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エルヴェは、ハンカチを持ったアリエルの手をギュッと握りそれを制した。
「これぐらい大丈夫。それより君のハンカチが汚れてしまったのではないか?」
そう言ってアリエルの手からハンカチを抜き取り広げてみた。
「これは、見事な刺繍だ」
そう言うと、ユリの紋章に目を止める。
「ユリ三つ、これは君の紋章だね? アラベルは二つ」
「はい、よくご存知で」
「やはりね」
そう言うとエルヴェはしばらくハンカチの刺繍を愛おしそうに指でなぞると、アリエルに視線を戻す。
「それにしても本当に素晴らしい。君の優しさが表れている。ところでアラベルは刺繍をするのか?」
実際のところアラベルは刺繍は嫌いだった。貴族令嬢として最低限の教養として刺繍をしていたが、不器用で飽き性なアラベルはいつも刺繍を完成させることができなかった。
どうしても刺繍をしなければならない時、アラベルはアリエルに向かってこう言うのだ。
『刺繍ができないなんて、貴族令嬢として失格ですわよね? お母様にも合わせる顔がありませんわ。どうしましょう?』
と。もちろんこんなことで怒るような両親ではない。だが、アラベルは両親を失望させたくないと言い、困ったようにはらはらと涙をこぼすのだ。
そんなアラベルにアリエルはいつも同情し、変わりに自分が刺繍したものをアラベルの作ったものとして、両親に渡すこともあった。
だがもうアラベルを庇うつもりも必要もない。
「もちろんですわ。でも、アラベルはあまり得意ではないかもしれません」
「そうだろうな」
思いもよらないエルヴェの返事にアリエルは驚いて顔を見た。そんなアリエルの反応を見てエルヴェは苦笑する。
「君がそういう顔をするのは当然のことかもしれないね、私は真実を見ていなかった。いや、目を背け大切なものを見失っていたのだから」
そう答えると、アリエルのハンカチを綺麗にたたんで懐にしまった。アリエルは慌てて訴える。
「殿下、そのハンカチは汚れております。お召し物が汚れるといけませんから、お返しください」
「いや、洗って返す」
有無を言わせぬ言い方に、アリエルはハンカチを諦めた。
「殿下のお手を煩わせる訳にはいきません。返す必要はありませんわ、今すぐ捨ててくださって構いません」
すると、エルヴェは悲しそうな顔をした。
「まさか、君のハンカチを捨てることなどできるはずないではないか。大切に扱わせてもらう、心配しなくていい」
アリエルはハンカチを返してもらうことになると、もう一度会わなければならないことが嫌だった。
「でしたらそれは差し上げます」
そう言ってエルヴェの手を振り払うと、立ち上がりエルヴェに向き直った。
「殿下にお時間を取らせてしまい、大変申し訳ありませんでした。私のために、これ以上殿下の貴重な時間をいただくことはできません。失礼しました」
「いや、無理に付き合わせているのは私の方だろう。その、できればまたこうして会いたいのだが」
「アラベルが気を悪くしますから」
アリエルがそう答えると、エルヴェはしばらく考えて答える。
「そうか、彼女に知られるのは不味いかも知れないな。ならば君の妹には知られないようにする」
二股をするつもりなのかと、怒りを覚え直ぐにでも断ってしまいたかったが相手は王太子殿下である。当然無下にはできないので、とりあえず微笑んで返すと頭を下げてその場をあとにした。
背後からアンナがついてくると、嬉しそうにアリエルに言った。
「散歩しているお嬢様を待ち伏せしてまでお会いになるなんて、お嬢様は愛されているのですね」
それを聞いて、アリエルはそんな能天気なことを言っている場合ではないと思いながら今後散歩のルートをどこにするか考えていた。
そうしてエルヴェを避けるためにアリエルは散歩するルートを変えたのだが、散歩する日課はやめなかった。なぜならエルヴェが屋敷に訪れて強引に誘ってきたら断ることはできないからだ。しょうがなくアリエルは、なるべく人が通らない場所を待ち伏せされないよう毎日気まぐれにコースを変えながら歩いた。
そんなある日、散歩中に横を通りすぎた馬車が前方で急に止まると中から令嬢が出てきてアリエルに駆け寄ると話しかけてきた。
「貴女、アリエルよね?!」
よく見ると、先日の舞踏会でアリエルのドレスにワインをかけたオパールだった。アリエルは頷くと立ち止まり挨拶した。
「こんにちは、ハイライン公爵令嬢」
「先日の舞踏会ではごめんなさい」
オパールの父親は現国王陛下の兄である。そんな由緒正しき令嬢がアリエルに謝るなど驚いて恐縮しながら答える。
「とんでもないことでございます。ハイライン公爵令嬢が気に病むことではありませんわ。あの日、私がぼんやりしていたのがいけないのです」
「そんなことありませんわ。それに私のことはオパールと呼んでくださらないかしら? 私貴女とお友達になりたいと思ってますの!」
そう言ってオパールはアリエルの手を取ってキラキラした瞳で見つめた。
「そんなこと、恐れ多くてできま……」
「ありがとう! お友達になってくださるなんてとっても嬉しいですわ!」
オパールはアリエルが断るのを遮って勝手に話し始めた。
「今日、これから私のお屋敷にいらして。もちろんその侍女も一緒で構いませんわ」
そう言うと嬉しそうにアリエルの手を引っ張り馬車に乗るように促した。アリエルは断ることもできずにオパールに従って馬車に乗り込んだ。
馬車に乗るとオパールは楽しそうに話し始める。
「私ね、兄がいるんですけれど常々姉が欲しいと思ってたんですの。アリエルはそんな、私の理想のお姉様像ぴったりですわ! 年齢の割に落ち着いているし、妹思いで優しいし……。できればお姉様と呼んでも構わないかしら?」
アリエルは驚いてそれを制した。
「そんな、私ごとき存在をハイライン公爵令嬢がお姉様だなんて、とんでもないことで……」
「お姉様ってば!! また私を公爵令嬢って呼びましたわね?! ダメですわ! オパールって呼んで下さい!!」
「これぐらい大丈夫。それより君のハンカチが汚れてしまったのではないか?」
そう言ってアリエルの手からハンカチを抜き取り広げてみた。
「これは、見事な刺繍だ」
そう言うと、ユリの紋章に目を止める。
「ユリ三つ、これは君の紋章だね? アラベルは二つ」
「はい、よくご存知で」
「やはりね」
そう言うとエルヴェはしばらくハンカチの刺繍を愛おしそうに指でなぞると、アリエルに視線を戻す。
「それにしても本当に素晴らしい。君の優しさが表れている。ところでアラベルは刺繍をするのか?」
実際のところアラベルは刺繍は嫌いだった。貴族令嬢として最低限の教養として刺繍をしていたが、不器用で飽き性なアラベルはいつも刺繍を完成させることができなかった。
どうしても刺繍をしなければならない時、アラベルはアリエルに向かってこう言うのだ。
『刺繍ができないなんて、貴族令嬢として失格ですわよね? お母様にも合わせる顔がありませんわ。どうしましょう?』
と。もちろんこんなことで怒るような両親ではない。だが、アラベルは両親を失望させたくないと言い、困ったようにはらはらと涙をこぼすのだ。
そんなアラベルにアリエルはいつも同情し、変わりに自分が刺繍したものをアラベルの作ったものとして、両親に渡すこともあった。
だがもうアラベルを庇うつもりも必要もない。
「もちろんですわ。でも、アラベルはあまり得意ではないかもしれません」
「そうだろうな」
思いもよらないエルヴェの返事にアリエルは驚いて顔を見た。そんなアリエルの反応を見てエルヴェは苦笑する。
「君がそういう顔をするのは当然のことかもしれないね、私は真実を見ていなかった。いや、目を背け大切なものを見失っていたのだから」
そう答えると、アリエルのハンカチを綺麗にたたんで懐にしまった。アリエルは慌てて訴える。
「殿下、そのハンカチは汚れております。お召し物が汚れるといけませんから、お返しください」
「いや、洗って返す」
有無を言わせぬ言い方に、アリエルはハンカチを諦めた。
「殿下のお手を煩わせる訳にはいきません。返す必要はありませんわ、今すぐ捨ててくださって構いません」
すると、エルヴェは悲しそうな顔をした。
「まさか、君のハンカチを捨てることなどできるはずないではないか。大切に扱わせてもらう、心配しなくていい」
アリエルはハンカチを返してもらうことになると、もう一度会わなければならないことが嫌だった。
「でしたらそれは差し上げます」
そう言ってエルヴェの手を振り払うと、立ち上がりエルヴェに向き直った。
「殿下にお時間を取らせてしまい、大変申し訳ありませんでした。私のために、これ以上殿下の貴重な時間をいただくことはできません。失礼しました」
「いや、無理に付き合わせているのは私の方だろう。その、できればまたこうして会いたいのだが」
「アラベルが気を悪くしますから」
アリエルがそう答えると、エルヴェはしばらく考えて答える。
「そうか、彼女に知られるのは不味いかも知れないな。ならば君の妹には知られないようにする」
二股をするつもりなのかと、怒りを覚え直ぐにでも断ってしまいたかったが相手は王太子殿下である。当然無下にはできないので、とりあえず微笑んで返すと頭を下げてその場をあとにした。
背後からアンナがついてくると、嬉しそうにアリエルに言った。
「散歩しているお嬢様を待ち伏せしてまでお会いになるなんて、お嬢様は愛されているのですね」
それを聞いて、アリエルはそんな能天気なことを言っている場合ではないと思いながら今後散歩のルートをどこにするか考えていた。
そうしてエルヴェを避けるためにアリエルは散歩するルートを変えたのだが、散歩する日課はやめなかった。なぜならエルヴェが屋敷に訪れて強引に誘ってきたら断ることはできないからだ。しょうがなくアリエルは、なるべく人が通らない場所を待ち伏せされないよう毎日気まぐれにコースを変えながら歩いた。
そんなある日、散歩中に横を通りすぎた馬車が前方で急に止まると中から令嬢が出てきてアリエルに駆け寄ると話しかけてきた。
「貴女、アリエルよね?!」
よく見ると、先日の舞踏会でアリエルのドレスにワインをかけたオパールだった。アリエルは頷くと立ち止まり挨拶した。
「こんにちは、ハイライン公爵令嬢」
「先日の舞踏会ではごめんなさい」
オパールの父親は現国王陛下の兄である。そんな由緒正しき令嬢がアリエルに謝るなど驚いて恐縮しながら答える。
「とんでもないことでございます。ハイライン公爵令嬢が気に病むことではありませんわ。あの日、私がぼんやりしていたのがいけないのです」
「そんなことありませんわ。それに私のことはオパールと呼んでくださらないかしら? 私貴女とお友達になりたいと思ってますの!」
そう言ってオパールはアリエルの手を取ってキラキラした瞳で見つめた。
「そんなこと、恐れ多くてできま……」
「ありがとう! お友達になってくださるなんてとっても嬉しいですわ!」
オパールはアリエルが断るのを遮って勝手に話し始めた。
「今日、これから私のお屋敷にいらして。もちろんその侍女も一緒で構いませんわ」
そう言うと嬉しそうにアリエルの手を引っ張り馬車に乗るように促した。アリエルは断ることもできずにオパールに従って馬車に乗り込んだ。
馬車に乗るとオパールは楽しそうに話し始める。
「私ね、兄がいるんですけれど常々姉が欲しいと思ってたんですの。アリエルはそんな、私の理想のお姉様像ぴったりですわ! 年齢の割に落ち着いているし、妹思いで優しいし……。できればお姉様と呼んでも構わないかしら?」
アリエルは驚いてそれを制した。
「そんな、私ごとき存在をハイライン公爵令嬢がお姉様だなんて、とんでもないことで……」
「お姉様ってば!! また私を公爵令嬢って呼びましたわね?! ダメですわ! オパールって呼んで下さい!!」
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