好きだけど、一緒にはなれません!! 転生した悪役令嬢は逃げたいけれど、溺愛してくる辺境伯令息は束縛して逃がしてくれそうにありません。

みゅー

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 気がつくと、もう少しで触れてしまいそうなほどシメオンの顔が近くにあった。アメリは慌てて目を固く閉じると顔の前で手を交差させて言った。

「そこまでしていただくわけには!!」

「私がそうしたいんだ」

 アメリは恥ずかしさで目を閉じたままブンブンと頷いたあと、手で顔を隠しながらうっすらと目を開きシメオンの顔を盗み見た。するとアメリを見つめるシメオンの視線とぶつかる。

 アメリは直ぐに俯き目を逸らした。

 落ち着きなく打ち続ける心臓を、深呼吸することでなんとか落ち着かせていると、シメオンが歩き出した。アメリは思う。

 シメオン様は優しすぎる。こんなことをされたら諦めきれない。

「もっと冷たくしてくれればいいのに……」

 そう呟くと、シメオンがアメリの顔を覗き込む。

「なにか言ったか?」

 アメリはとびきりの作り笑顔で答えた。

「はい、お礼を言ったのです。ありがとうございます」

 シメオンは笑うと言った。

「君がそんなに素直だと変な感じだ」

「ど、どういう意味ですか?」

「そのままの意味だが?」

「もう!」

 アメリは言い返しながら、シメオンがなんと言おうと今後はこんなこと、絶対にしてはいけないのだと自分に言い聞かせていた。

 シメオンはアメリの使っている部屋まで送り届けると、ベッドへアメリを横たえ額にキスした。

「ゆっくりおやすみ、いい夢を」

 そう言うと部屋を出ていった。アメリはいつまでもシメオンが出ていったドアを見つめていた。

 アメリはこの後余計なことを考え、あまり寝ることができなかった。

 朝食を取ると、シメオンとは当たり障りのない会話を心がけた。そして、帰りはなるべくシメオンと距離を取ることにした。

「シメオン様、いつものように一緒の馬車に乗りたい気持ちはあるのですが、まだ少し体調が悪いみたいです。ご迷惑をおかけすることになりますから、他の馬車に乗りたいと思います」

 そう言ってシメオンとの相乗りを断ることにしたのだ。だが、シメオンはアメリの手を取ると優しく言った。

「アメリ、それならなおのこと私と同じ馬車に乗った方がいいだろう。他の馬車よりは私の馬車の方がクッションが効いているし、私の魔法で揺れも少ない。それになにより君が具合が悪いときにそばを離れるなんて、できるわけがないだろう?」

 そう答えると、アメリを抱き上げさっさと自分の馬車へ向かって歩きだした。

「シメオン様、下ろしてください!! 私は十分な働きができないと言っているのですよ?」

 するとシメオンはアメリの耳元で囁く。

「かまわないよ。君は私の隣にいてくれさえすればいいんだから」

 そう言って自分の馬車へアメリを無理矢理乗せた。アメリはシメオンの斜向かいに座ると、不貞腐れたようにじっと窓の外を眺めた。

 そんなアメリを見つめ、シメオンはクスクスと笑うと言った。

「アメリ、体調が悪いのだろう? 馬車の中で寝ていても構わない。なんなら私が膝枕をしようか?」

「結構です!」

 アメリは即答すると、窓枠に寄りかかりめを閉じそのまま眠りについた。




 暖かいものに包まれているような心地よい感覚に目を開け、アメリは自分がどういう状況にいるのかわからずしばらくぼんやりしていた。

 だが、じきに自分がシメオンの胸に抱きついていることに気がついた。

「シメオン様、申し訳ありません!」

 そう言って、慌てて体を離そうとしたがシメオンにがっちりホールドされていて離せない。

「なんだ、起きてしまったのか」

「シ、シメオン様?! こんないたずらは止めて下さい!」

 シメオンはアメリに甘く囁く。

「君の寝顔がとても可愛らしかった」

 アメリが顔を真っ赤にしたのを見て、シメオンはやっとアメリを解放した。

「そうやって、また私をからかうのですね!」

「そんなつもりは毛頭ないよ。からかわれているということにしたいのは君の方だろう? 私はいつも本気なんだが」

「それでもだめです!」

 妹として思ってくれている気持ちはわかるが、運命の相手と思える人が現れたのだから、当然こんなことは許されることではない。

「もう、二度とこんなことしないでください」

 アメリはそう言うと居住いを正す。

「それは約束できない」

 シメオンはそう言って微笑んだ。

 その後、アメリは怒ったふりをしてシメオンと極力話さないようにしてやり過ごそうとしたが、シメオンはそれを許さず、休憩で町へ寄った時も、馬車の中でもずっとアメリに話しかけ、くっついて離さなかった。

 一番困ったのは、馬車の中でうっかりうたた寝をすると、必ずシメオンに抱きしめられ胸の中で目が覚めることだった。

 行きの時はうたた寝をすると、肩をかしてくれることはあったがここまでされることはなかった。

 そして、シメオンは道中いつも機嫌がよく鼻歌を歌っていることさえあった。アメリはそんなシメオンを見るのは初めてだった。

 一体シメオン様はどうされてしまったのだろう?

 困惑し戸惑いながら、これもリディに恋をしシメオンが変わってしまったからなのだと、その変化を見つめた。

 そして、こんなことを自分にしてくるなんて、やはりシメオンはほんの少しもアメリを女性として見ていないのだと再確認し、更に落ち込んだ。

 リディと出会い、今のシメオンはとても幸せな気持ちなのだろう。そんな中、そばにいる妹のようなアメリを猫可愛がりしているのだ。

 とにかく、屋敷へ戻るまでの我慢だとアメリは自分に言い聞かせた。

 一週間後、やっと屋敷へ戻って来ることができた。

「流石に疲れたろうから、一週間ぐらい休みを取るといい。そのかわり、いつ私が呼び出しても大丈夫なようになるべく屋敷からは出ないようにしてほしい。もしどうしても外へ行かなければならない時は、すぐに連絡できるよう誰か人を付ける。いいね?」

 シメオンがこんなに過保護になるのは初めてのことだったので、アメリは驚きながらもそれを了承した。

 だが、外へ出ないようにと言われるまでもなく、アメリは疲れきっていて外に出る気にはなれなかった。

 アメリは自室へ戻ると、着替えもせずにすぐにベッドに寝転がり、そのまま泥のように眠った。




 次の日、目覚めると昼を過ぎていた。猛烈な空腹感を覚え、なにか食べるものがないか確認するために厨房へ向かった。

「アメリ、今起きたのか?」

 コックのラリーが厨房の奥から、大きな鍋の中をかき混ぜながら棚越しにアメリに声をかけた。

「ラリー、久しぶりね! そうなの。疲れてたからぐっすり寝ちゃって……。ところでなにか食べるものが残ってる?」

「もちろん、アメリが来てないって女房の奴が心配してよ。部屋まで飯を持っていくって言ったんだよ。でも俺は長旅で疲れてんじゃねぇかって思ってな。後で起きたら食べに来るから置いておけって言ったんだよ」

 そう言って、厨房のテーブルの上を指差した。

「ありがとう! あとでマリーにもお礼言っておくね」

「女房にゃ、俺から言っとくからいい。それより早く部屋に持っていって食べな!」

「はーい」

 アメリは厨房へ入ると、テーブルの上に置いてあるパンとゆで卵を手に取り、鍋に入っているスープを皿に注いだ。

 すると、ラリーが手を止めアメリに訊いた。

「ところでよ、今日シメオン様とどっかの令嬢との婚約が決まったって噂を聞いたんだけど、本当か?」

 アメリは思わず皿を落としそうになる。が、それをこらえるとラリーに苦笑いをして答える。

「私はなにも聞いてないけど?」

「そうか、お前が知らないならその話しはガセかもな。それによ、まさかシメオン様が他の令嬢となんて、俺も考えられねぇしなぁ」

 そう言うと、意味ありげにアメリを見つめた。

「な、なに? 私は本当になにも知らないわよ!」

「まぁ、本人はそんなもんだろ」

 そう言うと、鍋の中に視線を戻した。

 どういう意味?

 そう思いながら、アメリは食べ物を持って自室へ戻った。
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