その距離は、恋に遠くて

碧月あめり

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Seven

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 授業の合間の休み時間。廊下から賑やかな声が聞こえてきた。机で頬杖をつきながら、声のするほうへ顔を向けると、他のクラスの女子数人に囲まれた那央くんが、わたしの教室の前の廊下を通り過ぎていくところだった。

 那央くんを取り囲む女子たちは、跳ねるように歩きながら、楽しそうに彼に戯れついている。苦笑いを浮かべている那央くんだけど、彼女たちのことを嫌がったり邪険に扱ったりはしない。大人な目で、彼女たちのことを微笑ましげに見下ろしている。

 少しの打算と無邪気さで那央くんに纏わりついている女子たちのことを、羨ましく思う。わたしには、彼女たちみたいに人前で堂々と那央くんに絡みにいく度胸がない。

 化学準備室に勉強を教わりに来ていた三年生の女子たちもそうだけど、深刻さを気付かせないくらい軽く好意を表せたほうが、那央くんを困らせずに済むのだろう。

 あたりまえだけど、那央くんは教室から彼の横顔を眺めているわたしの存在には気付かない。今、彼にじゃれついている他のクラスの女子達も、三年生の女子も、わたしも、那央くんにとってはみんな同じ。生徒のうちのひとりだから。

 那央くんが通り過ぎていくのを見送ってから、教室の窓の向こうに視線を向ける。

 朝から晴れていたはずの空には、薄っすらと雲がかかり始めている。気になって、スマホで天気予報を確かめる。予報は、夕方から夜にかけて雨だった。

 その日の放課後。天気予報通り、雨が降り始めた。

「沙里、帰ろう」

 唯葉に誘われて教室を出たわたしは、昇降口を出たところで空を見上げて立ち止まる。

「雨、嫌だねー。地味に駅まで遠いし」

 スクールバッグから折り畳み傘を出しながら、唯葉がぼやく。

「沙里、今日時間ある? ちょっとだけ付き合ってほしいところがあるんだけど——」

 唯葉が隣でずっと話しかけてきていたけれど、空から落ちてくる雨を見つめていたわたしは、彼女の話をまるで聞いていなかった。

「さーりっ! どうしたの、さっきからずっとぼーっとして」

 唯葉に耳元で大きな声で呼ばれて、ハッとする。

「沙里ってば、わたしの話聞いてくれてた?」
「ごめん、何の話だっけ?」
「この頃、しょっちゅううわの空だよね。何か悩みごと?」

 折り畳み傘の柄を伸ばして空にかざしながら、唯葉がわたしの顔を覗き込んでくる。

「桜田先生とのウワサが広まったときに来てた嫌がらせのDMだって、最近はほとんど収まってるんだよね?」
「あー、うん。それは大丈夫」

 未だに健吾くんとのウワサのせいでわたしが嫌がらせを受けたことを気にしてくれている唯葉は、少し心配そうだ。

 唯葉に笑いかけてから、また空を見上げる。

 那央くんは、今日は何で通勤してきたのかな。朝晴れていたから、車……。それとも、夕方の雨予報を見越して電車かな。

 那央くんの秘密を知ったあの日以来、雨が降ると彼のことを考えてしまう。雨を見つめて青ざめる那央くんの横顔が頭を過って、すぐにでも駆けだしたい衝動に駆られる。

「沙里ー、これ以上雨がひどくなる前に帰ろうよー」

 既に折り畳み傘を差して雨の中へと足を踏み出していた唯葉が、ぷくっと頬を膨らませてわたしを振り返る。だけどわたしは、唯葉の呼びかけに答えることができなかった。

 雨が降るから。湿った空気の匂いが、わたしの胸を息苦しくさせるから。

 頼っていいと言ったのに、那央くんは一度もわたしに助けを求めてくれない。特別じゃないから。必要とされていないから。それがわかっていても、雨を見るとどうしようもない気持ちでいっぱいになる。

 必要じゃなくても、わたしは那央くんのところに行きたい。

「唯葉、ごめん。わたし、用事を思い出した。やっぱり、先に帰ってて」
「え、沙里? どこ行くの?」

 唯葉が呼び止める声を無視して、わたしは走り出していた。頭の中を支配するのは那央くんのことばかりで、それ以外は何も考えられない。
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