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日常編
135 おくりもの
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「あけましておめでとう!」
小鳥のさえずりとともに、朝一番に聞こえてきたのは元気のいいダン爺の声だった。
昨夜は少し夜ふかしをしたので、時刻はいつも起きる時間より少し遅い。とはいっても、まだ早朝と言って差し支えない時間だ。
とんでもない大声量で目を覚ました私は、二度寝する気にもなれず、そのまま起きることにした。
寝癖もそのままにリビングを覗けば、キッチンにはアルトさん、ダイニングにはカイルさん。そして、ソファにはコタローを膝に乗せて満足気なダン爺がいた。
「おおー、よしよしいい子だ」
まるで犬に対するようにワシャワシャとコタローを撫で回すダン爺は、やはり大物に違いない。コタローもコタローで、嬉しそうにそれを受け入れているのは、次期神獣としてどうなのだろう……。
まあ、言ったところでどうにもならないことは目に見えているため、無粋な口出しをすることはしないが。お互いが楽しいなら、それでいいだろう。
扉の隙間からの観察をやめて、しずしずとリビングに入っていけば、私に気づいたダン爺からの盛大な歓待を受けた。
「チナちゃん、おはよう!そして、おけましておめでとう!」
「あけましておめでとう、ダンじい。きょうはずいぶんとはやいね」
「年始とはいえ、ギルドは忙しくなるからな。この時間くらいしかゆっくりできないんだ」
ギルドには、こぞって冒険者たちが新年の挨拶に向かうのだろう。もちろん私達も後で行くはずだ。しかし、ギルドで顔を合わせるはずのダン爺がわざわざ出向いてきたということは……。
「はい、チナちゃん。新年の贈り物だよ」
やっぱりそういうことだったみたいだ。
実は、この世界にもお年玉のような概念があるのだ。送るのは現金じゃなくて実用品なことが多いが。
ダン爺が渡してくれたのは、少し重みのある大きな箱。早速開けてみれば、中にはいっていたのはピカピカのブーツだった。
「うわぁ、かわいい!ダンじい、ありがとう!」
森の中や川など、足場の悪い、道なき道をよく歩く冒険者にとって、靴は消耗頻度の早い部類に入る。ちょうど私の靴も買い替えどきだな、と考えていたのだが、丁度このタイミングでプレゼントされるとは。
早速履いてみれば、サイズもピッタリ。丈夫で歩きやすいので、今年一年のメイン戦力となるだろう。今年のお気に入り第一号が決定した。
ダン爺の用はそれだけだったようで、私の反応を見た後はそそくさと帰ってしまった。本当に忙しい人だ。今度、何か労いの品でも持っていこう。
「チナ、良かったな」
そう言って頭をワシャワシャ撫でてくるカイルさんも、実はダン爺から靴を送られていた。新年の贈り物は、基本成人前のこどもに対して行われるものだが、やはりダン爺にとってカイルさんはいつまでもこどもらしい。もちろん、アルトさんとライくんの分の贈り物もあるようだ。ちなみに全員、おそろいの靴である。
ライくんも起きてきて朝食を取った後、私たちは町へ挨拶まわりへ行くことにした。
早速、もらったばかりの新しい靴を履いて準備万端の私は、カイルさんたちの企みに気づくことができなかった。
「チナ、そろそろ上着も新しいのに替えたほうがいいんじゃないか?」
「カバンの紐も千切れそうだよ」
「……髪、伸びたから」
あれよあれよと言う間に私の上着とカバンが取りあげられ、別のものを着せられる。謎の手際の良さに目を回しながらも、取り替えられた衣装を確認するため玄関横の姿見の前に立てば、ブラウン一色だった私は春色へと様変わりしていた。
薄緑色の裾が広がったコートに身を包んだ私は、同色のリボンで髪をポニーテールに結い上げ、前髪は花模様の宝石のついたピンで留めて、爽やかな印象に。白いポシェットにはピンクと黄色の花飾りがついていて、大人っぽさと可愛さを両立している。
「なにこれー!かわいい!」
「ふふっ。それは僕達からの贈り物だよ。気に入ってくれた?」
「すごくきにいった!カイルさん、アルトさん、ライくん、ありがとう!」
鏡の前でくるくると自分の姿を確認する私は、はたから見れば相当浮かれているだろう。
実際、浮かれていた。新しい靴というだけでもテンションが上がっていたのに、こんなにかわいいコーディネートを用意してくれているなんて。
いつの間に用意してくれていたのだろう。全然気が付かなかった。
ニヨニヨと上がる口角が止まらない。今、すごく幸せだ。
「チナ、行くぞ」
「はーい!」
いつの間にか準備を終えたカイルさんたちはすでに外へと出ていた。私も慌てて追いかける。
気分は上々。ルンルンとスキップをしながら私は町へと向かった。
「あけましておめでとうー」
「今年もよろしくねー」
「おめでとうございます!よろしくおねがいします!」
町中のいたるところから飛び交う声に、私も声を返す。知っている人も、知らない人も、みんな笑顔で言葉を交わし合っていた。
私たちはまず、一番混み合っているだろうギルドへと寄った。ダン爺には朝会ったが、改めて靴のお礼を言いたい。カイルさんたちも冒険者仲間のみんなに挨拶をするようだ。
開け放たれた扉から中に入ると、そこはまるで宴会場のように賑わっていた。武器も装備も持たずにラフな格好をしている人や、いつも通りの格好の人、すでに依頼に行ってきたような人までいる。
有名人で人気者のカイルさんたちはあっという間に囲まれてしまった。私は隙をついて人の隙間を縫って歩く。この日ばかりはダン爺もロビーに出てきているだろう。
その予想は見事に的中した。
「ダンじい!」
「おお、チナちゃん!よく来たな。……その靴、早速履いてきてくれたのか。履き心地はどうだ?」
「ぴったりで歩きやすいよ。ありがとう、だいじにするね!」
ダン爺はビールジョッキ片手に、私の髪型を崩さないように、優しく頭をポンポンする。
「ねえ、みて!このコートとポシェットとかみかざり、カイルさんたちがくれたの。にあってる?」
両手を広げて見せびらかすようにくるりと回ってみれば、ダン爺は大げさとも言えるほどに喜んで、たくさん褒めてくれた。
それから少し涙ぐみ「あのカイルがなぁ……」と昔話を始めてしまう。どうやら、真っ昼間から酔っ払っているらしい。ダン爺がお酒に弱かったなんて意外だ。樽一杯飲んでも酔わなそうな見た目をしているのに……。
ウンウンと生温かい視線をカイルさんに送りながら、ダン爺の話は右から左に聞き流した。酔っぱらいの話を真面目に聞いてはいけないというのは定石だ。
しばらくそうやって話を聞き流していると、挨拶が終わったらしい三人が戻ってきた。というか、ライくんは早々に抜け出して密かに私の隣を陣取っていたが。
とりあえず、慰めるようにダン爺の肩をポンポンと叩いて、私たちはギルドから出た。
その後は普段お世話になっているお店に挨拶まわりに伺う。こうやって挨拶に訪れる客は多いため、どこのも新年一日目から店を開けていることが多い。挨拶ついでに、いいものがあればいくつか買って、私たちは町を巡った。
「姉御、ちわっす!」
その声は、最後の店を出たタイミングで聞こえた。
なんだか聞き覚えのある声だと振り返れば、そこには冒険者の新人講習会で出会った少年の一人が立っていた。
「カイルさん、アルトさん、ライさんも、ちわっす!あけましておめでとうございます!今年もご指導、よろしくお願いします!」
ピシッと両手を体の横につけ、腰を九十度に折り曲げる。なんて綺麗なお辞儀だろうか。少年は出世するタイプと見た。
「おう。あけましておめでとう。今年も、無理しないように励めよ」
カイルさんに続き、アルトさん、ライくんも軽く言葉をかける。少年は感激といった表情で目を輝かせながら「はいっ!」と元気の良い返事をした。
「姉御!俺、今年も姉御を目指して頑張るんで、もしよかったら、また訓練とか一緒にやらせてもらってもいいですか?」
真剣な表情で迫ってきた少年に私は少したじろぎながらも、了承の意味を込めて頷く。
「よっしゃー!俺、すっげぇ頑張ります!」
少年の後ろにブンブンと揺れる尻尾が見える。なんか、こう、頭をワシャワシャっとしたい気持ちになった。
……にしても、少年、こんなに大きかっただろうか。見上げると、以前より首の角度がきつくなっている気がする。まあ、この年頃の子なら、一月もあればそれなりに成長するか。
そう、思ったところで、私はハッとした。――私、全然成長してなくない?と
そういえば、靴のサイズも以前測りに行ったのはいつだったか。最初の頃はこまめに測っていたのだが、あまりに変わらないものだからいつからか行かなくなったのだ。この靴も、靴屋さんで記録してもらったもののままなはず。未だにぴったりというのは、さすがにおかしいんじゃなかろうか。
五歳の女の子が一年でどのくらい成長するのかはよく知らないが、さすがにここまで変わってないなんてことは無いだろう。
もう成長は止まっているまずのカイルさんやアルトさんを見てみても、視界が全く変わっていない。どころか、ライくんは少し成長して顔が遠くなっている気がする。
え、私、大丈夫なのだろうか。この先、ちゃんと成長できるのか不安になってきた。
「チナ、どうした?」
気づけば少年はいなくなっており、青い顔でオロオロする私にカイルさんが怪訝な顔をする。
「カ、カイルさん……。わたし、しんちょうのびてる?すこしはせいちょうしてるよね?くつのサイズも、ふくのサイズもかわってないようにおもうのはきのせいだよねっ?!」
その言葉に、カイルさんもアルトさんも黙り込んでしまう。ライくんまでも、私の頭の天辺からつま先まで何往復か視線を巡らせて、コテンと首をかしげてしまった。何か、何か言ってくれ!不安になるから!
少しして、私と目線を合わせるように膝をついたカイルさんが、ポンと肩に両手を置く。
「大丈夫だ、チナ。お前は普通の人間とは違う。成長速度が違っても、なんらおかしいことはない」
何の慰めにもなってないよ!むしろ心をえぐられたよ!
子供時代を長く楽しめるというのは確かに魅力的だけど、私はやっぱり普通の人と同じ速度で成長したい。いつまでも子供の姿なんて、きっと窮屈だ。
「あ、じゃあ神様の相談してみれば?どうせ次は教会に行く予定だったんだし。チナちゃん、神様とお話できるんだったよね?」
こういうときはやっぱりアルトさんなんだよな!私はカイルさんの手を払い除け、アルトさんの手をヒシっと握った。
「いこう!すぐいこう!いそいでいこう!」
アルトさんの手をグイグイと引っ張って教会へと向かう。自分の両手をしょんぼり見つめるカイルさんなんて、知らない!
――そうしてたどり着いた教会で、私は真っ先に神様に通信を試みた。
(神様!女神様!アルテナ様!至急、至急お話がありますので、早急に来られたし!)
『……久しぶりに来たと思えば、いったいどうしたのよ』
頭の中に響いた声は、どこか疲れを感じる。しかし私にそんなことを気にしている余裕は無かった。
(あ、お久しぶりです。今年もどうぞよろしくお願いします。じゃなくて、私の体、成長してないみたいなんですが、これって正常なんですか?大丈夫なんですか?!)
『あぁ~……。そうね、正常ね。問題ないわ。百年もすれば、人間の成人くらいにはなれるんじゃない?』
(ひゃ、百年……?いやいやいやいや。ちょっと、どうにかできないんですか、これ?さすがにそれは困ります。私は、人と同じ速度で成長したい……)
『そうねぇ。人の中で生きるのなら、そのほうが良いのは確かだわ。……まあ、考えといてあげる。話はそれだけ?』
(え?いや、まあそう……ですね)
『新年って、私、ほんっとーに多忙なんだから。どこかの誰かが、ランタン飛ばしなんていう文化を作っちゃったせいで人々の思いが飛んでくる飛んでくる。そのせいで私、今、死にそうなほどに忙しいの。あなたのことは考えておくから、もう戻るわね。じゃ』
そして、プツンと通信は切れた。――あのランタン、本当に神様のところまで飛んでたんだ……と、驚きの事実だけを残して。
「チナちゃん、どうだった?」
「うん、からだはもんだいないみたい。でも、せいちょうはやっぱりおそいから、なにか、かんがえといてくれるって」
「そっか。それなら安心だね」
なんだか釈然としないが……まあ、お気に入りの服を長く着れるってことで、一旦は納得しておこう。自分の格好を見下ろして、そう考える。
少し不安は残るが、今は信じて待つしか無い。
とりあえず、後ろの方でオロオロしているカイルさんが鬱陶しいので適当に機嫌を取りに行くことにした。
小鳥のさえずりとともに、朝一番に聞こえてきたのは元気のいいダン爺の声だった。
昨夜は少し夜ふかしをしたので、時刻はいつも起きる時間より少し遅い。とはいっても、まだ早朝と言って差し支えない時間だ。
とんでもない大声量で目を覚ました私は、二度寝する気にもなれず、そのまま起きることにした。
寝癖もそのままにリビングを覗けば、キッチンにはアルトさん、ダイニングにはカイルさん。そして、ソファにはコタローを膝に乗せて満足気なダン爺がいた。
「おおー、よしよしいい子だ」
まるで犬に対するようにワシャワシャとコタローを撫で回すダン爺は、やはり大物に違いない。コタローもコタローで、嬉しそうにそれを受け入れているのは、次期神獣としてどうなのだろう……。
まあ、言ったところでどうにもならないことは目に見えているため、無粋な口出しをすることはしないが。お互いが楽しいなら、それでいいだろう。
扉の隙間からの観察をやめて、しずしずとリビングに入っていけば、私に気づいたダン爺からの盛大な歓待を受けた。
「チナちゃん、おはよう!そして、おけましておめでとう!」
「あけましておめでとう、ダンじい。きょうはずいぶんとはやいね」
「年始とはいえ、ギルドは忙しくなるからな。この時間くらいしかゆっくりできないんだ」
ギルドには、こぞって冒険者たちが新年の挨拶に向かうのだろう。もちろん私達も後で行くはずだ。しかし、ギルドで顔を合わせるはずのダン爺がわざわざ出向いてきたということは……。
「はい、チナちゃん。新年の贈り物だよ」
やっぱりそういうことだったみたいだ。
実は、この世界にもお年玉のような概念があるのだ。送るのは現金じゃなくて実用品なことが多いが。
ダン爺が渡してくれたのは、少し重みのある大きな箱。早速開けてみれば、中にはいっていたのはピカピカのブーツだった。
「うわぁ、かわいい!ダンじい、ありがとう!」
森の中や川など、足場の悪い、道なき道をよく歩く冒険者にとって、靴は消耗頻度の早い部類に入る。ちょうど私の靴も買い替えどきだな、と考えていたのだが、丁度このタイミングでプレゼントされるとは。
早速履いてみれば、サイズもピッタリ。丈夫で歩きやすいので、今年一年のメイン戦力となるだろう。今年のお気に入り第一号が決定した。
ダン爺の用はそれだけだったようで、私の反応を見た後はそそくさと帰ってしまった。本当に忙しい人だ。今度、何か労いの品でも持っていこう。
「チナ、良かったな」
そう言って頭をワシャワシャ撫でてくるカイルさんも、実はダン爺から靴を送られていた。新年の贈り物は、基本成人前のこどもに対して行われるものだが、やはりダン爺にとってカイルさんはいつまでもこどもらしい。もちろん、アルトさんとライくんの分の贈り物もあるようだ。ちなみに全員、おそろいの靴である。
ライくんも起きてきて朝食を取った後、私たちは町へ挨拶まわりへ行くことにした。
早速、もらったばかりの新しい靴を履いて準備万端の私は、カイルさんたちの企みに気づくことができなかった。
「チナ、そろそろ上着も新しいのに替えたほうがいいんじゃないか?」
「カバンの紐も千切れそうだよ」
「……髪、伸びたから」
あれよあれよと言う間に私の上着とカバンが取りあげられ、別のものを着せられる。謎の手際の良さに目を回しながらも、取り替えられた衣装を確認するため玄関横の姿見の前に立てば、ブラウン一色だった私は春色へと様変わりしていた。
薄緑色の裾が広がったコートに身を包んだ私は、同色のリボンで髪をポニーテールに結い上げ、前髪は花模様の宝石のついたピンで留めて、爽やかな印象に。白いポシェットにはピンクと黄色の花飾りがついていて、大人っぽさと可愛さを両立している。
「なにこれー!かわいい!」
「ふふっ。それは僕達からの贈り物だよ。気に入ってくれた?」
「すごくきにいった!カイルさん、アルトさん、ライくん、ありがとう!」
鏡の前でくるくると自分の姿を確認する私は、はたから見れば相当浮かれているだろう。
実際、浮かれていた。新しい靴というだけでもテンションが上がっていたのに、こんなにかわいいコーディネートを用意してくれているなんて。
いつの間に用意してくれていたのだろう。全然気が付かなかった。
ニヨニヨと上がる口角が止まらない。今、すごく幸せだ。
「チナ、行くぞ」
「はーい!」
いつの間にか準備を終えたカイルさんたちはすでに外へと出ていた。私も慌てて追いかける。
気分は上々。ルンルンとスキップをしながら私は町へと向かった。
「あけましておめでとうー」
「今年もよろしくねー」
「おめでとうございます!よろしくおねがいします!」
町中のいたるところから飛び交う声に、私も声を返す。知っている人も、知らない人も、みんな笑顔で言葉を交わし合っていた。
私たちはまず、一番混み合っているだろうギルドへと寄った。ダン爺には朝会ったが、改めて靴のお礼を言いたい。カイルさんたちも冒険者仲間のみんなに挨拶をするようだ。
開け放たれた扉から中に入ると、そこはまるで宴会場のように賑わっていた。武器も装備も持たずにラフな格好をしている人や、いつも通りの格好の人、すでに依頼に行ってきたような人までいる。
有名人で人気者のカイルさんたちはあっという間に囲まれてしまった。私は隙をついて人の隙間を縫って歩く。この日ばかりはダン爺もロビーに出てきているだろう。
その予想は見事に的中した。
「ダンじい!」
「おお、チナちゃん!よく来たな。……その靴、早速履いてきてくれたのか。履き心地はどうだ?」
「ぴったりで歩きやすいよ。ありがとう、だいじにするね!」
ダン爺はビールジョッキ片手に、私の髪型を崩さないように、優しく頭をポンポンする。
「ねえ、みて!このコートとポシェットとかみかざり、カイルさんたちがくれたの。にあってる?」
両手を広げて見せびらかすようにくるりと回ってみれば、ダン爺は大げさとも言えるほどに喜んで、たくさん褒めてくれた。
それから少し涙ぐみ「あのカイルがなぁ……」と昔話を始めてしまう。どうやら、真っ昼間から酔っ払っているらしい。ダン爺がお酒に弱かったなんて意外だ。樽一杯飲んでも酔わなそうな見た目をしているのに……。
ウンウンと生温かい視線をカイルさんに送りながら、ダン爺の話は右から左に聞き流した。酔っぱらいの話を真面目に聞いてはいけないというのは定石だ。
しばらくそうやって話を聞き流していると、挨拶が終わったらしい三人が戻ってきた。というか、ライくんは早々に抜け出して密かに私の隣を陣取っていたが。
とりあえず、慰めるようにダン爺の肩をポンポンと叩いて、私たちはギルドから出た。
その後は普段お世話になっているお店に挨拶まわりに伺う。こうやって挨拶に訪れる客は多いため、どこのも新年一日目から店を開けていることが多い。挨拶ついでに、いいものがあればいくつか買って、私たちは町を巡った。
「姉御、ちわっす!」
その声は、最後の店を出たタイミングで聞こえた。
なんだか聞き覚えのある声だと振り返れば、そこには冒険者の新人講習会で出会った少年の一人が立っていた。
「カイルさん、アルトさん、ライさんも、ちわっす!あけましておめでとうございます!今年もご指導、よろしくお願いします!」
ピシッと両手を体の横につけ、腰を九十度に折り曲げる。なんて綺麗なお辞儀だろうか。少年は出世するタイプと見た。
「おう。あけましておめでとう。今年も、無理しないように励めよ」
カイルさんに続き、アルトさん、ライくんも軽く言葉をかける。少年は感激といった表情で目を輝かせながら「はいっ!」と元気の良い返事をした。
「姉御!俺、今年も姉御を目指して頑張るんで、もしよかったら、また訓練とか一緒にやらせてもらってもいいですか?」
真剣な表情で迫ってきた少年に私は少したじろぎながらも、了承の意味を込めて頷く。
「よっしゃー!俺、すっげぇ頑張ります!」
少年の後ろにブンブンと揺れる尻尾が見える。なんか、こう、頭をワシャワシャっとしたい気持ちになった。
……にしても、少年、こんなに大きかっただろうか。見上げると、以前より首の角度がきつくなっている気がする。まあ、この年頃の子なら、一月もあればそれなりに成長するか。
そう、思ったところで、私はハッとした。――私、全然成長してなくない?と
そういえば、靴のサイズも以前測りに行ったのはいつだったか。最初の頃はこまめに測っていたのだが、あまりに変わらないものだからいつからか行かなくなったのだ。この靴も、靴屋さんで記録してもらったもののままなはず。未だにぴったりというのは、さすがにおかしいんじゃなかろうか。
五歳の女の子が一年でどのくらい成長するのかはよく知らないが、さすがにここまで変わってないなんてことは無いだろう。
もう成長は止まっているまずのカイルさんやアルトさんを見てみても、視界が全く変わっていない。どころか、ライくんは少し成長して顔が遠くなっている気がする。
え、私、大丈夫なのだろうか。この先、ちゃんと成長できるのか不安になってきた。
「チナ、どうした?」
気づけば少年はいなくなっており、青い顔でオロオロする私にカイルさんが怪訝な顔をする。
「カ、カイルさん……。わたし、しんちょうのびてる?すこしはせいちょうしてるよね?くつのサイズも、ふくのサイズもかわってないようにおもうのはきのせいだよねっ?!」
その言葉に、カイルさんもアルトさんも黙り込んでしまう。ライくんまでも、私の頭の天辺からつま先まで何往復か視線を巡らせて、コテンと首をかしげてしまった。何か、何か言ってくれ!不安になるから!
少しして、私と目線を合わせるように膝をついたカイルさんが、ポンと肩に両手を置く。
「大丈夫だ、チナ。お前は普通の人間とは違う。成長速度が違っても、なんらおかしいことはない」
何の慰めにもなってないよ!むしろ心をえぐられたよ!
子供時代を長く楽しめるというのは確かに魅力的だけど、私はやっぱり普通の人と同じ速度で成長したい。いつまでも子供の姿なんて、きっと窮屈だ。
「あ、じゃあ神様の相談してみれば?どうせ次は教会に行く予定だったんだし。チナちゃん、神様とお話できるんだったよね?」
こういうときはやっぱりアルトさんなんだよな!私はカイルさんの手を払い除け、アルトさんの手をヒシっと握った。
「いこう!すぐいこう!いそいでいこう!」
アルトさんの手をグイグイと引っ張って教会へと向かう。自分の両手をしょんぼり見つめるカイルさんなんて、知らない!
――そうしてたどり着いた教会で、私は真っ先に神様に通信を試みた。
(神様!女神様!アルテナ様!至急、至急お話がありますので、早急に来られたし!)
『……久しぶりに来たと思えば、いったいどうしたのよ』
頭の中に響いた声は、どこか疲れを感じる。しかし私にそんなことを気にしている余裕は無かった。
(あ、お久しぶりです。今年もどうぞよろしくお願いします。じゃなくて、私の体、成長してないみたいなんですが、これって正常なんですか?大丈夫なんですか?!)
『あぁ~……。そうね、正常ね。問題ないわ。百年もすれば、人間の成人くらいにはなれるんじゃない?』
(ひゃ、百年……?いやいやいやいや。ちょっと、どうにかできないんですか、これ?さすがにそれは困ります。私は、人と同じ速度で成長したい……)
『そうねぇ。人の中で生きるのなら、そのほうが良いのは確かだわ。……まあ、考えといてあげる。話はそれだけ?』
(え?いや、まあそう……ですね)
『新年って、私、ほんっとーに多忙なんだから。どこかの誰かが、ランタン飛ばしなんていう文化を作っちゃったせいで人々の思いが飛んでくる飛んでくる。そのせいで私、今、死にそうなほどに忙しいの。あなたのことは考えておくから、もう戻るわね。じゃ』
そして、プツンと通信は切れた。――あのランタン、本当に神様のところまで飛んでたんだ……と、驚きの事実だけを残して。
「チナちゃん、どうだった?」
「うん、からだはもんだいないみたい。でも、せいちょうはやっぱりおそいから、なにか、かんがえといてくれるって」
「そっか。それなら安心だね」
なんだか釈然としないが……まあ、お気に入りの服を長く着れるってことで、一旦は納得しておこう。自分の格好を見下ろして、そう考える。
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