冷遇する婚約者に、冷たさをそのままお返しします。

ねむたん

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その夜、ミーシャは小さなランプの灯りだけを頼りに、ノートを広げて記録を整理していた。彼女の中で、冷え切った感情がじわじわと形を持ち始めていた。ヴィクターを陥れるために集めた証拠――それが何を意味するのか、どんな結果をもたらすのか、ミーシャにはまだ明確な考えがなかった。ただ、一つだけ確かなことがあった。彼に何かをされる前に、自分から動く。それだけだった。

翌日、ミーシャはヴィクターのもとを訪れたが、来客中だからと言われ待たされた。隙を見て彼の居場所を探ると、誰かと土地の取引について議論している。だが、その話の合間にミーシャの名前が聞こえた。

「ミーシャをどうにか使えないかと考えたが、無理な話だったな。彼女には存在感すらない。せいぜい婚約者としての見せかけだけが役立つ程度だ」

書斎の扉の向こうから聞こえてくるその言葉に、ミーシャは眉をひそめた。これまでも散々見下されてきたが、それでもなお「使い道」について語られていることに、微かな苛立ちがこみ上げてきた。

扉の外で彼女が耳をそばだてていると、ヴィクターはさらに低い声で話を続けた。
「この土地の買収には時間をかけられない。噂を立てられる前に金を回しておく。最終的に問題が起きたら、責任を彼女に押し付ければいい。エステラ家の名前なら、多少の負債を背負っても問題ないだろう」

その瞬間、ミーシャは手にしていたノートを無意識に握りしめていた。自分の名前が、こんな風に軽々しく使われようとしていることに、怒りと虚しさが同時に込み上げてきた。

その夜、ミーシャは自分の記録した証拠を広げながら、どう動くべきか考えていた。これまではただ観察し、記録するだけだったが、ヴィクターの言葉を聞いたことで、彼女の中に一つの目的が芽生え始めた。

「彼が崩れる姿を見たい」

冷たく、乾いた感情が彼女を支配していた。復讐というには空虚すぎる動機。だが、それで十分だった。帰宅した彼女は、自分が持つ情報を一つにまとめ、信頼できる屋敷の使用人に手渡した。

「この内容を、町の商人組合に送ってください」

使用人は一瞬だけ驚いたようだったが、彼女の冷ややかな瞳を見て何も言わず頷いた。彼女が渡したのは、ヴィクターが不正に金を動かしていることを示す書類の断片だ。

数日後、町の商人たちの間でヴィクターの名前が囁かれ始めた。土地の買収や金の流れについての疑念が広まり、彼に対する信頼が薄れつつあった。ミーシャはその噂を聞きながらも、特に喜びを感じるわけでもなかった。ただ、少しずつ彼を追い詰めているという事実だけが、彼女の空虚な心をわずかに満たしていた。

エステラ家を訪れたヴィクターの顔には、これまでにはなかった焦りが見え始めていた。彼は父と短く言葉を交わし、すぐにミーシャの姿を探した。

「君だろう、ミーシャ。僕の計画に邪魔をしているのは」

彼の声はいつもの冷たさを失い、怒りと疑念が混ざり合っていた。だがミーシャは、ただ彼を見つめるだけだった。その瞳には恐れも後悔もなく、ただ静かな光が宿っている。

「何のことですか?」

「とぼけるな!」ヴィクターは声を荒げたが、その怒りはかえって彼の不安を露呈しているようだった。

ミーシャは口元に微かな笑みを浮かべた。自分でも、その笑みがどこから来たのかはわからなかった。ただ、彼が自分の前でこうして声を荒げていることが、どこか滑稽に思えたのだ。

ヴィクターの焦りを見たミーシャは、最後の一手を打つことを決めた。これまで集めたすべての証拠――彼の密会、不正取引、エステラ家を利用しようとした計画。それらをまとめ、社交界での権威を持つ人物へと送った。

彼が崩れるのを見届ける。それが彼女の唯一の目的となっていた。
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