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秋祭り
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「今日の鶏肉はレモンとバジル風味か。いや、肉体労働の後の食事は実に美味い」
屈託なくロドニーの持ってきた弁当にかぶりつくノエルは、年齢相応の青年の顔に戻って、健康的な食欲を取り戻していた。
「おかわりありますよ、ノエル様」
1週間前にこの温室に倒れ込んでしまってから、ノエルは、深く己の事を考えた。
己の事など考える余裕すらなかったこの数年。いや、本当は生まれてから一度も、己のことなど考えた事はなかったのかもしれない。
(神仙ユリは開花し、エリクサーは完成した。もうユージニア王女の命は危ぶまれる事はなく、王家も、実家も、神殿も、私を丁重に扱う。これが私の求めていたことだったはずだ)
だが、ノエルは幸せではなかった。
エリクサーを完成させた瞬間から手のひらを返したように扱いを変え、だが結局前と同じくノエルを利用する事だけしか考えていない連中に、ノエルは心の底から愛想が尽きたのだ。
(こんな連中から評価されたいと苦しんでいたとは、私こそ何たる愚か者だったのだろうか)
渇望していた全てが満たされた今。だがなぜ幸せではないのだろうか。
ノエルは深く、深く考えた。行き着いた結論は、たった一つだった。
(俺が欲しいものは、ベスだ。ベスと、ベスが整えてくれる空間)
ベスが温室にいた頃、凄まじい仕事の重圧で押し潰されそうだったノエルは、それでもこの温室で幸せだった。
ドラがいて、すみれが咲いていて、薬草が育って、ナナちゃんがぶらぶら貴重な実を食い散らかしている、この温室が。どの植物の小さな声も、ベスが聞き取って、叶えてくれる。
どの命も大切に、平等に伸び伸びしているこの空間。
その真ん中で、光に満ちたこの空間で、ベスが笑顔で振り向いてくれる。
ー何もかも、満たされていたー
ノエルはふわりと近くの薬草に鑑定魔法をかけた。
「B級」
エズラの弟子の、草魔法の専門家の世話ようには良い状態ではない。
だが、ノエルは草魔法を使う気も、エズラの弟子を呼び戻す気もなかった。
(俺の手で、温室を整える)
ノエルは、生まれて初めて自分が心から望むものを手に入れようとしているのだ。
たとえそれが他人からすれば、愚かしい事であっても、ノエルはもう迷わない。
「所でいつまでこうしてる気ですかノエル様?」
ロドニーが適当にそのあたりの花を摘んで、子供がするようにその蜜を吸っていた。
ノエルは植物の世話をしながらぶっきらぼうに答えた。
「いつまでも、だ。俺のせいで命の危機に瀕していた王女はお目覚めになった。これ以上は俺はもう、何かを急ぐ必要もないし、何かを必死で求める必要もない。俺はもう、この国には十分尽くしたはずだ」
「まさかその若さで引退するおつもりですか?」
ロドニーが心配そうに尋ねる。
「勤めは果たしたから、解放してくれと俺は言っているのに、あいつらが辞めさせてたまるかと押しかけてくるんだ。まだ俺に働かせるつもりらしい」
ノエルはこの温室にしばらく篭るとすぐに、紙魔法と通信魔術を使って、各方面に辞任状を送りつけていた。
議会も学会も、医局はもとより、侯爵家への絶縁状、魔術協会からの脱退。
自宅の使用人には十分な退職金と紹介状を渡して、仕事を辞してもらった。
こうして改めて辞任状や退会の手続きなどを書いて身辺整理をしてみると、自分が気がつかない間にどれほどにつまらない組織や派閥などに雁字搦めになっていたのか、失笑が漏れる。
(全てが、少しでもあんな連中に認めてもらいたかったが為かと思うと、なんという時間の無駄遣いだったものだ)
その後のこの騒ぎだ。
誰一人、ノエルが何を望んでいるかなどを心にかけるものなどいない。ノエルから何が搾り取れるか。それだけだ。
ベスは何もノエルに求めなかった。ただただノエルの心と体が望むことを聞いてくれていた。
「‥この魔術院はどうするつもりですか」
ノエルが唯一、辞職の願いを出していなかったのは、この魔術院の責任者の立場だ。
ノエルの血肉を分けた子供のようなこの大切な魔術院の存在。そして、魔術院の面々。
魔術院の皆は、ノエルに何も言わない。
どれほどノエルが厳しい年月を一人で耐えてきたのかを、つぶさに横で見守ってきたのだ。
ただ、温室に引きこもるノエルに時々こうやって、順番に差し入れをするだけだ。
ノエルはため息をつく。
「‥ここだけは流石に惜しいが、ナーランダにでもくれてやるよ。お前達を決して悪いようにはしないはずだ」
「これまでの全てを手放して、これからノエル様はこれからどうするんですか? ユージニア王女は、それからベスは、どうするんですか?」
ロドニーは真剣な顔をして、聞いた。
「王女とは、元々家の都合で結ばれた縁だ。お目覚めになった今、平民になる私を許していただくしか、ない。それに、俺の心には王女以外の人が住んでしまっている。そんな不誠実な男の元に嫁ぐなど、あの方こそ不幸だというもの」
赤茶色いおさげが、ノエルの心に眩しく輝く。
「ノエル様‥」
「ベスには本当に悪い事をした。俺の早とちりで酷い目に合わせた上に、俺の心が弱いがために、俺はベスを傷つけた。もしも許されるのであれば、俺はこの手でこの温室を整えて、ベスに見てほしいんだ。そして、ベスに本当の俺を受け入れて欲しいと望んでいる」
ノエルは薬草についていた、てんとう虫を大切そうに捕まえた。
「なあロドニー。俺は理解したんだ。なぜベスの温室はあれほど心地よく、あれほど素晴らしいのか。ベスは緑の指を持っている。ベスの温室は、ベスの心と魂の表れだ。だからこそあれほど美しく、あれほど心地よい。俺は緑の指は持たないが、俺の精一杯の誠実な心で、この温室を整えてみる。そして、俺の心をベスに見て欲しいんだ」
「もし俺の整えた温室をベスに愛してもらえるなら、俺はベスに、伝えたい事がある」
急に二人は、頑強に構築された結界の一部が壊れる気配を感じ取った。
ノエルとロドニーは攻撃体制に入る。
ノエルが構築した結界は、国境に使われている種類のものと同じほどの頑強なものだ。
これを一部であっても壊すことができる人間は、限られている。
(王族・・)
ノエルは唇を噛む。
「お前達はそこで待っていなさい」
二人の侍女を結界の外で待たせて、一人の若い女性が何事もないかのように、ノエルの構築した国境レベルの頑強さの結界の中に入ってくる。
「ユージニア王女」
第三王女ユージニア。ノエルの婚約者。
ノエルとロドニーは、魔術師の最敬礼を、とった。
屈託なくロドニーの持ってきた弁当にかぶりつくノエルは、年齢相応の青年の顔に戻って、健康的な食欲を取り戻していた。
「おかわりありますよ、ノエル様」
1週間前にこの温室に倒れ込んでしまってから、ノエルは、深く己の事を考えた。
己の事など考える余裕すらなかったこの数年。いや、本当は生まれてから一度も、己のことなど考えた事はなかったのかもしれない。
(神仙ユリは開花し、エリクサーは完成した。もうユージニア王女の命は危ぶまれる事はなく、王家も、実家も、神殿も、私を丁重に扱う。これが私の求めていたことだったはずだ)
だが、ノエルは幸せではなかった。
エリクサーを完成させた瞬間から手のひらを返したように扱いを変え、だが結局前と同じくノエルを利用する事だけしか考えていない連中に、ノエルは心の底から愛想が尽きたのだ。
(こんな連中から評価されたいと苦しんでいたとは、私こそ何たる愚か者だったのだろうか)
渇望していた全てが満たされた今。だがなぜ幸せではないのだろうか。
ノエルは深く、深く考えた。行き着いた結論は、たった一つだった。
(俺が欲しいものは、ベスだ。ベスと、ベスが整えてくれる空間)
ベスが温室にいた頃、凄まじい仕事の重圧で押し潰されそうだったノエルは、それでもこの温室で幸せだった。
ドラがいて、すみれが咲いていて、薬草が育って、ナナちゃんがぶらぶら貴重な実を食い散らかしている、この温室が。どの植物の小さな声も、ベスが聞き取って、叶えてくれる。
どの命も大切に、平等に伸び伸びしているこの空間。
その真ん中で、光に満ちたこの空間で、ベスが笑顔で振り向いてくれる。
ー何もかも、満たされていたー
ノエルはふわりと近くの薬草に鑑定魔法をかけた。
「B級」
エズラの弟子の、草魔法の専門家の世話ようには良い状態ではない。
だが、ノエルは草魔法を使う気も、エズラの弟子を呼び戻す気もなかった。
(俺の手で、温室を整える)
ノエルは、生まれて初めて自分が心から望むものを手に入れようとしているのだ。
たとえそれが他人からすれば、愚かしい事であっても、ノエルはもう迷わない。
「所でいつまでこうしてる気ですかノエル様?」
ロドニーが適当にそのあたりの花を摘んで、子供がするようにその蜜を吸っていた。
ノエルは植物の世話をしながらぶっきらぼうに答えた。
「いつまでも、だ。俺のせいで命の危機に瀕していた王女はお目覚めになった。これ以上は俺はもう、何かを急ぐ必要もないし、何かを必死で求める必要もない。俺はもう、この国には十分尽くしたはずだ」
「まさかその若さで引退するおつもりですか?」
ロドニーが心配そうに尋ねる。
「勤めは果たしたから、解放してくれと俺は言っているのに、あいつらが辞めさせてたまるかと押しかけてくるんだ。まだ俺に働かせるつもりらしい」
ノエルはこの温室にしばらく篭るとすぐに、紙魔法と通信魔術を使って、各方面に辞任状を送りつけていた。
議会も学会も、医局はもとより、侯爵家への絶縁状、魔術協会からの脱退。
自宅の使用人には十分な退職金と紹介状を渡して、仕事を辞してもらった。
こうして改めて辞任状や退会の手続きなどを書いて身辺整理をしてみると、自分が気がつかない間にどれほどにつまらない組織や派閥などに雁字搦めになっていたのか、失笑が漏れる。
(全てが、少しでもあんな連中に認めてもらいたかったが為かと思うと、なんという時間の無駄遣いだったものだ)
その後のこの騒ぎだ。
誰一人、ノエルが何を望んでいるかなどを心にかけるものなどいない。ノエルから何が搾り取れるか。それだけだ。
ベスは何もノエルに求めなかった。ただただノエルの心と体が望むことを聞いてくれていた。
「‥この魔術院はどうするつもりですか」
ノエルが唯一、辞職の願いを出していなかったのは、この魔術院の責任者の立場だ。
ノエルの血肉を分けた子供のようなこの大切な魔術院の存在。そして、魔術院の面々。
魔術院の皆は、ノエルに何も言わない。
どれほどノエルが厳しい年月を一人で耐えてきたのかを、つぶさに横で見守ってきたのだ。
ただ、温室に引きこもるノエルに時々こうやって、順番に差し入れをするだけだ。
ノエルはため息をつく。
「‥ここだけは流石に惜しいが、ナーランダにでもくれてやるよ。お前達を決して悪いようにはしないはずだ」
「これまでの全てを手放して、これからノエル様はこれからどうするんですか? ユージニア王女は、それからベスは、どうするんですか?」
ロドニーは真剣な顔をして、聞いた。
「王女とは、元々家の都合で結ばれた縁だ。お目覚めになった今、平民になる私を許していただくしか、ない。それに、俺の心には王女以外の人が住んでしまっている。そんな不誠実な男の元に嫁ぐなど、あの方こそ不幸だというもの」
赤茶色いおさげが、ノエルの心に眩しく輝く。
「ノエル様‥」
「ベスには本当に悪い事をした。俺の早とちりで酷い目に合わせた上に、俺の心が弱いがために、俺はベスを傷つけた。もしも許されるのであれば、俺はこの手でこの温室を整えて、ベスに見てほしいんだ。そして、ベスに本当の俺を受け入れて欲しいと望んでいる」
ノエルは薬草についていた、てんとう虫を大切そうに捕まえた。
「なあロドニー。俺は理解したんだ。なぜベスの温室はあれほど心地よく、あれほど素晴らしいのか。ベスは緑の指を持っている。ベスの温室は、ベスの心と魂の表れだ。だからこそあれほど美しく、あれほど心地よい。俺は緑の指は持たないが、俺の精一杯の誠実な心で、この温室を整えてみる。そして、俺の心をベスに見て欲しいんだ」
「もし俺の整えた温室をベスに愛してもらえるなら、俺はベスに、伝えたい事がある」
急に二人は、頑強に構築された結界の一部が壊れる気配を感じ取った。
ノエルとロドニーは攻撃体制に入る。
ノエルが構築した結界は、国境に使われている種類のものと同じほどの頑強なものだ。
これを一部であっても壊すことができる人間は、限られている。
(王族・・)
ノエルは唇を噛む。
「お前達はそこで待っていなさい」
二人の侍女を結界の外で待たせて、一人の若い女性が何事もないかのように、ノエルの構築した国境レベルの頑強さの結界の中に入ってくる。
「ユージニア王女」
第三王女ユージニア。ノエルの婚約者。
ノエルとロドニーは、魔術師の最敬礼を、とった。
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