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2話 父の期待と、ささやかな壮行会
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「王立学園……ですが」
俺がその推薦状を父に見せると、父は案の定、大喜びだった。
「アルト! やはりお前は私の息子だ! 見たか、知識だ! お前が真面目に勉強してきた成果が、ついに認められたんだ!」
父は、あの三年前に領地をもらった時と同じくらい、興奮していた。
……父さん、ごめん。
たぶん、俺の勉強の成果じゃない。
俺は、この推薦状が「罠」である可能性を捨てきれなかった。
誰かが俺を王都に引きずり出そうとしている。
この推薦状と、三年前の領地。
どう考えても、裏で手を糸を引いている「誰か」がいる。
だが、俺は父に真実を言えなかった。
母に去られ、すべてを失った父にとって、「勉強」と「俺の成功」だけが、唯一の生きる希望になってしまっていた。
その希望を、失わせるわけにはいかない。
「……行ってくるよ、父さん。父さんの教えが正しいって、証明してくる」
「おお、アルト! それこそ我が息子!」
父は涙を流して喜んでいた。
俺は、そんな父の姿に、静かに覚悟を決めた。
……望むところだ。
誰の策略かは知らないが、王立学園だろうがどこだろうが、俺は俺のやるべきことをやるだけだ。
父の望み通り、「勉強」の成果とやらを見せつけてやる。
そして、この無限の魔力を絶対に隠し通す。
目立たず、騒がず、静かに、首席を取って、さっさと卒業してやる。
それが、俺にできる、父への最大の親孝行だろう。
出発までの数日、父の喜びようは凄まじく、この没落貴族の小さな領地全域に、「息子アルト、王立学園に推薦入学!」というニュースを触れ回ってしまった。
その結果。
俺が最低限の荷物をまとめ、屋敷の玄関を出ると、そこには領民たちが集まっていた。
十数人ほどの、ささやかな人だかりだ。
「アルト坊ちゃん! おめでとうございます!」
「すげえなアルト!」
「うちの領地から、まさか王立学園に行く方が出るなんて!」
口々に、そんな言葉が飛んでくる。
俺は、どう反応していいか分からず、戸惑って立ち尽くした。
母が出ていき、父が塞ぎ込んでから、キルシュヴァッサー家の領民の多くは、この領地を捨てて出て行ってしまった。残ったのはここにいる十数人だけだ。
その全員が今、心からの笑顔で、俺を祝ってくれている。
……ありがたい。
ありがたい、とは思うんだが。
「坊ちゃん! 学園に行ったら、ぜひとも公爵家の姫君様に見初められてください!」
「そうだそうだ! 目指せ、正夫!」
結局、これだ。
彼らの期待も、父の「知識」とは違うベクトルで、この世界の「常識」に染まっている。
俺が王立学園に行く意味は、彼らにとって「良質な女の玉の輿」でしかない。
俺が愛想笑いもできずにいると、パン屋の主人が、大きな包みを差し出してきた。
「アルト坊ちゃん、これ。今朝焼いたパンだ。王都までの馬車の中で食ってくだせえ」
「……あ……ありがとう、ございます」
「水臭えな! 俺たちは、坊ちゃんが領主様《お父様》のために、ずっと勉強してたの知ってるよ」
「頑張ってこいよ!」
差し出されたパンは、温かかった。
彼らの期待は、俺の望むものとは違う。
だが、彼らの「応援したい」という気持ちは、本物だ。
……ああ、クソ。
前世の記憶なんてものがあるから、素直に喜べない。
俺は、この人たちの純粋な善意を、ひねくれた心でしか受け取れない自分が、少し嫌になった。
「……うん。行ってきます」
俺は、パンの包みをしっかりと抱え、深く頭を下げた。
領民たちに見送られながら、俺は村に一台しかない乗合馬車に乗り込んだ。
「ちょっと待ってろ!」
父はそう言うと屋敷の二階に上がり窓を大きく開け、必死で手を振った。
「アルト! 頑張れ! まずは勉強だぞ!」
俺は、そのあまりの喜びように小さく苦笑いを浮かべた。
分かってるよ、父さん。
馬車が、ガタガタと音を立てて走り出す。
俺は、推薦状をもう一度、懐《ふところ》に握りしめた。
俺は「女」を探しに行くんじゃない。
父の期待に応えるために、そして、俺の秘密を守り抜くために、王都へ行く。
静かな学園生活を送り知識を高めるのだ。
(リリアーナ視点)
同時刻、王都にある王宮の一室。
分厚い報告書の束を読んでいた私――リリアーナは、入室してきた侍女長の気配に顔を上げた。
「……どうでしたか?」
侍女長は、無表情のまま、深く頭を下げる。
「ご報告いたします、殿下。……キルシュヴァッサー家のアルト様、本日早朝、領地の村より乗合馬車にて、王都へ出発いたしました」
ピタリ、と私が読んでいた書類をめくる手が止まる。
「……そう」
努めて冷静に。声が上ずらないように。
私は、王女としての完璧な仮面を貼り付けたまま、侍女長に次の指示を出す。
「学園への手筈は?」
「万事、滞りなく。彼が『望む』であろう環境は、すべて整っております」
「ご苦労様。……下がっていいわ」
侍女長が音もなく退室し、重い扉が閉まるのを待って、私は……。
バタン、と手元の書類を机に放り投げ、そのままテラスの窓辺へ駆け寄った。
やっと……!
心臓が、歓喜に打ち震える。
窓から見える、遥か彼方の空。あの空のどこかを、今、彼が、学園へ向かっている。
十年……!
長かった。
あの日、私を救ってくれた、あの小さな背中。
男にはありえない、あの温かい魔力《ヒール》。
そして、ふたりだけの「秘密」の約束。
「アルト……」
私は、ガラスに映る自分の顔が、王女にあるまじきほど緩んでいるのを自覚しながら、小さく呟いた。
「……やっと、会えるのね」
俺がその推薦状を父に見せると、父は案の定、大喜びだった。
「アルト! やはりお前は私の息子だ! 見たか、知識だ! お前が真面目に勉強してきた成果が、ついに認められたんだ!」
父は、あの三年前に領地をもらった時と同じくらい、興奮していた。
……父さん、ごめん。
たぶん、俺の勉強の成果じゃない。
俺は、この推薦状が「罠」である可能性を捨てきれなかった。
誰かが俺を王都に引きずり出そうとしている。
この推薦状と、三年前の領地。
どう考えても、裏で手を糸を引いている「誰か」がいる。
だが、俺は父に真実を言えなかった。
母に去られ、すべてを失った父にとって、「勉強」と「俺の成功」だけが、唯一の生きる希望になってしまっていた。
その希望を、失わせるわけにはいかない。
「……行ってくるよ、父さん。父さんの教えが正しいって、証明してくる」
「おお、アルト! それこそ我が息子!」
父は涙を流して喜んでいた。
俺は、そんな父の姿に、静かに覚悟を決めた。
……望むところだ。
誰の策略かは知らないが、王立学園だろうがどこだろうが、俺は俺のやるべきことをやるだけだ。
父の望み通り、「勉強」の成果とやらを見せつけてやる。
そして、この無限の魔力を絶対に隠し通す。
目立たず、騒がず、静かに、首席を取って、さっさと卒業してやる。
それが、俺にできる、父への最大の親孝行だろう。
出発までの数日、父の喜びようは凄まじく、この没落貴族の小さな領地全域に、「息子アルト、王立学園に推薦入学!」というニュースを触れ回ってしまった。
その結果。
俺が最低限の荷物をまとめ、屋敷の玄関を出ると、そこには領民たちが集まっていた。
十数人ほどの、ささやかな人だかりだ。
「アルト坊ちゃん! おめでとうございます!」
「すげえなアルト!」
「うちの領地から、まさか王立学園に行く方が出るなんて!」
口々に、そんな言葉が飛んでくる。
俺は、どう反応していいか分からず、戸惑って立ち尽くした。
母が出ていき、父が塞ぎ込んでから、キルシュヴァッサー家の領民の多くは、この領地を捨てて出て行ってしまった。残ったのはここにいる十数人だけだ。
その全員が今、心からの笑顔で、俺を祝ってくれている。
……ありがたい。
ありがたい、とは思うんだが。
「坊ちゃん! 学園に行ったら、ぜひとも公爵家の姫君様に見初められてください!」
「そうだそうだ! 目指せ、正夫!」
結局、これだ。
彼らの期待も、父の「知識」とは違うベクトルで、この世界の「常識」に染まっている。
俺が王立学園に行く意味は、彼らにとって「良質な女の玉の輿」でしかない。
俺が愛想笑いもできずにいると、パン屋の主人が、大きな包みを差し出してきた。
「アルト坊ちゃん、これ。今朝焼いたパンだ。王都までの馬車の中で食ってくだせえ」
「……あ……ありがとう、ございます」
「水臭えな! 俺たちは、坊ちゃんが領主様《お父様》のために、ずっと勉強してたの知ってるよ」
「頑張ってこいよ!」
差し出されたパンは、温かかった。
彼らの期待は、俺の望むものとは違う。
だが、彼らの「応援したい」という気持ちは、本物だ。
……ああ、クソ。
前世の記憶なんてものがあるから、素直に喜べない。
俺は、この人たちの純粋な善意を、ひねくれた心でしか受け取れない自分が、少し嫌になった。
「……うん。行ってきます」
俺は、パンの包みをしっかりと抱え、深く頭を下げた。
領民たちに見送られながら、俺は村に一台しかない乗合馬車に乗り込んだ。
「ちょっと待ってろ!」
父はそう言うと屋敷の二階に上がり窓を大きく開け、必死で手を振った。
「アルト! 頑張れ! まずは勉強だぞ!」
俺は、そのあまりの喜びように小さく苦笑いを浮かべた。
分かってるよ、父さん。
馬車が、ガタガタと音を立てて走り出す。
俺は、推薦状をもう一度、懐《ふところ》に握りしめた。
俺は「女」を探しに行くんじゃない。
父の期待に応えるために、そして、俺の秘密を守り抜くために、王都へ行く。
静かな学園生活を送り知識を高めるのだ。
(リリアーナ視点)
同時刻、王都にある王宮の一室。
分厚い報告書の束を読んでいた私――リリアーナは、入室してきた侍女長の気配に顔を上げた。
「……どうでしたか?」
侍女長は、無表情のまま、深く頭を下げる。
「ご報告いたします、殿下。……キルシュヴァッサー家のアルト様、本日早朝、領地の村より乗合馬車にて、王都へ出発いたしました」
ピタリ、と私が読んでいた書類をめくる手が止まる。
「……そう」
努めて冷静に。声が上ずらないように。
私は、王女としての完璧な仮面を貼り付けたまま、侍女長に次の指示を出す。
「学園への手筈は?」
「万事、滞りなく。彼が『望む』であろう環境は、すべて整っております」
「ご苦労様。……下がっていいわ」
侍女長が音もなく退室し、重い扉が閉まるのを待って、私は……。
バタン、と手元の書類を机に放り投げ、そのままテラスの窓辺へ駆け寄った。
やっと……!
心臓が、歓喜に打ち震える。
窓から見える、遥か彼方の空。あの空のどこかを、今、彼が、学園へ向かっている。
十年……!
長かった。
あの日、私を救ってくれた、あの小さな背中。
男にはありえない、あの温かい魔力《ヒール》。
そして、ふたりだけの「秘密」の約束。
「アルト……」
私は、ガラスに映る自分の顔が、王女にあるまじきほど緩んでいるのを自覚しながら、小さく呟いた。
「……やっと、会えるのね」
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