家ごと異世界ライフ

いい湯だな！

その翌日、紬は朝早くから住人たちを集めた。

「昨日見つけた温泉、みんなで使えるようにしてみませんか？露天風呂みたいにしたら、きっとすごく楽しいと思うんです！」

紬の提案に、住人たちは顔を見合わせてから笑顔で頷いた。冬の寒さが残る体を癒やすためにも、温泉はまさにぴったりだった。

さっそく準備が始まった。エイラと他のエルフたちは木材を運び出し、獣人たちは石を集める力仕事を引き受けた。グレンは鍛冶場にこもり、温泉を囲むための石枠を頑丈に固定する道具を作り出していた。紬ももちろん、作業の中心にいた。

「この辺に囲いを作って、外から風が入らないようにして……。」
ミアが紬のそばでくるくると飛び回りながら意見を言う。
「それなら、この木を使ったら？森の香りも一緒に楽しめるかも！」

「あ、いいアイデア！」
紬は笑顔でミアに答え、その木材を切り出すためにエイラたちに頼みに行った。

数日間の作業を経て、山の湧き水が流れ出る場所に大きな露天風呂が完成した。石でできた浴槽は湯気を立て、木材の囲いが温かな雰囲気を加えていた。妖精たちもそれぞれの力を貸しており、ティアが水流を整え、フィリスが熱を保つ手助けをしてくれた。

その夜、紬は住人たちを誘い、完成したばかりの露天風呂へ足を運んだ。薄明かりの中、温泉は湯気に包まれて幻想的な雰囲気を醸し出している。

「わぁ、本当に素敵だね！」
エイラが目を輝かせながら歓声を上げた。獣人のレオはすでに服を脱ぎ始めており、「これは楽しみだな！」と嬉しそうに笑っていた。

住人たちは次々と湯船に浸かり、温泉の心地よさに感嘆の声を漏らした。
「これは……思った以上だ。」
寡黙なグレンも珍しく言葉を漏らし、湯気の中で目を細めていた。

「みんなで作ったものだからこそ、特別に感じるよね。」
紬は湯船に浸かりながら、ほっとした表情で呟いた。

ミアとフィリスも湯船の上をふわふわと漂い、「お湯の温度、完璧だね！」と楽しそうに笑っていた。

温泉の湯気に包まれながら、住人たちはお互いの苦労をねぎらい合い、冬を乗り越えたことを改めて喜んだ。そして、これからの村の未来に思いを馳せながら、ゆったりとした時間を楽しんだ。

その夜、帰り道で紬はふと空を見上げた。満天の星空が広がり、星明かりが村への道を照らしている。
「温泉もできたし、これからもっと素敵な村になるといいな。」
紬のその小さな願いは、星空の下で新たな物語の幕開けを予感させるものだった。

温泉の完成からしばらく経ち、村の住人たちは温泉の価値に気付き始めていた。紬が気軽に提案した露天風呂が、今では村にとってのちょっとした観光名所になりつつあったのだ。

ある日、ライルが村に帰ってくると、大きな袋を背負いながら紬に声をかけた。
「紬、話があるんだけど。」
「どうしたの、ライル？」
紬は庭で干していた洗濯物を手に取りながら、彼を見上げた。

「外の町でこの温泉の話をしたら、『行ってみたい』って人が結構いたんだ。それで、温泉の近くに泊まれる場所を作るのはどうかって意見が出てね。」

紬は目を丸くして考え込む。
「宿屋かあ……確かに、そういうのがあれば温泉をもっと多くの人が楽しめるかもね。」

この提案に住人たちも賛成し、温泉の近くに宿屋を作る計画が進み始めた。場所は温泉から少し離れた広場のような場所に決まり、グレンを中心に建築が始まった。グレンは無骨な顔をして黙々と作業を進めるが、どこかいつもより嬉しそうに見える。

ある日、紬はその様子を見に行った。
「グレン、大丈夫？重そうだけど手伝おうか？」
紬が声をかけると、グレンは振り返り、少し困ったように眉を下げた。
「いや、大丈夫だ。これは俺の仕事だからな。」

紬はそれでも手を貸そうと近づいたが、グレンの大きな手がふと彼女の手を止めた。
「お前には別の役目があるだろう。お菓子でも作って、みんなの力を保たせてやってくれ。」
その言葉に紬は少し頬を赤らめながらも、「分かった！」と元気よく答え、家に戻って焼き菓子を作り始めた。

建築の進む中、行商人のライルが再び新しい訪問者を連れて村を訪れた。彼らは外の町から来た商人や工芸職人たちだった。宿屋に加えて、小さな雑貨店やお土産屋を作ろうという話も自然に持ち上がり、村全体が賑やかになっていった。

やがて宿屋が完成し、最初の宿泊客が訪れる日がやってきた。紬と住人たちは温泉周りをさらに整備し、花や木々を植えて景観を整えた。

夜、宿屋のロビーで賑わう人々を見ながら、紬はグレンの隣に座っていた。
「すごいね、こんなに賑やかになるなんて。」
「お前のアイデアのおかげだ。」
グレンは静かにそう言ったが、目は真っ直ぐ前を向いたままだ。

紬は笑いながら「みんなで作ったからだよ」と言い、ほんの少しだけグレンの横顔を見つめた。その横顔は、火の灯りに照らされてどこか柔らかく見えた。

ふと、グレンが口を開いた。
「この村……いい場所になるな。」
紬は驚いて彼の顔を見たが、彼はいつものように黙って視線を前に戻していた。紬の胸には何とも言えない暖かさが広がり、そっと湯気の立つ夜空を見上げた。

こうして村には温泉を中心に新たな施設が増え、少しずつ「外の世界」との繋がりが広がっていった。そしてその中で紬と住人たちは、また一歩新しい日常に踏み出していくのだった。