【三章完結しました】チートは無いけどAIがある!社畜OLの異世界立身出世録

星 見人

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第7話 【ボダレスの朝、血とチキンの匂い】

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 陽が水平線から顔を覗かせたばかりの早朝、黒い影がひとつ、潮風を切り裂きながら飛んでいた。
 カラスだ。ボダレスへと向かうその姿は、まるでこの街に漂う不吉な予兆そのものだった。

 遠目に見える街並みは、海霧に溶けて輪郭が歪んでいた。港は半ば沈んだボロボロの船で埋まり、煙突のない家から煙が上がり、瓦礫のような街区が連なる。
 カラスは上昇気流に乗ってさらに高度を上げ、海鳥の姿を横目に、ゆっくりと湾の内側へ滑り込む。

 ボダレス。
 “世界の落とし子”と揶揄されるほど、荒れた過去を持つ街。
 中央の監督者も、正規兵も、商会の本部も、国すらも、、誰も本気で管理しようとしない。
 ただ“有能な悪党だけが生き残る”という、犯罪の夜の裏通りみたいな空気だけが、この場所には満ちていた。

 カラスは瓦屋根に降り立ち、塀と移動する。そして黒い眼で下界を観察する。
 朝の陽光はまだ街の細部を照らし切らず、路地には昨夜の酒瓶が転がり、酔い潰れた男と女が転がっている。
 犬か狼かわからない痩せた獣がゴミ箱を漁り、何かの肉を咥え走りだす。女たちは目の下に濃い隈を作りながらバケツに溜まった茶色い雨水で顔を洗う。

 ボダレスを“スラム”と呼んでも差し支えない国境なき区域は、海風と内陸の混沌がぐちゃぐちゃに混じった、濁った空気が支配していた。
 そこかしこで怒鳴り声が上がり、笑い声と喧嘩の音が互いにかき消し合う。
 カラスは羽根を震わせ、縄を渡した柵の上に移動する。視界の向こうには、今しがた死んだであろう男の足が、路地裏から投げ捨てられている様に見える。

 、、、と。
 次の瞬間、乾いた声が響いた。

「いたぞオォォッ!! 朝飯だァァ!!」

 カラスが驚いて羽ばたく間もなく、粗末な網が上空から降ってくる。
 バサッという音と共に絡め取られ、必死に羽ばたくが無駄だった。

「ひっひっ!暴れんなよ。お前、ちょうど煮込みに良さそうなサイズだなァ!」
「ぐへへっ!こいつ一羽でスープ三杯はいけんだろ!」
「バカ言うなっ!焼き鳥だ!!焼き鳥ぃぃ!!」
 どっと笑いが上がり、カラスの視界は麻袋の闇に沈む。だが一筋の光を見つけカラスは抜け出すと、また大空に羽ばたいて行った。

「あっ!逃げられた!」
「バカっ!なんでちゃんとした袋持ってこねぇんだよっ!」
「あっ?!お前っ!俺のせいだって言いたいのか??」
「あぁ!お前のせいだね!」「ふざけんじゃねぇぞっ!この野郎!!」
 殴り合う三人を嘲笑うかの様に「カァァァ」と鳴くと、カラスは一気に飛び去った。

 その瞬間、カメラが切り替わるように、場面は一気にスラム奥の一室へと移行する。

◇◇◇

 鉄臭い匂いと煙が部屋を満たしていた。
 薄暗い倉庫を改造したような空間。壁には過去に殴りつけられた拳の跡が点々と残り、床には古い血が乾いて黒ずんでいる。
 その中央で、男が椅子に縛られ、喉が裂けるような悲鳴を上げていた。

「ぎゃああああああッ!!頼む“チャムチャム”もう許してくれ!本当に何も知らねぇんだよ」

 男ははその声を、まるで風鈴のように楽しむかのように聞いている。
 彼の顔は若く、両サイドに大きな三つ編みを垂らし、太巻を咥え煙を吐き出す。なぜか目だけが底抜けに明るかった。スラムの血の匂いを吸って育った危険な子供のような笑み。
 指先で手下の指を一本つまみ、軽く力を入れる。

 、、ごりゅ、、
「うぎゃぁぁぁぁぁ!!勘弁してくれっ!!」

「おいおい、ブラザー、どうした?そんなに喜んで…。そんなに俺に手を握られると嬉しいのか?? でもな……俺が欲しいのはお前と手を握る事じゃねぇ。俺の喜ぶ答えだろ?」
「し、知らねぇ! ほんとに知らねぇんだ!!」

「そぉかい。今のは“俺の嫌いな答え”だ。」
 もう一本の指が、まるで乾いた枝を折るように砕けた。
 男は喉を焼き切られたような悲鳴を上げ、涙と鼻水を垂らす。

 すると、階下から大きな声が響いた。

「チャムチャム! あんた何騒いでんだい!」
 チャムチャムは瞬き一つで声色を変え、陽気な少年に戻る。

「あははっ!心配ないよママ!友達に彼女ができてさ、嬉しくて叫んでんだ!全然問題ないよー!」

「そぉかいそぉかい、それは良かったね!ところでチキンは何個食べるんだい?」

「そうだなぁ……。“三つ!!”」

 力強く即答。
 同時に三本まとめて指が折れ、悲鳴が部屋に響く。

「んっ??チャムチャム。どーしたい? その声は。」

「あははっ!友達が“ママのチキンだー”って嬉しすぎて泣いて叫び出しちゃっただけだよ!」
 チャムチャムはケラケラ笑った。

 だが、目だけは笑っていなかった。
 泣きじゃくる手下の顎を掴み、無理やり上を向かせる。口一杯にためた煙を吐き出しながらチャムチャムが喋り出す。
「なぁ……兄弟…ラストチャンスだ。お前もこの街のファミリーなら分かるよな??この街はルールなんかねぇ…でもよ一つだけ暗黙のルールがある。この街を危険に晒さねぇだ! もう一回聞くぞ…。今回の件の荷物、誰に頼まれた?」

 手下は唾を飲み込み肩を震わせながら叫んだ。

「しら、ねぇ……! 本当に知らねぇんだ……!チャムチャム!勘弁してくれ!!」

「ふぅ~ん……そっか。俺の話しを聞いてその答えか……?とっても“嫌いな答え”だな。お前はもうブラザーでもファミリーでもねぇよ!!じゃぁなっ!!」

 首が、簡単に折れた。
 椅子から力なく垂れ下がった身体は、もはやただの荷物だ。

 チャムチャムは手下の口から出た血のついた手を軽く払い、背後の手下へ言う。

「このゴミ、海に捨てとけよ。海のあいつら腹空かせてんだろ?餌だ!」

 部下たちは青ざめ、急いで死体を運び出す。
 チャムチャムが扉を開け外の湿った風に触れると、右腕役の男ボルドが揶揄うように呟いた。

「ふふ……話し聞く前に殺しちゃってどーすんだよ!しかし荒れてるな、今日は。」
 チャムチャムは笑みを深め、海から吹き上げる冷たい風を吸い込んだ。

「はははっ!凪ほどつまんねぇものはねぇんだよ。
 特に、、俺たちはな。」
チャムチャムは吐く息すら楽しむように、海の匂いを胸いっぱいに吸い込んだ。
 右腕の男が、肩をすくめながら問う。

「……チャムチャム…。まさか世界そのものを相手にするつもりじゃねぇだろうな?」

「んぁ??世界??」
 チャムチャムは鼻で笑って肩を回す。
「あっはっぁぁん!逆だよ。俺は世界なんか相手にするつもりねぇけどよ……あいつらの方が俺を放っとけねぇんだ。ほら、潮の匂いの向こうに漂ってんだろ。くっくっくっ。誰かが俺たちの遊び場を覗いてるってさ」

「覗かれてる、ねぇ……。軍が来たら面倒だな…」

「ふんっ!来るなら来ればいい…。叩き返すだけだからな!!俺たちは凪より嵐の方が似合ってんだよ!そろそろチキンが焼き上がる頃だろ…。ボルドも食ってくだろ??」
「「“ママのスパイスたっぷりジューシーチキン!!”」」「「あはははっ!もぉ最高!!」」

 海風が笑い合うふたりの間を鋭く駆け抜けた。
 その背後で、ボダレスの朝がようやく始まる。
 波の音と喧騒、そして血の匂いが混じり合い、街全体が薄赤い光に染まっていく。

 この街のどこかに、ミサトやラインハルト、ザイールが向かっていることなど、まだ誰も知らない。
 だが、、この狂った海風は、確かに変化の匂いを運んでいた。


          続
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