男女比5対1の女尊男卑の世界で子供の頃、少女を助けたら「お嫁さんになりたい!」と言って来た。まさか、それが王女様だったなんて……。

楽園

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4話 競り会場と王女

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(アルト視点)
 
  王都までの道のりは、乗り合い馬車で数日かかった。
 領民にもらったパンはとうに食い尽くし、最後の方は保存用の干し肉ばかりを食べていた。
 
 父の期待と、領民たちの(少しズレた)応援を背負い、俺はついに王立学園の正門の前に立っていた。
 
 ……デカい。
 それが、前世の記憶を持つ俺の、素直な感想だった。
城か?  いや、王城より派手かもしれない。
 維持費だけで、うちのような没落貴族の領地が百個は買えそうだ。
 
 俺は、父さんに持たされた、手入れだけはされているが明らかに時代遅れな制服の襟を正す。
 馬車を降りた瞬間から、空気が違う。
 濃密な「品定め」の視線が、俺の全身を突き刺す。
 父が「知識の頂点」と呼んだ学園。
 
 だが、俺の「前世」の記憶が、ここを別の言葉で表現する。
 ……ここは、競り会場オークションハウスだ。
 見渡す限り、男も女も、最高級の貴族服で着飾っている。
 
 特に、男たち。
 彼らは、孔雀くじゃくのように必死に自分をアピールしていた。
 無駄に鍛え上げた筋肉を見せつける騎士科の男。
 指先で小さな炎を灯して、自分に魔力があるとアピールする魔術科の男。
 顔だけが取り柄の文官科の男たちは、取り巻きを引き連れて歩いている。
 全員が、必死だ。
 
 希少な「姫君」たちに、いかに自分が高性能な「所有物」であるかを、死に物狂いでアピールしている。
 そして、それを選ぶ「女」たち。
 彼女たちは、まるで審査員のように腕を組み、扇子で口元を隠しながら、男たちを値踏みしていた。
「あの方は、公爵家の正夫候補らしいわ」
「あら、でもお顔立ちが。私はあちらの騎士様が好み」
 
 ……最悪だ。
 俺の母親が、父を捨てあの「イケメン」に走った時の光景がフラッシュバックする。
 この世界では、これが「青春」であり、「恋愛」なんだ。
 
 俺は、誰にも見られないよう、深くフードを被り直す。
 俺の目的は、こんな場所で彼らの仲間入りをすることじゃない。
 さっさと寮に入って、図書館にでも引きこもろう。
 俺は、壁際を歩きながら、まずは新入生用の受付窓口を探した。
 
 幸い、俺のような没落貴族の、しかも推薦入学で入ってきた奴に、真正面から声をかける物好きはいないようだ。
「えーっと、アルト・フォン・キルシュヴァッサー、だな」
 
 受付の男は、俺の推薦状を見るなり、面倒くさそうに書類をめくった。
「お前の部屋は、あっちだ。……旧寮の、一番端」
 渡された鍵と地図は、明らかにエリートの男たちが向かう方向とは逆だった。
 
 ……望むところだ。
 旧寮。日当たりが悪く、幽霊が出ると噂の、オンボロ寮。
 権力者たちの「競り」から、一番遠い場所。
 俺にとっては、これ以上ない特等席だった。
 重い荷物を引きずり、ようやく旧寮の自室にたどり着く。
 
 ほこりっぽく、カビ臭い。だが、静かだ。
 俺は、唯一の荷物であるカバンをベッドに放り投げ、父から託された「知識」の象徴である分厚い本を数冊、机に並べた。
 
「……さて。まずは掃除と……」
 俺が、窓を開けて空気を入れ替えようとした、その時だった。
 中庭の方が、やけに騒がしい。
 さっきの「競り会場」とは違う、もっと張り詰めたような、静かな熱気があった。
 俺は、窓の隙間から、そっと中庭を見下ろした。
 
 ……いた。
 学園の中心。
 この「競り会場」の、最大の「目玉商品」であり、最強の「買い手」だ。
 白金の髪を太陽に輝かせ、数人の取り巻きを侍らせた少女。
 この国の第一王女、リリアーナ・フォン・アークライト。
 
 遠目からでも分かる。
 彼女が、この学園の「常識」の頂点だ。
 彼女に選ばれるために、男たちはすべてを捧げる。
 彼女が、すべての男を「選ぶ」権利を持っている。
 王女は、なぜか落ち着かない様子で、キョロキョロと周囲を見回していた。

 ……ああ、そうか。
 新しい男が、どれだけのモノか品定めしているんだ。
 俺は、静かに窓を閉めた。
 カーテンを引き、彼女の姿を視界から消す。
 関わるものか。
 
 俺の「秘密」は、彼女にこそ、絶対に知られてはならない。
 俺は、父さんのためにも、俺自身のためにも、この部屋で三年間、息を潜めて「勉強」だけをやり遂げる。
 俺は、固く、そう誓った。

(リリアーナ視点)
 
 王立学園の、王族専用サロン。
 その窓辺で、私、リリアーナ・フォン・アークライトは、苛立いらだたしげにティーカップをソーサーに戻した。
 カチャリ、と硬質な音が響く。
 新入生が到着する日だというのに、もう昼を過ぎている。
 中庭には、着飾った新入生の男たちが、必死にわたしのいる部屋に向かってアピールしているのが見えた。
 
 愚かだ、と私は思う。
 私が欲しいのは、あんな男たちではない。
「……まだかしら」
 私の呟きに、侍女がひかえめに答える。
「没落貴族の、しかも辺境からの推薦入学でございます。馬車の都合もございましょう。もう少々、お待ちになるしか……」
 
「わかっていますわ」
 わかっている。
 十年も待ったのだ。あと数時間、待てないはずがない。
 だというのに、胸がそわそわして落ち着かない。
 胸元のロケットペンダントを、無意識に握りしめる。
 あの日、私の命を救ってくれた、不思議な少年。
 
(アルト……)
 彼のお父様が、三年前に領地を与えられた時、どれほど喜んでいたか。
 その報告書を読んだ時、私は自分のことのように嬉しかった。
 
 そして、この学園への推薦状。
 すべて、私が彼を縛り付けるためではなく、ただ、彼に「恩返し」をし、そして、あの日の誓いを果たすため。
 
(「私、将来あなたのお嫁さんになりたい」)
 彼が、私のことなど忘れてしまっていても構わない。
 私が、彼を守るのだ。
 この「競り会場」のような学園で、他のハイエナのような女たちに彼が品定めされる前に、私が彼を保護しなければならない。
 
 そのために、私は万全の準備を整えていた。
 新寮に、最高級の特待室を用意させた。
 彼が到着したら、すぐにアルト・フォン・キルシュヴァッサー様は、王女殿下のご指名により特待室へ、と案内させる手はずだ。
 
 これで、他の女たちも迂闊《うかつ》に手出しはできないはず。
「……リリアーナ殿下。随分と落ち着きがないご様子だ」
 聞き飽きた、ねっとりとした声が背後からする。
 
 振り返ると、やはりレオナルド婚約者候補の一人が、作り物めいた笑顔で立っていた。
「ごきげんよう、公爵閣下。私はただ、新入生の動向を視察しているだけですわ」
 
「ほう。殿下が直々に? よほど“素晴らしい逸材”でもいたのですかな?」
 嫌味な男。
 私がアルトに便宜《べんぎ》を図っていることに、薄々気づいているのかもしれない。
 
 私が反論しようとした、その時だった。
 サロンの扉がノックされ、侍女長が慌てた様子で入ってきた。
 
「殿下! 大変です!」
「どうしたの? 騒々しい。……まさか、彼が?」
 侍女長は、私の耳元にそっと口を寄せた。
「アルト・フォン・キルシュヴァッサー様、たった今、到着を確認いたしました!」
「まあ!」
 
 ついに!
 私の胸は高鳴った。十年間、待ち続けた瞬間だ。
「すぐに、こちらへ……いいえ、私が用意した新寮の特待室へ、丁重にお連れして!」
 私がそう命じると、侍女長は、なぜか困り果てた顔をした。
 
「それが……」
「何ですの? 言いなさい」
「……キルシュヴァッサー様は、受付を済まされるなり……その……」
「……その?」
「……旧寮の、一番端の部屋に、入られました」
「…………は?」
 私は、一瞬、何を言われたのか理解できなかった。
 
 旧寮?
 あの、カビ臭くて幽霊が出ると噂の、取り壊し寸前のオンボロ寮?

「手違いですわ! すぐに新寮へ移すように!」
 
 私は絶句した。
 私の「お迎え」の準備が、すべて空振りだ。
 なぜ、そんな手違いが起こるのだ。
 この手違いは人為的なミスではなく、他の誰かによって計画されたもののように感じた。
 
 背後で、公爵家の男が、クツクツと喉を鳴らして笑うのが聞こえた。
 
「ほう……殿下は誰かを待っていたのですかね。会いたい男でもいたのかな」
 私は、その皮肉を睨みつける。
 
 こうなれば、もう、手段は一つしかない。誰かが悪意を持って私達の出会いを妨害しているのだ。
「……私が、直接行きますわ」
「殿下!?  なりません! 王女自らお出迎えなど!」
 侍女たちの静止も聞かず、私はサロンの扉へ向かう。
 
 十年待ったのだ。
 我慢などできるわけがない。
(待っていなさい、アルト)
 私たちの「運命の歯車」が、今日ようやく動き出したのだから……。
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