緑の指を持つ娘

Moonshine

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緑の指を持つ娘 温泉湯けむり編

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「ですってさ。せっかくノエル様が温泉に呼んでくださってるし、さっさと着替えてください!」

「い・・いや、私の肌の状態を知っているだろうお前・・とてもではないが、外で、人前で風呂など」

どうやら何らかの奇跡が起こってフェリクスの皮膚の表面にはどこにも膿が出ている所や、水脹れ状態になっているところ、肌が破れて血を流している場所は見当たらない。
いわゆる健康な肌状態とはいえ、見た目には未だにとても気持ちが悪い。

皮膚はところどころが赤く、色白だったフェリクスの元の色と混じった、まだら模様が身体中に広がっている。
まるで感染症にかかった患者のごとくだ。

「知ってますよ!それどころか私、なんと殿下のお体の中心の輝かしい物のお姿まで知ってますよ!」

オリビアはギャハハハと下品に笑った。
不敬も極まりないのだろうが、オリビアの下品さにフェリクスはなぜかとてつもなく救われた気持ちになる。

(そうだった、肌どころか、オリビアには大変なものを見せてしまった後だった)

そして、下品な大笑いが収まると、今度はオリビアは少し優しい顔をして諭すようにフェリクスに言った。

「お肌の様子は良くなってるみたいだし、今更私達の前でくらい、見てくれがどうのこうのとか、もういいじゃないですか。誰も気にしませんし、お風呂が気持ち良すぎてそれどころじゃないですよ。それに、エズラ様なんて身体中に物凄い魔法陣の刺青入っててギョッとしました。エズラ様、刺青のせいで王都の外温泉は入れないとかブツブツ言ってましたよ」

耳慣れない単語に、フェリクスは脂汗が滲む。

「な、おい、ちょっと待てオリビア!!なんだと??体に魔法陣の刺青とは、エズラ様はまさかあの、大賢者のエズラ様か??エズラ老師がここにいるのか??」

フェリクスは情報の過多に混乱して、思わず立ち上がった。
かの魔術師の入れ墨の伝説が、伝説通りであるなら間違いない。エズラ老師だ。

(一体、私が眠っていた間に何が起こっていたのだ)

オリビアはフェリクスに入浴着を押しつけると、フェリクスの質問につきあう気はないらしい。
床で丸まって号泣しているメイソンを乱暴に部屋の外にずるずると引きずって、部屋を出て行ってしまった。

一人残されたフェリクスは、少し考えてみた。だが、すぐに考える事は放棄した。

(百聞は一見にしかずというではないか)

そう思い直すと思考を止めて、オリビアが置いていった入浴着に着替えて、温室に向かった。

ーーーーーーーーーーーーーーー

温室の中には何人も既に人がいるらしい。人々の笑い声や鼻歌まで聞こえる。

包帯もつけずに入浴着の姿で、赤くまだらな肌を大いに日の下に晒したフェリクスは、急に襲ってきた己の姿への羞恥の感情で扉の前で足がすくむ。

(・・一体誰が中にいるんだ)

扉の前で立ち尽くしていると、ガシャリと温室の扉が内側から開かれた。

「殿下。お目覚めと伺いました。おはようございます」

長い紫の髪を靡かせて、柔和に笑ってそこに立っているのはナーランダだった。
どうやらフェリクスが降りてくるのを待っていたらしい。
絶望的に似合わない入浴着に身を包んで、いつもはおろしている紫の長髪を一つにまとめて佇んでいるナーランダの姿の非現実的な美しさは、却ってフェリクスの頭を冷やしてくれた。

「・・ありがとうナーランダ、今目覚めたばかりだ。あれから一体何が起こったのか事の詳細を聞かせてくれないか。何も覚えていないんだ」

「もちろんです。ですがまず、温泉にでも入りませんか?殿下がお休みの間に完成しました。間違いなく世界で最高の温泉ですよ」

ナーランダはゆっくりと踵を返すと、温室の中にフェリクスを招き入れた。

温室の中は温泉の湯気がふんわりと立ち込めていて、湿度がとても高い。
この温室はベスによって素晴らしいものに変化していっていたが、温泉を招き入れた事によって温室の植物たちは、喜びを全身で表しているかのように、瑞々しい生命力を弾けさせて、体全てで温泉の湯気を受け止めている。
火山性の植物の中には、温泉の成分を好物とする種類も多くあるのだ。

久しぶりに足を踏み入れた温室の素晴らしさに、フェリクスは心が奪われる。

(なんと素晴らしい・・)

まるで何百年もの歳月を経て築き上げてきた、王家の森の古い命の調和のごとくであった美しいベスの温室は、今温泉を迎えて、まるで、完全なる調和のままに新しい生の喜びを迎え入れて、温室全体が喜び震えているかのごとくだ。

(ついこの間までは、赤土の舞う、ただの荒涼とした空間であっただけだというのに)

生の喜びに震える温室の緑の中、フェリクスは思わず深呼吸をしていた。

そんなフェリクスの横で、ナーランダが空を見上げてちょいちょい、と魔術をかける。
高い作りになっている温室の天井の、天窓部分の窓を魔術で開けたのだ。

温室に立ち込めていた湯気は、ゆっくりと窓のそばに集められて、背の高い木の幹を伝って、そのまま高い空の彼方に吸い込まれてゆく。

「そろそろ蒸気を逃してやらないと、羽が湿気で濡れると鳥たちが文句を言いにきますからね」

温室の中の鳥たちはそれぞれピヨピヨ、ビリリ、ピリリ、カア、カアと好き放題な鳴き声をあげて温室の中を飛び回っていたが、どうやらナーランダに早く窓を開けろと文句を言っていた様子だ。

「・・これほどの数の鳥がいたのか」

色とりどりの鳥たちにフェリクスは感嘆のため息を漏らした。
どれも野生の、それも非常に警戒心の強い種類のものだ。時々王家の森で鳴き声を聞くことがあるが、実際に目にする事は多くない。

「ええ、降灰がひどくなってきた際にベスが避難場所を提供するつもりで多くの鳥を招き入れたのですが、どうやらここは居心地が良いらしくてね。灰がおさまったというのにすっかり居着いてしまいました。私などは、ここの鳥たちには温室の天窓の門番だと思われている様子です」

ー国家最高クラスの魔術師を相手に、温室の天窓の門番扱いなどと。

フェリクスは不遜な鳥たちに笑いが込み上げてくる。

苦笑いのナーランダは、天窓を偉そうな鳥たちの為にあらかた開けてやるとフェリクスに向き直って言った。

「さあ、殿下も早く温泉に行かないと、すぐに人間やら人でないものやらで混み合ってきますよ。何せここは、世界で最高の温泉ですからね」

(?混み合う?王家の温室で?人間?いや、人でないものが来る?何の話だ??)

「さあさあ、早く行きましょう。ベスが待っています」

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