冷遇する婚約者に、冷たさをそのままお返しします。

ねむたん

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ヴィクターの怒りと苛立ちは限界に達しつつあった。商人たちや社交界での信用が揺らぎ、父からの圧力は日に日に増している。それでも彼は、自分の失態を認めることができず、全ての矛先をミーシャに向けていた。

翌朝、ヴィクターはエステラ家に再び現れた。その顔は疲労にまみれ、目の下にクマが浮かんでいた。彼がここ数日、夜も眠れずにいることを物語っている。

「ミーシャ、来い」

彼の呼びかけに、ミーシャは無表情のまま応じた。彼が何を言うつもりかはわかっていたが、それでも彼女は冷静を保った。彼の焦りと怒りを、冷たい目で見つめ続けることが、彼女にとっての唯一の抵抗だった。

書斎に連れて行かれたミーシャは、ヴィクターが机の上に広げた書類に目を向けた。それは彼が進めていた土地取引の計画書だった。だが、そこには赤い印がいくつも付けられており、どれも彼の計画が失敗に終わったことを示していた。

「これを見ろ」彼は机を叩きながら叫んだ。「これがお前のせいじゃないと言えるのか!」

ミーシャは書類に視線を落としたが、特に興味を示すこともなく、静かに答えた。「私には何もわかりません」

その無感情な返答に、ヴィクターの怒りはさらに膨れ上がった。

「ふざけるな!」彼は再び手を振り上げたが、今度はカスパルの姿はなかった。振り下ろそうとしたその手を、ギリギリのところで止める。だが、その動作には彼の限界が滲んでいた。

「お前のせいで僕の人生がめちゃくちゃになったんだ…!」

その言葉を聞いて、ミーシャは冷静に彼を見つめた。そして、静かに言葉を返した。

「めちゃくちゃになったのは、私のせいではありません。それは、あなた自身の行動が招いた結果です」

その一言に、ヴィクターは凍りついたように立ち尽くした。

その日の午後、ミーシャは庭園で一人座っていた。ヴィクターとのやり取りを思い返しても、特に何の感情も湧いてこなかった。ただ、彼が崩れていく姿を見届ける自分を、どこか遠くから眺めているような気がしていた。

そこに現れたのは、またしてもカスパルだった。彼はミーシャの隣のベンチに腰掛け、空を見上げながら口を開いた。

「君も意外と強いんだな」

「…何がですか?」

「普通の人なら、あんな風に責め立てられたら泣き出すだろうに。君はそれどころか、冷静に彼を突き放していた。正直、驚いたよ」

ミーシャは答えず、視線を膝の上に落とした。カスパルの言葉に何かを感じる余裕はなかった。ただ、彼の軽口がいつもより少しだけ真剣に聞こえたのが気になった。

「君が何を考えているのか、僕にはわからないけどさ」カスパルは続けた。「少なくとも、ヴィクターは君を恐れているよ。彼は君の無表情が何より怖いんだ」

その言葉に、ミーシャはようやく顔を上げた。「…彼が私を恐れている?そんなこと、あるはずがありません」

「いや、本当さ」カスパルは笑みを浮かべながら言った。「彼は完璧でいようとするあまり、自分より冷静でいられる存在に怯えるんだ。それが君なんだよ」

その言葉に、ミーシャは自分でもわからない感情を覚えた。カスパルの話が本当だとすれば、自分がヴィクターを追い詰めているのは確かだ。だが、それが彼女にとって何の意味を持つのかはわからなかった。

その後も、ヴィクターの状況は悪化の一途を辿った。取引に関する正式な調査が行われることになり、彼の関与が明らかになれば、クロンベルグ家の名誉も完全に失墜するだろう。

ヴィクターは最後の手段として、エステラ家に支援を求めようとしたが、父親であるグレゴールは事なかれ主義を貫き、「クロンベルグ家の問題に関与するつもりはない」と突き放した。

孤立無援となったヴィクターは、次第に社交界から姿を消していった。彼の存在が消えていくのを見届けながらも、ミーシャの心に達成感はなかった。ただ、冷たく乾いた空虚さだけが残っていた。

最後にカスパルがミーシャにこう言った。

「君が思っている以上に、君は強いよ。でも、その強さをどう使うかは、君次第だ」

ミーシャはその言葉に答えず、ただ静かに庭園の花を見つめていた。その瞳には、冷え切った虚無の光が宿り続けていた。
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