男女比5対1の女尊男卑の世界で子供の頃、少女を助けたら「お嫁さんになりたい!」と言って来た。まさか、それが王女様だったなんて……。

楽園

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24話 硝子の靴は砕け散る

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(侍女長マーガレット視点)
 
「――申し訳ございません。ただいま、リリアーナ殿下は『深層瞑想』に入っておられます」
 離宮の静まり返った廊下で、私は報告に来た若い侍女たちを冷然とした声で追い返した。
 
「こ、この時間に、でございますか?」
「ええ。古代魔法の解読のため、精神を統一なさっているのです。……私が扉の前で警護いたします。何人たりとも、入室は許しません。たとえ、国王陛下の使いであっても」
 私の剣幕に気圧され、侍女たちは「失礼いたしました」と慌てて去っていく。
 
 足音が遠ざかるのを確認し、私は小さく、震える息を吐いた。
「……嘘を吐くのは、骨が折れます」
 もちろん、扉の向こうの自室に、主であるリリアーナ殿下の姿はない。
 彼女は今頃、地下書庫にいるはずだ。
 あの、埃っぽい制服を着た少年の元に。
 王族の侍女長として、あるまじき行為だとは分かっている。
 もし露見すれば、私は即座に解任、最悪の場合は処刑だろう。
 
 だが、私は止めるつもりはない。
 ……あの日。殿下のお母上、亡き王妃様と交わした「最期の約束」があるからだ。
『……マーガレット。あの子をお願い』
 病床の王妃様は、枯れ枝のような手で、私の手を握りしめた。その指先は、すでに半透明の硬質な結晶へと変質し始めていた。
 
『あの子は、私よりも遥かに強い魔力を持って生まれてしまった。それは器に入りきらないほどの大海のような魔力……』
『……王妃様』
『あの子の体は、自身の強大すぎる魔力に耐えきれず、少しずつ、けれど確実に内側から侵食されていくわ。……このままでは、もって十八歳まででしょう』
 
 「魔力結晶症」。
 器の許容量を超えた魔力が、肉体を内側から侵食し、最終的には本人を美しいクリスタルの彫像へと変えて殺す病。
 歴代の王族の中でも、稀代の魔力を持つ女性だけが患う、治療法のない奇病だ。
 
 リリアーナ殿下は今、十六歳だが、後二ヶ月もすれば十七歳になる。
 殿下は見た目は美しく健康そのものに見える。けれど、その魔力の侵食は、砂時計の砂のように、止まることなく進行しているのだ。

 私は、ワゴンの上に用意した「夜食」――最高級の仔牛のローストと、新鮮な果実のタルト――を確認し、部屋の隅に描かれた魔法陣の上にそれを滑らせた。

 これは、殿下が展開している「結界」と対になる、短距離転移の術式だ。
 現在、図書館の最下層一帯は、リリアーナ殿下自身が展開する強力な『認識阻害結界』によって覆われている。

 物理的にも魔術的にも、完全に隔離された空間。
 そこへ侵入できるのは、殿下から「鍵」となる魔力を預けられている私だけだ。
 私もワゴンの横に立ち、魔力を流す。
 視界が歪み、一瞬の浮遊感の後、空気の質が変わった。

 離宮の清潔な香りから、古書とカビの匂いへ。
 鉄扉の向こうから、熱の入った話し声が聞こえてきた。

「……お邪魔いたします」
 私が努めて明るい声を作り、扉を開けると、少年――アルト様は、ビクッと肩を跳ねさせ、即座に居住まいを正した。
 
「ま、マーガレット。……早かったのね」
「他の者の目は逸らして参りました。……こちらを」
 私はワゴンを進め、二人の前に料理を並べた。
 アルト様が、ローストの香りにゴクリと喉を鳴らす。
 彼は、殿下に対しては素っ気ない態度を取るが、出された食事だけは、決して拒まない。
 
「……今日も、豪勢ですね」
「毒見は済んでおりますので、ご安心を」
「……アンタが作ったものに毒が入ってるとは思ってませんよ」
 彼はボソッと言い、肉を頬張った。
 
 その健康的な食べっぷりに、殿下が嬉しそうに目を細める。
「……おい、王女様も食わないんですか? 今日のは特に美味いですよ」
 アルト様が、乱暴に切り分けた肉を殿下の皿に乗せる。
 殿下は一瞬きょとんとして、それからパッと花が咲くように微笑んだ。
 
「まあ、嬉しい。……いただきますわ」
 殿下はフォークを手に取った。
 その時、殿下の指先がほんの一瞬、微かに震えたのを私は見逃さなかった。
 
 結晶化の前兆である「強張り」だ。
 殿下は、それをアルト様に悟られぬよう、自然な動作でフォークを握り直し、口へと運んだ。
「ん……! 本当、美味しいですわね。アルト先生と食べると、いつもの倍美味しい気がします」
 
 彼女は、美味しそうに笑った。
 普通に食べ、普通に笑い、普通に生きている。
 けれど、その身体は悲鳴を上げている。
 
 最近、殿下が夜中にこっそりと痛み止めの薬を服用されていることを、私は知っている。
 進行は、止められない。
 けれど、殿下は諦めることはないだろう。
 
 「もって十八歳」という残酷な死への宣告を知りながらも、この地下室に通い詰め、アルト様の規格外の知識を使って、自身の呪われた運命をねじ伏せようとしているのだ。
 
「……ねえ、アルト」
「なんです? 食べてる時に」
「もし、私が遠いところへ行ってしまっても……この魔法の解読、続けてくださる?」
 ふと、殿下が食事の手を止めて言った。
 
 その声色はあまりに軽く、まるで明日の天気の話でもするかのようだった。
 アルト様は、パンをかじりながら怪訝そうに眉をひそめる。
 
「はあ? 遠いところって、留学でもするんですか? お手伝いはしますが、解読は自分でやってください。俺は忙しいんです」
「ふふ、そうね。……そうでしたわ。頑張ります」
 殿下は、寂しげに、けれどどこか満足そうに微笑んだ。
 
 アルト様は知らない。
 彼女の言う「遠いところ」が、二度と戻れない場所かもしれないことを。
 そして、今こうして笑っている彼女が、薄氷の上を歩くようなギリギリの均衡で命を燃やしていることを。
 ああ……神よ……。
 私は壁際で、祈るように二人を見つめた。
 どうか、この残酷な進行を止めてください。
 
 こんなにも生きたいと願い、戦っているあの方から、未来を奪わないでください。
 何も知らないアルト様が、いつか彼女のいない空席を見て、絶望する日が来ないように。
 地下室に響く、食器のぶつかる音と笑い声。
 それは、嵐の前の静けさのように穏やかで、泣きたくなるほど幸せな光景だった。
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感想 3

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みんなの感想(3件)

MFK
2026.01.06 MFK

更新待ってます

解除
はな
2025.12.04 はな

王女の健気さがとても好感が持てます。
アルト、完全に誤解してますよね💦早く王女の健気さに気付いて欲しいです。
そして2人の思いが通じ合ってもハッピーエンドまでは色々問題(身分とか)がありそう💦どんな問題も乗り越えていって欲しいです。
そしてアルトを馬鹿にしていた人達に盛大なざまぁを!!

解除
MFK
2025.11.25 MFK

面白いので期待しています

2025.11.26 楽園

ありがとうございます😊

解除

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