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第6話 【風が告げる三つ巴】
しおりを挟む夜が溶けはじめ、東の空が乳白色へゆるやかに染まっていく。
ミサトは肩に包みを背負い、湯気の出てる湯ノ花の里を振り返った。ニアが隣で腕を組む。
「ミサトはん。スラム街、ボダレスまで、一日ってところやねんな、、一回どっか泊まって明日の朝には着くんやけど……ミサトはん……ほんまに行く気なんやな?」
「行くよ。止まってたら、世界が困るもの」
「えぇぇ!世界っ!?スケールでかっ!困る世界、多すぎません?」
「あははっ!知ってる。でも放っとけないでしょ」
そこでリリィが、どこから出したのか分からない声を掲げてくる。
『はい。ミサト。はいはい、“結局あなたは行く”の儀式ですね。ほら、旅立ち前の気合のカフェインでも一口どうぞ』
「儀式じゃないよ! でも飲むけど!」
「ほらね」と言わんばかりのリリィは涼しい瞬きをする。
『はい。ミサト。あなたは悩んだら行動するタイプ。悩んでる間に靴履いてるタイプ。悩みながら走り出すタイプ。つまり、、、』
「つまり?」
『はい。ミサト。ミサトは止めてもムダの猪野郎です』
「いのししぃ~!!はいっ!悪口~!ダメ~~!」
そんなやり取りの中、隣でで騒ぐ声。
「兄ちゃん! この荷物重いぞぉ!」
「バカタレ! 荷物が重いんじゃない!ジロウが弱い! 筋肉に謝れ!」
「えっ??筋肉に謝る!? どうやって謝るんだよっ!」
「まずは土下座だっ! ほらミサトに見せたれ!」
「あぁぁぁ!ミサトさまぁぁ! 筋肉さまに謝りますぅ!」
ミサトは思わず笑い、肩の力がふっと抜けた。
「あははっ!……うん、よし。行こう。なんか、行ける気がする」
リリィは小さく瞬き、風が旅路を迎えるように吹き抜けた。
湯ノ花御一行は軽口を叩き合いながら、まだ眠りの残る里を歩き出す。草の匂いが揺れ、遠くで鳥が朝の一音を吸い込んだ。
◇◇◇
同じ頃。ラインハルトの陣営、、。
豪奢なマントを揺らし、リュウコクが丘の端に立つ。彼の前には五百の精兵。その先頭に、眉間にシワを寄せ、鋭い双眸をしたカリオスがいた。
「それでリュウコク、、お前さんは、どうするんだい? 俺らは“予定通り”スラムに入るが」
「僕? ラインハルトが動けば“西が動く”。だったら僕は“西を抑える”役目をするだけさ」
「……相変わらず、軽いように重いこと言う男だねぇ」
「ははは、褒めてる?」
「ははは、皮肉だよ」
カリオスは肩をグルングルン鳴らし、土を踏みしめた。
「で? “西を抑える”なんて仰々しいこと言ってるが……本当のところ、何考えてるんだい」
「考えてることなんて一つだよ。ミサトがボダレスに動くなら、世界は動く。だったら僕は、ミサトの後ろで暴れそうな奴らを止めるだけ」
「やれやれ……あの娘、“国境ひとつ揺らす女”だってこと本人は気づいてないだろ」
「あははっ!気づいてないだろうね。だからいいんじゃない?」
リュウコクの声音には、淡い微笑が滲む。
「ボダレスに行けば、あの娘はまた誰かのために首突っ込む。放っておくと死ぬほど動くし、働く。……まったく似た者同士だよ、お前さんも」
「えぇぇ?!僕はそんなに働かないよ。必要な時だけ。で、今はその“必要な時”なんだ」
「つまり、あの娘がそこにいるから、、ってことだろ?」
「まぁ、そうだね。ミサトは火種を見つけるのは得意だからね。今回だってわからないように動いてたのにバレてるからね☆あははっ!」
カリオスは鼻で笑った。
「了解したよ。俺らは先にボダレスで地盤固める。だが、あんたが来てくれるって言葉だけで兵の士気は段違いさ」
「期待しすぎないでよ。僕はただ、全部が燃え広がらないように“手を添える”だけ……。西で足止めされたらそっちには行けない…ミサトの事頼んだよ…」
「あぁ、、頼まれた! その“手を添える”だけで、この大陸がひっくり返るんだもんな……まったく厄介な王子様だ」
二人は並んで別の方向へ歩き出す。
砂の向こうとミサトが居るはずのスラム街へそれぞれの役目を抱えながら。
リュウコクは笑い単騎で走り、カリオスは肩をすくめ、軍勢を率いて出発した。
◇◇◇
さらに東、砂の宮殿、、ザイール王国。
ザハラは白金の槍を手に、千の兵を前に立つ。背後には、湯ノ花から来ているカイルが慌てふためく。
「ザハラ女王!? ま……まさかご自分で出陣を!?」
「当然だろう? 南のボダレスには兵士長に頼む!私は…また別の場所に動く!国は其方が動かしておけ」
「えっ!?俺っ!! 無、無理ですって!!」
「ふふふ!何を慌てる??国など、見える部分は誰が動かそうと同じだ。笑顔で手でも振っておけ。本当の王は、、見えない所で仕事をするものだよ。ほらっ見ろ、、あいつのようにな」
ザハラが指を指したその瞬間、背後から気配。
「んっ? 僕の話してたの? あははっ☆」
リュウコクが、いつの間にかそこに立っていた。
「さぁ、女王。行くよ。放っておくと、色々めんどくさくなるからね」
ザハラは鼻で笑い、マントを翻して歩き出す。
「まったく……お前というやつは、いつも肝心な時だけ風のように現れる」
「えっ?王族ってだいたいそうじゃないの? 必要な時にだけ偉そうにして、あとは影で好き放題。君だってそうでしょ?それに西に動くのに抜け駆けしたら怒るから迎えに来たのに☆」
「少し遅いくらいだ!もうとっくに気付いていただろうに……。私の方が抜け駆けする所だったぞ! ふふっ!それにしても好き放題、ね。私は“国を回すために”やっている。お前は“面白いから”やっている。それを同列に語るのは不敬だよ」
「えぇぇ!不敬かどうかは、結果次第だよ。ほら、僕の兵ももう動いた。ザイールも本気。南の国境で火がつけば、西も黙ってない」
「あぁ!だからこそ私たちが行くのだ。王は表で剣を振るう必要はないが、裏で火種を摘む必要はある」
「へぇ。珍しく女王様みたいなこと言うじゃない☆」
「なにっ!お前が言わせたんだよ、道化が!どこまで本気なんだか…」
リュウコクが肩をすくめる。
「僕はただ、本当に危ない時だけ動くだけさ。王族はね、最後の切り札であればいい。それ以外は……うるさくない方が国のためでしょ!」
「はははっ!それはどこかの“温泉の賢者”に習ったのか??」
「あははっ!さぁね~☆」
二人は顔を見合わせ、同時に笑った。
風が砂を巻き上げ、二つの影が並んで西の方角へ向かう。
カイルは二人を見送ったあと、ふと宮殿の高台から砂漠と青空を眺めた。
「な~んだかさぁ……すごいことになっちゃったねぇ……。蜂蜜パン売ってたら、砂漠の王に一瞬でもなれるんだから……人生って、ほんと面白い!」
首をかしげ、笑う。
物語の風は、もう誰にも止められなかった。
続
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