緑の指を持つ娘

Moonshine

文字の大きさ
119 / 130
緑の指を持つ娘 温泉湯けむり編

56

しおりを挟む
「ですってさ。せっかくノエル様が温泉に呼んでくださってるし、さっさと着替えてください!」

「い・・いや、私の肌の状態を知っているだろうお前・・とてもではないが、外で、人前で風呂など」

どうやら何らかの奇跡が起こってフェリクスの皮膚の表面にはどこにも膿が出ている所や、水脹れ状態になっているところ、肌が破れて血を流している場所は見当たらない。
いわゆる健康な肌状態とはいえ、見た目には未だにとても気持ちが悪い。

皮膚はところどころが赤く、色白だったフェリクスの元の色と混じった、まだら模様が身体中に広がっている。
まるで感染症にかかった患者のごとくだ。

「知ってますよ!それどころか私、なんと殿下のお体の中心の輝かしい物のお姿まで知ってますよ!」

オリビアはギャハハハと下品に笑った。
不敬も極まりないのだろうが、オリビアの下品さにフェリクスはなぜかとてつもなく救われた気持ちになる。

(そうだった、肌どころか、オリビアには大変なものを見せてしまった後だった)

そして、下品な大笑いが収まると、今度はオリビアは少し優しい顔をして諭すようにフェリクスに言った。

「お肌の様子は良くなってるみたいだし、今更私達の前でくらい、見てくれがどうのこうのとか、もういいじゃないですか。誰も気にしませんし、お風呂が気持ち良すぎてそれどころじゃないですよ。それに、エズラ様なんて身体中に物凄い魔法陣の刺青入っててギョッとしました。エズラ様、刺青のせいで王都の外温泉は入れないとかブツブツ言ってましたよ」

耳慣れない単語に、フェリクスは脂汗が滲む。

「な、おい、ちょっと待てオリビア!!なんだと??体に魔法陣の刺青とは、エズラ様はまさかあの、大賢者のエズラ様か??エズラ老師がここにいるのか??」

フェリクスは情報の過多に混乱して、思わず立ち上がった。
かの魔術師の入れ墨の伝説が、伝説通りであるなら間違いない。エズラ老師だ。

(一体、私が眠っていた間に何が起こっていたのだ)

オリビアはフェリクスに入浴着を押しつけると、フェリクスの質問につきあう気はないらしい。
床で丸まって号泣しているメイソンを乱暴に部屋の外にずるずると引きずって、部屋を出て行ってしまった。

一人残されたフェリクスは、少し考えてみた。だが、すぐに考える事は放棄した。

(百聞は一見にしかずというではないか)

そう思い直すと思考を止めて、オリビアが置いていった入浴着に着替えて、温室に向かった。

ーーーーーーーーーーーーーーー

温室の中には何人も既に人がいるらしい。人々の笑い声や鼻歌まで聞こえる。

包帯もつけずに入浴着の姿で、赤くまだらな肌を大いに日の下に晒したフェリクスは、急に襲ってきた己の姿への羞恥の感情で扉の前で足がすくむ。

(・・一体誰が中にいるんだ)

扉の前で立ち尽くしていると、ガシャリと温室の扉が内側から開かれた。

「殿下。お目覚めと伺いました。おはようございます」

長い紫の髪を靡かせて、柔和に笑ってそこに立っているのはナーランダだった。
どうやらフェリクスが降りてくるのを待っていたらしい。
絶望的に似合わない入浴着に身を包んで、いつもはおろしている紫の長髪を一つにまとめて佇んでいるナーランダの姿の非現実的な美しさは、却ってフェリクスの頭を冷やしてくれた。

「・・ありがとうナーランダ、今目覚めたばかりだ。あれから一体何が起こったのか事の詳細を聞かせてくれないか。何も覚えていないんだ」

「もちろんです。ですがまず、温泉にでも入りませんか?殿下がお休みの間に完成しました。間違いなく世界で最高の温泉ですよ」

ナーランダはゆっくりと踵を返すと、温室の中にフェリクスを招き入れた。

温室の中は温泉の湯気がふんわりと立ち込めていて、湿度がとても高い。
この温室はベスによって素晴らしいものに変化していっていたが、温泉を招き入れた事によって温室の植物たちは、喜びを全身で表しているかのように、瑞々しい生命力を弾けさせて、体全てで温泉の湯気を受け止めている。
火山性の植物の中には、温泉の成分を好物とする種類も多くあるのだ。

久しぶりに足を踏み入れた温室の素晴らしさに、フェリクスは心が奪われる。

(なんと素晴らしい・・)

まるで何百年もの歳月を経て築き上げてきた、王家の森の古い命の調和のごとくであった美しいベスの温室は、今温泉を迎えて、まるで、完全なる調和のままに新しい生の喜びを迎え入れて、温室全体が喜び震えているかのごとくだ。

(ついこの間までは、赤土の舞う、ただの荒涼とした空間であっただけだというのに)

生の喜びに震える温室の緑の中、フェリクスは思わず深呼吸をしていた。

そんなフェリクスの横で、ナーランダが空を見上げてちょいちょい、と魔術をかける。
高い作りになっている温室の天井の、天窓部分の窓を魔術で開けたのだ。

温室に立ち込めていた湯気は、ゆっくりと窓のそばに集められて、背の高い木の幹を伝って、そのまま高い空の彼方に吸い込まれてゆく。

「そろそろ蒸気を逃してやらないと、羽が湿気で濡れると鳥たちが文句を言いにきますからね」

温室の中の鳥たちはそれぞれピヨピヨ、ビリリ、ピリリ、カア、カアと好き放題な鳴き声をあげて温室の中を飛び回っていたが、どうやらナーランダに早く窓を開けろと文句を言っていた様子だ。

「・・これほどの数の鳥がいたのか」

色とりどりの鳥たちにフェリクスは感嘆のため息を漏らした。
どれも野生の、それも非常に警戒心の強い種類のものだ。時々王家の森で鳴き声を聞くことがあるが、実際に目にする事は多くない。

「ええ、降灰がひどくなってきた際にベスが避難場所を提供するつもりで多くの鳥を招き入れたのですが、どうやらここは居心地が良いらしくてね。灰がおさまったというのにすっかり居着いてしまいました。私などは、ここの鳥たちには温室の天窓の門番だと思われている様子です」

ー国家最高クラスの魔術師を相手に、温室の天窓の門番扱いなどと。

フェリクスは不遜な鳥たちに笑いが込み上げてくる。

苦笑いのナーランダは、天窓を偉そうな鳥たちの為にあらかた開けてやるとフェリクスに向き直って言った。

「さあ、殿下も早く温泉に行かないと、すぐに人間やら人でないものやらで混み合ってきますよ。何せここは、世界で最高の温泉ですからね」

(?混み合う?王家の温室で?人間?いや、人でないものが来る?何の話だ??)

「さあさあ、早く行きましょう。ベスが待っています」

しおりを挟む
感想 174

あなたにおすすめの小説

捨てられ侯爵令嬢ですが、逃亡先で息子と幸せに過ごしていますので、邪魔しないでください。

蒼月柚希
恋愛
公爵様の呪いは解かれました。 これで、貴方も私も自由です。 ……だから、もういいですよね? 私も、自由にして……。 5年後。 私は、ある事情から生まれ育った祖国を離れ、 親切な冒険者パーティーと、その地を治める辺境伯様のご家族に守られながら、 今日も幸せに子育てをしています。 だから貴方も勝手に、お幸せになってくださいね。 私のことは忘れて……。 これは、お互いの思いがこじれ、離れ離れになってしまった一組の夫婦の物語。 はたして、夫婦は無事に、離婚を回避することができるのか?

捨てられた地味な王宮修復師(実は有能)、強面辺境伯の栄養管理で溺愛され、辺境を改革する ~王都の貴重な物が失われても知りませんよ?~

水上
恋愛
「カビ臭い地味女」と王太子に婚約破棄された王宮修復師のリディア。 彼女の芸術に関する知識と修復師としての技術は、誰からも必要性を理解されていなかった。 失意の中、嫁がされたのは皆から恐れられる強面辺境伯ジェラルドだった! しかし恐ろしい噂とは裏腹に、彼はリディアの不健康を見逃せない超・過保護で!? 絶品手料理と徹底的な体調管理で、リディアは心身ともに美しく再生していく。 一方、彼女を追放した王都では、貴重な物が失われたり、贋作騒動が起きたりとパニックになり始めて……。

一級魔法使いになれなかったので特級厨師になりました

しおしお
恋愛
魔法学院次席卒業のシャーリー・ドットは、 「一級魔法使いになれなかった」という理由だけで婚約破棄された。 ――だが本当の理由は、ただの“うっかり”。 試験会場を間違え、隣の建物で行われていた 特級厨師試験に合格してしまったのだ。 気づけばシャーリーは、王宮からスカウトされるほどの “超一流料理人”となり、国王の胃袋をがっちり掴む存在に。 一方、学院首席で一級魔法使いとなった ナターシャ・キンスキーは、大活躍しているはずなのに―― 「なんで料理で一番になってるのよ!?  あの女、魔法より料理の方が強くない!?」 すれ違い、逃げ回り、勘違いし続けるナターシャと、 天然すぎて誤解が絶えないシャーリー。 そんな二人が、魔王軍の襲撃、国家危機、王宮騒動を通じて、 少しずつ距離を縮めていく。 魔法で国を守る最強魔術師。 料理で国を救う特級厨師。 ――これは、“敵でもライバルでもない二人”が、 ようやく互いを認め、本当の友情を築いていく物語。 すれ違いコメディ×料理魔法×ダブルヒロイン友情譚! 笑って、癒されて、最後は心が温かくなる王宮ラノベ、開幕です。

転移先で日本語を読めるというだけで最強の男に囚われました

桜あずみ
恋愛
異世界に転移して2年。 言葉も話せなかったこの国で、必死に努力して、やっとこの世界に馴染んできた。 しかし、ただ一つ、抜けなかった癖がある。 ──ふとした瞬間に、日本語でメモを取ってしまうこと。 その一行が、彼の目に留まった。 「この文字を書いたのは、あなたですか?」 美しく、完璧で、どこか現実離れした男。 日本語という未知の文字に強い関心を示した彼は、やがて、少しずつ距離を詰めてくる。 最初はただの好奇心だと思っていた。 けれど、気づけば私は彼の手の中にいた。 彼の正体も、本当の目的も知らないまま。すべてを知ったときには、もう逃げられなかった。 毎日19時に更新予定です。

【本編完結】王子の寝た子を起こしたら、夢見る少女では居られなくなりました!

こさか りね
恋愛
私、フェアリエル・クリーヴランドは、ひょんな事から前世を思い出した。 そして、気付いたのだ。婚約者が私の事を良く思っていないという事に・・・。 婚約者の態度は前世を思い出した私には、とても耐え難いものだった。 ・・・だったら、婚約解消すれば良くない? それに、前世の私の夢は『のんびりと田舎暮らしがしたい!』と常々思っていたのだ。 結婚しないで済むのなら、それに越したことはない。 「ウィルフォード様、覚悟する事ね!婚約やめます。って言わせてみせるわ!!」 これは、婚約解消をする為に奮闘する少女と、本当は好きなのに、好きと気付いていない王子との攻防戦だ。 そして、覚醒した王子によって、嫌でも成長しなくてはいけなくなるヒロインのコメディ要素強めな恋愛サクセスストーリーが始まる。 ※序盤は恋愛要素が少なめです。王子が覚醒してからになりますので、気長にお読みいただければ嬉しいです。 ※本編完結しました。

厄介払いされてしまいました

たくわん
恋愛
侯爵家の次女エリアーナは、美人の姉ロザリンドと比べられ続け、十八年間冷遇されてきた。 十八歳の誕生日、父から告げられたのは「辺境の老伯爵に嫁げ」という厄介払いの命令。 しかし、絶望しながらも辺境へ向かったエリアーナを待っていたのは――。

『白い結婚だったので、勝手に離婚しました。何か問題あります?』

夢窓(ゆめまど)
恋愛
「――離婚届、受理されました。お疲れさまでした」 教会の事務官がそう言ったとき、私は心の底からこう思った。 ああ、これでようやく三年分の無視に終止符を打てるわ。 王命による“形式結婚”。 夫の顔も知らず、手紙もなし、戦地から帰ってきたという噂すらない。 だから、はい、離婚。勝手に。 白い結婚だったので、勝手に離婚しました。 何か問題あります?

虚弱体質?の脇役令嬢に転生したので、食事療法を始めました

たくわん
恋愛
「跡継ぎを産めない貴女とは結婚できない」婚約者である公爵嫡男アレクシスから、冷酷に告げられた婚約破棄。その場で新しい婚約者まで紹介される屈辱。病弱な侯爵令嬢セラフィーナは、社交界の哀れみと嘲笑の的となった。

処理中です...