その距離は、恋に遠くて

碧月あめり

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 わたしが向かったのは、以前、夜中に家を飛び出したときに那央くんと会ったコンビニだった。

 彼の家はこの近くらしいが、住所を知っているわけではない。この前コンビニのそばで出会ったのだって、ただの偶然だ。

 それなのに、唯葉以外に頼れる人がいないかと考えたときに思い浮かんだのは、何故か那央くんの顔だった。

 コンビニの周囲をうろついたあとに店内も探してみたけれど、そんなに都合よく彼に会えるはずもなく。仕方なく、絆創膏を買ってコンビニを出た。ここまで歩いてくるあいだに本当に靴擦れがひどくなり、足の痛みが我慢できなくなっていたのだ。

 コンビニの入口の横の壁に凭れて右足の靴を脱ぐと、小指の先にビリッと電流のような痛みが走った。小指の横側が、赤くなって小さな水膨れができている。今にもはじけそうなそれにそっと触れると、絆創膏を小指ごとグルリと巻き付けた。

 本当に、最悪な誕生日だ。絆創膏を貼るために左側の靴も脱ぎながら、深いため息を漏らす。

 左足の靴擦れは、右足に比べれば軽傷だった。それでも痛いことには変わらないため、さっきと同じように小指ごとグルリと絆創膏を巻き付ける。

 さて、これからどうしよう。途方に暮れてしゃがみ込んだそのとき。

「岩瀬?」

 呼びかけられて、ハッとした。顔を上げると、さっきどれだけ探しても見つからなかった那央くんが、コンビニの入り口の前に立っていた。

「見慣れない格好してるから人違いかもしれないと思ったけど、やっぱり岩瀬だ。こんなとこで何してんだ?」

 歩み寄ってきた那央くんが、わたしの前にしゃがむ。急に無遠慮に顔を覗き込まれて、ドクンと胸が鳴る。微妙に視線をそらすと、彼が意地悪く口端を引き上げた。


「どうせ、また家から抜け出してきたんだろ。こないだも、授業サボって抜け出してたし。お前、逃走癖あるよな」
「違う!」

 咄嗟に大きな声を出すと、那央くんが驚いたように瞬きをして目を見開いた。

「わたしはただ、那央くんが何かあれば頼ってきていいって言うから、それで……」

 言い訳しているうちに恥ずかしくなって、言葉が尻すぼみになる。

「何かあれば、ちょっとくらいは頼ってきな」という言葉を真に受けてここまで来てしまったけれど、彼は生徒に慕われているし、女子生徒にモテるのだ。

 わたし以外にも困っている生徒がいれば、同じような言葉をかけているだろう。だとしたら、とんだ勘違い生徒だ。

 口を閉ざして項垂れていると、頭上から那央くんのため息が落ちてくる。

 迷惑だ、って呆れられているんだろうな。ますます項垂れていると、那央くんがわたしの頭に手を載せて、ぐしゃっと髪を撫でてきた。

「たまたま会えたからいいけど。もしおれが来なかったらどうするつもりだったんだよ」
「それ、は……、あんまり考えてなかった」
「考えろよ。夜遅くに女の子がひとりで彷徨いてたら危ないだろ」

 ちらっと視線をあげると、眉をしかめた那央くんと目が合う。その瞳は呆れたようにわたしを見下ろしていたけれど、迷惑そうではない。それどころか、わたしのことを気にかけてくれているように見えた。


「ごめんなさい……」

 素直に謝ると、那央くんが拍子抜けしたようにわたしを見つめて、頭に載せた手をおろす。

「で? 何があった?」
「健……、またすぐに義父ちちに連絡する?」

 優しく声をかけてくれた那央くんに不安げに問い返すと、彼が怪訝な顔をした。

「んー、場合によっては。ていうか、桜田先輩となんかあったの?」
「ちょっと、ケンカしたっていうか。気まずいっていうか。今は、家に帰りたくなくて……」
「それで、ここに来たんだ。だったら、会えるかどうかもわかんないおれより、連絡先のわかる友達に頼るほうが確かだっただろ」

 那央くんに呆れ顔で言われて、少し悲しくなった。

 わたしだって、初めは唯葉を頼るつもりだった。だけど、連絡がつかなくて。その次に思い浮かんだ顔は、那央くん以外にいなかった。

「何かあれば頼れ」と言ってきたのは那央くんのほうなのに。いざとなったら突き放すなんて、なんだか裏切られた気分だ。

「あんまり友達いないんです。先生に言われたことを真に受けて、のこのこ来たりしてすみません」

 抑揚のない声でそう言って立ち上がろうとすると、那央くんに手首をつかまれた。

「ちょっと待て。別に、帰れって言いたかったわけじゃない」
「でも、迷惑だったんでしょ」
「迷惑でもないよ。ただ、どうしておれだったのかな、ってちょっと不思議だっただけ。桜田先輩と繋がりのあるおれのところに逃げてきたって、帰りたくない家にむりやり連れて帰られるだけかもしれないのに」
「那央くんは、公平な気がするから。わたしにも、義父ちちにも」

 ボソリとそう言うと、「また、この前の平等の話の続き?」と、那央くんが笑った。

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