緑の指を持つ娘

Moonshine

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緑の指を持つ娘 温泉湯けむり編

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広い温室の中、歩みをすすめて行くと小さな木製の丸太小屋のような小屋が建てられていた。

(・・ああ、蒸し風呂を作っているとか言っていたな、確か)

あまりまだ上手く働かない頭の、その記憶の片隅に、ベスが蒸し風呂など入った事がないと大喜びだった事を思い出して少し心が温まる。
だが記憶にある建築中の蒸し風呂は、こんなに可愛らしいものではなかった気がする。
おそらくベスがあんまり喜ぶものだから、妖精の隠れ家のような可愛らしい仕上がりに仕上げたのだろう。
小さなキノコの模様が、ヘタクソに焼きごてで描かれてあってほっこりとする。

「やあおはようロベルト、フェリクス様が君の蒸し風呂に入りにきたよ」

ナーランダが小屋に向かって声をかけると、可愛らしい丸太小屋の中から、腰にタオルを巻いただけの半裸の若者がひょい、と顔を出した。

彫刻のように鍛え抜かれた眩しいほどの美しい肉体を誇り、浅黒い肌は汗に濡れている。
蒸し風呂を楽しんでいた最中なのだろう。

「あ!フェリクス様やっと起きたんですね、おはようございます!ナーランダ様もおはようございます!」

オリビアの恋人のロベルトだ。
いつも通り気持ちの良い挨拶でフェリクスを出迎えてくれた。

「あ、ああ」

フェリクスは予告もなく急に小屋から現れた、肉体労働を生業とする若い男特有の見事な裸の肉体の美にたじろいでしまった。

フェリクスほどの身分の男が、他の男の素肌、それも肉体労働を生業とする男のそれを見ることなど、戦時でもない限りあり得ない。王太子の前で肌を晒すなど大変な不敬なのだ。

ナーランダはフェリクスが眠っている間に随分とこの村の住人と馴染んだらしい。
ナーランダはフェリクスと同じ王族の末席に席を置く身分だというのに、この美しい肉体を誇る半裸の男の登場に全く動揺せずに、ニコニコと和やかに雑談を交わしている。

「いっけね!フェリクス様、ちょっと待っててください、今蒸し風呂熱すぎるから、ちょっと温度下げます!俺は熱いの好きなんですけど病み上がりのフェリクス様が入ったら倒れちまう」

そう言うとロベルトは半裸のままどこかに走って消えると、冷たい水をタライ一杯に満たして、帰ってきた。

そして次の瞬間には、まるで竜を征伐しに行く騎士のごとく、自分の体に冷たい水がかかることなど一切の躊躇もなく、タライの中の水を屋根から一気にぶちまけた。

「これで大丈夫っすよ!さあフェリクス様蒸し風呂の中に入ってください!」

頭から冷たい水を浴びてしまい、すっかりずぶ濡れになってニカっと白い歯を見せて笑うロベルトに呆気に取られているフェリクスだったが、ナーランダはロベルトの乱暴なやり方になれているらしい。

「ははは、ロベルトありがとう。君はいつも豪快だね」

「ハハハ! 俺魔術とか苦手だし、こんくらいはパッパと身体動かした方が早いんすよ」

(・・なんと美しく、何と堂々とした男ぶりであることか)

フェリクスは眩しい肉体を誇と爽やかな笑顔の、ロベルトの見事な男ぶりに、ため息を漏らしていた。

次期アビーブ王たるフェリクスの肉体は、病状が悪化してから日にも当たらず何の鍛錬ができなかった事もあり、ブヨブヨと青白く、全く締まりがない。

なんとか上質な服を着ると格好がつく細身の体ではあるが、下腹など少しだらしなく突き出ている。
そして皮膚は未だにまだらの気味の悪い模様で埋め尽くされていて、そんな自分に卑屈になって、周囲に横柄な態度を今まで取り続けていた。

このロベルトという男は、身分制度の残るアビーブの国では、最下層とされている身分に属する。
母が先住民の血を継いでいるためだ。
通常であれば王の離宮の敷地内に入ることも許されない身分だ。ここが離宮で、この男がメイドのオリビアの恋人という事で出入りが大目に見ているが、おそらく王都にいた頃の完全無欠の王太子・フェリクスであれば、視界にすらその存在を許さなかった賎民のはずだ。

だが、実際のフェリクスの目の前のこの男は一体どうだ。
髪一筋の迷いもなく若い肉体の喜びを輝くばかりに発露させて、太陽のような大きな笑顔を見せる、自信に満ちた、堂々とした男ぶり。

この男が抱えている身分という名前の荷物は、種類は違えど、だがフェリクスの抱える荷物と同じ種類のもののはずだというのに。

(本当に私は今まで一体何を見て、何を考えて生きていたのだろう)

半裸で王冠どころか服すら身に纏っていないこの賎民とされる男の堂々たる男ぶりは、よほど王太子のフェリクスよりも王にふさわしいように見えた。

フェリクスの繊細な心の内などは二の次らしい。
ロベルトは実に誇らしそうに小屋の扉を開けて、中にナーランダとフェリクスを招待した。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

「どうでしたか?蒸し風呂は」

「いや、最高だったよ。蒸し風呂に入ったのはもう子供の時以来だ」

貴人二人はホコホコと湯気を立てながら、可愛い丸太小屋から出ていた。

フェリクスは蒸し風呂の中で、ナーランダから眠っていた時の細かい経緯や、なぜこの場に帰っててくる事ができたのかをゆっくり聞くつもりだったのだ。
だが蒸し風呂の建築の可愛らしさや、中の蒸気の気持ちよさをロベルトに誉めると、ロベルトが有頂天になってしまったのだ。
あれやこれやと大暴れでフェリクスの世話をするものだから、フェリクスとゆっくり話ができる状態ではなかったのだ。

小屋はロベルトが仕事で使った杉の廃材を活用したというだけあって、中に入るだけで実に気持ちの良い木の香りがする。小屋の中心には古くて使われなくなったレンガ作りの小ぶりの暖炉が設置してあり、暖炉の中に敷き詰めた石を、熱して上から温泉の水をかけて蒸気で小屋を蒸す作りになっていた。

蒸気の発生口の近くには、薬草の端っこと、香りの良い花が布の袋に入れて吊るされてある。
蒸気が発生するとその蒸気に誘われて抽出された薬草の良い香りが蒸気と共に小屋を充満させる。
元々の小屋の杉の香りが相まって、中で良い香りの蒸気に蒸されているだけで、体の毛穴という毛穴から悪いものが抜けて良いものが入っていくような気がする。

それだけでも実に満足なのに、フェリクスをもてなしたいロベルトが小屋の中で八面六臂の大活躍だ。
発生した蒸気が小屋中にうまく回るように、小屋の中でタオルをぐるぐると全身を使って振り回してくれる。
その美しいロベルトの舞踊のごとく肉体の動きを見ているだけでも実に良い目の保養だ。
ロベルトは舞踊の中、小屋の中の温度が急に上がらないよう少しずつ水を石に撒いて蒸気を足したり、実に獅子奮迅の大活躍でフェリクスを手厚くもてなしてくれた。

「俺、あんまり親方とかから普段褒められたりしないから、フェリクス様に褒められてめっちゃ嬉しいです」

フェリクスがロベルトに、蒸し風呂の素晴らしさと厚いもてなしに感謝して誉めると、先ほどまで輝く笑顔をフェリクスに見せていたロベルトが、顔を歪ませて涙を堪えていた。

ナーランダが微笑む。

「本来でしたら、この隣にある水風呂に入って体を冷やして、また小屋に入って体を温めて、という事を繰り返すらしいですね。私も試してみましたが、「整う」という状態は実に素晴らしいものでした。ただ殿下はまだ目覚めたばかりで体調が完全ではないですので、今日はやめておきましょう。次は足湯に入ってみましょうか?」

「足湯?そんなものまで作ったのか、この短期間に?」

どうやらまだ棒のように立って涙と感動をおさえているらしいロベルトを後にして、ナーランダはフェリクスを足湯に誘う。
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