緑の指を持つ娘

Moonshine

文字の大きさ
40 / 130
秋祭り

7

しおりを挟む
(ノエル様は一体どうなされた)
(気が触れたと)
(気持ちの悪い虫に向かって一日話をされているとか)
(その虫に、貴重なクコの実を与えておられると)
(悪魔でもついたのか)

ヒソヒソと温室の向こうからの声が耳に入ってくるが、ノエルは何も気にしない。

「ああ、いい汗をかいた」

新しい畑の畝が完成して、ノエルは満面の笑みだ。
昨日から取り掛かっていた、温室の改造。
ここには芍薬を植えるつもりだ。薬草としても素晴らしいが、何より見目が良い。
芍薬の大きな花畑は、きっとあの娘を笑顔にしうるだろう。

「おいドラ、食事の時間だ、早く来いよ」

ノエルは探索魔術を駆使して、温室にこなくなっていた不細工なドラ猫の行方を探して、(居酒屋のおかみのところでグダグタしていたのを、法外な謝礼を出して引き取ったのだ)改めて温室に呼んだのだ。
名前を覚えていなかったので、安直なベスならばこう名づけるだろうと思い、ドラと名前をつけて、たくさん引っ掻かれながらとりあえず風呂に入れてやり、旨いものを食わせて、もう必要ないからと、エズラの編んだ敷物をドラの昼寝専用に日当たりのいいところにひいてやった。

「ナナちゃん、ちょっと待ってろ」

ノタノタと嬉しそうにノエルの後ろとついて行くのは、ちょっと見たこともないような巨大なバナナナメクジだ。

そして、この国で最も栄誉ある男が、ベスがしていたように、ちょっとだけ温室の窓を開けたり、草を間引いたり、冷たい泉から水を汲んできて、水を与えている。

「ノエル様!こんな所にお越しでしたか、早く議会においでください!」
「ノエル様、魔術院の仕事はエズラ様に引き取っていただいて、早くユージニア様との婚礼の準備を」
「ノエル様!ノエル様!」

大勢の役員が、ノエルの温室の外で大声で喚いている。
この国ではノエルの魔術の能力に適うものは誰もいないし、いたとしても、魔術院の面子くらいだろう。
ノエルの作った温室の結界を破る事はできないのをいいことに、まるでベスがいた時のような素晴らしい温室を作っているのだ。

「こんな庭師の真似事など、きがおかしくなりましたかノエル様!愚かな迷える子供よ、この私が祝福を授けにわざわざやってきたのです。すぐにこの結界を明け渡しなさい、今すぐだ!」

カンカンになって神殿の大神官がノエルに怒鳴りつける。手には祝福を授ける杖まで用意しており、何がなんでも祝福を受け取らせる心つもりなのだろう。

「そうだね」

ノエルはそれだけ言うと、庭のはじにあるスミレに水をやる。スミレは伸び伸びとノエルから水を与えられて、とても幸せそうだ。

ノエルは、外で張り付いている役人達や神官に見向きもせずに、野良仕事に勤しむ。
少し、窓の光の角度が変わった。
ノエルが、窓際の水晶の位置を変えると、温室中に小さな虹の子がいっぱいになった。

ノエルは魔術院に帰って倒れ込んだあの日から、この温室から一歩も出ていない。
少しでもベスの作り出した天国を、この手で再現したいのだ。
もうノエルは、エリクサーを完成させた。ユージニア王女は眠りから目覚めた。

ユージニアの目覚めの後、ノエルはもう何一つ欲しくなかった。

王家も、神殿も、サラトガ家も何も。

ノエルは全ての仕事を放り出して、温室で静かな日々を過ごしている。

「あ、カマキリ見つけた」

ノエルは大きなカマキリを見つけて指に乗せて、実に幸せそうだ。

「ノエル様、今日も楽しそうですね!カマキリか、かっこいいな!俺、今日の昼ごはんのお弁当持ってきましたよ。そろそろ休憩にしませんか」

ロドニーがノエルの結界の一部を壊して、ひょいと、温室の内部に入った。後ろに続こうとした役人達が、すぐに回復した結界に跳ね飛ばされる。

「イタタタ!」
「毎日飽きないね」

ロドニーは苦笑いだ。

「ああ!いつも悪いな。ありがとう」

ノエルはロドニーが結界を壊した事など気にする事でもないように、ロドニーをソファに招く。

ロドニーも当たり前のように、ソファに座って一緒にご飯を食べるつもりらしい。ノエルがちょいちょい、と魔術を使って泉の水を汲んで、二人は手を洗った。

「ノエル様!ノエル様!かくなる上は・・」

宮廷魔術師が、外で議会の審議書を持ちながら、何やら呪術を唱えている。触るものを全て腐敗させる腐敗魔法の一種だ。結界を腐敗させるつもりらしい。

ノエルは顔を少し顰めて、天候に関わる魔術を発動させた。

急に空が黒くなって、あたり一面に雹が降り出し、大きな雷が温室の外だで、発生する。

「ぎゃー!」
「神の怒りじゃ!」

外でごちゃごちゃ言っていた連中は方々に散っていった。

(天候魔法なんか・・こんな簡単に発動させる事なんか、このノエル様以外誰もいねえよ・・)

ロドニーは背筋が凍る思いで目の前の農夫のような格好をしている男を見据えた。
天候魔法は魔術の中でも秘術とされる大きな魔法だ。
この小さな規模ですら、一般的な魔法使いが一生で捻出するほどの魔力が必要とされる、大魔法だ。

そんな事はどうでも良いかのように、ノエルは目の前の弁当を開けて実に機嫌が良い。

「お、今日は鶏肉か!ついてるな」
しおりを挟む
感想 174

あなたにおすすめの小説

冷酷侯爵と政略結婚したら、実家がざまぁされました

鍛高譚
恋愛
「この結婚は、家のため。ただの政略結婚よ」 そう言い聞かせ、愛のない結婚を受け入れた公爵令嬢リゼット。 しかし、挙式後すぐに父が「婚約破棄しろ」と命じてきた!? だが、夫であるアレクシス・フォン・シュヴァルツ侯爵は冷たく言い放つ。 「彼女を渡すつもりはない」 冷酷無慈悲と噂される侯爵が、なぜかリゼットを溺愛し始める!? 毎日甘やかされ、守られ、気づけば逃げ場なし! さらに、父の不正が明るみに出て、公爵家は失墜―― リゼットを道具として利用しようとした者たちに、ざまぁの鉄槌が下される! 政略結婚から始まる、甘々溺愛ラブストーリー! 「愛なんてないはずなのに……どうしてこんなに大切にされるの?」

『婚約破棄された令嬢ですが、王国は私抜きでは立てなかったようですね』

鷹 綾
恋愛
「愛しているのは彼女だ」 王太子ロネスにそう告げられ、婚約を破棄された侯爵令嬢エルゼリア・クローヴェル。 感情をぶつけることも、復讐を誓うこともなく、 彼女はただ――王宮を去った。 しかしその直後から、王国は静かに崩れ始める。 外交は滞り、判断は遅れ、市場は揺れ、 かつて「問題なく回っていた」はずの政務が、次々と行き詰まっていった。 一方、エルゼリアは帝国で新たな立場を得ていた。 帝国宰相ハインリヒ・ヴォルフの隣で、 彼女は再び“判断する側”として歩み始める。 やがて明らかになるのは、 王国が失ったのは「婚約者」ではなく、 判断を引き継ぐ仕組みそのものだったという事実。 謝罪も、復縁も、感情的なざまあもない。 それでも―― 選ばれ、認められ、引き継がれていくのは、誰なのか。 これは、 捨てられた令嬢が声を荒げることなく、 世界のほうが彼女を必要としてしまった物語。

キズモノ転生令嬢は趣味を活かして幸せともふもふを手に入れる

藤 ゆみ子
恋愛
セレーナ・カーソンは前世、心臓が弱く手術と入退院を繰り返していた。 将来は好きな人と結婚して幸せな家庭を築きたい。そんな夢を持っていたが、胸元に大きな手術痕のある自分には無理だと諦めていた。 入院中、暇潰しのために始めた刺繍が唯一の楽しみだったが、その後十八歳で亡くなってしまう。 セレーナが八歳で前世の記憶を思い出したのは、前世と同じように胸元に大きな傷ができたときだった。 家族から虐げられ、キズモノになり、全てを諦めかけていたが、十八歳を過ぎた時家を出ることを決意する。 得意な裁縫を活かし、仕事をみつけるが、そこは秘密を抱えたもふもふたちの住みかだった。

【完】瓶底メガネの聖女様

らんか
恋愛
伯爵家の娘なのに、実母亡き後、後妻とその娘がやってきてから虐げられて育ったオリビア。 傷つけられ、生死の淵に立ったその時に、前世の記憶が蘇り、それと同時に魔力が発現した。 実家から事実上追い出された形で、家を出たオリビアは、偶然出会った人達の助けを借りて、今まで奪われ続けた、自分の大切なもの取り戻そうと奮闘する。 そんな自分にいつも寄り添ってくれるのは……。

【完結】令嬢憧れの騎士様に結婚を申し込まれました。でも利害一致の契約です。

稲垣桜
恋愛
「君と取引がしたい」 兄の上司である公爵家の嫡男が、私の前に座って開口一番そう告げた。 「取引……ですか?」 「ああ、私と結婚してほしい」 私の耳がおかしくなったのか、それとも幻聴だろうか…… ああ、そうだ。揶揄われているんだ。きっとそうだわ。  * * * * * * * * * * * *  青薔薇の騎士として有名なマクシミリアンから契約結婚を申し込まれた伯爵家令嬢のリディア。 最低限の役目をこなすことで自由な時間を得たリディアは、契約通り自由な生活を謳歌する。 リディアはマクシミリアンが契約結婚を申し出た理由を知っても気にしないと言い、逆にそれがマクシミリアンにとって棘のように胸に刺さり続け、ある夜会に参加してから二人の関係は変わっていく。 ※ゆる〜い設定です。 ※完結保証。 ※エブリスタでは現代テーマの作品を公開してます。興味がある方は覗いてみてください。

成功条件は、まさかの婚約破棄!?

たぬきち25番
恋愛
「アリエッタ、あなたとの婚約を破棄する……」 王太子のアルベルト殿下は、そう告げた。 王妃教育に懸命に取り組んでいたアリエッタだったが、 それを聞いた彼女は……? ※他サイト様にも公開始めました!

夫に顧みられない王妃は、人間をやめることにしました~もふもふ自由なセカンドライフを謳歌するつもりだったのに、何故かペットにされています!~

狭山ひびき
恋愛
もう耐えられない! 隣国から嫁いで五年。一度も国王である夫から関心を示されず白い結婚を続けていた王妃フィリエルはついに決断した。 わたし、もう王妃やめる! 政略結婚だから、ある程度の覚悟はしていた。けれども幼い日に淡い恋心を抱いて以来、ずっと片思いをしていた相手から冷たくされる日々に、フィリエルの心はもう限界に達していた。政略結婚である以上、王妃の意思で離婚はできない。しかしもうこれ以上、好きな人に無視される日々は送りたくないのだ。 離婚できないなら人間をやめるわ! 王妃で、そして隣国の王女であるフィリエルは、この先生きていてもきっと幸せにはなれないだろう。生まれた時から政治の駒。それがフィリエルの人生だ。ならばそんな「人生」を捨てて、人間以外として生きたほうがましだと、フィリエルは思った。 これからは自由気ままな「猫生」を送るのよ! フィリエルは少し前に知り合いになった、「廃墟の塔の魔女」に頼み込み、猫の姿に変えてもらう。 よし!楽しいセカンドラウフのはじまりよ!――のはずが、何故か夫(国王)に拾われ、ペットにされてしまって……。 「ふふ、君はふわふわで可愛いなぁ」 やめてえ!そんなところ撫でないで~! 夫(人間)妻(猫)の奇妙な共同生活がはじまる――

婚約破棄された伯爵令嬢ですが、国の経済を掌握しました

鍛高譚
恋愛
「経済を握る者こそ、世界を動かす――」 前世、日本の証券会社で働いていた**瑞穂紗羅(みずほ さら)**は、異世界に転生し、サラ・レティシア伯爵令嬢として生まれ変わった。 貴族社会のしがらみや婚姻政策に巻き込まれながらも、彼女はひそかに動き始める。 「まずは資金を確保しなくちゃね」 異世界の為替市場(FX)を利用し、通貨の価値変動を読み、巨額の富を得るサラ。 次に狙うは株式投資――貴族の商会やギルドに出資し、国の経済に食い込んでいく。 気づけば彼女は、両替所ネットワークと金融システムを構築し、王国の経済を裏から支配する影の実力者となっていた。 そんな中、彼女に公爵令息との婚約話が舞い込む。 しかし、公爵令息は「格下の伯爵令嬢なんて興味がない」と、一方的に婚約破棄。 それを知った公爵は激怒する―― 「お前は何も分かっていない……! あの女は、この国の経済を支配する者だぞ! 世界すら掌握しかねないのだ!」 サラの金融帝国の成長は止まらない。 貴族たちは彼女にひれ伏し、国王は頼り、王太子は取り込もうとし、帝国は彼女の影響力に戦慄する。 果たしてサラは、異世界経済の頂点に立ち、さらなる世界の覇権を握るのか――?

処理中です...