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〈フロン編〉
2『ヒトの優しさには、ちゃんとお礼を言いましょう』②
しおりを挟む電話の向こう側では、ヨシがしてやったりとほくそ笑んでいました。
『どうしてお前がオレの電話番号知ってるんだよ!』
案の定、レンが興奮ぎみにたずねてきます。
「へえ、忘れたの? こっちにはアイツがいるんだ。
電話会社にハッキングしてキミの携帯番号を調べるくらい、カンタンだよ」
ヨシは、自分の部屋のデスクにあるイスに座って、悠々と足を組んでいました。
デスクの上には、学校で使うタブレット端末や、各科目の問題集、
学習用のノートや素朴なシャーペンがありました。
勉強の途中でからかい電話をかけたくなった、といったところでしょうか?
「ところで坂本君、フレドリクサスは元気にしてるかな?」
『フレディのこと? なんだよ突然。聞いてどうすんのさ』
「素直に答えてくれればそれでいいから。
最近ぼくは、彼の顔をずっと見ていないからね」
ヨシは、少々じれったく思ったのか、
デスク上のシャーペンを取ると、それを指の上でくるくると回しはじめます。
『……べつに、元気にしてるけど。何かこの子に用事ある?』
ヨシは、少し考えるように間を取ってから、答えました。
「いや、とくにない。それだけ分かれば十分だよ。ぼくは心配してるのさ。
坂本君がフレドリクサスを辛い目にあわせていないかってね」
『ふざけるなよ! この子を辛い目にあわせたのは、そっちじゃないか。
――それで? わざわざヒトの携帯番号を調べて、
自分から電話かけてきた理由、まさかそれだけってわけじゃないだろ』
「本当にそれだけなんだってば。
それともキミ、ぼくがもっと悪口言うのを期待してるのか?」
『……期待してないけど、期待してる!』
「なんだよそれ。……まあいいよ。ついでに、もう一つ聞いておこうかな」
ヨシは、回していたシャーペンをぴたりとキャッチすると、
先についた銀のキャップをにらみながらこう言ったのです。
「キミさぁ、もう三匹も部屋に居させてるんだろ。
そろそろ面倒見るの、しんどくないか?
いっそのこと、よそに追い出してやるとかすれば、ラクだろうに」
『余計なお世話だって!』レンが電話の向こうから怒鳴りました。
『お前の言うことを素直に聞くほど、オレ単純じゃないし。
もう電話かけて来るなよ。フレディも気分悪くなるから!』
その言葉を最後に、電話は無理やり切られました。
(――いや、キミは十分なくらい単純だと思うなあ)
ヨシは、見えないライバルを小馬鹿にするような笑いを浮かべ、
スマホをデスクの上へ静かに置きました。
「友達に電話かけたらアカンで、勉強中に」
ベッドのほうから声がしました。
見ると、一匹の黒い猫が、鉄製ベッドの脚に寄りかかりながら、
手に持った黒いタブレット端末をいじっています。
瞳は怪しげな黄金色で、真っ黒なコートを少々ラフに着こなし、
首には黄色いネクタイを巻いた、どこからどう見ても普通ではない黒猫でした。
「ホンマ、頭はめちゃくちゃええやつなのに、
そんな調子やと将来ほめられた男にならへんで、ジブン」
ヨシは憤慨しました。
「友達とかいうな! あいつとはいわゆる腐れ縁なんだから」
「いや~、ワイから見たら友達そのものやで。ワイも少年に戻りたいわ。
今となっちゃあ友達やのうて、可愛げのない部下しかいてへんからのう」
ルドルフと名乗る彼は、
普段は町中にあるアジトで部下の野良猫たちと過ごしているのですが、
時折こうして相棒のヨシの部屋の中に、霧のように現れることもあるのです。
「……それで、ドラギィを捕まえる新しい作戦は浮かんだのか?」
「その前にジブン、ワイに言うことがあるんとちゃうかあ?」
ルドルフは、タブレットからいじっていた手を放すと、
まるで挑戦するような目つきでヨシの顔を見上げました。
「……番号調べてくれたの、ありがとう」
「うん、せやせや」ルドルフがにこにこと笑顔を返します。
「ヒトから恩を受けたらな、お礼を言うのを忘れたらアカンのやでェ?」
「悪いね。いい親を持ったことがないから。それから、いい友達も」
ルドルフは、ヨシのいるイスのほうに二足で歩いてくると、
タブレットの画面を見せて言いました。
「無理やりレン少年の家に突撃する『押しかけ作戦』は、
さすがに頭が悪いと思うたから、代わりにこんなん考えてみたんや」
ヨシはタブレットを受け取ると、表示された内容をじっくりとながめました。
そこには、次のドラギィ捕獲作戦の案が事細かに書かれています。
「名づけて、『レン少年なりすまし作戦』や!
お前さんはまず、ワイらルドルフ軍団の最新の科学力で、
レン少年そっくりに変身するんや」
「変身だって? そんな技術があるのか、お前のアジトに?」
「ホンマやで。ごっつええ感じの素晴らしいメカなんや」
ルドルフは意気揚々と語ります。
「んで決行はな、本物のレン少年が一階の店に出払っとる日や。
あいつがお店ン中で、親のために忙しゅう働いてる間ァに、
変身したお前さんはこ~っそりと家ン中へ侵入。
ドラギィたちに『休憩もろたからいっしょに外出よか~』とかなんとか言うて、
家ン外まで連れ出してやなァ――」
「悪いけど、その手は却下だね」ヨシはきっぱりと言いました。
「あんなお人好しで頭の悪い人間になりすますなんて、とんでもない。
お前には、もっとぼくの気持ちを気づかってほしいもんだな」
「なんやジブン~! 横柄なことぬかしよってからに~!」
練りに練った作戦をあっさりと断られたルドルフは、
地団駄をふんで怒りました。あれこれと文句を言い連ねる彼に、
ヨシはまるで取り合いません。無言でスマホをいじると、
以前撮った一枚の写真を呼び出し、懐かしそうな目でじっとながめます。
それは、まさにこの部屋で撮ったフレドリクサスとのツーショット写真でした。
いい具合のハイアングルの自撮りで、
ベッドの上に乗った仔犬サイズのフレドリクサスと、その隣に座るヨシ。
この頃のフレドリクサスは翼をケガしていて、両側に包帯を巻いていました。
(待っていろよ……キミは必ずぼくのものにしてやるからな)
ヨシは、怪しげに口角を上げながら、心の中でつぶやくのでした。
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