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〈フロン編〉
11『もし魚に鳴き声があったら、どんな声かしら』①
しおりを挟むラボドアからひっそりと神社の床下に出ると、
もわっとした土臭いにおいが鼻を突きました。
人間界に落とされてから、何度も嗅いだことのあるにおいですから、
これが何を意味しているものなのか、ドラギィたちにはすぐに分かりました。
「雨だあぁ」
フラップが絶望的な声を上げました。
いつの間にか、地面の上には大ぶりの雨が降り注いでいたのです。
レッド種のフラップは、水に濡れるとたちまち力がぬけて、
火を吹くことはおろか、空を飛ぶこともできなくなってしまいます。
「フラップ、お気の毒」
雑木林を霞ませる白い雨のカーテンを見つめながら、フレディは言いました。
「前途多難って、こういうことを言うのかなあ……。
ぼく、雨に濡れて、くぅ~~んってなっちゃうの、もう嫌なんだけどな」
「だーいじょうぶだヨ! フレディが、あの術で濡れるのを防いでくれるもんネ」
「ぼくの水泡の術か? まあ、水中探索だけじゃなくて、雨にも有効だったしな」
それは、ブルー種のドラギィが使える難しい術の一つです。
以前、なんでも調査隊が湖の中を探索した時に、おおいに役立ったのでした。
「フレディ、お願いだよう」
フラップは泣きつくように手を合わせました。
けれどフレディは、渋い顔をしてこう答えたのです。
「雨にも負けないその心は評価してあげてもいいがね、
あの術だって簡単じゃないんだ。わざわざ水泡の術をかけなくとも、
フリーナの『電光石火』があれば、雨なんてへっちゃらさ。
そうだろ、フリーナ君」
「おお、そういえばそうだったネ~」
フリーナは、出番がきたとばかりにしっぽをふりふりしました。
「さっきしろさんが出してくれたお菓子、目いっぱい食べてきたから、
今エネルギーがありあまっちゃってるんだ~。
だから、『電光石火の術』使っていこうかなって!」
イエロー種のフリーナだからこそ使える、いわゆる高速移動のことです。
雷にも似た、超がつくほどの速さで動けるかわりに、
体内エネルギーを一気に消耗してしまうので、普段はめったに使わないのですが。
「たしか、キミと手を繋ぐか何かで接触していれば、
ぼくらもキミと同様に、高速移動が可能になるんだったな」
「そそ。今はいい塩梅でザーザー降ってるし、
ちっちゃな雷が町の上を飛んでても、だーれも不思議がらないヨ」
「だけど大丈夫かなあ。だってフリーナでしょ?」フラップが言いました。
「電信柱とかにゴツーーーン! てぶつかっちゃうんじゃないの」
「その心配はないですー。電光石火はそういう危険な術じゃありませんー。
ユカちゃんやフレディを助けるのに使った時も、
どこにもぶつからずに飛べましたからー」
「冗談だよう。それくらい知ってる。怒んないでってば」
フラップとフレディは、仔犬サイズになったフリーナの肩につかまって、
雷になる準備を整えました。
「例の川のそばについたら、すぐ屋根のある場所に入ってよ」
「分かってますって~。それじゃ、振り落とされないようにネ~!」
ビビビビビビ……
フリーナの身体が淡い光につつまれ、白い電気が小さく漏電しはじめます。
……バシュ――――ン!
ごうごうたる風と水音とともに、フラップとフレディの視界が、
何もかも形を失って濁流のように後ろへ流れていきます。
光になる――それは、全身が重力から解き放たれ、空気よりももっと軽くなり、
世界を一足飛びにかけぬけていくような感覚でした。
暑さも寒さもなければ、風圧に押し返されることも、雨に濡れることもありません。
なぜなら、フリーナとともに光となった今の彼らは、
ありとあらゆるものを切り裂き、天をも貫く、一本のヤリに等しいのですから。
じつを言うと、フラップもフレディも、この感覚は大好きでした。
スカイランドでは、よく無理を言ってフリーナに電光石火をお願いし、
こうしていっしょに空を飛び回ったものです。
そのたびにぐったりと疲れ切って伸びてしまうフリーナの面倒を見ていたのも、
いい思い出になっています。
けれども、地球の裏側にもすぐさま到達できそうに思えてしまうその術は、
今回あっけなく終了を迎えました。
「あ……」
景色がピタリと静止したかのような一瞬。
フリーナの目に飛びこんできたのは、灰色に濁った川の水面でした。
「「「うひゃああぁ~~!!」」」
ザッパ――――ン!!
……それとも、ポチャン! でしょうか?
三匹のドラギィは、どうする間もなく、増水した川の中へ落下してしまったのです。
*
バチャ! バチャ! バチャ!
履き古したシューズが、路面にたまった雨水を飛び散らせています。
斜めにさした傘の下から雨粒がどんどん入ってきて、お腹のあたりを湿らせます。
生温かくジメジメとした町の空気で、額に汗がにじんできます。
レンは、スマホを片手に、車道わきの歩道をひたすら走っていました。
半袖Tシャツの上に、裏ポケットつきの上着を羽織って。
とにかく、早くドラギィたちを見つけ出さなければいけません。
今、ドラギィたちが知らない人間に見つかってしまったら、
その責任の一部は自分にあるのです。
(バカなことしちゃったなあ、オレ!)
目の前に歩道橋がありました。レンはその階段を一段飛ばしで駆け上がり、
反対側の歩道を目指して走っていきます。
「あっ、レン君!」
歩道橋のむこう側から鮮やかな黄色い傘が歩いてきたかと思えば、
それは、なんとユカでした。
「あっとっと、ユカちゃんっ!」
レンは思わず急ブレーキをして、ユカとむかい合いました。
お出かけからの帰宅途中のようですが、手荷物はありません。
「大急ぎだね。どこ行くの?」
ユカは、ちょっぴりとげとげしい物言いでした。
レンは、昨日の夜に彼女から言われたことを思い出していました。
――レン君がフラップたちを連れて帰ってくるまで、絶対に許さないからね!
もしも、昨日のままの自分だったら、
真っすぐにユカと目を合わせることすらできなかったでしょう。
でも、レンは変わりました。一歩だけ、いい感じの男へと。
「……ユカちゃん。オレさ、はぁ、はぁ……間違ってたよ」
レンはあえぎながら答えました。
「フラップたちのためだとか言って、はぁ、全部投げやりにしちゃいそうだった。
はぁ、はぁ、フラップたちは、オレとお別れすることなんて、
はぁ、はぁ、はぁ……望んでなかったはずなのにさ」
「ふぅん……それで?」
「それで、あのさ――」
全速力で走ってきたのと、突然襲いかかってきた緊張感で、
心臓が耐えがたいくらいにドクドクと激しく胸を打っています。
「あのさ……む、迎えにいくんだ、フラップたちを。はぁはぁ……これからね」
「迎えにいって、それから?」
「それから? えっと――」
「レン君、分かってる? フラップたちを守るって言いだしたのは、レン君だよ?
わたし、そんなレン君のこと、カッコイイ子だなって思ってたの。
それなのに突然……疲れたとか、こうした方が本当は正しいからとか、
レン君の言うことは支離滅裂で、わけ分からなかったんだから」
昨日のテレビ電話では言わなかったことを、
こんな降りしきる雨の中、しかも歩道橋の上でわざわざ言い並べるユカに、
レンは今まで感じたことのない彼女の強い側面を感じていました。
「わたし、心配してるんだよ。
レン君が、ドラギィを守るって役目から逃げちゃったんじゃないかって」
「あ、いや、そんな――」
そんなことはない、と反論しかけて、やめました。
だって、自分の気持ちを百パーセント、理解しているとは言えませんから。
「そうだよね。オレ、逃げちゃったのかも。
でも、もう二度とこんなことにはならないって、約束するよ!
もちろん、あとでジュンとタクと、しろさんにもちゃんと言うから」
「本当? フラップたちにもはっきり伝えられる?」
「もちろん!」レンは固く誓うように答えました。
「そっか。……分かった。じゃあ、もう言わない」
ユカの表情が、いつものように穏やかなものになりました。
「フラップたちを迎えにいくんだよね。神社は探したの?」
「探しても、意味ないから」
「意味がない? どうしてそうだって分かるの?」
「ほらこれ……ユカちゃんもインストールさせてもらったでしょ?
しろさんが作ってくれたアプリ」
レンは、手に持ったスマホの画面を見せました。
「あ! 『フシギレーダーアプリ』!」
それは、以前しろさんがなんでも調査隊のために開発してくれた、
裏側の世界に属するものを探知するアプリでした。
マップもついていて、〈異界穴〉なんかを見つけ出すのに役に立つのです。
「これを使って探知したものをアプリに登録すると、
いつでもどこにいても位置を追える機能もついてるから、それで」
「フラップたち三匹を登録してたんだっけ。すっかり忘れてた。
というか……このレーダーアプリのこと自体、わたし忘れてたかも」
ユカがちょっぴりお茶目な表情をしたものだから、
レンは思わずうっとりして、頬が熱くなるのを感じていました。
「えっと、じゃあオレ、もう行かなきゃ。
フラップたちがだれかに見つかってたら大変だから。
それに、フラップはこの雨の中じゃ、まともに飛べないだろうし」
「ちょっと待って」レンが走り去ろうとしたところを、ユカが呼び止めました。
「三匹とも神社から離れてるってことは、つまりどういうこと?
いったいあの子たち、何しようとしてるの?
神社に隠れてた方が、ほとんど人の出入りもなくて安全なのに」
「そんなの分からないよ。だから余計に急いでるんだ。
それに、少し変なんだよ。さっきフラップたちのマーカーを見ていたんだけど、
うさみ神社から、ずっと離れた川のそばまで、
ものすごいスピードで移動したんだ。三つとも。ワープしたみたいに」
「マーカーがワープした?
それってたぶん……フリーナの電光石火じゃないかな。
それを使えば、いっしょにくっついた人も瞬間移動できるから」
「電光石火! それで三つのマーカーがワープしたみたいに見えたんだな」
「――ねえ、レン君」
ユカは、傘を持った方のレンの手にいきなり触れてきて、こう言いました。
「わたしも、ついてく! フラップたちのこと、心配だから」
「ええっ!?」
レンの全身を、激しい電流が駆けぬけました。
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