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おさんぽ
しおりを挟む朝の森は、どこか特別な静けさをまとっていた。鳥のさえずりや木々のざわめきが、微かな風に乗って響く。澄み切った空気を胸いっぱいに吸い込んで、紬は自宅の玄関を開けた。「今日は町をぐるっと回ってみようかな。」家の中ではカレンが「行ってらっしゃい」と手を振っている。すでに新しいレシピの研究に夢中で、紬が散歩に出かけることを気に留める気配はない。
自宅の前に広がる小道を歩き出すと、木漏れ日がやわらかく差し込む。道沿いには、森の住人たちが一から整備した花壇が彩りを添えていた。木の根元には可愛らしいキノコの群生が見え、どこからともなく漂う甘い花の香りに心が癒される。小さな変化にも、町が少しずつ息づいているのが感じられた。
小道を抜けると、畑が見えてきた。そこではエルフの女性が腰に手を当て、苗木を整えている。近くではドワーフたちが水車を使った灌漑設備を点検中だった。紬は手を振りながら挨拶を交わす。「紬さん、おはようございます!今日は良い天気ですね。」エルフの女性が微笑むと、その背後でドワーフたちが声を張り上げた。「新しいパイプが届いたぞ!次はあのエリアを拡張だ!」
活気ある畑の様子に満足し、紬はそのまま市場通りに向かった。最近できたこのエリアは、町で一番の賑わいを見せている場所だ。道の両側には屋台が並び、住人たちが手作りの品を売り買いしている。行商人たちもここを拠点にし始め、さまざまな異世界の珍しい商品が並ぶようになった。陶器や布地、スパイスに薬草――見ているだけで心が踊る。
「紬さん、これ見てください!」声をかけてきたのは、獣人の少年だ。彼が手にしていたのは、温泉宿エリアで採れた天然の塩を使った飴だという。「甘じょっぱい新作です!食べてみてください!」ひとつ口にすると、優しい甘さとほんのり塩味が絶妙に混じり合い、紬は思わず「おいしい!」と感嘆した。少年は得意げにしっぽを揺らしながら、次のお客さんに声をかけに走っていった。
市場通りを抜けると、森の展望台へ続く道が見えてきた。その途中には、新しくできた「森の展望台カフェ」がある。木造の建物は森の景観に溶け込み、外のテラス席では住人たちがスイーツを楽しんでいた。紬も足を止め、カフェの扉を押し開けた。
「紬さん、ようこそ!」カフェを切り盛りしているのは、羊の獣人の女性だ。ふわふわの髪が特徴で、その愛らしさからすでに住人たちの人気者になっている。「今日は新作のタルトがあるんです。よかったら試してみませんか?」
紬はベリータルトとハーブティーを注文し、外の席に腰を下ろした。柔らかな風に吹かれながら、甘酸っぱいタルトを一口。口の中に広がる自然の恵みの味わいに、紬は思わず目を細めた。「こんな素敵な場所ができるなんて……。」周囲を見渡すと、獣人やエルフ、ドワーフ、行商人が和気あいあいと談笑している。森の住人たちがこうして一つにまとまっている光景を見るたび、紬は胸が温かくなるのを感じる。
展望台へと続く坂道を登ると、町全体が一望できる高台に出た。視界には、温泉宿エリアや農業エリア、住民たちの家々が見渡せる。その中で、一際目を引くのが「モフモフ広場」だ。紬はそこにも足を運んでみることにした。
広場では、獣人たちが動物と触れ合う風景が広がっていた。大きな犬と走り回る子どもたちや、しっぽを振る猫の獣人。さらに、広場の隅では行商人がヤギと戯れている。「紬さん!」声をかけてきたのは、広場の管理人のウサギの獣人だった。「この子、最近仲間に加わったんです。」彼が紹介したのは、ふわふわの毛並みを持つ大きな猫のような動物だ。その目はどこか知的で、紬が手を差し出すと、心地よいモフモフ感が手のひらを包んだ。
日が傾き始める頃、紬は町の高台にある展望台に戻った。吹き抜ける風を感じながら、広がる景色をじっと眺める。最初は一軒の家から始まったこの場所が、今では活気ある町へと成長している。畑での作業、市場通りの賑わい、モフモフ広場での笑顔――すべてが一つにつながり、この町を彩っている。
「ここが私たちの場所なんだ。」紬は胸の内でそうつぶやきながら、これからの未来に思いを馳せた。
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