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迷子の冒険者
しおりを挟むライルが紬の家に滞在するようになって数日が経った。紬は彼に食事を振る舞ったり、家の中で使えるものを貸し出したりしながら、少しずつ生活に慣れてもらおうと努力していた。
一方で、ライルも手伝えることを見つけて行動するようになった。彼は元々冒険者としてサバイバルの知識が豊富で、紬の家庭菜園の手入れや森の周辺の安全確保に大いに貢献していた。
ある日の午後、紬がキッチンでレシピを見ながら何かをこねていると、ライルがそっと近づいてきた。
「何をしてるんだ?」
「パンを焼いてみようと思ってるの。」紬は手を止めて振り向いた。「この森にあるものでできるか試してみたくて。ほら、これがブルームリーフの粉末なんだけど……」
「へえ、そんなのも使えるんだな。」ライルは感心しながら粉を眺めた。「でも、お前って結構なんでもやるんだな。俺だったら、こんな状況でパンを焼くなんて思いつかないよ。」
「やれることをやるだけだよ。」紬はにっこりと笑った。「それに、美味しいものを食べるのは元気の源でしょ?」
「確かに……」ライルは苦笑しながら椅子に腰掛けた。「けど、どうしてこんなに平然としていられるんだ?異世界なんて、普通の人なら怖くて仕方ないだろうに。」
紬は少しだけ考え込むように首を傾げた。そして、ぽつりと答えた。「うーん……怖いって思わないわけじゃないけど、それよりも楽しいことを見つけたいんだと思う。」
ライルはその言葉に驚いたように目を見開いた。
「楽しいこと?」
「うん。この森って不思議で、綺麗で、毎日新しいことがたくさんあるんだよ。」紬は微笑んだ。「それに、この家があるから、私にとってはここが安全な場所なんだと思う。」
ライルはしばらくその言葉を考え込んでいたが、やがて軽く笑った。「お前、すごいな。俺、こんなにポジティブなやつに会ったのは初めてだよ。」
その夜。紬とライルは出来上がったばかりのパンをかじりながらリビングのテーブルを囲んでいた。焼きたてのパンは少し焦げていたが、香りは豊かで、ほんのりと甘かった。
「このパン、思ったよりうまいじゃないか!」ライルはパンをかじりながら感嘆の声を上げた。「俺、これからは料理担当を交代することにしたいくらいだな。」
「ふふ、それは助かるかもね。」紬は笑いながら答えた。「でも、次は焦がさないようにしなくちゃ。」
妖精たちもテーブルの周りを飛び回りながら楽しそうにしていた。レイはパンの香りにうっとりし、アクアは水を用意して紬たちに配る役をしていた。
その和やかな時間の中で、ライルはふと真剣な表情になった。
「紬、俺……一つお願いがあるんだ。」
「え?」紬はパンを置き、彼の顔をじっと見つめた。
「この家で、もう少しだけ世話にならせてもらえないか?」ライルは真剣な目で彼女を見つめている。「俺、次の行き先も決まらないし、この森の中で迷ってたら、また君に助けてもらう羽目になりそうだ。」
紬はその言葉に一瞬驚いたが、すぐに優しく微笑んだ。「もちろんだよ。ライルさんがいてくれると心強いし、何よりお互い助け合えるんだから。」
ライルはホッとしたように肩の力を抜き、笑みを浮かべた。「ありがとう。これからは俺も、この家の一員としてしっかり働かせてもらうよ。」
こうしてライルは紬の家の正式な住人となった。彼の協力によって、紬の生活はさらに充実し、森の中での拠点は少しずつその存在感を増していくのだった。
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