男女比5対1の女尊男卑の世界で子供の頃、少女を助けたら「お嫁さんになりたい!」と言って来た。まさか、それが王女様だったなんて……。

楽園

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7話 不気味な贈り物と俺への視線

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(アルト視点)
 
 あの実技訓練の一件は、最悪の形で尾を引いていた。
 教師が老朽化による誤作動と結論付けたおかげで、表沙汰おもてざたにはならなかった。だが、生徒たちの不信感は拭えなかった。
 
 俺の周囲からは、明らかに人が遠ざかった。いや、正確には遠巻きにして、ヒソヒソと噂するようになった。
「おい、見たかよ、あの男。最近、ますます暗くなったよな」
「ああ。水晶玉、凄い光ったよな? きっとイカサマだろ。推薦入学の点数稼ぎか? やり過ぎてビビってるんだよ」
 
 男子生徒たちの、嫉妬と侮蔑《ぶべつ》の入り混じった視線。
「ねえ、あの方、本当に男なのかしら……」
「確かに、男の魔力があれだけ光るなんて……不思議だわ」
 女子生徒たちの、好奇の視線。
 
 ……最悪だ。
 旧寮住まいの変人に加え、魔力測定器を光らせた謎の男という、この上なく目立つ最悪の称号タイトルまで手に入れてしまった。
 俺は、レオナルドに内心、舌打ちする。
 
 あの野郎……余計なチャチャを入れるからだ。おかげで、俺の平穏なモブ生活計画は初手から崩壊しそうだ。
 こうなっては、ますます目立つ行動はできない。
 講義中は、気配を殺して最後列の隅で教科書に数式を書き込む。
 
 そして、講義以外の時間は、さらに図書館の奥深く、最も人の来ない埃っぽい古代文献の書庫で過ごすようになった。
 ここなら、誰も俺に興味を持たない。
 
 父さん、心配しないでくれ。俺は、絶対に問題を起こさない。この学園の知識を全て吸収して卒業する。そして、父さんと二人、領地で静かに暮らすんだ……。
 
 そう、俺には守るべき日常があるのだ。
 それから数日が経ちそんな噂が少し落ち着いてきたかと思った放課後。
 俺がいつものように図書館の隅で、羊皮紙に書かれた難解な魔導書を広げていると、ふと、視線を感じた。
 
 ……なんだ?
 試験期間中でもないのに、この書庫に、俺以外の人間が大勢で来るのは珍しい。
 顔を上げると、書庫の入り口付近……そこは俺のような一般生徒が入るエリアではなく、強化ガラスで仕切られた「王族・上級貴族専用閲覧室」のエリアがある。
 
 そのガラス戸の向こうで、リリアーナ王女が、数人の侍女を連れて何か話しているのが見えた。
 俺は、即座に視線を魔導書に戻した。
 
 関わってはならない。あの人種は、俺とは住む世界が違いすぎる。
 この学園が「競り会場」なら、彼女はその「目玉商品」であり、同時に最強の「買い手」なのだ。俺のような「出品すらされていない」存在とは、交わることすらあり得ない。
 
 だが、どうにも誰かから見られているような気がする。
 もう一度、恐る恐る目を上げると、リリアーナ王女が、ガラス越しに、まっすぐこちらを見ている気がした。
 侍女に何かを耳打ちされても、その視線は動かない。
 
 きっと気のせいだ。俺みたいな旧寮のモブに用があるわけない。きっと、俺の向こう側にある本棚でも見てるんだ。
 没落貴族の、旧寮住まいの、しかも男。
 あの頂点の女が、俺に何の用があるというのか。ありえない。
 
 俺はそう結論付け、再び難解な数式に意識を集中させた。
 ほどなくして、王女一行が立ち去る気配がし、俺はようやく息をついた。
 
 その日。閉館ギリギリまで図書館に籠もり、すっかり暗くなった石畳の道を旧寮へと急いでいた。
 旧寮の自室の前に着いて、俺は足を止めた。
 
「……?」
 ギィ、と音を立てそうな埃っぽいドアの前に、小さな、上質な布で包まれた包みがちょこんと置かれている。
 なんだ? 嫌がらせか? ついに石とか動物の死骸も投げ込まれるようになったのか!?
 
 この学園で、俺に好意的な人間などいない。
 俺は警戒しつつ、毒や呪いの類でないことを探りながら、その包みを手に取った。
 布を解くと、中から現れたのは、小さな、細工の施された木箱だった。
 
 開けてみて、俺はさらに困惑した。
 中身は、非常に上質な、嗅いだことのない芳香を放つ「茶葉」と「焼き菓子」だった。
 
 ……は? 誰が? 何のために? 
 送り主を示す手紙は、どこにもない。
 ……毒か? いや、俺に毒を盛る意味が……。
 俺は、あの公爵家の嫡男、レオナルドの顔を思い浮かべた。
 
 あいつか? もしかして新手の嫌がらせか? 俺がこれを食べて腹を壊すのを期待してるのか? だが、あんな嫌味な男が、こんな手の込んだことをするのだろうか?
 完全に意図が読めず、気味が悪い。
 
 俺は結局その茶葉と菓子には手を付けず、棚の奥、父からの手紙入れの隣に仕舞い込んだ。
 
 そして、翌日。
 講義を終え、俺は再び足早に図書館へと向かっていた。
 あの不気味な贈り物のことは、ひとまず忘れることにしよう。関わってもロクなことにならない。
 いつものように、本館と別館を繋ぐ、人のいない裏手の渡り廊下を曲がろうとした、その時。
 
 そこに、人が立っていた。
 ……! 
 俺は思わず足を止めた。
 
 昨日、図書館の閲覧室で、リリアーナ王女の隣に控えていた、あの壮年の侍女だった。
 侍女は、まるで俺がここを通ることを知っていたかのように、無表情でこちらを見ている。
 
 ……なんだ? 王家の侍女が俺に何のようだ?
 引き返そうか逡巡しゅんじゅんしていると、侍女は静かに俺の前に進み出た。
「アルト・フォン・キルシュヴァッサー様ですね?」
 
 冷たい、抑揚のない声。
 俺は、その言葉に、恐怖や警戒よりも先に、純粋な驚きがあった。
 
 ……は? なぜ、俺を知っている!?
 王家の侍女。
 この学園のヒエラルキーの頂点に仕える人間だ。
 
 そんな人物が、なぜ「旧寮住まいの没落貴族の男」である俺の、名前を知っている?
 そして、なぜ、こんな裏手の廊下で、俺を「待って」いる?
 身分が違いすぎる。俺と接点があるはずがない。
 あまりの不可解さに、俺はただ、その侍女の顔を見つめ返すことしかできなかった。
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