かりそめの侯爵夫妻の恋愛事情

きのと

文字の大きさ
3 / 26

第3話 カルヴィンの恋 -2-

しおりを挟む
 カルヴィン十八歳、ミーシャ十六歳。

 ミーシャは定期的にボークラーク邸を訪れていた。

 ふたりでお茶を飲んでいるところに三歳年上の兄のアンディが通りかかると、ミーシャの顔がぱっと華やいだ。

「ねえ、アンディも一緒に休憩しましょうよ」

 軽やかな声でアンディを呼び止める。しかし、兄はそっけなく返事を返すだけだった。

「悪い、友人が待っているんだ」

「そうなの……。残念だわ、また今度ね」

 ミーシャの視線は立ち去るアンディの背中をじっと追いかけている。

「ミーシャ?」

 カルヴィンが呼びかけても振り向きもしない。

「もしかして、兄さんが気になるの?」

「どうでもいいでしょ。カルには関係ないから」

 不機嫌さを隠そうともせず、ミーシャはそっぽを向く。

 ボークラーク侯爵家の長男であるアンディは、端正な顔立ちに長身と見た目もよく、話術巧みで人当たりもいい。

 そして自信家でつねに堂々とふるまっている。弟の目から見ても男性的な魅力にあふれていると思う。

 多くの女性に想いを寄せられるのも当然だろう。けれども、ミーシャもそのうちの一人だとは思いたくなかった。

 こまめに屋敷に足を運んでくれるのは、婚約者である自分が好きだからだと信じたかった。しかし、こうも目の前でその事実を突きつけられては、彼女のお目当ては兄であると認めざるを得なかった。

 アンディには許嫁がいる。名門マクシミリアン公爵家の令嬢で、ふたりが生まれる前から婚約が決まっていた。

 才色兼備のローラ嬢とアンディは再来年に結婚式を挙げることになっている。兄が妻を娶れば、さすがにあきらめもつくだろうし、ミーシャの気持ちは自分に戻ってくるだろう。

 アンディへの恋心は一時の気の迷い、若気の至りだったと、大人になったときにはそう笑って流せる過去になっているはずだ。

 一年後、予想だにしていなかったことが起きた。兄の婚約者が早逝したのだ。王都で流行した疫病に罹り、発病してから二週間後、ローラはわずか十九年の短い生涯を閉じた。

 結婚の準備を始めた矢先に大切な女性を失い、アンディは深い悲しみに打ちのめされた。

「よかったら兄さんを助けてあげてくれないか」

 ミーシャがアンディを気にかけ、力になりたいと思っていることはわかっていた。だからカルヴィンの方から切り出した。

「いいの?」

「ああ、もちろん。君さえよければ、慰めてあげて欲しいんだ」

「ええ。カル、ありがとう」

 ミーシャのことはなくとも、兄は大事な家族であり、弟としてできることがあるなら何でもしてあげたい。

 正直に言えば、兄とミーシャを会わせるのは嫌だった。しかし、自分が我慢することで、アンディが早く立ち直ってくれるなら、それでいいと思っていた。

 間もなくして、カルヴィンはこの決断を激しく後悔することになる。

 ミーシャは毎日のように侯爵邸にやってくるようになった。

 到着したらまずカルヴィンと過ごし、それからアンディに会いに行くようにしていたが、そのうちアンディのところに直行しカルヴィンには顔も見せないようになった。ミーシャが来ていたことに気付かず、後から侍女に教えられる始末だった。

 その日もミーシャが来訪していたことを知らなかった。アンディの部屋のドアが少しだけ開いていた。話し声がしたのでそっと中をのぞくと、そこには抱き合う兄とミーシャの姿があった。

 目の前が真っ暗になった。

 二人に気付かれぬよう、音を立てずにその場を離れた。そのまま自室へ戻ると、ふらつきながら寝台に倒れこみ、その夜は一睡もできずに朝を迎えた。

 昨晩から何も食べていないが、まるで空腹は感じなかった。睡眠不足が原因なのか、激しい頭痛とか眩暈がする。立っているのも辛く横になってはみるが、目をつむると見たくなかった光景がフラッシュバックし、吐き気を催した。

 午後になり、執事に声をかけられる。

「カルヴィン様、旦那様がお呼びです」

 気力を振り絞ってサロンへ向かうと、父と母、ミーシャの両親が揃っていた。そしてカルヴィンの婚約者であるはずの少女は兄に寄り添っている。

 重たい空気の漂う中、ミーシャの父親であるフィッツジェラルド伯爵が話を切り出した。

「カルヴィン、申し訳ないが、娘との婚約を白紙に戻してもらえないだろうか」

 予想していたことだったが、頭を鈍器で殴られたような衝撃を感じた。何か言わなければと思ったが、脳と体が切り離されたようにバラバラになって、言葉など出てこない。

「そして改めてアンディとミーシャを結婚させようと思う」

 ボークラーク家は領地や事業を二人の息子に分割相続する予定だが、アンディの方が引き継ぐものが多い。せっかくなら本家になる兄の方に娘を嫁がせたいと思うのが親心だろう。

 貴族の結婚は家と家との約束であり、本来は簡単に覆せるものではないが、カルヴィンとミーシャの場合は、正式な婚約ではなく、親同士の口約束だということで問題ないだろうということだった。

 アンディも、ミーシャのおかげでローラの死から立ち直れそうだ、辛いときに懸命に支えてくれた彼女の愛情と優しさに報いたいという。

 カルヴィンは自分一人が身を引けばいい状態に追い込まれてしまった。

「わかりました。最後にミーシャと話をさせてもらえませんか」

 ミーシャに声をかけ、庭園へ誘うと、彼女はおとなしく後をついてきた。

 十年前、ここで初めてふたりは顔を合わせた。

 カルヴィンはその愛くるしい笑顔に一目で恋に落ちた。そして今も変わることなく彼女に恋焦がれている。親が決めた婚約者ではなく、いつか心の通じ合った本当の恋人になりたいという願いは叶うことなく潰えることになった。

「カル、あなたのことは好きよ。でもアンディを愛しているの」

 ごめんなさいと謝りながら、どうしてもアンディと結婚したいと切々と訴えてくる。

 ハンカチをくしゃくしゃにしながら、はらはらと涙をこぼすミーシャに対して、なぜか怒ることも責めることもできなかった。

 これまでともに過ごしてきた時間は何だったのか。ただただ虚しくて、すべての感情が枯渇してしまったかのように心が空っぽだった。

「いや、もう、いいんだよ。ミーシャ、君は兄さんと幸せになって」

 初恋の相手をその場に残して、カルヴィンはひとりで部屋に戻った。



しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

最愛の婚約者に婚約破棄されたある侯爵令嬢はその想いを大切にするために自主的に修道院へ入ります。

ひよこ麺
恋愛
ある国で、あるひとりの侯爵令嬢ヨハンナが婚約破棄された。 ヨハンナは他の誰よりも婚約者のパーシヴァルを愛していた。だから彼女はその想いを抱えたまま修道院へ入ってしまうが、元婚約者を誑かした女は悲惨な末路を辿り、元婚約者も…… ※この作品には残酷な表現とホラーっぽい遠回しなヤンデレが多分に含まれます。苦手な方はご注意ください。 また、一応転生者も出ます。

愛のゆくえ【完結】

春の小径
恋愛
私、あなたが好きでした ですが、告白した私にあなたは言いました 「妹にしか思えない」 私は幼馴染みと婚約しました それなのに、あなたはなぜ今になって私にプロポーズするのですか? ☆12時30分より1時間更新 (6月1日0時30分 完結) こう言う話はサクッと完結してから読みたいですよね? ……違う? とりあえず13日後ではなく13時間で完結させてみました。 他社でも公開

【完結】婚約破棄はお受けいたしましょう~踏みにじられた恋を抱えて

ゆうぎり
恋愛
「この子がクラーラの婚約者になるんだよ」 お父様に連れられたお茶会で私は一つ年上のナディオ様に恋をした。 綺麗なお顔のナディオ様。優しく笑うナディオ様。 今はもう、私に微笑みかける事はありません。 貴方の笑顔は別の方のもの。 私には忌々しげな顔で、視線を向けても貰えません。 私は厭われ者の婚約者。社交界では評判ですよね。 ねぇナディオ様、恋は花と同じだと思いませんか? ―――水をやらなければ枯れてしまうのですよ。 ※ゆるゆる設定です。 ※名前変更しました。元「踏みにじられた恋ならば、婚約破棄はお受けいたしましょう」 ※多分誰かの視点から見たらハッピーエンド

お飾りな妻は何を思う

湖月もか
恋愛
リーリアには二歳歳上の婚約者がいる。 彼は突然父が連れてきた少年で、幼い頃から美しい人だったが歳を重ねるにつれてより美しさが際立つ顔つきに。 次第に婚約者へ惹かれていくリーリア。しかし彼にとっては世間体のための結婚だった。 そんなお飾り妻リーリアとその夫の話。

【完結】6人目の娘として生まれました。目立たない伯爵令嬢なのに、なぜかイケメン公爵が離れない

朝日みらい
恋愛
エリーナは、伯爵家の6人目の娘として生まれましたが、幸せではありませんでした。彼女は両親からも兄姉からも無視されていました。それに才能も兄姉と比べると特に特別なところがなかったのです。そんな孤独な彼女の前に現れたのが、公爵家のヴィクトールでした。彼女のそばに支えて励ましてくれるのです。エリーナはヴィクトールに何かとほめられながら、自分の力を信じて幸せをつかむ物語です。

婚約者から婚約破棄をされて喜んだのに、どうも様子がおかしい

恋愛
婚約者には初恋の人がいる。 王太子リエトの婚約者ベルティーナ=アンナローロ公爵令嬢は、呼び出された先で婚約破棄を告げられた。婚約者の隣には、家族や婚約者が常に可愛いと口にする従妹がいて。次の婚約者は従妹になると。 待ちに待った婚約破棄を喜んでいると思われる訳にもいかず、冷静に、でも笑顔は忘れずに二人の幸せを願ってあっさりと従者と部屋を出た。 婚約破棄をされた件で父に勘当されるか、何処かの貴族の後妻にされるか待っていても一向に婚約破棄の話をされない。また、婚約破棄をしたのに何故か王太子から呼び出しの声が掛かる。 従者を連れてさっさと家を出たいべルティーナと従者のせいで拗らせまくったリエトの話。 ※なろうさんにも公開しています。 ※短編→長編に変更しました(2023.7.19)

生命(きみ)を手放す

基本二度寝
恋愛
多くの貴族の前で婚約破棄を宣言した。 平凡な容姿の伯爵令嬢。 妃教育もままならない程に不健康で病弱な令嬢。 なぜこれが王太子の婚約者なのか。 伯爵令嬢は、王太子の宣言に呆然としていた。 ※現代の血清とお話の中の血清とは別物でござる。 にんにん。

ジェリー・ベケットは愛を信じられない

砂臥 環
恋愛
ベケット子爵家の娘ジェリーは、父が再婚してから離れに追いやられた。 母をとても愛し大切にしていた父の裏切りを知り、ジェリーは愛を信じられなくなっていた。 それを察し、まだ子供ながらに『君を守る』と誓い、『信じてほしい』と様々な努力してくれた婚約者モーガンも、学園に入ると段々とジェリーを避けらるようになっていく。 しかも、義妹マドリンが入学すると彼女と仲良くするようになってしまった。 だが、一番辛い時に支え、努力してくれる彼を信じようと決めたジェリーは、なにも言えず、なにも聞けずにいた。 学園でジェリーは優秀だったが『氷の姫君』というふたつ名を付けられる程、他人と一線を引いており、誰にも悩みは吐露できなかった。 そんな時、仕事上のパートナーを探す男子生徒、ウォーレンと親しくなる。 ※世界観はゆるゆる ※ざまぁはちょっぴり ※他サイトにも掲載

処理中です...