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紬の旅路と漁村の再生
しおりを挟む紬が街を訪れるたびに、行商人たちとの会話は欠かせない楽しみのひとつだった。その日、森の名産品を届けに来ていた行商人のひとり、初老の男性がふとこんな話を口にした。
「お嬢さん、漁村のことは聞いたことあるかい?」
「漁村?」
紬は思わず足を止めた。
「そうさ。森を抜けて東へずっと行った先にある海沿いの村さ。あそこは干し魚が絶品で、ここの街でも時々出回ってるんだ。でも、最近嵐にやられて、大変なことになってるらしい。」
紬は目を丸くして聞き返した。「嵐ですか?そんなにひどかったんですか?」
「うむ。家屋がいくつも流されて、食べ物も少ないって話だ。助けが欲しいけど、あそこは陸路が悪くてな。森を抜けるにはちょっとした冒険が必要なんだ。」
紬は腕を組んで考え込んだ。行商人が話した「漁村」という言葉が妙に心に引っかかる。自分たちが住む森の村が発展してきた今なら、きっと何か手助けができるのではないか、と。
「私たちで行ってみます!」
紬は行商人に向き直り、決意に満ちた声で答えた。
森の村に戻った紬は、住人たちを集めて漁村の話をした。ティナやグレンをはじめとする住人たちは驚きつつも、その計画に興味津々だ。
「海って、あの大きな水の塊だろ?森しか知らないから見てみたいな!」
ティナが興奮した声を上げると、グレンは腕を組んで静かに頷いた。
「困っている人を助けるのなら、俺たちも協力しよう。」
「じゃあ、道中で必要なものを準備して、みんなで出発しましょう!」
紬が元気よく宣言すると、住人たちは一斉に頷いた。
道中、森を抜けるために獣人たちが活躍した。ティナは木々の間をスイスイと進みながら道を開拓し、ドワーフたちは急な斜面に簡易の階段を作った。途中で出会った動物たちにも手を振りながら、一行は徐々に漁村へと近づいていく。
「海の匂いがする!」
ティナがしっぽを立てて叫んだのは、それから半日ほど歩いた後のことだった。
漁村の状況は、紬たちが想像していた以上に深刻だった。壊れた家々と、悲しそうな表情を浮かべる住人たち。それでも、彼らは温かく紬たちを迎えてくれた。
その夜、焚き火を囲みながら漁村の青年が語った。
「俺たちの村には、この海と干し魚しか誇れるものはない。でも、今はそれすらままならないんだ。」
紬はその言葉を聞いて、何かできないかと考えた。そして、グレンが提案する。
「森の村で作った保存技術を教える。そうすれば、より長持ちする干し魚が作れるはずだ。」
青年はその言葉に希望を感じたようで、少しだけ笑顔を見せた。
翌日、紬たちは近くの浜辺で思わぬ発見をする。海のそばの洞窟に、温泉が湧いていたのだ。その美しい湯気に、紬は目を輝かせた。
「これ、漁村の新しい観光地になるんじゃない?」
住人たちも賛成し、温泉を中心とした復興計画が始まった。
その日の午後、紬たちは温泉の洞窟を詳しく調査することにした。漁村の青年たちも興味津々で同行し、グレンやティナ、レオも加わって一行は温泉の湧き出る岩肌を見上げた。湯気が立ち上る空間には、独特の硫黄の香りが漂い、どこか神秘的な雰囲気を醸し出していた。
「すごい…森の温泉とはまた違う雰囲気だね。」
紬がぽつりとつぶやくと、レオが頷いて答える。
「地質が違うからだろうな。この辺りの岩は多孔質だから温泉が湧きやすいんだ。」
「ここをどう活用するかがカギになりそうだな。」
グレンが低い声でそう言いながら、慎重に岩肌を調べている。
ティナは洞窟内を走り回りながら、壁の模様や光の反射を興味深そうに観察していた。
「見て見て!ここ、光が虹みたいに見えるよ!」
彼女が指差す先には、湯気が薄い膜となって陽の光を受け、淡い虹色に輝いている部分があった。それを見て紬は閃いたように手を叩いた。
「これを目玉にしたらどうかな?温泉と虹がセットになった観光スポットなんて、素敵じゃない?」
漁村の青年たちは顔を見合わせた後、希望に満ちた表情で頷いた。
「それなら、村にも人がたくさん来てくれるかもしれない。」
その日の夜、漁村の集会所で紬たちと漁村の住人たちは集まり、温泉を活用した復興計画を話し合った。
「まずは洞窟の入り口を整備しよう。それから、温泉を安全に利用できるように設備を作らないとね。」
紬が提案すると、グレンと漁村の青年たちが頷く。
「漁村にある木材を使えば、簡易的な湯治場くらいはすぐに作れるだろう。」
グレンがそう言うと、漁村の住人たちは「やれることがある」と気づいたように活気づいた。
「それから、漁業も少しずつ再開できるようにサポートしよう!」
紬が言うと、ティナが元気よく手を挙げた。
「魚の捕まえ方なら教えてもらえる?私もやってみたい!」
住人たちはその明るさに笑顔を見せ、話し合いは深夜まで続いた。
翌朝から、紬たちは漁村の住人たちと一緒に行動を開始した。洞窟の入り口を整備し、温泉を囲むように木製の湯船を作り、漁村のシンボルとして掲げる旗まで作った。仕事の合間にティナが初めて漁に挑戦し、小ぶりの魚を見事に捕まえた時には、村全体が拍手で沸いた。
紬も漁師たちと一緒に干し魚作りの手伝いをしながら、保存の工夫を教えた。
「これなら、嵐が来ても食料が無駄にならないね!」
紬のアドバイスに漁師たちは感心し、何度も感謝の言葉を口にした。
数日後、洞窟温泉の整備が完了し、村人たちは新たな観光地の誕生を祝う小さな祭りを開いた。祭りでは、紬たちも漁村の伝統的な料理を振る舞われ、ティナはその味に大興奮。グレンは無言で干し魚をかじりながら、どこか満足そうな表情を浮かべていた。
その夜、紬は漁村の浜辺でグレンと二人並んで座り、満天の星空を眺めていた。
「今回のこと、グレンがいなかったら絶対にできなかったよ。本当にありがとう。」
紬が静かに言うと、グレンは少し照れたように短く答えた。
「俺は、役に立つことができただけだ。」
その返事に紬は笑みを浮かべた。そして、波の音を聞きながら、しばらく二人は何も言わずにその場に座り続けた。
漁村を後にする日、村の住人たちは名残惜しそうに紬たちを見送った。洞窟温泉を中心に、再び活気づき始めた村の様子を見て、紬は胸の中にじんわりとした温かさを感じた。
「また必ず来るね!」
紬の言葉に、漁村の住人たちは手を振って応えた。
森の村へと戻る道すがら、ティナがぽつりとつぶやいた。
「漁村っていいね。今度は海にもっと入ってみたい!」
その明るい声に紬たちは笑いながら頷き、帰路についた。
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