ぶのです』とリリィが静かに返した。
やがて夜が更け、机の上の山は小さくなった。
「よしっ!やっと先が見えたぁぁぁ!!今日はこのへんで! んんんぅぅぅっ!!」
マリーが両腕を伸ばす。「残りは明日の朝に回そ」
そこへ扉がノックされ、バレンティオとフィオナが顔を出した。
「おっ、まだ息してたか!? 飯できたぞー!」
「おお、救いの声!」
全員で食堂へ移動する。
テーブルには鳥鳥ダック、蟹の辛味噌、魚介のスープ、焼きパン、オリーブの香るワイン。
バレンティオがグラスを掲げる。
「楽しい国と、幸せ日々と、大量の書類に乾杯!」
『「「書類はいらんわっ!!」」』
「「「あははっ!乾杯!!」」」
笑い声が響いた。
それはまるで、嵐の前に訪れた奇跡の静寂だった。
食事の最中、マリーが口一杯に頬張りながらふと真顔になる。
「ほぉ~いえばはぁ……最近、出どころ不明の荷が増えてるんだお」
ミサトの手が止まる。
「えっ?……ここでも?ラインハルト港でも言ってたんだよね~」
「あぁ、港の方で封印印が違うものが混じっててさ、多分、どこかの商会が勝手に紛れ込ませてるんだよな!」
「んん~?分かんないね~。多分知らず知らずのうちに私たち、怨みかってそうだしなぁ。色々と考えても検討もつかないなぁ~……」
軽い沈黙が落ちる。
バレンティオが冗談めかして肩を竦めた。
「あははっ!ま、少しずつ調べりゃいいさ。俺の方もちょこちょこ調べて見るとするよ!今日はせっかくの再会だ。難しい顔すんな。 おいっ!フィオナ…魚残してるぞ…」
「へへっ!バレチン、骨取って~♡」
「あんっ?しょうがねぇな…」
その光景を見てミサトたちは笑って頷いた。
「そうだね。湯ノ花戻ったらちゃんと確かめてみるよ。今夜は久しぶりの友達と、ごはんを楽しむ夜だもんね☆」
◇◇◇
食事も終わり夜も更けて、、
部屋に戻ったミサトは、ランプの灯を見つめながらベッドに腰掛けた。
「ねぇリリィ。昔の王様ってさ、どうやって国をまとめてたんだろね??」
『はい。ミサト。多くの場合、“秩序”と“恐怖”です。ですがそれでは長続きしませんでした』
「やっぱり、そうか……」
『ですが、まれに“信頼”と“笑い”で治めた者もいました』
「えっ?笑い?本当にぃ~??」
『はい。ミサト。“笑えば兵は心を許し、働けば国は動く”。帝王学の一節にあります』
ミサトは目を細めた。
「……リュウコクにも聞かせてやりたいね」
『はい。ミサト。ええ、彼も少しミサト以外に“笑う”練習が必要です』
「あははっ!!ふふっ、確かに!んじゃ、寝るかな…。おやすみリリィ」
『はい。ミサト。おやすみなさい』
波の音が静かに部屋へ届く。
その音に包まれながら、ミサトは目を閉じた。
“働く”と“笑う”が、少しずつ同じ意味を帯びていくような夜だった。
続
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