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16話 共鳴する知性と予期する引力
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(アルト視点)
地下書庫の重苦しい空気は、彼女の登場にによって一変した。
カビと埃の匂いは、彼女が纏う高貴な白百合の香りに塗り替えられ、薄暗いランプの光さえも、彼女の金髪を照らすための演出に見えてくる。
「……ここの記述、計算が合いませんわ」
リリアーナ王女が、白い指先で、古びた文献の一節を示した。
俺たちは、隣り合わせの椅子に座り、一つの机を囲んでいた。
距離にして、わずか数十センチ。
彼女が動くたび、衣擦れの音と甘い香りが俺の神経を逆撫でして生きた心地がしない。
「……どれですか」
俺は、努めて事務的に、彼女が指差した数式を覗き込んだ。
それは、古代の質量兵器の軌道計算に関する記述だ。
「……ああ、これは。この時代の数学では『空気抵抗』の変数が抜け落ちているんです。だから、現代の魔法数式で補正すると……」
俺は、手元の羊皮紙にさらさらと修正式を書いた。
つい、いつもの癖が出る。
知識の前では、相手が誰であろうと、俺は「探求者」に戻ってしまうのだ。
「……なるほど」
彼女は、俺が書いた数式をじっと見つめ、そして、美しい目を細めた。
「『摩擦』による減衰……。物理現象として捉えれば、確かにそうですわね。魔力推力だけで考えていたから、誤差が出たのですわ」
(……!)
俺は、驚きにペンを止めた。
まさか!? 理解したのか? この一瞬で?
この数式は、前世の物理学の知識がないと、この世界の人間には難解なはずだ。
それを、彼女は「魔力推力だけで考えていたから」と、即座に本質を見抜いた。
俺は、思わず彼女の顔をまじまじと見た。
この国の王族など、魔力にあぐらをかいた飾り物だと思っていた。
だが、彼女の瞳にあるのは、虚栄心でも、暇つぶしの快楽でもない。
それは、俺と同じ――純粋で、強烈な「知への渇望」だった。
「……すごいですね、アルト先生」
彼女が、顔を上げて微笑んだ。
その笑顔を見て、俺の思考が、一瞬だけ停止した。
それは、今まで彼女が見せてきた「王女としての完璧な微笑」でも、「俺を弄ぶ嘲笑」でもなかった。
新しい玩具を見つけた子供のような、あるいは難問が解けた時の学生のような。
無防備で、屈託のない、心からの笑顔。
ドクン、と。
心臓が、嫌な音を立てた。
彼女のことを綺麗だ、と思ってしまった。
ランプの灯りに照らされた横顔。知的好奇心に輝く蒼い瞳。
その圧倒的な美貌が、今は「恐怖の対象」としてではなく、純粋な「美」として、俺の網膜に焼き付いた。
……何を考えているんだ、俺は。
即座に、警鐘が鳴り響く。
相手は王女だ。俺を「おもちゃ」として囲っている支配者だ。
この「理解」も「共感」も、すべて彼女の掌の上で転がされてるに過ぎない。
だが、会話は止まらない。
「では、この『鉄の城』の動力源は? 魔石だけでは出力が足りませんわ」
「……おそらく、地脈《レイライン》からの直接供給でしょう。この図面を見てください」
「まあ! まるで空を浮遊する吸血鬼ね。……でも、確かにその通りだわ」
……楽しい。
認めたくないが、会話が弾む。
この学園に来て初めて、いや、この世界に生まれて初めて、俺は「対等に」知識を語り合える相手を得ていた。
父ですら理解できなかった俺の「推察」を、彼女は軽々と受け止め、さらに鋭い返しをしてくる。
悔しいが、彼女の頭脳は本物だ。
魔力だけじゃない。知性においても、彼女は怪物だった。
ふと、彼女の髪がさらりと落ちて、俺の肩に触れた。
「ッ……」
俺は、感電したように身を引いた。
「……どうなさいました?」
彼女が不思議そうに首を傾げる。その姿が素直に可愛いと思ってしまった。
「い、いえ。……少し、近すぎます」
俺は冷や汗を拭いながら、椅子を少しだけずらした。
危ない。
これは、罠だ。
恐怖で縛り付けるだけでなく、こうして「理解者」の顔をして、俺の心の隙間に入り込もうとしている。
そうやって、俺のすべてを――知識も、感情も、魂さえも――掌握するつもりなんだ。
……なんて恐ろしい人だ。
俺は、自分の胸の鼓動が早まっている理由を、「恐怖」だと自分に言い聞かせた。
そうに決まっている。
決して、彼女の笑顔に見惚れたわけでも、彼女との時間を心地よいと感じたわけでもない。
「……今日は、ここまでにしましょう」
俺は、逃げるように本を閉じた。これ以上ここにいたら、何かが致命的に崩れてしまいそうだった。
「あら。もう終わり?」
彼女は、心底残念そうに眉を下げた。その表情すら、計算され尽くした演技に見えて……いや、そう見ようと努力しなければならなかった。
「……寮の門限がありますので」
「そうですか。……名残惜しいですわ」
彼女は立ち上がり、俺を見下ろした。
「でも、とても有意義な時間でした。……また明日も、付き合ってくださいますね?」
それは、質問ではなく確認だった。
俺に拒否権などない。
「……御意に」
俺は短く答えると、一礼して地下書庫を飛び出した。
背中に、彼女の視線を感じながら。
階段を駆け上がりながら、俺は自分の頬が熱くなっていることに気づき、舌打ちをした。
……クソッ。調子が狂う。
あの王女は、俺を実験体にするよりも残酷な方法で、俺を壊そうとしているのかもしれない。
俺は、誰もいない廊下で、乱れた呼吸を整えながら、あの地下書庫に残してきた「熱」を振り払うように頭を振った。
地下書庫の重苦しい空気は、彼女の登場にによって一変した。
カビと埃の匂いは、彼女が纏う高貴な白百合の香りに塗り替えられ、薄暗いランプの光さえも、彼女の金髪を照らすための演出に見えてくる。
「……ここの記述、計算が合いませんわ」
リリアーナ王女が、白い指先で、古びた文献の一節を示した。
俺たちは、隣り合わせの椅子に座り、一つの机を囲んでいた。
距離にして、わずか数十センチ。
彼女が動くたび、衣擦れの音と甘い香りが俺の神経を逆撫でして生きた心地がしない。
「……どれですか」
俺は、努めて事務的に、彼女が指差した数式を覗き込んだ。
それは、古代の質量兵器の軌道計算に関する記述だ。
「……ああ、これは。この時代の数学では『空気抵抗』の変数が抜け落ちているんです。だから、現代の魔法数式で補正すると……」
俺は、手元の羊皮紙にさらさらと修正式を書いた。
つい、いつもの癖が出る。
知識の前では、相手が誰であろうと、俺は「探求者」に戻ってしまうのだ。
「……なるほど」
彼女は、俺が書いた数式をじっと見つめ、そして、美しい目を細めた。
「『摩擦』による減衰……。物理現象として捉えれば、確かにそうですわね。魔力推力だけで考えていたから、誤差が出たのですわ」
(……!)
俺は、驚きにペンを止めた。
まさか!? 理解したのか? この一瞬で?
この数式は、前世の物理学の知識がないと、この世界の人間には難解なはずだ。
それを、彼女は「魔力推力だけで考えていたから」と、即座に本質を見抜いた。
俺は、思わず彼女の顔をまじまじと見た。
この国の王族など、魔力にあぐらをかいた飾り物だと思っていた。
だが、彼女の瞳にあるのは、虚栄心でも、暇つぶしの快楽でもない。
それは、俺と同じ――純粋で、強烈な「知への渇望」だった。
「……すごいですね、アルト先生」
彼女が、顔を上げて微笑んだ。
その笑顔を見て、俺の思考が、一瞬だけ停止した。
それは、今まで彼女が見せてきた「王女としての完璧な微笑」でも、「俺を弄ぶ嘲笑」でもなかった。
新しい玩具を見つけた子供のような、あるいは難問が解けた時の学生のような。
無防備で、屈託のない、心からの笑顔。
ドクン、と。
心臓が、嫌な音を立てた。
彼女のことを綺麗だ、と思ってしまった。
ランプの灯りに照らされた横顔。知的好奇心に輝く蒼い瞳。
その圧倒的な美貌が、今は「恐怖の対象」としてではなく、純粋な「美」として、俺の網膜に焼き付いた。
……何を考えているんだ、俺は。
即座に、警鐘が鳴り響く。
相手は王女だ。俺を「おもちゃ」として囲っている支配者だ。
この「理解」も「共感」も、すべて彼女の掌の上で転がされてるに過ぎない。
だが、会話は止まらない。
「では、この『鉄の城』の動力源は? 魔石だけでは出力が足りませんわ」
「……おそらく、地脈《レイライン》からの直接供給でしょう。この図面を見てください」
「まあ! まるで空を浮遊する吸血鬼ね。……でも、確かにその通りだわ」
……楽しい。
認めたくないが、会話が弾む。
この学園に来て初めて、いや、この世界に生まれて初めて、俺は「対等に」知識を語り合える相手を得ていた。
父ですら理解できなかった俺の「推察」を、彼女は軽々と受け止め、さらに鋭い返しをしてくる。
悔しいが、彼女の頭脳は本物だ。
魔力だけじゃない。知性においても、彼女は怪物だった。
ふと、彼女の髪がさらりと落ちて、俺の肩に触れた。
「ッ……」
俺は、感電したように身を引いた。
「……どうなさいました?」
彼女が不思議そうに首を傾げる。その姿が素直に可愛いと思ってしまった。
「い、いえ。……少し、近すぎます」
俺は冷や汗を拭いながら、椅子を少しだけずらした。
危ない。
これは、罠だ。
恐怖で縛り付けるだけでなく、こうして「理解者」の顔をして、俺の心の隙間に入り込もうとしている。
そうやって、俺のすべてを――知識も、感情も、魂さえも――掌握するつもりなんだ。
……なんて恐ろしい人だ。
俺は、自分の胸の鼓動が早まっている理由を、「恐怖」だと自分に言い聞かせた。
そうに決まっている。
決して、彼女の笑顔に見惚れたわけでも、彼女との時間を心地よいと感じたわけでもない。
「……今日は、ここまでにしましょう」
俺は、逃げるように本を閉じた。これ以上ここにいたら、何かが致命的に崩れてしまいそうだった。
「あら。もう終わり?」
彼女は、心底残念そうに眉を下げた。その表情すら、計算され尽くした演技に見えて……いや、そう見ようと努力しなければならなかった。
「……寮の門限がありますので」
「そうですか。……名残惜しいですわ」
彼女は立ち上がり、俺を見下ろした。
「でも、とても有意義な時間でした。……また明日も、付き合ってくださいますね?」
それは、質問ではなく確認だった。
俺に拒否権などない。
「……御意に」
俺は短く答えると、一礼して地下書庫を飛び出した。
背中に、彼女の視線を感じながら。
階段を駆け上がりながら、俺は自分の頬が熱くなっていることに気づき、舌打ちをした。
……クソッ。調子が狂う。
あの王女は、俺を実験体にするよりも残酷な方法で、俺を壊そうとしているのかもしれない。
俺は、誰もいない廊下で、乱れた呼吸を整えながら、あの地下書庫に残してきた「熱」を振り払うように頭を振った。
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