その距離は、恋に遠くて

碧月あめり

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「あ、あそこで待ってるのって桜田先輩じゃない?」

 葛城先生が、マンションの前に立っている男の人に向かって手を振る。それに反応して手を振り返してきたのは、健吾くんで間違いなかった。

「おっさんの俺には、高校生の考えてることとかよくわかんないけどさ。桜田先輩は、岩瀬のこと心配してるよ。娘として」
「そうですね……」

 葛城先生は悪気なく口にしたのだろうけど、『娘として』という言葉がわたしを複雑な気持ちにさせる。


「しっかり怒られてきな。俺に岩瀬や桜田先輩の家庭事情に首を突っ込む権利はないけど、困ったときに話を聞いてやることくらいはできるから」

 葛城先生が笑いながら、わたしの背中を押してくる。大きな彼の手のひらに押されながら、相変わらず、何もわかっていないくせにおせっかいだなと思う。

 だけど、放課後に化学準備室を出たときほど迷惑だとは感じなかった。


「送ってもらってありがとうございました」
「おぅ、また明日な」

 笑顔で手を振る葛城先生に小さく会釈すると、わたしはエントランス前で待っている健吾くんの元へと走った。

「おかえり、沙里」

 気まずい表情で俯くわたしに、健吾くんは穏やかな声でそう言った。


「た、だいま」

 小さくそう返すと、健吾くんが深いため息を吐いた。

「無事に戻ってきてくれてよかった。何があったのか知らないけど、夜遅くに黙って家を出て行ったりしたらダメだよ。今回はたまたま葛城が見つけてくれたからよかったけど、俺も真由子さんも心配するから」
「ごめん、なさい」

 優しい声音で注意してくる健吾くんは、わたしが家を飛び出した理由を強く問いただそうとしなかったし、怒ったりもしなかった。

 健吾くんに連れられて部屋に入ると、玄関まで駆けだしてきた母に正面からきつく抱きしめられた。そんな母も、わたしを怒ったり責めたりしなかった。

 母の腕に抱きしめられながら、いっそのこと大声で怒鳴って叱ってくれたらいいのに、と思う。

 そうすればわたしだって、心の中に燻っているもやもやした気持ちを全部吐き出せたかもしれないのに。
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