緑の指を持つ娘

Moonshine

文字の大きさ
42 / 130
秋祭り

しおりを挟む
「ユージニア王女殿下におかれましては、ご機嫌麗しく」

ロドニーがひざまついてユージニアの手を取った。

「随分久しいわねロドニー。私が眠る前は、お前はまだほんの子供だったというのに、年月の経過とは本当に恐しい事」

ユージニアはクスリ、とロドニーの顔を見て微笑んだ。

ノエルの許しも得ず、ユージニアは古いソファに腰掛けた。
ふわりと、薬草の匂いが立ち上る。ユージニアは慣れぬ香りに、不愉快そうに顔を顰めた。

「随分と個性的な温室だこと。ここで神仙ユリの栽培に成功したと、エズラ様から伺いましたわ」

ユージニアは珍しそうにあたりを見渡した。
王女の出入る庭園や温室は、見目の良い花々の育成に特化されている。
この温室のように薬効のある植物ばかりを栽培して、特に美しい花が咲いてもいない温室は、ユージニアに取っては珍しいものなのだろう。

「殿下。お加減はよろしいのでしょうか」

「おかげさまで、ご存じのとおりよ。今では体は普通の生活が送れるほどに回復したわ。先週から社交も再開しているし、ダンスのレッスンも昔の通りよ」

そしてニヤリと不敵に笑った。

「眠っていたとはいえ、私に意識があったと知った時のメイド達の顔ったらなかったわね」

「まさか、精神はお目覚めであったとは。却ってお辛い事でしたでしょう」

ノエルはため息をついた。
ユージニアが目覚めて最初に行ったのは、第三王女付きの侍女とメイドの人事。

王女に意識がない事を良い事に、様々な無礼を口にした侍女、ぞんざいな扱いをしたメイドは、その日の内に暇をだされた。逆に、一人ユージニアの回復を毎日その枕元で励まし続け、祈り続けていた平民の下働きの掃除の娘が、新しい侍女に大抜擢されたという。

掃除の娘が、ユージニアの回復を祈って毎日新しいものを摘んでその枕元に捧げていた、どこにでも咲いている黄色いマリーゴールドの花は、今やこの国では病気回復と幸運の象徴だ。

「毒霧に襲われる前にノエルが発動した防御魔法が正しく発動したのです。私の肉体は眠りにつきましたが、精神はノエルの魔法に守られていたため、ずっと目覚めておりましたのよ。不覚の眠りにつく私の枕元で、色んな人間の、様々な会話がありました。ですので一体本当は誰が私達を襲わせたのかも、私はよく知っていてよ」

「やはり、あれは事故ではなかった、誰が襲わせたのか、もご存じと言うことですね」

ノエルは厳しい顔をした。
どれほどこの王女の心を掻き乱す言葉が、その枕元であったのかと考えるだけでノエルは苦しくなる。

「ノエル。お前は多忙な中、本当によく眠る私を見舞ってくれました」

ノエルの厳しい顔に反して、ユージニアは優しい顔をした。

「お前の意識が回復したあの日。涙に暮れながら私の手をとって、必ずエリクサーを完成させると誓ってくれた。お前は自分の不甲斐なさに絶望しながらも、どんな手を使ってでも私を救おうと、死に物狂いでそれから何年も」

「私は、でない声で、動かない体で、頼むからもう諦めてくれと、伝えたかったのです。魔獣に襲われたのはお前のせいではないし、お前も私も、ただ利用されただけ。だというのにこの王国の誰もが諦めた私の命を、お前は眠る間も惜しんで、自分の全てを投げ打って、手を尽くしてくれました。私はお前に、私の価値のない命などさっさと諦めて、早く他の貴婦人と結ばれれば良いと思っていたのです。母上は涙にくれるばかり、友人と思っていた娘達も一人、二人と見舞いに来なくなる中、人にも、運命にも絶望していた私にとって、お前は唯一の希望で、たった一人の誠実な友人でした」

「ベスという娘の整える温室の話をするようになったお前の声が、柔らかくなっていたのには気がついていました。ようやくお前が安心できる場所ができたと。神仙ユリが、あそこであれば開花するかも、と。その温室で信じられないくらい大きななめくじが、好き放題していると。ここ数年聞いたことがないほどお前の声は楽しそうでした」

ユージニアは、温室の端でノロノロしているナナちゃんに目をやる。そして、言った。

「ノエル、ベスという娘に、恋に落ちたのね」

ユージニアは真っ直ぐ、ノエルの目を見た。

ノエルは頷いた。

ゆっくりとユージニアはノエルの方を向いていた体を反転させて、温室の外を見た。

温室の外には、小さな橋がかけてある泉が見える。
朝になれば亀の親子が日光浴に使うだろうと、ノエルが作った橋だ。

ユージニアの頬には、静かに一筋の涙が伝っていた。
この婚約の始まりは、まだ少女であったユージニアのノエルへの、実に少女らしい恋心が始まりであった。

「殿下」

何か言葉をかけようとしたノエルを制して、ユージニアは言った。

「ノエル。私は今後神殿の女神派と手を組んで、王位を狙います。私達を魔獣に襲わせた王と、第一王妃を退位に追い込み、第一王子を廃嫡する。すでに国内の神殿派とは話を通しています」

第一王子を有する神殿派ではあるが、神殿派も一枚岩ではない。
王家派が優勢となる今、第三王女が女神神殿派となる事で王家派を追い立てられるのであれば、女神派ではなく神殿預言者派である第一王子の廃嫡もあり得る。政治の世界だ。

ユージニアはもう泣いてはいなかった。
だが、爛々としたその目には、ノエルに恋していたか弱き少女ではなく、次代の女王としての覚悟と、そして強さが見えた。

「その為には私は王家派に組み入れられたサラトガ侯爵家の長男との結婚ではなく、他国の神殿と婚姻で繋がる必要があります。母の出身である隣国の女神神殿派の有力者と私が婚姻を結べば、それは可能です」

この王女の外国出身の母は、女神神殿派の巫女を母とする。
女神神殿派の後ろ盾を得る事ができれば、政局は変わる。

ロドニーが遠慮がちに言った。

「それは、エリクサーの精製に成功したノエル様が、王家派に翻ったご実家と縁を切って、しかもエリクサーの精製を二度と行わないのであれば、それは可能・・・でも、エリクサーの精製に成功した国の英雄をどうやって」

「ノエルに失脚してもらう必要はありません。簡単な事です。私の祖母の信仰する神殿の女神に、エリクサーが完成して私が目覚めた暁には全てを放棄すると誓った、とでも言えばよろしい。ノエルの奇行を女神への美談に利用しましょう。そして私は元婚約者の誓いによって不覚の眠りから救ってくれた神殿の女神に深い感謝を示して、神殿の女神派となる。辻褄は合います」

涼しい顔をしてナナちゃんを指差したユージニアは言った。
確かに、ノエルほどの貴人が急にこんなナメクジと仲良くしているなど、どう考えても気がおかしくなったか、宗教的な縛りの元の行動にしか見えやしない。

ノエルは、ユージニアの心を察した。

(このお方は、私を自由にするために)

ノエルの頭には、三年前のまだほんの少女だったユージニアが思い出される。
三年の間にこのか弱き少女は大人になり、そして、強く美しい女性へと、その眠りの中で成長していた。

「殿下。私は今日、貴女がこの温室から私を引き摺り出して、婚姻の執行を命ずると、そう思っていました。私が守りきれなかったせいで眠りについた貴女の望みであれば、私はどんな望みでも叶えようとそう考えていました。それが私のせめてもの罪滅ぼしだと」

「ですがそれは私の自惚でした。貴女は私の存在が必要どころか、足手まといになるほどに強く、美しく成長された。私では貴女の夫は力不足だと、そう貴女に告げられるほど。私は貴女を誇りに思う」

だが、三年の眠りの間で、このか弱かった女の子は、ノエルに守られるだけの妻ではなく、戦友となる事を選んだ。
もう弱さゆえに、誰にも人生を振り回させたりはしない。
ノエルは強い覚悟を心に秘めた、この高貴な女性をあおぎみた。

ユージニアはすっと手を出した。

「三年前の私であれば、そうね。そうしたでしょう。でもノエル。私は成長したのです。貴方が成長した様にね。秋祭りで貴方を全てから解放しましょう。それがこの国の王女として、そして貴方の友として、そして元婚約者としての、感謝と餞別です」

ノエルは、ユージニアに差し出された手を取り、友として、握手を交わした。


しおりを挟む
感想 174

あなたにおすすめの小説

冷酷侯爵と政略結婚したら、実家がざまぁされました

鍛高譚
恋愛
「この結婚は、家のため。ただの政略結婚よ」 そう言い聞かせ、愛のない結婚を受け入れた公爵令嬢リゼット。 しかし、挙式後すぐに父が「婚約破棄しろ」と命じてきた!? だが、夫であるアレクシス・フォン・シュヴァルツ侯爵は冷たく言い放つ。 「彼女を渡すつもりはない」 冷酷無慈悲と噂される侯爵が、なぜかリゼットを溺愛し始める!? 毎日甘やかされ、守られ、気づけば逃げ場なし! さらに、父の不正が明るみに出て、公爵家は失墜―― リゼットを道具として利用しようとした者たちに、ざまぁの鉄槌が下される! 政略結婚から始まる、甘々溺愛ラブストーリー! 「愛なんてないはずなのに……どうしてこんなに大切にされるの?」

『婚約破棄された令嬢ですが、王国は私抜きでは立てなかったようですね』

鷹 綾
恋愛
「愛しているのは彼女だ」 王太子ロネスにそう告げられ、婚約を破棄された侯爵令嬢エルゼリア・クローヴェル。 感情をぶつけることも、復讐を誓うこともなく、 彼女はただ――王宮を去った。 しかしその直後から、王国は静かに崩れ始める。 外交は滞り、判断は遅れ、市場は揺れ、 かつて「問題なく回っていた」はずの政務が、次々と行き詰まっていった。 一方、エルゼリアは帝国で新たな立場を得ていた。 帝国宰相ハインリヒ・ヴォルフの隣で、 彼女は再び“判断する側”として歩み始める。 やがて明らかになるのは、 王国が失ったのは「婚約者」ではなく、 判断を引き継ぐ仕組みそのものだったという事実。 謝罪も、復縁も、感情的なざまあもない。 それでも―― 選ばれ、認められ、引き継がれていくのは、誰なのか。 これは、 捨てられた令嬢が声を荒げることなく、 世界のほうが彼女を必要としてしまった物語。

キズモノ転生令嬢は趣味を活かして幸せともふもふを手に入れる

藤 ゆみ子
恋愛
セレーナ・カーソンは前世、心臓が弱く手術と入退院を繰り返していた。 将来は好きな人と結婚して幸せな家庭を築きたい。そんな夢を持っていたが、胸元に大きな手術痕のある自分には無理だと諦めていた。 入院中、暇潰しのために始めた刺繍が唯一の楽しみだったが、その後十八歳で亡くなってしまう。 セレーナが八歳で前世の記憶を思い出したのは、前世と同じように胸元に大きな傷ができたときだった。 家族から虐げられ、キズモノになり、全てを諦めかけていたが、十八歳を過ぎた時家を出ることを決意する。 得意な裁縫を活かし、仕事をみつけるが、そこは秘密を抱えたもふもふたちの住みかだった。

【完】瓶底メガネの聖女様

らんか
恋愛
伯爵家の娘なのに、実母亡き後、後妻とその娘がやってきてから虐げられて育ったオリビア。 傷つけられ、生死の淵に立ったその時に、前世の記憶が蘇り、それと同時に魔力が発現した。 実家から事実上追い出された形で、家を出たオリビアは、偶然出会った人達の助けを借りて、今まで奪われ続けた、自分の大切なもの取り戻そうと奮闘する。 そんな自分にいつも寄り添ってくれるのは……。

【完結】令嬢憧れの騎士様に結婚を申し込まれました。でも利害一致の契約です。

稲垣桜
恋愛
「君と取引がしたい」 兄の上司である公爵家の嫡男が、私の前に座って開口一番そう告げた。 「取引……ですか?」 「ああ、私と結婚してほしい」 私の耳がおかしくなったのか、それとも幻聴だろうか…… ああ、そうだ。揶揄われているんだ。きっとそうだわ。  * * * * * * * * * * * *  青薔薇の騎士として有名なマクシミリアンから契約結婚を申し込まれた伯爵家令嬢のリディア。 最低限の役目をこなすことで自由な時間を得たリディアは、契約通り自由な生活を謳歌する。 リディアはマクシミリアンが契約結婚を申し出た理由を知っても気にしないと言い、逆にそれがマクシミリアンにとって棘のように胸に刺さり続け、ある夜会に参加してから二人の関係は変わっていく。 ※ゆる〜い設定です。 ※完結保証。 ※エブリスタでは現代テーマの作品を公開してます。興味がある方は覗いてみてください。

成功条件は、まさかの婚約破棄!?

たぬきち25番
恋愛
「アリエッタ、あなたとの婚約を破棄する……」 王太子のアルベルト殿下は、そう告げた。 王妃教育に懸命に取り組んでいたアリエッタだったが、 それを聞いた彼女は……? ※他サイト様にも公開始めました!

夫に顧みられない王妃は、人間をやめることにしました~もふもふ自由なセカンドライフを謳歌するつもりだったのに、何故かペットにされています!~

狭山ひびき
恋愛
もう耐えられない! 隣国から嫁いで五年。一度も国王である夫から関心を示されず白い結婚を続けていた王妃フィリエルはついに決断した。 わたし、もう王妃やめる! 政略結婚だから、ある程度の覚悟はしていた。けれども幼い日に淡い恋心を抱いて以来、ずっと片思いをしていた相手から冷たくされる日々に、フィリエルの心はもう限界に達していた。政略結婚である以上、王妃の意思で離婚はできない。しかしもうこれ以上、好きな人に無視される日々は送りたくないのだ。 離婚できないなら人間をやめるわ! 王妃で、そして隣国の王女であるフィリエルは、この先生きていてもきっと幸せにはなれないだろう。生まれた時から政治の駒。それがフィリエルの人生だ。ならばそんな「人生」を捨てて、人間以外として生きたほうがましだと、フィリエルは思った。 これからは自由気ままな「猫生」を送るのよ! フィリエルは少し前に知り合いになった、「廃墟の塔の魔女」に頼み込み、猫の姿に変えてもらう。 よし!楽しいセカンドラウフのはじまりよ!――のはずが、何故か夫(国王)に拾われ、ペットにされてしまって……。 「ふふ、君はふわふわで可愛いなぁ」 やめてえ!そんなところ撫でないで~! 夫(人間)妻(猫)の奇妙な共同生活がはじまる――

婚約破棄された伯爵令嬢ですが、国の経済を掌握しました

鍛高譚
恋愛
「経済を握る者こそ、世界を動かす――」 前世、日本の証券会社で働いていた**瑞穂紗羅(みずほ さら)**は、異世界に転生し、サラ・レティシア伯爵令嬢として生まれ変わった。 貴族社会のしがらみや婚姻政策に巻き込まれながらも、彼女はひそかに動き始める。 「まずは資金を確保しなくちゃね」 異世界の為替市場(FX)を利用し、通貨の価値変動を読み、巨額の富を得るサラ。 次に狙うは株式投資――貴族の商会やギルドに出資し、国の経済に食い込んでいく。 気づけば彼女は、両替所ネットワークと金融システムを構築し、王国の経済を裏から支配する影の実力者となっていた。 そんな中、彼女に公爵令息との婚約話が舞い込む。 しかし、公爵令息は「格下の伯爵令嬢なんて興味がない」と、一方的に婚約破棄。 それを知った公爵は激怒する―― 「お前は何も分かっていない……! あの女は、この国の経済を支配する者だぞ! 世界すら掌握しかねないのだ!」 サラの金融帝国の成長は止まらない。 貴族たちは彼女にひれ伏し、国王は頼り、王太子は取り込もうとし、帝国は彼女の影響力に戦慄する。 果たしてサラは、異世界経済の頂点に立ち、さらなる世界の覇権を握るのか――?

処理中です...