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しおりを挟む「何があったのか知らないけど、黙って家を飛び出すのはやめとけよ」
嘘を吐いたのは良くなかったと思うけれど、何も知らない葛城先生にわかったような口調で諭されるのは癪に障る。
愛想のない声で「わかってます」と返すと、隣を歩く彼が乾いた声で笑った。
「いや、ほんとに。黙って飛び出して、あとで後悔したって、取り返しがつかないから」
「まるで経験者みたいに語りますね」
「うん、まぁ。そうだね」
葛城先生が、足元に視線を落として苦笑いする。その表情が少し気になりはしたけれど、だからと言って突っ込んで話を聞きたいと思うほどの興味はなかった。
大人にはきっと、高校生のわたしなんかが知りえないような経験だってあるのだろう。
「そういえば、葛城先生って健吾く——、いえ。義父の大学時代の後輩なんですよね?」
訊ねると、葛城先生がスマホを触りながら頷いた。
「そうだよ。大学院に残って研究してた俺に、今の高校の非常勤の職を紹介してくれたのも桜田先輩」
「へぇ。仲良かったんですね」
「うーん、まぁ。結婚式に呼んでもらえるくらいには、可愛がってもらってたかな。だから、岩瀬が桜田先輩の娘だってことも知ってたよ」
「結婚式、出席してくれてたんだ……」
「うん。そういえば、新郎側のゲストは桜田先輩の大学時代の関係者ばっかりだったな」
葛城先生の言葉に、わたしは無言で頷いた。
母と健吾くんが再婚したのは、半年前のことだ。
ふたりは親族と仲の良い友人だけをゲストに呼んで、形式ばかりの簡素な結婚式を挙げた。
そのとき、葛城先生はまだうちの高校の非常勤講師ではなかった。
顔立ちの整った人だから、ゲストのなかにいたのなら見覚えくらいあってもよさそうなものなのに。本人に言われるまで全く気が付かなかった。
裏を返せば、わたしは健吾くんのことしか見ていなかったということなのだろう。
結婚式の日、黒のタキシードを着て母の隣に立っていた健吾くんはとてもかっこよかった。
あのときだって、健吾くんに熱い眼差しを送られて幸せそうに微笑んでいる母のことが羨ましかった。
母のことは大好きだし、母の幸せを願いたいのに、健吾くんとの結婚を心の底から喜べないことに自己嫌悪した覚えがある。
「葛城先生、今日はいろいろとありがとうございます」
お礼を言うと、葛城先生がスマホから顔をあげて、驚いたように目を見開いた。
「どうした、急に。放課後だって、コンビニの前で俺が声をかけたときだって、すげー迷惑そうな顔してたくせに」
「そうなんですけど。本当は全部、ただの八つ当たりだってわかってるので」
「なんだそれ。ほんと、わかりにくいよな。最近の高校生って。俺が年取ったのか」
葛城先生が口元に手をあてて、ふふっと笑う。その一瞬、彼の素の表情が垣間見えたような気がして僅かに胸がざわついた。
「年取ったって。葛城先生、うちの高校で一番若いでしょ」
「若いって言ったって、もう二十七だしな。高校生から見たら、おっさんだろ」
「でも、葛城先生、女子生徒からすごい人気あるでしょ。みんなから、那央くんて呼ばれてる」
「いや、非常勤だし、新人だから舐められてるんだよ」
葛城先生が、わたしのほうを向いて顔をしかめる。
「それだけじゃないと思うけど……」
ボソリとつぶやいたとき、葛城先生のスマホの通知音が鳴って会話が途切れた。
スマホを触る葛城先生の隣を黙って歩いていると、そのうち自宅のマンションが見えてくる。
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