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1話 灰色の世界と秘密
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神はサイコロを振って1が出たら性別を女にしているのだろうか!?
この世界では、六人に一人しか「女」がいない。
そんな歪な確率論が、俺たちの世界のすべてを歪めている。
女は希少だ。
女は「産む性」として、社会の絶対的な立場にいる。
そして男は――俺たちは、「選ばれる性」だ。
男の価値は、いかに優れた女に見初められ、その「所有物」になれるかどうか。
それがすべて。
公爵家の「正夫」になれば、その男の一族は百年安泰。
伯爵家の「側夫」にでも潜り込めれば、万々歳。
男たちは、女に選ばれるためだけに、剣を磨き、魔術を学び、顔を磨く。
俺は、アルト・フォン・キルシュヴァッサー。
しがない没落貴族の一人息子で十七歳。
そして、この世界の「常識」に、どうにも馴染めない男だ。
……なぜなら、俺には「前世」の記憶があるからだ。
男女比がほぼ一対一だった、あの「日本」という国の記憶が……。
だからこそ、この世界の在り方が、奇妙に映ってしまう。
俺の家庭は、その「常識」とやらに見事に食い荒らされた。
俺が十歳の時、俺の母親は、父を捨てた。
俺の母親は、別の「男」に惹かれたのだ。
相手は、王都でも有名な、とある有名侯爵家の「イケメン」の嫡男だった。
まだ若いくせに、有力貴族の女たちから引く手あまたの「超優良物件」だったらしい。
そんな男が、何を思ったか、うちの領地を訪れ、俺の母親を見つけた。
希少な「女」である母は、その「超優良物件の男」に一目で惚れ込んだ。
そして、俺たち家族を捨てて、その男の側室になることを選んだ。
その男の家――つまり、彼の正室も、希少な「女」(俺の母)がタダで手に入るならと、喜んで受け入れたそうだ。
父は、必死に抵抗した。
「俺の妻だ!」と。
だが、母は静かに首を振った。
「ええ、でも、あちらのほうが“良物件”だわ。あなたと違って、彼は美しく、将来性があるもの」
結局、父は「希少な女を満足させられない、甲斐性のない夫」という烙印を押され、すべてを失った。
愛だの恋だの、なんて言ってられない。この世界では、あまりに力関係が不均衡だ。
理不尽な現実だと思う。
それ以来、父は壊れた人形のように、俺に同じことばかり言うようになった。
「アルト。お前、勉強だけはしておけ」
父は、美貌も家柄も、すべて「上」の男に妻を奪われた。
そんな父が、唯一「上」の連中に勝てる(と思い込んでいる)ものが、「知識」だった。
「いいか、アルト。顔や血筋は生まれつきだ。だが、頭脳は違う。勉強しろ。勉強は誰にも奪われない、お前だけの武器だ」
そして、俺はその教えを、忠実に守った。
それが、妻に去られ、打ちひしがれた父が、俺に唯一望んだことだったからだ。
勉強だけは、真面目にやった。
この世界の歴史、政治、魔法理論。前世の知識も動員して、俺はあらゆる学問を貪るように吸収した。
だが、俺には「勉強」以上に、父に隠していることがある。
俺の「武器」は、知識だけじゃない。
俺には、この世界の誰にも言えない秘密がある。
この世界において、「魔力」は女の特権だ。
強大な魔力を持つ女こそが、王族や上級貴族として君臨する。
男の魔力など、ほぼないに等しい。
だが、俺は唯一の例外だった。俺の魔力は――無限だ! 文字通り、底がない。
女の頂点である女王陛下の魔力すら俺に比べれば大したことはない。
俺は、この力を徹底的に隠している。
もしバレたらどうなるのだ!?
女たちに「選ばれる」?
そんな生易しいものじゃない。
俺は「希少な男」から、「危険な存在」になる。
女の優位性を根底から覆しかねない俺は、程の良い研究材料として実験体にでもされるだろう。
……少なくとも、今後、父と静かに暮らすことなど、もうできなくなる。
絶対に、知られてはならない。
知識も魔力も隠し、ただ、この没落した屋敷で、父と二人、静かに、誰にも関わらず生きていく。
それが俺の唯一の望みだった。
そんな俺にも、一つだけ、胸の奥にしまってある、色褪せた思い出がある。
いや、思い出というより、大いなる「秘密」だ。
もう十年も前。俺が六歳の頃のことになる。
俺は、領地の森で、一人泣いている少女を見つけた。
服は泥だらけで、上等そうな生地がビリビリに破れていた。
どうやら、崖上からの落石に巻き込まれたらしかった。
腕はありえない方向に曲がり、足は血まみれだった。
大怪我だ。普通の子供なら、死んでいてもおかしくない。
俺は目の前の「死」に、前世の記憶が警鐘を鳴らした。
周囲に誰もいないことを確認し、俺は、「彼女」の傷口に手をかざした。
「(ヒール)」
男には使えないはずの、神聖魔法。
俺の無限の魔力が、淡い光となって彼女を包む。
骨は繋がり、血は止まり、傷は跡形もなく消えた。
彼女は、何が起きたか分からず、泣きじゃくりながら俺を見ていた。
俺は、人差し指を口に当てて、静かに言った。
「いいか。今のは秘密だ。誰にも話しちゃダメだ。親にもだ」
六歳児なりに、必死だった。
「これは、俺と君だけの秘密だ。……いいね?」
彼女は、コクコクと必死に頷いて、そして、こう言った。
「……ありがとう。私、将来あなたのお嫁さんになりたい!」
不思議な子だった。
命の恩人(俺)に「秘密」を強要された直後に、言うセリフだろうか。
あの時、彼女が着ていた服の「破片」は、素人目にも分かるほどの上質な生地だったから、相当な家柄の娘だったのだろう。
「そういうのは、いらない」からとだけ返事をした。
結局、彼女は迎えの大人たちにすぐ見つかって、連れていかれた。
名前も聞けなかった。
あの時の少女も、今頃十六歳か。
きっと、どこかの高貴な女性として、立派にやっていることだろう。
あの時の約束なぞ忘れて、今頃は自分に相応しい、立派な婚約者を迎えているに違いない。
それが、この世界の「女」の生き方だからな。
俺は、寝転がっていたベッドから起き上がる。
そういえば、三年ほど前だったか。
王家から突然、うちの家に「キルシュヴァッサー家に、新たに辺境の領地を与える」という、辞令が届いた。
没落していた我が家には、あまりに不釣り合いな話だった。
父は、あの時ばかりは壊れた人形から生気を取り戻したように喜んでいた。
「見たかアルト! やはり知識だ! 私が長年執筆していた論文が、ついに認められたんだ!」と。
……まあ、父さんの論文が認められたとは思えないが、俺は黙って頷いておいた。
そして昨日。
その「領地」の件の“続き”であるかのように、一通の羊皮紙が届いた。
俺の手には、その羊皮紙がある。
「王立学園」からの、推薦入学許可証。
俺は、その推薦状を睨みつけた。
俺は、なぜか、その推薦状を見た時、あの日の森の少女を思い出した。
あの時、彼女が言った「お嫁さんになりたい」という言葉が、なぜか懐かしく感じられた。
この世界では、六人に一人しか「女」がいない。
そんな歪な確率論が、俺たちの世界のすべてを歪めている。
女は希少だ。
女は「産む性」として、社会の絶対的な立場にいる。
そして男は――俺たちは、「選ばれる性」だ。
男の価値は、いかに優れた女に見初められ、その「所有物」になれるかどうか。
それがすべて。
公爵家の「正夫」になれば、その男の一族は百年安泰。
伯爵家の「側夫」にでも潜り込めれば、万々歳。
男たちは、女に選ばれるためだけに、剣を磨き、魔術を学び、顔を磨く。
俺は、アルト・フォン・キルシュヴァッサー。
しがない没落貴族の一人息子で十七歳。
そして、この世界の「常識」に、どうにも馴染めない男だ。
……なぜなら、俺には「前世」の記憶があるからだ。
男女比がほぼ一対一だった、あの「日本」という国の記憶が……。
だからこそ、この世界の在り方が、奇妙に映ってしまう。
俺の家庭は、その「常識」とやらに見事に食い荒らされた。
俺が十歳の時、俺の母親は、父を捨てた。
俺の母親は、別の「男」に惹かれたのだ。
相手は、王都でも有名な、とある有名侯爵家の「イケメン」の嫡男だった。
まだ若いくせに、有力貴族の女たちから引く手あまたの「超優良物件」だったらしい。
そんな男が、何を思ったか、うちの領地を訪れ、俺の母親を見つけた。
希少な「女」である母は、その「超優良物件の男」に一目で惚れ込んだ。
そして、俺たち家族を捨てて、その男の側室になることを選んだ。
その男の家――つまり、彼の正室も、希少な「女」(俺の母)がタダで手に入るならと、喜んで受け入れたそうだ。
父は、必死に抵抗した。
「俺の妻だ!」と。
だが、母は静かに首を振った。
「ええ、でも、あちらのほうが“良物件”だわ。あなたと違って、彼は美しく、将来性があるもの」
結局、父は「希少な女を満足させられない、甲斐性のない夫」という烙印を押され、すべてを失った。
愛だの恋だの、なんて言ってられない。この世界では、あまりに力関係が不均衡だ。
理不尽な現実だと思う。
それ以来、父は壊れた人形のように、俺に同じことばかり言うようになった。
「アルト。お前、勉強だけはしておけ」
父は、美貌も家柄も、すべて「上」の男に妻を奪われた。
そんな父が、唯一「上」の連中に勝てる(と思い込んでいる)ものが、「知識」だった。
「いいか、アルト。顔や血筋は生まれつきだ。だが、頭脳は違う。勉強しろ。勉強は誰にも奪われない、お前だけの武器だ」
そして、俺はその教えを、忠実に守った。
それが、妻に去られ、打ちひしがれた父が、俺に唯一望んだことだったからだ。
勉強だけは、真面目にやった。
この世界の歴史、政治、魔法理論。前世の知識も動員して、俺はあらゆる学問を貪るように吸収した。
だが、俺には「勉強」以上に、父に隠していることがある。
俺の「武器」は、知識だけじゃない。
俺には、この世界の誰にも言えない秘密がある。
この世界において、「魔力」は女の特権だ。
強大な魔力を持つ女こそが、王族や上級貴族として君臨する。
男の魔力など、ほぼないに等しい。
だが、俺は唯一の例外だった。俺の魔力は――無限だ! 文字通り、底がない。
女の頂点である女王陛下の魔力すら俺に比べれば大したことはない。
俺は、この力を徹底的に隠している。
もしバレたらどうなるのだ!?
女たちに「選ばれる」?
そんな生易しいものじゃない。
俺は「希少な男」から、「危険な存在」になる。
女の優位性を根底から覆しかねない俺は、程の良い研究材料として実験体にでもされるだろう。
……少なくとも、今後、父と静かに暮らすことなど、もうできなくなる。
絶対に、知られてはならない。
知識も魔力も隠し、ただ、この没落した屋敷で、父と二人、静かに、誰にも関わらず生きていく。
それが俺の唯一の望みだった。
そんな俺にも、一つだけ、胸の奥にしまってある、色褪せた思い出がある。
いや、思い出というより、大いなる「秘密」だ。
もう十年も前。俺が六歳の頃のことになる。
俺は、領地の森で、一人泣いている少女を見つけた。
服は泥だらけで、上等そうな生地がビリビリに破れていた。
どうやら、崖上からの落石に巻き込まれたらしかった。
腕はありえない方向に曲がり、足は血まみれだった。
大怪我だ。普通の子供なら、死んでいてもおかしくない。
俺は目の前の「死」に、前世の記憶が警鐘を鳴らした。
周囲に誰もいないことを確認し、俺は、「彼女」の傷口に手をかざした。
「(ヒール)」
男には使えないはずの、神聖魔法。
俺の無限の魔力が、淡い光となって彼女を包む。
骨は繋がり、血は止まり、傷は跡形もなく消えた。
彼女は、何が起きたか分からず、泣きじゃくりながら俺を見ていた。
俺は、人差し指を口に当てて、静かに言った。
「いいか。今のは秘密だ。誰にも話しちゃダメだ。親にもだ」
六歳児なりに、必死だった。
「これは、俺と君だけの秘密だ。……いいね?」
彼女は、コクコクと必死に頷いて、そして、こう言った。
「……ありがとう。私、将来あなたのお嫁さんになりたい!」
不思議な子だった。
命の恩人(俺)に「秘密」を強要された直後に、言うセリフだろうか。
あの時、彼女が着ていた服の「破片」は、素人目にも分かるほどの上質な生地だったから、相当な家柄の娘だったのだろう。
「そういうのは、いらない」からとだけ返事をした。
結局、彼女は迎えの大人たちにすぐ見つかって、連れていかれた。
名前も聞けなかった。
あの時の少女も、今頃十六歳か。
きっと、どこかの高貴な女性として、立派にやっていることだろう。
あの時の約束なぞ忘れて、今頃は自分に相応しい、立派な婚約者を迎えているに違いない。
それが、この世界の「女」の生き方だからな。
俺は、寝転がっていたベッドから起き上がる。
そういえば、三年ほど前だったか。
王家から突然、うちの家に「キルシュヴァッサー家に、新たに辺境の領地を与える」という、辞令が届いた。
没落していた我が家には、あまりに不釣り合いな話だった。
父は、あの時ばかりは壊れた人形から生気を取り戻したように喜んでいた。
「見たかアルト! やはり知識だ! 私が長年執筆していた論文が、ついに認められたんだ!」と。
……まあ、父さんの論文が認められたとは思えないが、俺は黙って頷いておいた。
そして昨日。
その「領地」の件の“続き”であるかのように、一通の羊皮紙が届いた。
俺の手には、その羊皮紙がある。
「王立学園」からの、推薦入学許可証。
俺は、その推薦状を睨みつけた。
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