男女比5対1の女尊男卑の世界で子供の頃、少女を助けたら「お嫁さんになりたい!」と言って来た。まさか、それが王女様だったなんて……。

楽園

文字の大きさ
17 / 24

17話 漂う鉄の星々と、静寂なる不気味さ

しおりを挟む
(アルト視点)
 
 地下書庫での密会、二日目。
 カビと古書の匂いが沈殿する薄暗い空間に、場違いなほど高貴な白百合の香りが漂っている。
 侍女長が「差し入れ」として置いていった紅茶の湯気が、ランプの光を揺らしていた。
 俺の目の前には、リリアーナ王女がいる。
 
 彼女は、豪奢なドレスの裾が床の埃にまみれることも厭《いと》わず、夢中になって机上の資料を覗き込んでいた。
 その横顔は、舞踏会で見せるような作り笑いではなく、真剣そのものだ。
 
「……奇妙ですわね」
 リリアーナが、細く美しい指先で、羊皮紙の一点をなぞった。
 机の上に広げられているのは、昨日俺たちが議論した「質量兵器」の文献とはまた別の、さらに古い時代の『天体図』だ。
 
 現代の魔術師たちが使う星図とは、星座の配置も、星の数も微妙に異なっている。
「この古代の星図……。今の天文学では観測されていない『動く星』が、いくつも描かれていますの」
 彼女の声には、純粋な疑問と、微かな不安が混じっていた。
 
「最初は彗星かと思いました。けれど、彗星なら尾を引くはずですし、軌道は楕円を描くはず。……でも、これらは違う」
 彼女が指し示したのは、黄道十二星座の間を縫うように描かれた、無機質な光の点たちだ。
 それらは、まるで定規で引いたかのように規則正しく、天を巡っているように記録されていた。
 
 俺には、それが何であるか想像がついた。
 先日の議論――古代文明が空に浮かべた『鉄の城《質量兵器》』の話と、点と線が繋がるからだ。
「……それは、星ではありません」
 
 俺は、天体図の端に記された、解読困難な古代語の注釈に目を走らせながら、慎重に言葉を選んだ。
「古代語で『天の番人』……あるいは、俺の知る言葉で言うなら『人工衛星』と呼ばれるものです」
「ジンコウ……エイセイ?」
 
 聞き慣れない単語に、リリアーナが目を丸くする。
 俺は、手元のメモ用紙に、簡単な惑星と軌道の図を描き始めた。
「昨日話した『鉄の城』と同じ理屈です。ただし、あれほど巨大な攻撃兵器ではなく、もっと小さく、数多く打ち上げられた『機械』です」
 
「機械が、空に? ……でも、どうやって? 魔石の燃料が尽きれば、落ちてくるはずですわ」
「いいえ。魔法的な浮力で浮いているわけではないんです」
 俺は、描いた惑星の周りに、円を描いた。
 
「とてつもない速度で横に移動することで、落ちようとする力重力と、飛び出そうとする力遠心力を釣り合わせているんです。一度その高さと速度に乗ってしまえば、理論上は燃料を使わずとも、永遠に落ちることなく回り続けます」
 
 リリアーナは、俺の描いた図と、手元の古文書を交互に見比べた。
 彼女の眉間に皺が寄る。
 この世界の常識――重きものは地に落ち、軽きものは天に昇る――とはかけ離れた、物理学の概念。
 
 だが、彼女の天才的な頭脳は、それを「あり得ない」と否定するのではなく、「もしそうなら、すべて辻褄が合う」と瞬時に理解したようだった。
 
「……なんてこと」
 彼女は、息を呑んだ。
「それでは、まるで……空に、見えない『道』があるようなものですわね」
「その通りです。古代人は、その道に無数の機械を放った」
 
 そこで、リリアーナはハッとしたように顔を上げた。
 その蒼い瞳が、揺れている。
「……待って、アルト。昨日の貴方の説では、あの『鉄の城』は制御不能になって落ちてきたと言いましたわよね? それが『大災厄』の原因だと」
 
「ええ、そうです」
「でも、この星図を見る限り……『動く星』の数は、一つや二つではありませんわ」
 彼女の指先が、星図の上を滑る。
 確かに、そこには無数の点が記されていた。
 東の空にも、西の空にも。
 
 一つ、二つ、十、二十……。
 数え切れないほどの光の点が、夜空を埋め尽くすように描かれている。
「……もし、あの大都市を消滅させた『鉄の城』が、これらの中の、たった一つに過ぎないとしたら?」
 
 リリアーナの声が、微かに震えた。
 地下書庫の空気が、急速に冷え込んだように感じる。
 その言葉に、俺もまた、背筋に冷たいものが走るのを感じた。
 
 そうだ。
 古代文明が、あれほど高度な技術を持っていたのなら、衛星を一つだけ打ち上げるはずがない。
 通信、気象観測、測位、あるいは軍事利用。
 様々な目的で、無数の衛星を打ち上げていたはずだ。
 
「……おそらく、その通りです」
 俺は、天井――その遥か上空にあるはずの、厚い岩盤の向こう側の宇宙《そら》を見上げた。
「大災厄で落ちてきたのは、その中の一つ。故障したか、あるいは軌道がずれたか……。ですが、残りの『星々』のいくつかは?」
 
「……まだ、ある」
 リリアーナが、ポツリと呟いた。
 その言葉は、石のように重く、俺たちの間に落ちた。そうだ確かに昔に比べると空に漂う星の数は減っている。いくつかは寿命が来たが、地上に落ちることはなく大気圏で燃え尽きたのだろう。それでも、その多くは……。
「主である古代人が滅びて、数千年が経っても……。彼らはまだ、私たちの頭上を回り続けている……?」
 
 想像してしまった。
 普段、俺たちが何気なく見上げている、青く澄んだ空。
 夜になれば、美しい星々が瞬く夜空。
 その向こう側、漆黒の宇宙空間に、古代の遺物である無数の鉄塊が、誰に知られることもなく、音もなく漂い続けている光景を。
 
 それらは、朽ち果てた残骸なのか。
 それとも、主のいない命令を忠実に守り、今もなお稼働し続けているのか。
 
「……怖いですわね」
 リリアーナが、自分の二の腕をさするように身震いする。
 彼女の顔色は、ランプの灯りのせいだけではなく、蒼白に見えた。
 
「私たちは、空は神々の領域だと思っていました。清らかで、何者にも侵されない場所だと。……でも、そこには私たちの知らない『過去』が、幽霊のように漂っているなんて」
 
「ええ。……この世界は、俺たちが思っているよりもずっと、人工的なものなのかもしれません」
 俺の言葉に、地下書庫の空気が重くなった気がした。
 頭上を回る無数の機械たち。
 それらは一体、何のために作られたのか。
 ただの道具か? それとも、もっと恐ろしい『役割』を持たされているのか?
 今の俺たちには知る由もない。
 
 ただ、この世界には、俺たちの常識を超えた「理《ことわり》」が、見えない場所で働いている。
 人間が作り出し、そして忘れ去ったシステムが、今もこの世界を鳥籠のように囲んでいるのかもしれない。
 その事実だけが、確かな重みと、言い知れぬ不気味さを持って俺たちにのしかかった。
 
 しばしの沈黙の後。
 リリアーナが、意を決したように顔を上げた。
 恐怖を知識欲でねじ伏せるような、強い瞳だった。
「……空の理が、これほど歪で、人工的なものだとしたら」
 彼女は、天体図を端に寄せ、代わりに別の分厚い黒革の帳簿を取り出した。
 
 その表情は、先ほどまでの「遠い空への畏怖」から、より現実的で、血の通った「切実な問題」へと向けられていた。
「……地上の、私たちの『命』の理もまた、何か大きな歪みを抱えているのかもしれません」
「それは……?」
 
 俺が問うと、彼女は重々しくその帳簿を開いた。
 それは、王国の人口動態を記した、極秘の記録書だった。
「実は……ずっと気になっていた『数字』があるのです。この世界の、あまりにも不自然な『男女』の在り方について」
 彼女が開いたページには、俺たちの存在そのものを否定しかねない、残酷な統計が並んでいた。
 
 静寂な宇宙を漂う鉄の星々。
 そして、地上で繰り返される不可解な死と、歪んだ性別。
 空と地。
 二つの歪みは、無関係ではないのかもしれない。
 俺たちは、いよいよこの世界の「核心」――人々が『女神の呪い』と呼び恐れる現象――へと、足を踏み入れることになる。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

男女比1:15の貞操逆転世界で高校生活(婚活)

大寒波
恋愛
日本で生活していた前世の記憶を持つ主人公、七瀬達也が日本によく似た貞操逆転世界に転生し、高校生活を楽しみながら婚活を頑張るお話。 この世界の法律では、男性は二十歳までに5人と結婚をしなければならない。(高校卒業時点は3人) そんな法律があるなら、もういっそのこと高校在学中に5人と結婚しよう!となるのが今作の主人公である達也だ! この世界の経済は基本的に女性のみで回っており、男性に求められることといえば子種、遺伝子だ。 前世の影響かはわからないが、日本屈指のHENTAIである達也は運よく遺伝子も最高ランクになった。 顔もイケメン!遺伝子も優秀!貴重な男!…と、驕らずに自分と関わった女性には少しでも幸せな気持ちを分かち合えるように努力しようと決意する。 どうせなら、WIN-WINの関係でありたいよね! そうして、別居婚が主流なこの世界では珍しいみんなと同居することを、いや。ハーレムを目標に個性豊かなヒロイン達と織り成す学園ラブコメディがいま始まる! 主人公の通う学校では、少し貞操逆転の要素薄いかもです。男女比に寄っています。 外はその限りではありません。 カクヨムでも投稿しております。

高身長お姉さん達に囲まれてると思ったらここは貞操逆転世界でした。〜どうやら元の世界には帰れないので、今を謳歌しようと思います〜

水国 水
恋愛
ある日、阿宮 海(あみや かい)はバイト先から自転車で家へ帰っていた。 その時、快晴で雲一つ無い空が急変し、突如、周囲に濃い霧に包まれる。 危険を感じた阿宮は自転車を押して帰ることにした。そして徒歩で歩き、喉も乾いてきた時、運良く喫茶店の看板を発見する。 彼は霧が晴れるまでそこで休憩しようと思い、扉を開く。そこには女性の店員が一人居るだけだった。 初めは男装だと考えていた女性の店員、阿宮と会話していくうちに彼が男性だということに気がついた。そして同時に阿宮も世界の常識がおかしいことに気がつく。 そして話していくうちに貞操逆転世界へ転移してしまったことを知る。 警察へ連れて行かれ、戸籍がないことも発覚し、家もない状況。先が不安ではあるが、戻れないだろうと考え新たな世界で生きていくことを決意した。 これはひょんなことから貞操逆転世界に転移してしまった阿宮が高身長女子と関わり、関係を深めながら貞操逆転世界を謳歌する話。

貞操逆転世界で出会い系アプリをしたら

普通
恋愛
男性は弱く、女性は強い。この世界ではそれが当たり前。性被害を受けるのは男。そんな世界に生を受けた葉山優は普通に生きてきたが、ある日前世の記憶取り戻す。そこで前世ではこんな風に男女比の偏りもなく、普通に男女が一緒に生活できたことを思い出し、もう一度女性と関わってみようと決意する。 そこで会うのにまだ抵抗がある、優は出会い系アプリを見つける。まずはここでメッセージのやり取りだけでも女性としてから会うことしようと試みるのだった。

バイト先の先輩ギャルが実はクラスメイトで、しかも推しが一緒だった件

沢田美
恋愛
「きょ、今日からお世話になります。有馬蓮です……!」 高校二年の有馬蓮は、人生初のアルバイトで緊張しっぱなし。 そんな彼の前に現れたのは、銀髪ピアスのギャル系先輩――白瀬紗良だった。 見た目は派手だけど、話してみるとアニメもゲームも好きな“同類”。 意外な共通点から意気投合する二人。 だけどその日の帰り際、店長から知らされたのは―― > 「白瀬さん、今日で最後のシフトなんだよね」 一期一会の出会い。もう会えないと思っていた。 ……翌日、学校で再会するまでは。 実は同じクラスの“白瀬さん”だった――!? オタクな少年とギャルな少女の、距離ゼロから始まる青春ラブコメ。

男:女=1:10000の世界に来た記憶が無いけど生きる俺

マオセン
ファンタジー
突然公園で目覚めた青年「優心」は身辺状況の記憶をすべて忘れていた。分かるのは自分の名前と剣道の経験、常識くらいだった。 その公園を通りすがった「七瀬 椿」に話しかけてからこの物語は幕を開ける。 彼は何も記憶が無い状態で男女比が圧倒的な世界を生き抜けることができるのか。 そして....彼の身体は大丈夫なのか!?

男女比が1対100だったり貞操概念が逆転した世界にいますが会社員してます

neru
ファンタジー
30を過ぎた松田 茂人(まつだ しげひと )は男女比が1対100だったり貞操概念が逆転した世界にひょんなことから転移してしまう。 松田は新しい世界で会社員となり働くこととなる。 ちなみに、新しい世界の女性は全員高身長、美形だ。 PS.2月27日から4月まで投稿頻度が減ることを許して下さい。 ↓ PS.投稿を再開します。ゆっくりな投稿頻度になってしまうかもですがあたたかく見守ってください。

この男子校の生徒が自分以外全員男装女子だということを俺だけが知っている

夏見ナイ
恋愛
平凡な俺、相葉祐樹が手にしたのは、ありえないはずの超名門男子校『獅子王院学園』からの合格通知。期待を胸に入学した先は、王子様みたいなイケメンだらけの夢の空間だった! ……はずが、ある夜、同室のクールな完璧王子・橘玲が女の子であるという、学園最大の秘密を知ってしまう。 なんとこの学園、俺以外、全員が“訳アリ”の男装女子だったのだ! 秘密の「共犯者」となった俺は、慣れない男装に悩む彼女たちの唯一の相談相手に。 「祐樹の前でだけは、女の子でいられる……」 クールなイケメンたちの、俺だけに見せる甘々な素顔と猛アプローチにドキドキが止まらない! 秘密だらけで糖度120%の学園ラブコメ、開幕!

美醜逆転世界の学園に戻ったおっさんは気付かない

仙道
ファンタジー
柴田宏(しばたひろし)は学生時代から不細工といじめられ、ニートになった。 トラックにはねられ転移した先は美醜が逆転した現実世界。 しかも体は学生に戻っていたため、仕方なく学校に行くことに。 先輩、同級生、後輩でハーレムを作ってしまう。

処理中です...