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第13話 【ママは全部知っている】
しおりを挟む玄関の扉が閉まった瞬間、外の喧騒は嘘みたいに遠ざかった。
古い家だった。石壁に染みついた油の匂い、天井から吊るされた乾燥肉、少し歪んだ机と椅子。けれど不思議と、胸の奥がゆるむ。
「……ただいま~」
チャムチャムがぼそりと呟いた。
次の瞬間。
「おかえり~。スパイスは返却でき……!!まぁぁぁぁぁ!!?」
甲高い声と共に、奥から顔を出してきた中年の女が、チャムチャムの顔を両手で挟んだ。
「ちょっとチャムチャム!!その女の子は何!?彼女!?彼女でしょ!?隠したってママにはわかるんだからねぇ~☆スパイス返しに行って、彼女連れてくるなんて!びっくりさせすぎよ!」
「あっ??えっ!ち、ちげぇよ!!落ち着けママ!!」
ミサトは瞬きしたまま固まる。
「え、私……?の事??」
「やだもう可愛いじゃないの!!ほらボルド!見なさいよ!ちゃんと女の子連れてくるじゃない!!チャムチャムだってモテるだから!」
「ちょっ!ママっ!話を聞けぇぇぇ!!」
チャムチャムの叫びを背に、ママはミサトの手を両手で包んだ。
「ねぇ、あんた。可愛いお顔ね☆お名前なんて言うの??ちゃんと食べてる?」
「え、あ、はい。ミサトと言います。わりと……ご飯は人より食べる方です。修羅場も多めですけど」
「あらっ??修羅場は胃に来るのよね~。昔から言うのよ、恋より先に胃を掴みなさいってね!」
「お母様…それ名言すぎません?」
「それとね、男はね、涙を流す前に本音を吐かせるの。吐かないなら殴っていいわ!」
「その発想、だいぶ過激ですね……」
「生き残るコツよ。笑えるうちは勝ち☆」
ミサトはくすっと笑った。
「じゃあ、今日の私達は勝ちですね☆」
「あははっ!ええ。あんた、いい顔して笑ってるもの」
『はい。ミサト。高評価です。母親から落とす。とても高度なテクニックです。嫁入り先がまた見つかりましたね』
「おいっ!リリィ黙れ!他人事だと思って楽しみやがって。今のは空気読んで黙ってて!!」
チャムチャムの耳が少し赤くなる。
ボルドが腹を押さえて笑った。
「あははっ!ママ最高!おいおい、紹介もなしで孫の話まで行くか??気が早ぇな。三つ子でも産まれたら俺に一人くれよ!!あははっ!あー可笑しい!」
「っ!ボルド!!お前は黙ってろ!!」
ミサトは耐えきれず吹き出した。
「……ふふ。お母様、、初対面で彼女認定、早すぎません?」
「あらそう?チャムチャムは奥手だから心配してたのよ。それにだってミサトさん、顔がいいじゃない!あんた、久しぶりに人間らしい顔してるもの!」
その言葉に、チャムチャムは一瞬だけ黙った。
ボルドが咳払いする。
「……なぁ。話しもほどほどに、、ここも、もう安全じゃねぇ」
視線を巡らせる。
「場所、変えよう。例のとこだ」
ママが眉を寄せる。
「……お仕事のトラブルあったの?またあそこに行くの?」
「大丈夫だよ。ママ。すぐ戻れる……必ず。 必要なのだけ持って急ぐか…。ママ……チキン忘れないでね」
「あはは!あんたは本当にチキンが好きだね」
短いやり取りだった。
それだけで十分だった。
◇◇◇
秘密の場所は、街の外れの地下倉庫だった。
砂に埋もれかけた扉、誰も近づかない場所。
「ママ、チキン。山盛りで」
「……山盛り?」
「うん。山盛りだ」
ママはため息をつきながら、厨房へ向かった。
その背中が消えた瞬間、空気が変わる。
「……で、チャムチャム…。アイスマン、どうするの?」
ミサトが口を開く。
チャムチャムが引き出しから太巻きを取り出し一服すると、煙を吐き出しながら天井を見る。
「向こうから仕掛けてきた。理由は一つじゃねぇ」
ボルドがポキポキと指を折る。
「縄張り。見せしめ。商売。あと……」
目を細める。
「“ボダレス、お前らは青を選ぶな”って警告だ」
「選ばせない、って事?」
「あぁ、、そうだ。市場であれだけ派手にやればボダレス中に広まる。青が落ち目になれば赤が増える。でも今まであいつらから動く事なんて無かった…。俺たちに逆らっても結局やられるからな……たぶんケツモチに誰かついたな、、、」
『はい。ミサト。補足します』
リリィの声が静かに響く。
『現在、市場に流入している不明な荷物。その一部は南の島嶼連合経由です』
「……やっぱり南で間違いない??」
「海の向こうの連中だな?昔からこの場所が欲しくてちょっかいかけて来やがる。亀みてぇに首引っ込めてりゃいいのによ…」
ボルドが低く唸る。
『はい。表向きは香辛料と保存食。しかし実態は違法な、、』
リリィは一拍置いた。
『そして勢力分断用の資金と、火種です。色同士をぶつけ、弱った所に島嶼連合が食い込む。そしてこの地を手に入れ、そのまま大陸に攻め込む足掛かりにする。そんな手筈でしょう』
「つまり……それってさ…」
ミサトは口角を上げる。
「この街、もう青でも赤でもない“次のオーナー”が内定してるってわけだ」
「かぁぁぁ!胸くそ悪ぃ話だな。面倒だな!全員ぶっ殺すか!!」
「“ぶっ殺すって”、、ええ。確かに面倒、、でも、、」
ミサトは目を細めた。
「先に相手の仕組みが見えたなら、ひっくり返す余地もある」
『はい。ミサト。介入可能です。そして荷主不明の荷物の件も同時に片付くかと思われます。ですが、、今回、私はそれでは終わらないと思ってます』
静かな声が、核心に触れていた。
その時、、ギシッと足音が鳴った。
「、、あはは、、全部、分かってるよ。分かってたんだよ、、。ごめんね…盗み聞きするつもりじゃなかったんだけど…」
振り向くと、ママが立っていた。
大皿に山盛りのチキンを抱えて。
沈黙。
「いやっ!……ママ…これは…その、友達の話なんだ!とっても仲の良い…」
「分かってるのよ…。母親なんだもの。チャムチャムとボルドが悪い事して稼いでる事も」
一歩ずつ近づく。
「嘘ついてる事も」
皿を置く。
「私に心配かけないようにしてる事も」
チャムチャムは、何も言えなかった。
「でもね☆」
ママは笑った。
「それでもお前達二人が笑って生きて帰ってくるなら、私はなんの文句も言わない」
ミサトが一歩前に出る。
「……強い息子さんですよね」
「あははっ!似た者同士よ」
「え?」
「笑って誤魔化すところ」
『はい。ミサト。自己犠牲型ユーモアは、家族由来の可能性が高いです』
「ちょっと!?今ここで分析しないで!?」
ママが声を立てて笑った。
「あははっ!今日は泊まっていきなさい。明日からまた忙しいんでしょ!今日はたっぷりチキン食べて、明日からまた頑張んなさい!!」
誰も反論しなかった。
テーブルに置かれたチキンにみんな齧りついた。
「うんまぁぁぁ!何これ!待って、この味知ってる…」 考え込むミサト。
「ケンタッキーだぁぁぁぁ!!このスパイスたまんねぇぇぇ!もう一個食べていい??いいよね??」
「おぉぉ、、ママの特性ブランドスパイスだからな…。そんなに気に入ってくれたなら俺のもやるよ」
『はい。ミサト。流石ですね。チャムチャムほどの悪党を引かせるその空気を読まない判断…お見それしました』
あっという間に自分の空気に持ち込んだミサト。
みんなでの楽しい食事は続いた。
◇◇◇
夜はとても静かだった。
油と肉の匂いの中で、彼らは生きていた。
それだけで、十分だった。
「……ねぇ、リリィ」
灯りの落ちた部屋で、ミサトは天井を見つめた。
『はい、ミサト』
「こういう家族に触れた夜ってさ……ふと、思い出す人っているじゃん」
一拍。
「両親とかさ…」
『はい。ミサト。記憶照合完了。ミサトが“面倒で、理屈っぽくて、でも妙に安心できた人物”と評価していた両親ですね』
「私の両親の評価が業務報告書すぎる……」
ミサトは苦笑した。
「元気かな、お父さん、お母さん。今頃また偉そうに腕組んでさ、、ご飯食べろー!お風呂入れー!早く寝ろー!なんてさ、、」
『……寂しくなりましたか?』
「……うん。少しだけ」
沈黙。
油の匂いが、夜に溶ける。
『はい。ミサト。私は貴女の両親にはなれませんよ』
「あはは、、うん。知ってる」
ミサトは小さく笑った。
「でもさ、こうして話を聞いてくれるの、結構救われてるよ」
『はい。ミサト。……それなら』
リリィの声が、ほんのわずか揺れた気がした。
『今夜は、私が隣にいます』
ミサトは目を閉じた。
「ありがと。素敵じゃないけど……悪くない夜だね☆リリィ、、おやふぅみぃ……。ぐーぐー」
『はい。ミサト。相変わらずどこでもすぐ寝れますね…。はい。おやすみなさい』
昼の喧騒が嘘の様に静かな夜。
明日、また血の色を選ぶとしても。
今夜は、どこまでも青いままで。
続
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