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「ここはほんの少し手を入れてあるから、比較的歩きやすいと思いますわ。少し向こうに行くと小さいですけれど滝もありますのよ!」
その時だった。
「お嬢様! 危ない! 逃げてください!!」
背後からそんな叫び声がした。慌てて振り向くと暴れ馬がこちらに向かって走ってきているのが見えた。
アリエルはオパールの手を引いて逃げようとしたが、オパールは恐怖から足がすくんでしまったのかそこからピクリとも動かない。アリエルは咄嗟にオパールを思い切り突飛ばした。
気づけば荒れ狂う馬が目前に迫っており、その蹄を見上げてアリエルはもう終わりなのだと悟りギュッと目を閉じた。
次の瞬間、横から誰かに抱き締められアリエルは草の上を転がった。しばらく恐怖から目を閉じたままその胸の中でじっとしていると、大きな手がアリエルを安心させるように背中をさすった。アリエルは落ちつくと自分を助けてくれた人物が誰なのかそっと見上げた。すると、それはエルヴェだった。
アリエルは慌てて体を起こす。
「殿下! お怪我はありませんか?!」
エルヴェは少し体を起こすと言った。
「大丈夫だ。多少服が汚れてしまったが、これぐらいはたけば問題ない。それよりアリエル、君は大丈夫なのか?」
「もちろんですわ、殿下が助けてくださったので。それにしても殿下は尊い御方ですわ、こんなことで命を投げ出してはいけません。もしも殿下になにかあったらどうするおつもりだったのですか?」
するとエルヴェはアリエルを真剣な眼差しで見つめ、つらそうな顔で呟いた。
「君がいない世界で生きていてなんになる?」
「殿下?」
そこへオパールが駆け寄る。
「お姉様、お怪我は?!」
アリエルはその声に振り向く。
「オパール、よかった! 無事でしたのね!」
「お姉様こそ!」
するとエルヴェが苦笑しながら言った。
「とにかく君もオパールも無事だったのだから、よかったではないか。今回私はちゃんと君を守ることができたようだ」
そばで立ってその話を聞いていたオパールは、大きく頷くとエルヴェに向かって言った。
「本当ですわ! エルヴェ、今回のことは褒めて差し上げます!!」
そしてオパールはアリエルに向き直る。
「お姉様、本当に無事でよかったですわ。お姉様は私の命の恩人ですわね!」
ヴィルヘルムも駆けつけてくると、エルヴェに手を差しのべた。
「エルヴェ、大活躍だったな。だが、自分の立場を忘れたらダメだ。君になにかあれば私が面倒くさい継承問題に担ぎだされかねないんだぞ?」
エルヴェは無言でヴィルヘルムの手をつかむと立ち上がり土を払った。
「そうだ、私がどうなろうが継承者はいくらでもいる。だが、アリエルの代わりはいない」
そう言って振り向くとアリエルに手を差しのべた。アリエルは複雑な気持ちでその手をつかんで立ち上がった。
「申し訳ありません!」
馬主は走ってやってくると、土下座せんばかりの勢いで頭をさげた。
「あの馬が暴れたのは初めてのことで、油断しておりました」
言われて向こうを見ると、先ほどまで暴れていた馬はすでにおとなしく馬番に手綱を引かれていた。
王太子殿下の命を危険にさらしたのだから、本来ならこの馬主は相当の刑を受けなければならないが、今回はアリエルが仲裁に入り馬主は軽い刑ですみ馬も処分されずにすんだ。
「とにかく、食事の前に着替えて汚れを落とした方がいいだろうな」
ヴィルヘルムにそう言われ、案内もそこそこに山小屋へ戻ることになった。
アリエルは山小屋に戻ると、エルヴェが命を張って自分を助けてくれたことや、先ほどエルヴェが呟いた言葉を思い出していた。
『君がいない世界で生きていてなんになる?』
エルヴェはそう言った。もしかすると、本気で自分のことを思ってくれているのかもしれない。そんなふうに考えた。
着替えるとエルヴェが少し腕を怪我していたので、午後には別荘へ帰るはずが大事を取って結局今日は山小屋に一泊することにした。
「殿下、腕の調子はいかがでしょうか?」
食後にサロンでくつろいでいる時、アリエルは横に座って難しい顔をしてなにかを考え込んでいるエルヴェにそう尋ねた。
アリエルは自分のせいで怪我をさせてしまったことを申し訳なく思っていた。心配するアリエルを見て、エルヴェは優しく微笑むと言った。
「君の命が守れたのだからこんな傷は大したことではない。それよりも君の方こそ怖い思いをしただろう? 無理をしているのではないか?」
アリエルは内心苦笑した。断頭台に首を乗せたことに比べればこんなことは大したことではなかった。
「大丈夫です。もっとつらいこともありましたので」
思わずそう答えるとエルヴェは悲しげに笑った。
「そうか……すまない」
そう言ってアリエルの手を握った。
アリエルは不思議に思ってエルヴェを見つめた。過去に戻ってからというものエルヴェと話をする度に妙な違和感を感じていたからだ。
「お姉様!!」
背後からオパールがアリエルに抱きつく。
「今日のことはお父様にも報告しますわ! お姉様は命の恩人ですもの」
アリエルは空いている方の手でオパールの頭を撫でた。
「私はオパールと仲良くできればそれで十分満足ですわ」
この時アリエルはこんな幸せがずっと続けばいいと思う反面、この幸せはずっとは続かないだろうと少し悲しくなった。
次の日、馬に乗って別荘へ戻る予定だったがアリエルが前日に暴れ馬に踏みつけられそうになったこともあり、エルヴェの計らいで馬車で戻ることになった。
「ここまで気を遣ってくださらなくても大丈夫ですわ」
アリエルはそう言って断ったが、エルヴェは頑としてそれを受け入れずアリエルを馬車に乗せた。
ある程度舗装された道をとおらねばならないので、少し遠回りではあったが一日で戻れない距離ではなくその日の午後には別荘に戻ることができた。
馬車を降りるとオパールは大きく伸びをして言った。
「流石にしばらくはどこへもいかずに、ゆっくり過ごしたいですわね」
「そうですわね、ここ数日でかけてばかりでしたもの」
アリエルがオパールにそう返すと、エルヴェが言った。
「私もゆっくりしたかったが、少し急用ができてしまってね。これから王宮へ戻らねばならない」
オパールはにやりと笑って言った。
「あら、残念ですこと。そういうことなら仕方ありませんわよね。ではお兄様とお姉様、それと私とでゆっくり過ごす
ことにしますわ」
そこへヴィルヘルムが申し訳なさそうに言った。
「それが私も戻らねばならないようなんだ」
「お兄様もですの? まだこちらにいらして数日ですのに……」
「オパール、アリエル嬢、すまない。今度埋め合わせをする」
そう言って二人とも馬車に再び乗り込むと、急ぎ王都へ戻っていってしまった。
オパールは不思議そうな顔をした。
「お兄様たちこんなに慌てて戻られるなんて、王宮でなにかあったのかしら?」
そう言うと振り返りアリエルを見つめ飛び付く。
「でも、私たちには関係ありませんわね。お姉様と二人きり! 思う存分楽しみましょう!」
アリエルは二人が急に帰っていったことに一抹の不安を覚えながら、オパールと別荘へ入っていった。
そうして数日、アリエルはオパールに刺繍を教えたり、散歩や読書をしたりとゆっくりすることができた。楽しい時間はあっという間に過ぎ、気がつけば城下へ戻る日が迫っていた。
その時だった。
「お嬢様! 危ない! 逃げてください!!」
背後からそんな叫び声がした。慌てて振り向くと暴れ馬がこちらに向かって走ってきているのが見えた。
アリエルはオパールの手を引いて逃げようとしたが、オパールは恐怖から足がすくんでしまったのかそこからピクリとも動かない。アリエルは咄嗟にオパールを思い切り突飛ばした。
気づけば荒れ狂う馬が目前に迫っており、その蹄を見上げてアリエルはもう終わりなのだと悟りギュッと目を閉じた。
次の瞬間、横から誰かに抱き締められアリエルは草の上を転がった。しばらく恐怖から目を閉じたままその胸の中でじっとしていると、大きな手がアリエルを安心させるように背中をさすった。アリエルは落ちつくと自分を助けてくれた人物が誰なのかそっと見上げた。すると、それはエルヴェだった。
アリエルは慌てて体を起こす。
「殿下! お怪我はありませんか?!」
エルヴェは少し体を起こすと言った。
「大丈夫だ。多少服が汚れてしまったが、これぐらいはたけば問題ない。それよりアリエル、君は大丈夫なのか?」
「もちろんですわ、殿下が助けてくださったので。それにしても殿下は尊い御方ですわ、こんなことで命を投げ出してはいけません。もしも殿下になにかあったらどうするおつもりだったのですか?」
するとエルヴェはアリエルを真剣な眼差しで見つめ、つらそうな顔で呟いた。
「君がいない世界で生きていてなんになる?」
「殿下?」
そこへオパールが駆け寄る。
「お姉様、お怪我は?!」
アリエルはその声に振り向く。
「オパール、よかった! 無事でしたのね!」
「お姉様こそ!」
するとエルヴェが苦笑しながら言った。
「とにかく君もオパールも無事だったのだから、よかったではないか。今回私はちゃんと君を守ることができたようだ」
そばで立ってその話を聞いていたオパールは、大きく頷くとエルヴェに向かって言った。
「本当ですわ! エルヴェ、今回のことは褒めて差し上げます!!」
そしてオパールはアリエルに向き直る。
「お姉様、本当に無事でよかったですわ。お姉様は私の命の恩人ですわね!」
ヴィルヘルムも駆けつけてくると、エルヴェに手を差しのべた。
「エルヴェ、大活躍だったな。だが、自分の立場を忘れたらダメだ。君になにかあれば私が面倒くさい継承問題に担ぎだされかねないんだぞ?」
エルヴェは無言でヴィルヘルムの手をつかむと立ち上がり土を払った。
「そうだ、私がどうなろうが継承者はいくらでもいる。だが、アリエルの代わりはいない」
そう言って振り向くとアリエルに手を差しのべた。アリエルは複雑な気持ちでその手をつかんで立ち上がった。
「申し訳ありません!」
馬主は走ってやってくると、土下座せんばかりの勢いで頭をさげた。
「あの馬が暴れたのは初めてのことで、油断しておりました」
言われて向こうを見ると、先ほどまで暴れていた馬はすでにおとなしく馬番に手綱を引かれていた。
王太子殿下の命を危険にさらしたのだから、本来ならこの馬主は相当の刑を受けなければならないが、今回はアリエルが仲裁に入り馬主は軽い刑ですみ馬も処分されずにすんだ。
「とにかく、食事の前に着替えて汚れを落とした方がいいだろうな」
ヴィルヘルムにそう言われ、案内もそこそこに山小屋へ戻ることになった。
アリエルは山小屋に戻ると、エルヴェが命を張って自分を助けてくれたことや、先ほどエルヴェが呟いた言葉を思い出していた。
『君がいない世界で生きていてなんになる?』
エルヴェはそう言った。もしかすると、本気で自分のことを思ってくれているのかもしれない。そんなふうに考えた。
着替えるとエルヴェが少し腕を怪我していたので、午後には別荘へ帰るはずが大事を取って結局今日は山小屋に一泊することにした。
「殿下、腕の調子はいかがでしょうか?」
食後にサロンでくつろいでいる時、アリエルは横に座って難しい顔をしてなにかを考え込んでいるエルヴェにそう尋ねた。
アリエルは自分のせいで怪我をさせてしまったことを申し訳なく思っていた。心配するアリエルを見て、エルヴェは優しく微笑むと言った。
「君の命が守れたのだからこんな傷は大したことではない。それよりも君の方こそ怖い思いをしただろう? 無理をしているのではないか?」
アリエルは内心苦笑した。断頭台に首を乗せたことに比べればこんなことは大したことではなかった。
「大丈夫です。もっとつらいこともありましたので」
思わずそう答えるとエルヴェは悲しげに笑った。
「そうか……すまない」
そう言ってアリエルの手を握った。
アリエルは不思議に思ってエルヴェを見つめた。過去に戻ってからというものエルヴェと話をする度に妙な違和感を感じていたからだ。
「お姉様!!」
背後からオパールがアリエルに抱きつく。
「今日のことはお父様にも報告しますわ! お姉様は命の恩人ですもの」
アリエルは空いている方の手でオパールの頭を撫でた。
「私はオパールと仲良くできればそれで十分満足ですわ」
この時アリエルはこんな幸せがずっと続けばいいと思う反面、この幸せはずっとは続かないだろうと少し悲しくなった。
次の日、馬に乗って別荘へ戻る予定だったがアリエルが前日に暴れ馬に踏みつけられそうになったこともあり、エルヴェの計らいで馬車で戻ることになった。
「ここまで気を遣ってくださらなくても大丈夫ですわ」
アリエルはそう言って断ったが、エルヴェは頑としてそれを受け入れずアリエルを馬車に乗せた。
ある程度舗装された道をとおらねばならないので、少し遠回りではあったが一日で戻れない距離ではなくその日の午後には別荘に戻ることができた。
馬車を降りるとオパールは大きく伸びをして言った。
「流石にしばらくはどこへもいかずに、ゆっくり過ごしたいですわね」
「そうですわね、ここ数日でかけてばかりでしたもの」
アリエルがオパールにそう返すと、エルヴェが言った。
「私もゆっくりしたかったが、少し急用ができてしまってね。これから王宮へ戻らねばならない」
オパールはにやりと笑って言った。
「あら、残念ですこと。そういうことなら仕方ありませんわよね。ではお兄様とお姉様、それと私とでゆっくり過ごす
ことにしますわ」
そこへヴィルヘルムが申し訳なさそうに言った。
「それが私も戻らねばならないようなんだ」
「お兄様もですの? まだこちらにいらして数日ですのに……」
「オパール、アリエル嬢、すまない。今度埋め合わせをする」
そう言って二人とも馬車に再び乗り込むと、急ぎ王都へ戻っていってしまった。
オパールは不思議そうな顔をした。
「お兄様たちこんなに慌てて戻られるなんて、王宮でなにかあったのかしら?」
そう言うと振り返りアリエルを見つめ飛び付く。
「でも、私たちには関係ありませんわね。お姉様と二人きり! 思う存分楽しみましょう!」
アリエルは二人が急に帰っていったことに一抹の不安を覚えながら、オパールと別荘へ入っていった。
そうして数日、アリエルはオパールに刺繍を教えたり、散歩や読書をしたりとゆっくりすることができた。楽しい時間はあっという間に過ぎ、気がつけば城下へ戻る日が迫っていた。
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