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エルヴェの独白
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何か違和感を覚えたのは、アラベルに嫌がらせを続けているはずのアリエルがお茶会で無言で大粒の涙を流した時だった。
今までの彼女は問い詰めても、己の非を認めることなく堂々と言い訳を並べ立ててきた。
そして、ことあるごとに私に付きまとい何を言われようといつも強気で言い返す、決して屈服することのないそんな女性という印象だった。
なのに、そのお茶会での反応はいつもと違っていた。最初からなにも言わずに、ずっと悲しげな顔をしていたかと思うと無言で涙を流したのだ。
本当に私の彼女に対する認識は間違っていないのか?
そう思い始めた頃、あの事件が起きた。国宝である『ティアドロップ・オブ・ザ・ムーン』盗難事件である。
犯人はすぐに見つかった。アラベルが『ティアドロップ・オブ・ザ・ムーン』を部屋に持ち込むアリエルを見たと証言したからだ。
果たして、言われたとおりアリエルの部屋から『ティアドロップ・オブ・ザ・ムーン』が見つかった。
私たちは考える間もなく直ちにアリエルを裁判にかけることになり、裁判ではアラベルの証言もあって判決があっさり下されると、アリエルは有罪になってしまった。
裁判の最中、私はどうしても無言で悲しげに涙を流したアリエルのことが気になり、そんな気持ちを今までの彼女の悪行を思い出しては打ち消した。
そして処刑当日、彼女は断頭台へ連れていかれる。そんな彼女にアラベルが優しく声をかけるが、アリエルはそんなアラベルにも悪態をついたようだった。
やはり気のせいだ。彼女は悪女なのだ。
そう自分に言い聞かせると、悲しみにうちひしがれたアラベルを抱きしめた。
そして、アリエルの最期を見届ける。
彼女は無惨に髪を切られ、断頭台に首を乗せ首筋をむき出しにさせられた。
そこに目をやると、アリエルの言っていたことが真実だったと物語る証拠がそこにあった。
私は慌てて処刑の中止を叫ぶ。だがそれは間に合うはずもなく、斧は振り下ろされてしまった。
震える足でかつてアリエルだった物に近づきそして、首筋のほくろを確認した。
それは確かに数年前王宮で見たあのほくろで間違いなかった。
アラベルの首筋にほくろがないのは知っていた。それをアラベルに尋ねると、いつの間にか消えてしまったとそう話していた。
それを思い出した時、私の中に恐ろしい考えがよぎった。
アラベルはアリエルにいつも物を盗られブローチも盗られたと言い、刺繍が苦手なアリエルにいつも刺繍をするように強制され、アリエルが欲しいと思った物はなんでも差し出してきたと言っていた。
それらすべてが嘘だとしたら?
私は執事にアリエルを丁重に扱うことを命じると、今までのことをすべて調べ直すことにした。
まずはホラント家に行き、フィリップやベルタ、使用人にもアリエルとアラベルのことを聞いて回った。
すると『ティアドロップ・オブ・ザ・ムーン』が盗難されたその日、アリエルは犯行が不可能だったことがわかった。
侍女のアンナがその日アリエルと買い物に出かけていたことを証言したからだ。
アンナは調査にきたものにこの話をしたそうだが、この証言はどこかで揉み消されたようだった。
それを足掛かりに、この件に関わったものすべての素行を調べるとシャティオン伯爵の存在が浮かび上がった。
そして、シャティオン伯爵とアラベルが関係をもっていることもわかると、その証拠をつかみ計画を手伝ったメイドや使用人たちを次々に捕まえ、彼らの悪事を白日の元に晒した。
私は最期まで悪態をつくアラベルと、ただただ謝り続けるシャティオンの処刑を見届けると、今度はアラベルが社交界に流したアリエルの根も葉もない噂話がすべて事実無根であったことを社交の場で公にした。
そうしてアリエルの汚名がそそがれると、アリエルの悲しい話はオペラの題材として扱われるほど有名な話になっていった。
彼女の汚名をそそぐという目的を達成した私は、不意に隣にそれを喜び合うはずの大切な存在がもうこの世にいないのだと気づいた。
そこで私を待っていたのは完全なる絶望だった。
彼女に会いたい。そして、会って誠心誠意謝り償いたい。いくら汚名をそそぐことができたとしても、彼女がこの世にいなければなんの意味があるというのだろう?
これでは今までやって来たことは、ただの自己満足ではないか……
そう思うと私はこの先どう生きて行けばよいのかわからなくなるほど絶望し、過去の己の愚かさを呪い、そして後悔した。
そうして茫然自失となり、気がつけばホラント家に足が向かっていた。そこに行けば彼女に会えるような気がしていたからだ。
フィリップたちは二人の娘の命を奪ったこの私を快く迎えてくれた。
私は彼らに感謝し懇願した、アリエルの話を聞かせてほしい。その短い人生をどう生きたのか、どうやって過ごしてきたのかが知りたいと。
そうして、彼らの言葉の中で生きている彼女を感じたかった。
ベルタの話では、アリエルは元々刺繍が得意ではなかったらしい。それがある日突然、自分は王妃になるのだから頑張るのだと、屋敷のお針子に直接指導を頼んだそうだ。
自分の紋章であるユリ三つと、私の紋章を刺繍の練習をまずは始めたそうだ。
一度熱中すると、寝食を忘れるタイプでベルタが止めに入るまでひたすら練習をし続けた時もあったとベルタは語った。
『王太子殿下に刺繍入りのハンカチをプレゼントして、喜ばせたいからそのためにも頑張りますわ!』
と、アリエルはとても張り切っていたそうだ。
その話を聞いてアラベルからプレゼントとして渡された見事な刺繍入りのハンカチは、アリエルが作ったものなのだと気づいた。
なぜならそのハンカチにはアリエルの紋章が入っていたからだ。
このハンカチを作るためにどれだけ彼女は努力し苦労を重ねてきたのだろう?
私の紋章と自分の紋章を刺繍したハンカチは、二人が今後一緒になることを暗に伝えてくるもので、それもいじらしく感じた私はハンカチを握りしめた。
フィリップが言うにはアリエルは刺繍だけではなく、すべての教養を熱心に学びそして努力して身につけたと言う。
正式な場では正々堂々と、おどおどせずに相手に隙を見せないようにし、そして優雅に振る舞うこと。それを徹底して身につけたと言っていた。
なるほど、と思う。城下で会った彼女はいつも物怖じせずハッキリ意見を言う女性で、自分の中の思い出の少女とはかけ離れていたが、あれはあえてそのように振る舞っていたのだと知った。
真面目で努力家、自分には厳しいが周囲にはとても優しかったとホラント家の使用人たちは全員がそう口を揃えて言った。
侍女のアンナからはこんな話を聞いた。
アンナの両親はホラント家に仕えていたが、彼女が幼い頃に亡くなったそうだ。
アンナはまだとても幼く、使用人として働ける年齢ではなかったため、修道院へ預けられることになっていた。
そこで反対したのがアリエルだ。
アリエルは生前アンナの両親にとても優しくしてもらったから、彼らが亡くなった今その恩返しとしてアンナを立派に育てるのは自分たちの責任であると言い張ったらしい。
あまりにも訴え続けるため、そこでフィリップも説得を諦めアリエルが成人したら最後まで責任をとることを約束させて、アンナをホラント家で侍女として育てることにしたそうだ。
ここで彼らから話を聞いてわかったことは、アリエルは初めて会った頃と変わらず純粋で優しい、そんな女性だったということだ。
心優しく私を心から愛してくれていた彼女を、私は信じることなく頭ごなしに否定し続けた挙げ句、死へ追いやったのだ。
アリエルを救えるチャンスは幾度となくあったはずだ。
アラベルの言ったことについてしっかり調べていれば……。
ハンカチをもらった時にフィリップに確認していれば……。
あるいは舞踏会でブローチを着けた彼女が昔会ったあの令嬢だったと気づいて、しっかり話を訊いていれば……。
今さら嘆いたところでアリエルは戻ってこない。もう二度とアリエルに会うことは叶わないのだ。
こんなことは自分勝手だとわかってはいる。だが、とにかくアリエルに会いたかった。アリエルの笑顔を一目見ることを強く切望した。
考えてみれば、城下に戻ってきてアリエルの笑顔を見たのは、最初の舞踏会で目が合ったあの瞬間だけだったのではないだろうか。
私は会うたびに彼女の話も聞かずに一方的に責め立てた。心優しい彼女はどれだけ私の言葉で傷つき、そして陰で泣いてきたのだろう。
気の強い彼女を、なんと可愛げのない令嬢なのだろうと思ったこともある。彼女は令嬢として恥ずかしくないよう気丈に振る舞っていただけなのに。
その限界があのお茶会だったのだろう。
本当に私は彼女の何を見ていたと言うのだろうか?
こうして毎日自分のしてきた過ちを後悔し、嘆き、自分を呪いながら戻ってこない彼女を毎日のように思いつづけた。
これは私に課せられた贖罪なのだ。
私は毎日後悔し自身を呪いながら君のいない世界で生きていく。それが罪を背負うということなのだろう。
ある日、母がそんな私を見るに見かねたのか言った。
『王家ではこんな言い伝えがある。“ティアドロップ・オブ・ザ・ムーン”は強く願えば一つだけ願いを叶えてくれることがある』
と。それを聞いた私は藁にもすがる思いでそれを実行に移すことにした。
そして『ティアドロップ・オブ・ザ・ムーン』に願った『過去に戻ってアリエルにすべてのことを謝り償いたい』と。
最初はなんの反応もなかったが、私は諦めなかった。来る日も来る日も願い続けた。そして、あの日『ティアドロップ・オブ・ザ・ムーン』が突然まばゆく輝きだした。と、同時に私はその光に包まれた。
気がつくとベッドに横たわっていた。いつもと変わらない王宮の自室のベッドの上だった。
夢だったのか……。
そう思い、酷く落ち込むと執事を呼んだ。すると、現れた執事は歳を重ね引退したはずの執事だった。
驚いて彼の顔をじっと見つめたあと、もしかして自分は『ティアドロップ・オブ・ザ・ムーン』に願いが通じて過去へ遡ったのではないかと思った。
執事に今日の日付を訊くと、あの舞踏会の一週間前であることがわかった。
私はすぐにでも飛び起きてアリエルの元へ行きたい衝動をこらえ、舞踏会で会えることを心待ちにしていた。
そんなことを考えているうちに数日たち、なぜか舞踏会でアラベルをエスコートすることになってしまった。
過去が変わっているが、なぜだ?
そう思い舞踏会当日、アリエルに会おうとしたがどうも避けられているようだった。
当然こんなことでアリエルを諦めるわけもなく、今度は直接ホラント家にアリエルを誘いに行くことにした。
だが結果、居留守を使われたり出かけてしまって屋敷にいないようにしてまで彼女は私を避け始めたのだ。
そんなことを繰り返しているうちに、私は確信した。私が願ったとおり、過去の罪を謝り償えるように彼女もまた遡ぼったのだと。
嫌われているのはわかっている。だが、どうしても会いたかった。これは私の我が儘だった。
そこで私はホラント家の使用人からアリエルが散歩で立ち寄りそうな場所を聞くと、待ち伏せすることにした。
ホラント家のそばの庭園で彼女を待ち伏せる。待ってさえいれば必ず彼女に会えるのだ、私はこの時間すら楽しく感じるほどだった。
そうして待つこと一時間。遠くに彼女の姿を見つけた。彼女もこちらに気づくと、すぐに隠れてしまった。
私は彼女に逃げられないよう回り込むと、背後から彼女の肩をつついた。そして、振り向く彼女にこう言った。
「やっと会えたね」
と。
今までの彼女は問い詰めても、己の非を認めることなく堂々と言い訳を並べ立ててきた。
そして、ことあるごとに私に付きまとい何を言われようといつも強気で言い返す、決して屈服することのないそんな女性という印象だった。
なのに、そのお茶会での反応はいつもと違っていた。最初からなにも言わずに、ずっと悲しげな顔をしていたかと思うと無言で涙を流したのだ。
本当に私の彼女に対する認識は間違っていないのか?
そう思い始めた頃、あの事件が起きた。国宝である『ティアドロップ・オブ・ザ・ムーン』盗難事件である。
犯人はすぐに見つかった。アラベルが『ティアドロップ・オブ・ザ・ムーン』を部屋に持ち込むアリエルを見たと証言したからだ。
果たして、言われたとおりアリエルの部屋から『ティアドロップ・オブ・ザ・ムーン』が見つかった。
私たちは考える間もなく直ちにアリエルを裁判にかけることになり、裁判ではアラベルの証言もあって判決があっさり下されると、アリエルは有罪になってしまった。
裁判の最中、私はどうしても無言で悲しげに涙を流したアリエルのことが気になり、そんな気持ちを今までの彼女の悪行を思い出しては打ち消した。
そして処刑当日、彼女は断頭台へ連れていかれる。そんな彼女にアラベルが優しく声をかけるが、アリエルはそんなアラベルにも悪態をついたようだった。
やはり気のせいだ。彼女は悪女なのだ。
そう自分に言い聞かせると、悲しみにうちひしがれたアラベルを抱きしめた。
そして、アリエルの最期を見届ける。
彼女は無惨に髪を切られ、断頭台に首を乗せ首筋をむき出しにさせられた。
そこに目をやると、アリエルの言っていたことが真実だったと物語る証拠がそこにあった。
私は慌てて処刑の中止を叫ぶ。だがそれは間に合うはずもなく、斧は振り下ろされてしまった。
震える足でかつてアリエルだった物に近づきそして、首筋のほくろを確認した。
それは確かに数年前王宮で見たあのほくろで間違いなかった。
アラベルの首筋にほくろがないのは知っていた。それをアラベルに尋ねると、いつの間にか消えてしまったとそう話していた。
それを思い出した時、私の中に恐ろしい考えがよぎった。
アラベルはアリエルにいつも物を盗られブローチも盗られたと言い、刺繍が苦手なアリエルにいつも刺繍をするように強制され、アリエルが欲しいと思った物はなんでも差し出してきたと言っていた。
それらすべてが嘘だとしたら?
私は執事にアリエルを丁重に扱うことを命じると、今までのことをすべて調べ直すことにした。
まずはホラント家に行き、フィリップやベルタ、使用人にもアリエルとアラベルのことを聞いて回った。
すると『ティアドロップ・オブ・ザ・ムーン』が盗難されたその日、アリエルは犯行が不可能だったことがわかった。
侍女のアンナがその日アリエルと買い物に出かけていたことを証言したからだ。
アンナは調査にきたものにこの話をしたそうだが、この証言はどこかで揉み消されたようだった。
それを足掛かりに、この件に関わったものすべての素行を調べるとシャティオン伯爵の存在が浮かび上がった。
そして、シャティオン伯爵とアラベルが関係をもっていることもわかると、その証拠をつかみ計画を手伝ったメイドや使用人たちを次々に捕まえ、彼らの悪事を白日の元に晒した。
私は最期まで悪態をつくアラベルと、ただただ謝り続けるシャティオンの処刑を見届けると、今度はアラベルが社交界に流したアリエルの根も葉もない噂話がすべて事実無根であったことを社交の場で公にした。
そうしてアリエルの汚名がそそがれると、アリエルの悲しい話はオペラの題材として扱われるほど有名な話になっていった。
彼女の汚名をそそぐという目的を達成した私は、不意に隣にそれを喜び合うはずの大切な存在がもうこの世にいないのだと気づいた。
そこで私を待っていたのは完全なる絶望だった。
彼女に会いたい。そして、会って誠心誠意謝り償いたい。いくら汚名をそそぐことができたとしても、彼女がこの世にいなければなんの意味があるというのだろう?
これでは今までやって来たことは、ただの自己満足ではないか……
そう思うと私はこの先どう生きて行けばよいのかわからなくなるほど絶望し、過去の己の愚かさを呪い、そして後悔した。
そうして茫然自失となり、気がつけばホラント家に足が向かっていた。そこに行けば彼女に会えるような気がしていたからだ。
フィリップたちは二人の娘の命を奪ったこの私を快く迎えてくれた。
私は彼らに感謝し懇願した、アリエルの話を聞かせてほしい。その短い人生をどう生きたのか、どうやって過ごしてきたのかが知りたいと。
そうして、彼らの言葉の中で生きている彼女を感じたかった。
ベルタの話では、アリエルは元々刺繍が得意ではなかったらしい。それがある日突然、自分は王妃になるのだから頑張るのだと、屋敷のお針子に直接指導を頼んだそうだ。
自分の紋章であるユリ三つと、私の紋章を刺繍の練習をまずは始めたそうだ。
一度熱中すると、寝食を忘れるタイプでベルタが止めに入るまでひたすら練習をし続けた時もあったとベルタは語った。
『王太子殿下に刺繍入りのハンカチをプレゼントして、喜ばせたいからそのためにも頑張りますわ!』
と、アリエルはとても張り切っていたそうだ。
その話を聞いてアラベルからプレゼントとして渡された見事な刺繍入りのハンカチは、アリエルが作ったものなのだと気づいた。
なぜならそのハンカチにはアリエルの紋章が入っていたからだ。
このハンカチを作るためにどれだけ彼女は努力し苦労を重ねてきたのだろう?
私の紋章と自分の紋章を刺繍したハンカチは、二人が今後一緒になることを暗に伝えてくるもので、それもいじらしく感じた私はハンカチを握りしめた。
フィリップが言うにはアリエルは刺繍だけではなく、すべての教養を熱心に学びそして努力して身につけたと言う。
正式な場では正々堂々と、おどおどせずに相手に隙を見せないようにし、そして優雅に振る舞うこと。それを徹底して身につけたと言っていた。
なるほど、と思う。城下で会った彼女はいつも物怖じせずハッキリ意見を言う女性で、自分の中の思い出の少女とはかけ離れていたが、あれはあえてそのように振る舞っていたのだと知った。
真面目で努力家、自分には厳しいが周囲にはとても優しかったとホラント家の使用人たちは全員がそう口を揃えて言った。
侍女のアンナからはこんな話を聞いた。
アンナの両親はホラント家に仕えていたが、彼女が幼い頃に亡くなったそうだ。
アンナはまだとても幼く、使用人として働ける年齢ではなかったため、修道院へ預けられることになっていた。
そこで反対したのがアリエルだ。
アリエルは生前アンナの両親にとても優しくしてもらったから、彼らが亡くなった今その恩返しとしてアンナを立派に育てるのは自分たちの責任であると言い張ったらしい。
あまりにも訴え続けるため、そこでフィリップも説得を諦めアリエルが成人したら最後まで責任をとることを約束させて、アンナをホラント家で侍女として育てることにしたそうだ。
ここで彼らから話を聞いてわかったことは、アリエルは初めて会った頃と変わらず純粋で優しい、そんな女性だったということだ。
心優しく私を心から愛してくれていた彼女を、私は信じることなく頭ごなしに否定し続けた挙げ句、死へ追いやったのだ。
アリエルを救えるチャンスは幾度となくあったはずだ。
アラベルの言ったことについてしっかり調べていれば……。
ハンカチをもらった時にフィリップに確認していれば……。
あるいは舞踏会でブローチを着けた彼女が昔会ったあの令嬢だったと気づいて、しっかり話を訊いていれば……。
今さら嘆いたところでアリエルは戻ってこない。もう二度とアリエルに会うことは叶わないのだ。
こんなことは自分勝手だとわかってはいる。だが、とにかくアリエルに会いたかった。アリエルの笑顔を一目見ることを強く切望した。
考えてみれば、城下に戻ってきてアリエルの笑顔を見たのは、最初の舞踏会で目が合ったあの瞬間だけだったのではないだろうか。
私は会うたびに彼女の話も聞かずに一方的に責め立てた。心優しい彼女はどれだけ私の言葉で傷つき、そして陰で泣いてきたのだろう。
気の強い彼女を、なんと可愛げのない令嬢なのだろうと思ったこともある。彼女は令嬢として恥ずかしくないよう気丈に振る舞っていただけなのに。
その限界があのお茶会だったのだろう。
本当に私は彼女の何を見ていたと言うのだろうか?
こうして毎日自分のしてきた過ちを後悔し、嘆き、自分を呪いながら戻ってこない彼女を毎日のように思いつづけた。
これは私に課せられた贖罪なのだ。
私は毎日後悔し自身を呪いながら君のいない世界で生きていく。それが罪を背負うということなのだろう。
ある日、母がそんな私を見るに見かねたのか言った。
『王家ではこんな言い伝えがある。“ティアドロップ・オブ・ザ・ムーン”は強く願えば一つだけ願いを叶えてくれることがある』
と。それを聞いた私は藁にもすがる思いでそれを実行に移すことにした。
そして『ティアドロップ・オブ・ザ・ムーン』に願った『過去に戻ってアリエルにすべてのことを謝り償いたい』と。
最初はなんの反応もなかったが、私は諦めなかった。来る日も来る日も願い続けた。そして、あの日『ティアドロップ・オブ・ザ・ムーン』が突然まばゆく輝きだした。と、同時に私はその光に包まれた。
気がつくとベッドに横たわっていた。いつもと変わらない王宮の自室のベッドの上だった。
夢だったのか……。
そう思い、酷く落ち込むと執事を呼んだ。すると、現れた執事は歳を重ね引退したはずの執事だった。
驚いて彼の顔をじっと見つめたあと、もしかして自分は『ティアドロップ・オブ・ザ・ムーン』に願いが通じて過去へ遡ったのではないかと思った。
執事に今日の日付を訊くと、あの舞踏会の一週間前であることがわかった。
私はすぐにでも飛び起きてアリエルの元へ行きたい衝動をこらえ、舞踏会で会えることを心待ちにしていた。
そんなことを考えているうちに数日たち、なぜか舞踏会でアラベルをエスコートすることになってしまった。
過去が変わっているが、なぜだ?
そう思い舞踏会当日、アリエルに会おうとしたがどうも避けられているようだった。
当然こんなことでアリエルを諦めるわけもなく、今度は直接ホラント家にアリエルを誘いに行くことにした。
だが結果、居留守を使われたり出かけてしまって屋敷にいないようにしてまで彼女は私を避け始めたのだ。
そんなことを繰り返しているうちに、私は確信した。私が願ったとおり、過去の罪を謝り償えるように彼女もまた遡ぼったのだと。
嫌われているのはわかっている。だが、どうしても会いたかった。これは私の我が儘だった。
そこで私はホラント家の使用人からアリエルが散歩で立ち寄りそうな場所を聞くと、待ち伏せすることにした。
ホラント家のそばの庭園で彼女を待ち伏せる。待ってさえいれば必ず彼女に会えるのだ、私はこの時間すら楽しく感じるほどだった。
そうして待つこと一時間。遠くに彼女の姿を見つけた。彼女もこちらに気づくと、すぐに隠れてしまった。
私は彼女に逃げられないよう回り込むと、背後から彼女の肩をつついた。そして、振り向く彼女にこう言った。
「やっと会えたね」
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────────────
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