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第11話 【赤に着替える時間】
しおりを挟むチャムチャム一行の背中は、やけに大きく見えた。
青い布が揃って揺れるたび、通りの人間が潮のように左右へ割れていく。その隙間を縫うように、ミサトたちはしれっと“その背中”に紛れ込んだ。
「いゃいゃ……ほんまに大丈夫なん、これ」
ニアが小声で言う。
「大丈夫大丈夫。行進ってさ、一番後ろが一番安全だからね~☆」
『はい。ミサト。その言葉に絶対的根拠はありません』
「うん!気分の問題!あははっ」
足元は石畳から踏み固められた土へ変わり、匂いが変わる。油、香草、血、生魚、香辛料。市場特有の雑多な匂いが、むっと鼻を突いた。
チャムチャムは迷わない。
歩く速度も、呼吸も変えず、中央を堂々と進む。
市場の入口で、黒い布を腕に巻いた男が立っていた。
チャムチャムは足を止める。
「お~い!お前…」
「あ?……チャムチャム!?な、なんだよ」
「兄ちゃん…メキルはどこだ?」
男は一瞬だけ目を泳がせ、指で奥を示した。
「この時間なら…多分……事務所。裏だな」
次の瞬間。
ゴギッっと鈍い音が鳴った。
男は何が起きたのか理解する前に地面に転がっていた。
チャムチャムは殴った拳を振り、腹を抱えて男を指差して笑う。
「あははははっ!!鳩が豆鉄砲くらったみたいな顔しやがって!あははっ!あ~可笑しい!!」
「……え?なんで??なんで殴られた?なんで笑ってんの??」
殴られた男が、きょとんとした顔で聞く。
チャムチャムはしゃがみ込み、顔を覗き込んだ。
「あのよ~、俺、目がキラキラしてんの、嫌いなんだよ」
「……は?」
「な?そう言う事!!」と言うと、チャムチャムはまたその男を小突いた。
背後でボルドが腹を抱えて笑った。
「あははっ!そりゃぁ…目がキラキラで殴られるお前が悪いわ!」
誰も助けない。誰も文句を言わない。
チャムチャムの周りの人間は歌うように笑いながら進む。
ただ道が開き、一行はメキルの事務所へ向かう。
「ねぇ?スピード……あれがこの街の通常運転なの??いきなり殴ったよ……。グラセフじゃん…」
「あぁ、通常運転。殺されなかっただけラッキーってとこだな」
『はい。ミサト。あれが“青の日常”の様ですね』
「日常こわっ!」
事務所の扉が開く。
中にいた男、、メキルが顔を上げるより早く、チャムチャムの拳が飛んだ。
メキルは椅子ごと倒れ、床に転がる。
血が口元に滲む。
メキルの手下たちが剣に手をかけた瞬間、ボルドが低く呟いた。
「おい……その剣は抜くなよ」
空気が張り詰める。
「抜いたら……始まるぞ」
沈黙。
メキルはゆっくりと立ち上がり、手下を止めると血を親指で拭った。
「どうした?チャムチャム?」
口角を上げる。
「ずいぶんと機嫌が悪いみたいじゃねぇか??さては朝食のピーナッツバターが、“豚の糞”みたいな味だったか?」
「はははっ!!」
チャムチャムは大笑いした。
「お前から買ったピーナッツバターが豚の糞の味ぐらいで、ここまで怒らねぇよ!!」
テーブルに、小袋が叩きつけられる。
鼻を突く、異様な香り。
「メキルっっ!!」
笑顔が消える。
「俺の嫌いな言葉、知ってるよなっ!?」
メキルは黙る。
「“知らねぇ”“わからねぇ”だ」
チャムチャムの目が、光る。
「考えろ。ちゃんと考えて答えろよ。……これは、誰が売ってる?」
沈黙が続く。
やがて、メキルは決心した様に口を開いた。
「……赤だ」
「誰だ」
「……ダストシュート一家」
息を吸う。
「……ボスのアイスマンの命令だ!俺たちは商売人。売り物は全部売る!」
チャムチャムは、ゆっくり頷いた。
「うん。正解。俺の欲しい答えだ!」
外が、騒がしくなる。
事務所の窓越しに見えるのは、赤い布。
市場を囲むように、静かに広がっていく。
その中央を、一人の男がゆっくり歩いてきた。
氷のような視線。アイスマンだった。
「……やめろ!」
メキルが叫ぶ。
「市場に境界線はねぇ!争いは起こさない!“あんたら二人”が決めたルールだろ!頼む、ここでは……!」
チャムチャムは返事をしない。
太巻きを咥え、アイスマンの顔に、煙を吐きかけた。
「なぁ~!アイスマン」
チャムチャムが笑う。
「今日の天気、寒くねぇか?」
「そうか?……暑いくらいだ」
「あははっ!そうか??俺たちは“本当あわねぇな~”♪俺は仲良くしてぇんだけどなぁ…」
チャムチャムは肩をすくめる。
「仲良くしたい??嘘つけ…」
アイスマンも肩をすくめる。
「はははっ!バレた?? 俺たち友達なのにさ……裏でコソコソ火遊びして、仲間外れなんて……随分冷たいことするじゃねぇか!」
「友達?俺とお前が…?気持ち悪い。 ふん。火遊びか……?なら火事は、派手な方がいい。色んな物を隠せるからな……」
アイスマンが笑う。
「それに見た事ない見物人も増える」
アイスマンがそっと手を上げた次の瞬間だった。
ミサトは、違和感に気づいた。
音が、しなかった。
チャムチャムの背後から左胸に、刃が埋まっている。
「……あぁぁん??」
同時に、アイスマンにボルドが殴り飛ばされる。
市場が、息を呑む。
手下が身に付けてる青い布が次々と外される。
そして赤い布が、静かに巻き直される。
チャムチャムの背後にいた者たちが次々と色を変え、アイスマンの背後に回る。
「ははははははっ!!あ~可笑しい!!あはははははっ!」
アイスマンが高らかに笑う。
「こいつら、、もーお前らの手下は嫌だってよ!!終わりだよ!チャムチャム!お前らの時代はな!」
血が、膝が、地面に落ちる。
チャムチャムは、口から血を垂らしながらそれを見て笑った。
「はははっ!……なるほどねぇ~。もう燃えてるってことかよ!熱いねぇ~♪」
「これからは俺がお前に代わって可愛がってやるから、、」
チャムチャムを見下ろしながらアイスマンが言う。
「この街全員、なっ!!」
ミサトは、喉が鳴るのを感じた。
「……ねぇ……。リリィ、みんな……」
囁く様な小声。
「これ……なーんか、ヤバくない……?」
『はい。ミサト。致命的にヤバいです』
「だよね…絶対ヤバいよね…」
ミサトは唾を飲み込み、現状から視線を逸らさずに小さく息を吐いた。
「ねぇ……これさ……“ちょっと嫌な予感”とかのレベルじゃないよね?」
『はい。ミサト。“選択肢を一つ間違えたら全滅”レベルの事象です』
「うん、やっぱりそうだよねぇ……。てかさ、私たち今、完全に“映画で死ぬ側のモブ”の位置じゃない?」
『はい。ミサト。背景で刺される役です。もしくは左端で刺されてるかも知れません。名前も与えられません。爪痕を残すならカメラの前で刺されるのをお勧めします』
「何を勧めてんだよっ!やだぁぁぁ!私、これじゃエンドロールにも名前出てこないんだけど!?」
『はい。ミサト。いえ、出ます。ですが出るとしても“露出度の高い女性ヤ○○ン社畜女王A”ですね』
「おいっ!ちょっと!?ヤ○○ンの肩書きいらねっ!!せめて役名もうちょい可愛くして!?“世界を変える勇敢な社畜OL”とか!」
『はい。ミサト。却下です。真面目に今は“息を潜めて震える係”です』
「……あ、じゃあさ。今から本気出すから、、これ終わったら、、濃いめのコーヒーキメて、甘い物食べて、目ガンギまっていい??」
『はい。ミサト。生き残れたら用法要領を守り自己責任で許可します』
「はぁ……条件付きかぁ……。でもまぁ……生き残る理由には、ちょうどいいか☆。 さてと……この状況どう動くのが一番生き残るかな…?」
ミサトは、かすかに笑った。
震えは止まらない。それでも、目は逸らさなかった。
「お前たちっ!ぼぉぉぉぉっとしてんなっ!!どっちにつくんだよ!!赤の布も持ってる!!ミサト!早く決めろ!!いやっ!早くこの赤の布つけろよっ!!」
スピードが慌ててみんなに叫ぶ。
市場の喧騒が、悲鳴に変わるまで、あと数秒。
ボダレスは、もう戻れない。
続
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