14 / 84
14
しおりを挟む「マンションの住人の皆さん、冷静に行動してください。感染者が確認されましたが、各自部屋に留まり、安全を確保してください。外に出ないようにお願いします」
館内アナウンスが繰り返し流れる。声の調子は努めて落ち着いていたが、動揺が隠しきれていなかった。
「……これ、もう籠城しろってことだよな」
安田がスマホを握りしめながら呟く。
「つまり、他の部屋に助けを求めるなってことか」
斉藤が冷静に分析する。
「中で感染が広がってるのに、下手に移動したら危険だからな。下手すると、誰が感染してるか分からなくなる」
「でも、このまま待ってても……」
高橋が短く言葉を切る。
「ここも安全じゃなくなるかもしれない」
誰もがその可能性を理解していた。
俺は視線を部屋の隅へ向ける。
そこには、ホームセンターで買い揃えた武器が置かれていた。
「とりあえず、こいつを準備しておくか」
俺は壁に立てかけていた刺股を手に取った。
「まさか本当に使う日が来るとはな……」
安田が苦笑しながら、金属バットを手にする。
「日本じゃ銃なんて持てないからな。こういうのが最善だろう」
「刺股は相手を抑え込むのに向いてるが、これで完全に止められるわけじゃない」
斉藤がバールを手に取りながら言った。
「だが、距離を取れるのは大きい。素手よりははるかにマシだ」
「確かにな」
高橋は黙って、工具セットを開けると、ハンマーを手にした。
「俺はこれでいい」
「お前、それでゾンビの頭割る気か?」
安田が半分冗談めかして言うと、高橋はわずかに肩をすくめる。
「やるしかないときは、やる」
「……だな」
俺は刺股をしっかりと握り直しながら、仲間たちを見渡した。
安田は、俺たちの中で一番軽いノリの男だ。だが、ネットの情報収集には長けている。すでに掲示板をチェックし、今後の動向を探っているようだった。
斉藤は冷静で、状況を論理的に分析するタイプ。こういう非常時には貴重な存在だ。今もマンションの状況を整理し、どんな選択肢があるかを考えている。
高橋は寡黙だが、実務的な思考をする。戦いになれば、ためらわずに動く男だろう。
そして、俺自身──三浦拓真。普通の会社員だった俺が、今こうして武器を握り、マンションの一室で籠城している。この異常な状況に、まだ現実味が湧いてこない。
だが、もう元の日常には戻れないことも、分かっていた。
「……とにかく、今は様子を見よう。動くのはまだ早い」
俺の言葉に、全員が無言で頷いた。
外の世界が変わり果てた今、俺たちがどこまで生き延びられるか。
その答えは、まだ分からなかった。
マンション内は静まり返っていた。
住人たちは各自の部屋に閉じこもり、誰も廊下に出てこない。アナウンスの効果はあったようだが、それだけに不気味だった。
「とりあえず、このまま何もしないのも気が滅入るな」
安田がベランダ側の窓を少しだけ開け、外の様子をうかがった。
「道路は相変わらず混乱してる。逃げようとしてる車が増えてるっぽいな」
「でも、逃げたところで安全な場所があるかどうか……」
斉藤がスマホを見ながら呟く。
「避難所の状況は?」
俺が尋ねると、斉藤は苦い顔をした。
「もう収容オーバーだな。どこも受け入れ停止か、パニックになってるって書き込みが多い」
「やっぱりな」
予想はしていたが、こうして現実を突きつけられると気が重い。
「このままマンションに籠城してても、いずれ限界がくるよな」
高橋が言った。
「ただ、外に出るのはリスクが高すぎる」
「しばらくは様子を見るしかないか……」
そう話していると、俺のスマホが震えた。藤木からのメッセージだった。
「ショッピングモール、少しずつ雰囲気が変わってきた」
俺は画面を見つめながら、嫌な予感を覚えた。
「どういうことだ?」と返信を打つと、すぐに返事が来た。
「橘の統制が強くなってきた。ルールを決めてるのはいいが、反対意見を封じる空気が出てきてる」
「……やっぱりな」
藤木の報告を読みながら、昨日のことを思い出す。
橘は確かに優秀な人間だ。リーダーとしての資質もある。だが、独善的すぎるところがあるのも確かだった。
「今のところ問題はないけど、このままいくとヤバいかもな」
「何かあったらすぐ連絡しろよ」と送ると、「分かった」と短い返事が返ってきた。
「ショッピングモールも、長くは持たなそうだな」
俺は溜息をつきながら、仲間たちに状況を説明する。
「結局、人が多い場所はどこも崩壊するんだよな……」
安田が呟く。
「政府も対応しきれてないし、最終的には自分の身を守るしかないってことか」
「じゃあ、俺たちはどうする?」
高橋が静かに尋ねる。
俺は答えられなかった。
今はまだ、ここが比較的安全だ。でも、それがいつまで続くかは分からない。
「もう少しだけ様子を見る。それからだ」
そう言うしかなかった。
外は静かだった。
だが、その静けさが、逆に不安を煽っていた。
10
あなたにおすすめの小説
日本列島、時震により転移す!
黄昏人
ファンタジー
2023年(現在)、日本列島が後に時震と呼ばれる現象により、500年以上の時を超え1492年(過去)の世界に転移した。移転したのは本州、四国、九州とその周辺の島々であり、現在の日本は過去の時代に飛ばされ、過去の日本は現在の世界に飛ばされた。飛ばされた現在の日本はその文明を支え、国民を食わせるためには早急に莫大な資源と食料が必要である。過去の日本は現在の世界を意識できないが、取り残された北海道と沖縄は国富の大部分を失い、戦国日本を抱え途方にくれる。人々は、政府は何を思いどうふるまうのか。
俺を振ったはずの腐れ縁幼馴染が、俺に告白してきました。
true177
恋愛
一年前、伊藤 健介(いとう けんすけ)は幼馴染の多田 悠奈(ただ ゆうな)に振られた。それも、心無い手紙を下駄箱に入れられて。
それ以来悠奈を避けるようになっていた健介だが、二年生に進級した春になって悠奈がいきなり告白を仕掛けてきた。
これはハニートラップか、一年前の出来事を忘れてしまっているのか……。ともかく、健介は断った。
日常が一変したのは、それからである。やたらと悠奈が絡んでくるようになったのだ。
彼女の狙いは、いったい何なのだろうか……。
※小説家になろう、ハーメルンにも同一作品を投稿しています。
※内部進行完結済みです。毎日連載です。
幼馴染が家出したので、僕と同居生活することになったのだが。
四乃森ゆいな
青春
とある事情で一人暮らしをしている僕──和泉湊はある日、幼馴染でクラスメイト、更には『女神様』と崇められている美少女、真城美桜を拾うことに……?
どうやら何か事情があるらしく、頑なに喋ろうとしない美桜。普段は無愛想で、人との距離感が異常に遠い彼女だが、何故か僕にだけは世話焼きになり……挙句には、
「私と同棲してください!」
「要求が増えてますよ!」
意味のわからない同棲宣言をされてしまう。
とりあえず同居するという形で、居候することになった美桜は、家事から僕の宿題を見たりと、高校生らしい生活をしていくこととなる。
中学生の頃から疎遠気味だったために、空いていた互いの時間が徐々に埋まっていき、お互いに知らない自分を曝け出していく中──女神様は何でもない『日常』を、僕の隣で歩んでいく。
無愛想だけど僕にだけ本性をみせる女神様 × ワケあり陰キャぼっちの幼馴染が送る、半同棲な同居生活ラブコメ。
日本新世紀ー日本の変革から星間連合の中の地球へー
黄昏人
SF
現在の日本、ある地方大学の大学院生のPCが化けた!
あらゆる質問に出してくるとんでもなくスマートで完璧な答え。この化けたPC“マドンナ”を使って、彼、誠司は核融合発電、超バッテリーとモーターによるあらゆるエンジンの電動化への変換、重力エンジン・レールガンの開発・実用化などを通じて日本の経済・政治状況及び国際的な立場を変革していく。
さらに、こうしたさまざまな変革を通じて、日本が主導する地球防衛軍は、巨大な星間帝国の侵略を跳ね返すことに成功する。その結果、地球人類はその星間帝国の圧政にあえいでいた多数の歴史ある星間国家の指導的立場になっていくことになる。
この中で、自らの進化の必要性を悟った人類は、地球連邦を成立させ、知能の向上、他星系への植民を含む地球人類全体の経済の底上げと格差の是正を進める。
さらには、マドンナと誠司を擁する地球連邦は、銀河全体の生物に迫る危機の解明、撃退法の構築、撃退を主導し、銀河のなかに確固たる地位を築いていくことになる。
If太平洋戦争 日本が懸命な判断をしていたら
みにみ
歴史・時代
もし、あの戦争で日本が異なる選択をしていたら?
国力の差を直視し、無謀な拡大を避け、戦略と外交で活路を開く。
真珠湾、ミッドウェー、ガダルカナル…分水嶺で下された「if」の決断。
破滅回避し、国家存続をかけたもう一つの終戦を描く架空戦記。
現在1945年中盤まで執筆
クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?
青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。
最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。
普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた?
しかも弱いからと森に捨てられた。
いやちょっとまてよ?
皆さん勘違いしてません?
これはあいの不思議な日常を書いた物語である。
本編完結しました!
相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです!
1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…
戦場の英雄、上官の陰謀により死亡扱いにされ、故郷に帰ると許嫁は結婚していた。絶望の中、偶然助けた許嫁の娘に何故か求婚されることに
千石
ファンタジー
「絶対生きて帰ってくる。その時は結婚しよう」
「はい。あなたの帰りをいつまでも待ってます」
許嫁と涙ながらに約束をした20年後、英雄と呼ばれるまでになったルークだったが生還してみると死亡扱いにされていた。
許嫁は既に結婚しており、ルークは絶望の只中に。
上官の陰謀だと知ったルークは激怒し、殴ってしまう。
言い訳をする気もなかったため、全ての功績を抹消され、貰えるはずだった年金もパー。
絶望の中、偶然助けた子が許嫁の娘で、
「ルーク、あなたに惚れたわ。今すぐあたしと結婚しなさい!」
何故か求婚されることに。
困りながらも巻き込まれる騒動を通じて
ルークは失っていた日常を段々と取り戻していく。
こちらは他のウェブ小説にも投稿しております。
百の話を語り終えたなら
コテット
ホラー
「百の怪談を語り終えると、なにが起こるか——ご存じですか?」
これは、ある町に住む“記録係”が集め続けた百の怪談をめぐる物語。
誰もが語りたがらない話。語った者が姿を消した話。語られていないはずの話。
日常の隙間に、確かに存在した恐怖が静かに記録されていく。
そして百話目の夜、最後の“語り手”の正体が暴かれるとき——
あなたは、もう後戻りできない。
■1話完結の百物語形式
■じわじわ滲む怪異と、ラストで背筋が凍るオチ
■後半から“語られていない怪談”が増えはじめる違和感
最後の一話を読んだとき、
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる