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第16話 【通行不可】
しおりを挟む炎はまだ、街の景色を舐めていた。
赤く揺れる光の中で、アイスマンは深く頭を地面まで下げていた。
チャムチャムは、その姿を見下ろしながら、鼻で笑う。
「俺達に“この服着せて”頭下げて済む話しじゃねぇだろ……これ、、誰の描いた絵だ??お前か??」
低い声だった。
剣を抜くよりも、よほど危険な問い。
アイスマンは額を地面につけたまま、答える。
「俺だ。正確には……“描かされた”」
「ほぉ?なら死ねよ!!」
チャムチャムの刀がアイスマンの首目掛けて振り下ろされる。
「待ってくれ!不明な荷物を、世界に送る。
中身は聞くな。行き先も聞くな。余計な詮索もするな。送れば金が入る。それだけだ」
ボルドが足でチャムチャムの手元を止めると舌打ちした。
「チッ!ボダレスの人間がだっせぇ絵描かされてんじゃねぇよ……小銭稼ぎで、俺たちの街焼かれてりゃ世話ねぇな」
アイスマンは、苦く笑う。
「島嶼連合の知り合いからの依頼だった…。最初は一個…だんだんと荷物が増えた…。断ればチャムチャムに言うと、、怖いならお前がこの街を取れと……。はは、無理な話しなのは薄々気付いてた…俺がチャムチャムを超えるなんてな……。ラインハルトとも、ザイールとも、繋がっちゃいねぇ。……ただ、他の連中も言い出した。“金をくれるなら色を変えよう”ってな」
沈黙。
炎が爆ぜる音だけが、間を埋める。
チャムチャムは、しばらく煤だらけの空を見ていたが、、ぽつりと呟いた。
「……馬鹿が…ボダレスの人間なら“俺一人で始めた”ぐらい言ってみろよ……仲間の名前出してだっせぇな!」
そして、次の瞬間。
頭を下げたままのアイスマンの背中を容赦なく叩き、服を掴んで起き上がらせた。
「おいっ!まだ終わってねぇぞ」
アイスマンが顔を上げる。
「はははっ!お前、前線な」
「……は??」
「あと、ちゃんと裏切り者見つけとけよ!」
チャムチャムの歯が見えた。
「多分、俺を刺したのは島嶼連合の連中だろ。
分かったら、全部引きずり出せ。皆殺しだ!!
、、マァァッザッファァァァァァァック!!」
チャムチャムは振り返り、街の方を見る。
赤い炎と布、二つ青い影。
ボダレスの前線に、人の壁が立ち上がる。
「よぉ!よぉ!兵隊さん達!!俺が来たからには、、悪りぃがここから一歩も通さねぇ~よ!」
チャムチャムの声が、街に響いた。
「ここから理屈も法律も通れねぇ!通れば分かるな?
、、お前らの悲鳴は外には届かねぇ!!」
誰も、前に出なかった。
誰も、言葉を持っていなかった。
チャムチャムが通さないと言ったボダレスは、本日も“通行不可”だった。
◇◇◇
一方。
天幕の前で、ミサトは拳を握りしめていた。
「ねぇ……カリオス、、こんな事、やめて」
真正面に立つカリオスを、睨み据える。
「お願いじゃない。命令でもない。、、同盟国として、止めてって言ってるの」
横で、ニアが一歩前に出た。
「なぁラキム兵士長。ええ加減にせぇや。
街焼いて何が残んねん。面子か?給料か?」
ザイールの兵士長は、困ったように視線を逸らす。
「ニア様、、すいません。……女王ザハラ様からは、ラインハルトに従えとのご命令です」
カリオスが、静かに言った。
「国王リュウコクの指示だ」
ミサトの目が、鋭くなる。
「リュウコクの…?……嘘…でしょ、、」
「ミサト…」
カリオスは手を広げた。
「もう終わりだ。早くこちらに来い。湯ノ花に戻れ。これはリュウコクの命令だ」
、、、バチン、、。
ミサトの中で、何かが切れた。
「ふざけんなよっ!!リュウコクが!!リュウコクがこんな命令出すわけないだろ!!」
『はい。ミサト。声量が上昇しています。血圧も、、』
「黙ってなっ!!リリィ!!」
ミサトは一歩踏み出す。
「曖昧な命令で街を焼く?リュウコクの命令?責任の所在も分からないまま?湯ノ花に戻れ?……ふざけるなっ!!」
『はい。典型的な“決定事項は現場で”案件です』
「分かってる!!だから私はバチキレてるの!!」
カリオスと兵士長が、顔を見合わせる。
「ミサト様……落ち着いて。とにかく、“街を派手に焼かねば我々は帰れない”……。それが命令だからな…」
「はぁぁぁぁぁっ!!まだそんな事言うのかっ!!これ以上焼かせる訳ないだろ!!」
ミサトは叫んだ。
「分かった!これ以上やるなら、私も黙ってない!!」
カリオスの表情が、凍る。
「おい……ミサト。それは、、湯ノ花と我ら、ラインハルトの、、戦争という事でいいのか?言葉を選べよ」
ミサトは頭を抱え、叫んだ。
「あぁぁぁぁぁ!!戦争!?言葉を選べ?!あんた誰に口聞いてんの!?たくさんの兵士預けられてのぼせてんじゃないわよっ!!」
顔を上げる。
「こっちは同盟国、“湯ノ花の女王”だよ!!リュウコク、ザハラと同等!!私と話したいなら、“リュウコクとザハラ”連れて来いよ!連れて来れないなら、この街への攻撃は中止!!」
一拍。
「もし私とリュウコクとザハラの話しが終わる前に再開するなら、、それは、カリオスとザイール兵士長の独断。湯ノ花との同盟破棄と見做す!!……分かったなら、軍を下げなさい」
沈黙。
やがて、カリオスが歯を食いしばり、頭を抱えて頷いた。
「まったくそこまで言うかよ?頑固な女王だな…リュウコクが手を焼くのも分かるよ…分かった。リュウコクに確認を取る…それまでは軍を下げることにする」
カリオスが手を挙げると角笛が鳴る。
ボダレスの街から軍が、引いていく。
◇◇◇
「おっ?!あいつら引いてく引いてく。晩飯はビーフシチューか??あははっ!」
前線で、チャムチャムが笑った。
「ふふ、“ビーフシチューなら帰るな”。しっかしなんだよ、今日は命拾いデーか??」
ボルドが肩をすくめる。
「政治ってのは、便利だな。撃たずに殺す。大した女だな…あいつ」
炎の向こうから、足音。
ミサトが戻ってきた。
「よぉ……おかえり、女王様様♪」
チャムチャムは、にっと笑う。
「どうやら今日は、女王様権限で赤も青も兵隊も通行止めだな!」
「ただいま…、、その通行止めってさ、、営業先に報告すると一番嫌なワードなんだけど」
ミサトが肩を落とす。
「ははっ!?何だそれ??」
チャムチャムが鼻で笑う。
「現場で判断、自己責任、結局責任は全部お前。だろ?」
「そう!!しかも“判断は尊重します”って言われた後に責められるやつ!!」
ミサトが即答する。
「あははっ!いいじゃねぇか」
チャムチャムは日本刀を肩に担ぐ。
「こっちは最初から言われるぞ。“好きにやれ、死んでも文句言うな”ってよ」
「それも嫌だよ!!」
「でもミサト、結果は?」
「……街が、、残った」
「あはは!なら俺たちの勝ちだ」
チャムチャムが笑う。
「ゴロツキも社畜ってやつも同じだな。燃えなきゃ、今日の給料は出る…“明日が来る”って給料な!」
「あはは……その理屈、けっこう嫌いじゃないかも」
二人は並んで、まだ煙の残る街を見た。
そしてミサトは、深く息を吐いた。
「あぁぁ……あぁぁぁぁぁ!!疲れた!」
「だろうな…。まぁ…広場で生き残ったやつとママのチキンでも食おうぜ!」
『はい。ミサト。本日の想定稼働時間を三百二十%超過しています』
「うん。チキン食う☆。 おいっ!リリィ!どんな超えかただよっ!?ブラック企業でもそこまで酷くないわ!」
『はい。ミサト。補足します。精神的負荷はさらに上積みされています』
「やめて!数字で殴らないで!これ以上私を追い詰めないでっ!!今日はもうチキン食べて顔洗って寝る!」
煙の向こうで火がくすぶる。
ミサトは座り込んだ。
「ねぇリリィ……これって“やり切った感”でいいの?」
『はい。ミサト。一般的には“責任だけ残った状態”と呼ばれます。これからの事をみんなで話し合う事をお勧めします』
「えぇぇぇ!最悪の称号じゃん!そうだよね……一回軍が下がっただけで状況は何も変わってない…」
そこに、ニアがぽつり。
「いやぁ……戦争ってな」
ミサトを見る。
「始まる前は“覚悟”とか“大義”とか言うやろ?でも終わった後に残るんはな……煙と、腰の痛みや」
一拍置いて、肩をすくめる。
「うちの叔父も言うてたわ。“揉め事は勝っても負けても疲れる。せやから一番ええのは、始まらへんことや”って」
ミサトが苦笑する。
「ははは……その叔父さん、賢いね」
「せやろ?んで、今は王族辞めて酒屋やねんけどな!」
「ぷっ!いつもオチまでご丁寧にどうもありがとう…」
『はい。ミサト。結論、、本日は全員、生存。街も存続。評価は…上出来です』
リリィが淡々と言う。
「はぁぁ……その一言のために、私は今日も命懸けの残業したんだろうな」
ボダレスの空に、ゆっくり煙が流れていった。
まだ、終わってはいない。
だが今日は、、青と赤の壁が出来てからは、、誰も、踏み込めなかった。
続
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