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第29話 続舌戦
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ベルゼブブのしゃがれた声による追求に対し、トビーは表情1つ変えることなく、深く頭を下げたまま答えた。
「左様でございます。ご指摘の通り、否定はいたしません」
その言葉選びは、断罪を待つ罪人とは思えぬほど豪胆だ。
「ほほう、潔く認めるのだな。蠅の王の金に手を出すとどうなるのか、理解しているのか?」
ベルゼブブは黒いシルクハットの下から、冷酷な目つきでトビーを睨みつけた。その視線だけで常人なら気絶するほどの殺気がある。しかし、トビーは顔を上げて涼しげな瞳で老人を見返した。
「もちろん、存じ上げております。……ただ、畏れながら1つだけ、私の愚見を述べさせていただいてもよろしいでしょうか」
ベルゼブブは、トビーの度胸に興味を持ったのか、短く答えた。
「許そう」
トビーは流れるような動作で一礼をし、静かに話し始めた。
「寛大なお言葉、痛み入ります。……確かに私は蠅の王の売り上げの一部、すなわち、お店への勧誘の際にお客様から拝借した全財産を、私が頂戴しております。しかし、これは決して独断ではなく、お店の店員の方々との取り決めであります」
トビーは、あくまで現場の合意があったことを強調する。
「私は、雲の上の存在であられるベルゼブブ様と直接お話しする機会など、到底与えられません。ゆえに、店員の方々との口約束を信じてしまった私の不徳の致すところであり、蠅の王の金を盗んだと断罪されても致し方ないことだと自覚しております。……ですので、どのような罰でも、真摯に受け入れる所存でございます」
トビーは自分の落ち度を正々と認め、逃げも隠れもしない姿勢を示した。
「本当に、どのような罰でも受けるのだな?」
ベルゼブブは、口元を歪めてニヤリと笑みを浮かべながら問うた。
「ベルゼブブ様の御前で、虚言など決して申しません。……しかし、これだけはご理解いただきたいのです」
トビーがさらに言葉を続けようとした時、ベルゼブブの顔色が豹変し、怒りの形相を見せた。だが、トビーは決して臆することなく、声を張った。
「蠅の王の本業である賭博場の売り上げは不安定であり、近年、経営の方は決して順風満帆とは言えないはずです」
会場の空気が凍りつく。ベルゼブブに対して「経営が上手くいっていない」と言い放ったのだ。しかし、トビーは畳み掛ける。
「私は、蠅の王の資金を増やすために、経費も少なく、永久的にお金を生み出す仕組みを提案し、実行いたしました。その結果、今では賭博場の売り上げの倍のお金を生み出しております。……私という【金のなる木】を、今ここで切り捨てるのは、あまりにも早計かと存じます」
トビーは、自身の命乞いをするのではなく、あくまで組織にとっての利益と損失という観点から、堂々と自分の存在意義を説いた。それを聞いたベルゼブブの表情は、瞬間的な怒りから、得体の知れない不気味なものへと変わっていった。老人は、自身の隣に立つ屈強な黒服の1人に視線を向けた。
「ウコン、お前はどう判断する」
ベルゼブブが意見を求めたその男、ウコンこそが、トビーが言及した賭博場の責任者である。ベルゼブブの問いを受け、隣に控えていたウコンは、主君へ深々と頭を下げてから口を開いた。
「ベルゼブブ様、私に発言の許可を与えて下さってありがとうございます」
ウコンはベルゼブブへの一礼を終えると、トビーの方を向いた。その眼光には凄まじい殺気が宿っていたが、ウコンは湧き上がる感情を理性で抑え込み、あくまで丁寧な口調で話し始めた。
「あなたのご指摘があったように、確かに賭博場の売り上げは不安定であり、最近は客足が遠のいています。しかし、それはあなたが多くの新人に多額の借金を背負わせたため、彼らが賭博場に出入りすることができないのです。ベルゼブブ様に仕える身の者が、ベルゼブブ様の仕事を邪魔するというのは、いかがなものでしょうか」
ウコンは、トビーが客を「食いつぶす」ことで、本業である賭博場の売り上げが落ちているという正当な主張を展開した。ベルゼブブは、興味深そうにトビーに視線を向けた。
「反論はあるのか」
反論の許可を得たトビーは、ゆっくりと視線を動かしながらウコンの方を向いた。
「泥底という狭い社会でお互いに客を奪い合い、競い合うのは市場の原理です。最も大事なのは、最終的にベルゼブブ様にどれだけ大きな利益がもたらされるか、ということだと思います」
トビーの言い分に、ベルゼブブは納得したように頷き、再びウコンに問う。
「アイツはあのように言っているが、反論はあるか」
ウコンは、トビーの詭弁に怒りで体が震えていた。しかし、ここで感情的になれば負けだと自分に言い聞かせ、冷徹さを装ってトビーに言った。
「論点にずれが生じています。この話題の発端は、あなたが蠅の王の金を横領したことです。本当に店員の許可を取ったのでしょうか?まずはその真偽を議論すべきだと思います」
分が悪いと感じたウコンは、論点を「利益」から「横領の罪」へと切り替えた。ウコンの言い分を聞いたベルゼブブは、トビーに鋭く問うた。
「お前はワシに嘘を言っているのか」
トビーは、間髪入れずに答えた。
「嘘か本当かは問題ではありません。私の方が使い道があると言っているのです」
トビーは、揺るぎない目でベルゼブブを見据えた。真実よりも実利。その開き直りとも取れる態度に、ウコンの理性の糸が切れた。
「ベルゼブブ様! アイツは嘘を言ったと認めたのです!」
ウコンは先ほどの冷静な態度をかなぐり捨て、勝ち誇ったように大声を上げた。ベルゼブブの許可なく発言し、口調も荒くなっている。
「ベルゼブブ様に嘘をつく忠義の無い者よりも、私のように忠義の厚い者こそ、ベルゼブブ様の配下にふさわしいのです! アイツを即刻処分すべきです!」
ベルゼブブは、興奮するウコンを一瞥し、淡々とトビーに問うた。
「反論はあるか」
トビーは冷静さを微塵も崩さず、穏やかに、しかし残酷な言葉を紡ぎ出した。
「忠義など、鉄貨一枚の価値もありません」
会場がどよめく中、トビーは続ける。
「私はベルゼブブ様に莫大な利益を差し上げています。私の忠義は口先だけの精神論ではありません。お金です。たくさんの利益をベルゼブブ様に差し出すことこそが、最大の忠義と言えます」
トビーの言葉に、ウコンの怒りは爆発した。
「ふざけるな!ベルゼブブ様のために命をかけて尽くすことが忠義だ!」
ベルゼブブは、顔を真っ赤にして叫ぶウコンと、氷のように冷たいトビーを見比べ、楽しげにトビーに問うた。
「反論はあるか」
トビーは、ウコンに冷徹な視線を向けて言った。
「私はウコンさんのように、簡単に命をかけるなどとは言えません。……ウコンさん、それほどベルゼブブ様に忠義を尽くしているのであれば、自らを奴隷として売りに出して、その身の代金でベルゼブブ様に利益を与えればよいでしょう」
「な……っ!?」
トビーの言葉を聞いたウコンは、言葉を失い、顔面蒼白になって下を向いた。自分の命(忠義)を金に変えて捧げろと言われ、即答できなかったのだ。それを見たベルゼブブは、会場に響き渡る大声で笑った。
「カカカカ! 傑作だ!」
そして、笑い涙を拭いながら、絶句する部下に問いかけた。
「ウコン、忠義を示せ」
「左様でございます。ご指摘の通り、否定はいたしません」
その言葉選びは、断罪を待つ罪人とは思えぬほど豪胆だ。
「ほほう、潔く認めるのだな。蠅の王の金に手を出すとどうなるのか、理解しているのか?」
ベルゼブブは黒いシルクハットの下から、冷酷な目つきでトビーを睨みつけた。その視線だけで常人なら気絶するほどの殺気がある。しかし、トビーは顔を上げて涼しげな瞳で老人を見返した。
「もちろん、存じ上げております。……ただ、畏れながら1つだけ、私の愚見を述べさせていただいてもよろしいでしょうか」
ベルゼブブは、トビーの度胸に興味を持ったのか、短く答えた。
「許そう」
トビーは流れるような動作で一礼をし、静かに話し始めた。
「寛大なお言葉、痛み入ります。……確かに私は蠅の王の売り上げの一部、すなわち、お店への勧誘の際にお客様から拝借した全財産を、私が頂戴しております。しかし、これは決して独断ではなく、お店の店員の方々との取り決めであります」
トビーは、あくまで現場の合意があったことを強調する。
「私は、雲の上の存在であられるベルゼブブ様と直接お話しする機会など、到底与えられません。ゆえに、店員の方々との口約束を信じてしまった私の不徳の致すところであり、蠅の王の金を盗んだと断罪されても致し方ないことだと自覚しております。……ですので、どのような罰でも、真摯に受け入れる所存でございます」
トビーは自分の落ち度を正々と認め、逃げも隠れもしない姿勢を示した。
「本当に、どのような罰でも受けるのだな?」
ベルゼブブは、口元を歪めてニヤリと笑みを浮かべながら問うた。
「ベルゼブブ様の御前で、虚言など決して申しません。……しかし、これだけはご理解いただきたいのです」
トビーがさらに言葉を続けようとした時、ベルゼブブの顔色が豹変し、怒りの形相を見せた。だが、トビーは決して臆することなく、声を張った。
「蠅の王の本業である賭博場の売り上げは不安定であり、近年、経営の方は決して順風満帆とは言えないはずです」
会場の空気が凍りつく。ベルゼブブに対して「経営が上手くいっていない」と言い放ったのだ。しかし、トビーは畳み掛ける。
「私は、蠅の王の資金を増やすために、経費も少なく、永久的にお金を生み出す仕組みを提案し、実行いたしました。その結果、今では賭博場の売り上げの倍のお金を生み出しております。……私という【金のなる木】を、今ここで切り捨てるのは、あまりにも早計かと存じます」
トビーは、自身の命乞いをするのではなく、あくまで組織にとっての利益と損失という観点から、堂々と自分の存在意義を説いた。それを聞いたベルゼブブの表情は、瞬間的な怒りから、得体の知れない不気味なものへと変わっていった。老人は、自身の隣に立つ屈強な黒服の1人に視線を向けた。
「ウコン、お前はどう判断する」
ベルゼブブが意見を求めたその男、ウコンこそが、トビーが言及した賭博場の責任者である。ベルゼブブの問いを受け、隣に控えていたウコンは、主君へ深々と頭を下げてから口を開いた。
「ベルゼブブ様、私に発言の許可を与えて下さってありがとうございます」
ウコンはベルゼブブへの一礼を終えると、トビーの方を向いた。その眼光には凄まじい殺気が宿っていたが、ウコンは湧き上がる感情を理性で抑え込み、あくまで丁寧な口調で話し始めた。
「あなたのご指摘があったように、確かに賭博場の売り上げは不安定であり、最近は客足が遠のいています。しかし、それはあなたが多くの新人に多額の借金を背負わせたため、彼らが賭博場に出入りすることができないのです。ベルゼブブ様に仕える身の者が、ベルゼブブ様の仕事を邪魔するというのは、いかがなものでしょうか」
ウコンは、トビーが客を「食いつぶす」ことで、本業である賭博場の売り上げが落ちているという正当な主張を展開した。ベルゼブブは、興味深そうにトビーに視線を向けた。
「反論はあるのか」
反論の許可を得たトビーは、ゆっくりと視線を動かしながらウコンの方を向いた。
「泥底という狭い社会でお互いに客を奪い合い、競い合うのは市場の原理です。最も大事なのは、最終的にベルゼブブ様にどれだけ大きな利益がもたらされるか、ということだと思います」
トビーの言い分に、ベルゼブブは納得したように頷き、再びウコンに問う。
「アイツはあのように言っているが、反論はあるか」
ウコンは、トビーの詭弁に怒りで体が震えていた。しかし、ここで感情的になれば負けだと自分に言い聞かせ、冷徹さを装ってトビーに言った。
「論点にずれが生じています。この話題の発端は、あなたが蠅の王の金を横領したことです。本当に店員の許可を取ったのでしょうか?まずはその真偽を議論すべきだと思います」
分が悪いと感じたウコンは、論点を「利益」から「横領の罪」へと切り替えた。ウコンの言い分を聞いたベルゼブブは、トビーに鋭く問うた。
「お前はワシに嘘を言っているのか」
トビーは、間髪入れずに答えた。
「嘘か本当かは問題ではありません。私の方が使い道があると言っているのです」
トビーは、揺るぎない目でベルゼブブを見据えた。真実よりも実利。その開き直りとも取れる態度に、ウコンの理性の糸が切れた。
「ベルゼブブ様! アイツは嘘を言ったと認めたのです!」
ウコンは先ほどの冷静な態度をかなぐり捨て、勝ち誇ったように大声を上げた。ベルゼブブの許可なく発言し、口調も荒くなっている。
「ベルゼブブ様に嘘をつく忠義の無い者よりも、私のように忠義の厚い者こそ、ベルゼブブ様の配下にふさわしいのです! アイツを即刻処分すべきです!」
ベルゼブブは、興奮するウコンを一瞥し、淡々とトビーに問うた。
「反論はあるか」
トビーは冷静さを微塵も崩さず、穏やかに、しかし残酷な言葉を紡ぎ出した。
「忠義など、鉄貨一枚の価値もありません」
会場がどよめく中、トビーは続ける。
「私はベルゼブブ様に莫大な利益を差し上げています。私の忠義は口先だけの精神論ではありません。お金です。たくさんの利益をベルゼブブ様に差し出すことこそが、最大の忠義と言えます」
トビーの言葉に、ウコンの怒りは爆発した。
「ふざけるな!ベルゼブブ様のために命をかけて尽くすことが忠義だ!」
ベルゼブブは、顔を真っ赤にして叫ぶウコンと、氷のように冷たいトビーを見比べ、楽しげにトビーに問うた。
「反論はあるか」
トビーは、ウコンに冷徹な視線を向けて言った。
「私はウコンさんのように、簡単に命をかけるなどとは言えません。……ウコンさん、それほどベルゼブブ様に忠義を尽くしているのであれば、自らを奴隷として売りに出して、その身の代金でベルゼブブ様に利益を与えればよいでしょう」
「な……っ!?」
トビーの言葉を聞いたウコンは、言葉を失い、顔面蒼白になって下を向いた。自分の命(忠義)を金に変えて捧げろと言われ、即答できなかったのだ。それを見たベルゼブブは、会場に響き渡る大声で笑った。
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