家ごと異世界ライフ

ねむたん

文字の大きさ
19 / 75

しおりを挟む

春の陽気が森を包み込み、住人たちは冬の間に計画していた作業を一斉に始めていた。畑の拡張、家の増築、新しい道具の作成。どれもこれも、村の未来を見据えた大切な仕事だ。

鍛冶場では、グレンが無言で火を操りながら道具を打ち直している。肩の上には火の妖精フィリスがふわふわと浮かび、時折「もっと急げ!」とけしかけるような声を出していた。そのやり取りが妙に息が合っていて、紬は見ているだけで微笑ましい気持ちになる。

紬自身も忙しい。エイラと一緒に新しい畑の区画をデザインしていたのだ。
「紬、これ、本当に畑なの?庭園みたいに綺麗だわ!」
エイラの驚きの声に、紬は嬉しそうに笑った。
「ありがとう。でも見た目だけじゃなくて、実用性も考えてるんだよ。風よけになる高い作物を奥にして、湿気を好む野菜を手前に植えられるように配置してみたの。」
エイラは感心したように頷き、図面をじっと見つめた。

その日の夕方、紬は鍛冶場を訪れた。ひと息つこうと思ってグレンの様子を見に行ったのだ。鍛冶場には熱気が満ち、火の音が響いていた。グレンは黙々と作業をしている。

「あの……グレンさん、ちょっといいですか?」
紬が声をかけると、グレンはちらりとこちらを見てから、手を止めた。
「なんだ。」
「お願いしてた農具の修理、進み具合を見に来たんですけど……。」
グレンは無言で作業台の上から鍬を取り出し、紬に差し出した。それはただの修理品ではなかった。柄には細かな模様が彫り込まれ、刃には輝く紋様が刻まれている。

「わぁ……すごい。これ、私のですか?」
「実用的で丈夫にした。装飾は……まあ、気分だ。」
少し視線をそらしながら答えるグレンに、紬は満面の笑みを浮かべた。
「本当に素敵!ありがとうございます、大切に使いますね!」

その瞬間、グレンの口元がわずかに緩んだ。ほんの一瞬のことだったが、紬にはそれがなんだか特別なことのように思えた。

夜になると、村は静まり返る。紬は縁側に座り込み、星空を見上げていた。光の妖精ミアがふわふわと寄り添い、ティアが静かにその隣に漂っている。

「みんな、すごく頑張ってるね。村がこんなに賑やかになるなんて思わなかったなぁ。」
紬がぽつりと呟くと、ミアが元気よく答えた。
「これからもっと楽しくなるよ!まだまだやれること、たくさんあるし!」

紬は笑顔で頷いた。たくさんの仲間ができて、村がどんどん成長していく。それが嬉しくて、心がぽかぽかと温かくなる。そして、自分を支えてくれる誰かの存在も、ほんのり心を彩り始めていた。

春の日差しが柔らかく村を照らす中、紬はみんなを誘って近くの山へ出かけることを提案した。畑の整備や村の建築で忙しい日々が続いていたので、ちょっとした息抜きが必要だと感じたのだ。エイラが最初に賛成し、ミアやティアも「山にはどんな植物があるのか見たい!」と目を輝かせた。他の住人たちも次々に興味を示し、結局はほとんどの人が参加することになった。

「山頂付近にはきれいな桜が咲いてるって聞いたよ。せっかくだからお弁当も持っていこう!」
紬が楽しそうに提案すると、住人たちはそれぞれの準備に取りかかった。紬は自宅のキッチンでおにぎりを作りながら、住人たちが持ち寄った保存食や果物を包んでいった。

当日、快晴の空の下、村の一行は春風に吹かれながら山道を歩き始めた。ライルが先頭を歩き、道を案内する。途中、妖精たちが舞い上がり、道端に咲く小さな花を見つけては紬に報告してきた。
「紬!この花、すごくきれい!」
「ほんとだね、ミア。でも毒があるかもしれないから触っちゃダメだよ。」
「ええーっ!」

そんなやり取りをしながら山を登るうちに、周囲には薄いピンク色の花びらが舞い散り始めた。山頂近くの平地には一面の桜の木々が広がっていた。

「うわあ……!」
思わずみんなが足を止める。風に乗って花びらが舞う様子は、まるで夢の中の景色のようだった。

紬たちは桜の木の下にシートを広げ、お弁当を並べた。エイラが「これは私が作ったパン!」と誇らしげに手渡してきたり、グレンが無言で頑丈な木の枝を削って作った即席の箸を渡してきたりと、にぎやかな時間が流れた。

「こうしてみんなで食べると、なんでもおいしく感じるね。」
紬が笑いながら言うと、住人たちは一斉に頷いた。

食事を終えた後、ミアが「ちょっと探検してくる!」と言い残してどこかへ飛び去った。しばらくして戻ってくると、興奮した様子で紬の前に舞い降りた。
「紬!大変だよ!変な匂いがする水があるの!」

「変な匂い?」と首をかしげながら、紬たちはミアに案内されて山の奥へと進んだ。たどり着いたのは、小さな湧き水がぽこぽこと湧き出る場所だった。水の表面には細かい泡が立ち、確かに少し硫黄のような匂いがする。

「これ、温泉……かもしれない。」
紬がそう呟くと、エイラが目を輝かせた。
「温泉?それってお湯のこと?すごいじゃない!」

ライルが湧き水に手を入れて温度を確かめると、にっこり笑った。
「確かにあったかいな。これを村に引いてこられたら、みんな喜ぶだろう。」

「まずはここをもう少し調べてみようよ!」と紬が提案し、その日は湧き水の周りを軽く整備することにした。木の枝や石を取り除き、湧き水がきれいに流れるようにしただけで、場所がずいぶんすっきりした。

村への帰り道、住人たちは口々に「温泉が使えたら素敵だね」と話し合い、次にここをどう活用するかの計画を練り始めていた。紬はそんなみんなの様子を見ながら、心の中で新たな村の未来を思い描いていた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

『異世界庭付き一戸建て』を相続した仲良し兄妹は今までの不幸にサヨナラしてスローライフを満喫できる、はず?

釈 余白(しやく)
ファンタジー
 毒親の父が不慮の事故で死亡したことで最後の肉親を失い、残された高校生の小村雷人(こむら らいと)と小学生の真琴(まこと)の兄妹が聞かされたのは、父が家を担保に金を借りていたという絶望の事実だった。慣れ親しんだ自宅から早々の退去が必要となった二人は家の中で金目の物を探す。  その結果見つかったのは、僅かな現金に空の預金通帳といくつかの宝飾品、そして家の権利書と見知らぬ文字で書かれた書類くらいだった。謎の書類には祖父のサインが記されていたが内容は読めず、頼みの綱は挟まれていた弁護士の名刺だけだ。  最後の希望とも言える名刺の電話番号へ連絡した二人は、やってきた弁護士から契約書の内容を聞かされ唖然とする。それは祖父が遺産として残した『異世界トラス』にある土地と建物を孫へ渡すというものだった。もちろん現地へ行かなければ遺産は受け取れないが。兄妹には他に頼れるものがなく、思い切って異世界へと赴き新生活をスタートさせるのだった。 連載時、HOT 1位ありがとうございました! その他、多数投稿しています。 こちらもよろしくお願いします! https://www.alphapolis.co.jp/author/detail/398438394

精霊さんと一緒にスローライフ ~異世界でも現代知識とチートな精霊さんがいれば安心です~

ファンタジー
かわいい精霊さんと送る、スローライフ。 異世界に送り込まれたおっさんは、精霊さんと手を取り、スローライフをおくる。 夢は優しい国づくり。 『くに、つくりますか?』 『あめのぬぼこ、ぐるぐる』 『みぎまわりか、ひだりまわりか。それがもんだいなの』 いや、それはもう過ぎてますから。

神による異世界転生〜転生した私の異世界ライフ〜

シュガーコクーン
ファンタジー
 女神のうっかりで死んでしまったOLが一人。そのOLは、女神によって幼女に戻って異世界転生させてもらうことに。  その幼女の新たな名前はリティア。リティアの繰り広げる異世界ファンタジーが今始まる!  「こんな話をいれて欲しい!」そんな要望も是非下さい!出来る限り書きたいと思います。  素人のつたない作品ですが、よければリティアの異世界ライフをお楽しみ下さい╰(*´︶`*)╯ 旧題「神による異世界転生〜転生幼女の異世界ライフ〜」  現在、小説家になろうでこの作品のリメイクを連載しています!そちらも是非覗いてみてください。

スーパーの店長・結城偉介 〜異世界でスーパーの売れ残りを在庫処分〜

かの
ファンタジー
 世界一周旅行を夢見てコツコツ貯金してきたスーパーの店長、結城偉介32歳。  スーパーのバックヤードで、うたた寝をしていた偉介は、何故か異世界に転移してしまう。  偉介が転移したのは、スーパーでバイトするハル君こと、青柳ハル26歳が書いたファンタジー小説の世界の中。  スーパーの過剰商品(売れ残り)を捌きながら、微妙にズレた世界線で、偉介の異世界一周旅行が始まる!  冒険者じゃない! 勇者じゃない! 俺は商人だーーー! だからハル君、お願い! 俺を戦わせないでください!

辺境のスローライフを満喫したいのに、料理が絶品すぎて冷酷騎士団長に囲い込まれました

腐ったバナナ
恋愛
異世界に転移した元会社員のミサキは、現代の調味料と調理技術というチート能力を駆使し、辺境の森で誰にも邪魔されない静かなスローライフを送ることを目指していた。 しかし、彼女の作る絶品の料理の香りは、辺境を守る冷酷な「鉄血」騎士団長ガイウスを引き寄せてしまった。

料理スキルで完璧な料理が作れるようになったから、異世界を満喫します

黒木 楓
恋愛
 隣の部屋の住人というだけで、女子高生2人が行った異世界転移の儀式に私、アカネは巻き込まれてしまう。  どうやら儀式は成功したみたいで、女子高生2人は聖女や賢者といったスキルを手に入れたらしい。  巻き込まれた私のスキルは「料理」スキルだけど、それは手順を省略して完璧な料理が作れる凄いスキルだった。  転生者で1人だけ立場が悪かった私は、こき使われることを恐れてスキルの力を隠しながら過ごしていた。  そうしていたら「お前は不要だ」と言われて城から追い出されたけど――こうなったらもう、異世界を満喫するしかないでしょう。

異世界転生したので森の中で静かに暮らしたい

ボナペティ鈴木
ファンタジー
異世界に転生することになったが勇者や賢者、チート能力なんて必要ない。 強靭な肉体さえあれば生きていくことができるはず。 ただただ森の中で静かに暮らしていきたい。

10歳で記憶喪失になったけど、チート従魔たちと異世界ライフを楽しみます(リメイク版)

犬社護
ファンタジー
10歳の咲耶(さや)は家族とのキャンプ旅行で就寝中、豪雨の影響で発生した土石流に巻き込まれてしまう。 意識が浮上して目覚めると、そこは森の中。 彼女は10歳の見知らぬ少女となっており、その子の記憶も喪失していたことで、自分が異世界に転生していることにも気づかず、何故深い森の中にいるのかもわからないまま途方に暮れてしまう。 そんな状況の中、森で知り合った冒険者ベイツと霊鳥ルウリと出会ったことで、彼女は徐々に自分の置かれている状況を把握していく。持ち前の明るくてのほほんとしたマイペースな性格もあって、咲耶は前世の知識を駆使して、徐々に異世界にも慣れていくのだが、そんな彼女に転機が訪れる。それ以降、これまで不明だった咲耶自身の力も解放され、様々な人々や精霊、魔物たちと出会い愛されていく。 これは、ちょっぴり天然な《咲耶》とチート従魔たちとのまったり異世界物語。 ○○○ 旧版を基に再編集しています。 第二章(16話付近)以降、完全オリジナルとなります。 旧版に関しては、8月1日に削除予定なのでご注意ください。 この作品は、ノベルアップ+にも投稿しています。

処理中です...