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016.反省
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ヒナの涙の跡に触れ、普段見えないおでこを撫でた。
目はまだ涙で潤っている。
少しヒナを見つめた後、アレクサンドロは片づけているランディとディーンのもとへ戻った。
「寝た」
頭をボリボリ掻きながらアレクサンドロが苦笑する。
「室内履きの中にも破片があるし、血もついている」
怪我をしたことは間違いないとランディが言うと、ディーンもはっきりと傷を見たと答えた。
「破片はほとんど集めたけれど、後は明日侍女に頼もう」
「……飲み直しだな」
グラスが割れた側のソファーには座らず、反対側に二人、一人掛けソファーにアレクサンドロが座る。
残ったワインを注ぎ、つまみを口に入れながら先ほどのアリエナイ出来事を三人で振り返った。
「だいぶ不安なようですね」
「知らない場所に連れて来られて外に放り出されたんだ。目を見て話せないのは当然か」
可哀想だとランディはワインを飲み干す。
「騙されないと言っていましたね」
ディーンもワインを口に含み、苦笑した。
自分たちはヒナを騙そうとしていた。
どんな手段でも構わない。
この国から出て行かないようにしろというのが国王命令だ。
「優しくして惚れさせてこの国に滞在を決めたら、後は自然消滅しても仕方がないし、男女ではよくあることだと気軽に考えていた」
「私も、親切にして自分を頼らせ、この国に滞在を決めたら、そのままサポートさえしていればいいと思っていました」
「酷い事をした」
アレクサンドロは切なそうな顔で満月を眺めながら大きく息を吐いた。
今夜は薄月夜。
満月が薄い雲に遮られてほのかに照っている。
アレクサンドロはヒナの治癒を国のために利用しようと思い、森から連れて来た。
怪我をして動けなくなった自分を見返りも求めずにヒナは助けてくれたのに。
「ヒナが笑って過ごせるようにする」
聖女だからではなく、一人の女性として。
アレクサンドロが満月を見ながら手にグッと力を入れると、ランディとディーンもそうだなと満月を見上げた。
「えぇっ?」
翌朝、目が覚めたヒナはベッドの上で眠る三頭の狼に驚いた。
黒っぽいグレーはアレクサンドロ。
銀色はランディ、茶色はディーンだろう。
どうしてこんなことに?
なぜか前髪は全部横にある。
変な寝癖がついてしまって真っ直ぐ降りない。
眼鏡も枕元にない。
これじゃ顔が丸見え!
昨日は確かワインを飲んで……?
飲んで?
どうしよう。
全然覚えていない。
悩むヒナの横でグレーの眼を開けた狼のアレクサンドロはヒナの顔に擦り寄った。
「おはようございます、アレク様」
その声で狼のランディとディーンも目を覚ます。
ヒナに擦り寄ると、隣に座った。
もふもふパラダイス!
三頭の狼の毛並みはみんな違う。
銀色のランディが一番柔らかい。
黒っぽいグレーのアレクサンドロが一番硬かった。
順番に撫でるとアレクサンドロが自分を撫でろと割り込む。
三頭の狼のやり取りをヒナはくすくす笑いながら楽しんだ。
狼のランディはベッドから軽やかに降りるとリビングへ。
すぐにリビングから人の姿で出てきた。
服が緩くはだけていてセクシーすぎる。
上着もなく、白いシャツに黒いズボンだ。
袖のボタンを留めるだけの仕草で色っぽいってどういうこと?
イケメンはシンプルな服装でもイケメンなのだと感心する。
「おはようヒナ」
今までヒナ姫と呼ばれていたのに、呼び捨てになった事に驚いたヒナはボンッと顔が赤くなった。
「お、おはようございますランディ様」
ヒナは必死で前髪の寝癖を戻す。
ランディはヒナのアゴを手で持つと、クイッと顔を持ち上げた。
「ランディって呼んでくれる約束だろ?」
嘘だが。
No.1ホストの微笑みにヒナの目が泳ぐ。
なんで、なんで?
そんな約束いつしたの?
「忘れたの? 困った子だな」
ランディが頬に口づけすると、狼のアレクサンドロがグァウと吠えた。
ランディは笑いながら手を離す。
「ヒナ、眼鏡はここですよ」
リビングに置いたままでしたと、いつの間にか着替えたディーンがヒナに眼鏡を差し出した。
「あ、ありがとうございますディーン様」
良かった、前髪が半分戻らないけれど眼鏡があればマシだ。
でもディーン様まで呼び名がヒナ嬢から変わっているのはなぜ?
「私のこともディーンと呼ぶ約束でしたよね」
もちろんそんな約束はしていないが。
ニッコリ微笑みながらディーンがヒナに眼鏡をかけさせる。
眼鏡をつけたついでに頬を両手で包み、ディーンは軽く頬に口づけした。
「えぇっ?」
焦るヒナの横で狼のアレクサンドロが再びグァウと吠える。
「朝の挨拶ですよ」
ディーンが笑いながら言うと、ランディも頷く。
グルグルと喉を鳴らすとアレクサンドロはヒナの足に肉球を乗せ、身体を乗り出しヒナの口をペロリと舐めた。
狼だけれど、コレはキスに含む?
犬に舐められたのと同じ?
「おいおい、それはズルいだろう」
ランディが狼のアレクサンドロを引き離す。
「満月の夜は悪い狼に気をつけるんだよ。食べられてしまうからね」
「危ないので満月の日は外出禁止ですよ」
満月は危ない?
狼だから?
狼男って満月で変身だったっけ?
うーんと悩み始めたヒナを二人+一頭はじっと見つめた。
「あ、リビングのテーブルの横ですが、グラスが割れてしまったので近づかないでくださいね」
「足は怪我していなかったと思うけれど、どうかな? 大丈夫?」
ランディが足を確認するように言うと、ヒナは布団からもぞもぞと足を出した。
右足も左足も何ともない。
「大丈夫です」
怪我していないですと答えるヒナに狼のアレクサンドロは擦り寄った。
「アレク、いい加減に戻れ。ヒナにくっつきすぎだ」
ランディが狼のアレクサンドロを引き離す。
アレクサンドロは布団の中に潜ると、その場で人の姿に戻った。
驚いたヒナがひゃっと声を上げる。
裸のアレクサンドロはグレーの眼を細めてヒナに微笑んだ。
「ちょ、ちょっと、女性の前でそれは」
ディーンが急いでリビングへ服を取りに行く。
アレクサンドロは悪びれる様子もなく、ヒナを見続けた。
ヒナは20歳。
アレクサンドロは22歳だ。
年齢的にはちょうどいい。
このまま抱き寄せて、押し倒したい。
今日は半分戻らない前髪と眼鏡だが、素顔を見てしまったのでもう眼鏡とか関係ない。
思い浮かぶのは昨晩の吸い込まれそうな大きな黒い眼だ。
「……ヒナ」
手を伸ばし、ヒナを抱き寄せそうなアレクサンドロの上に服がバサッと降ってくる。
「……ディーン」
苦情を言いたそうなアレクサンドロの声。
「手が滑りました」
全く悪びれる様子もなく微笑むディーンに、アレクサンドロは溜息をついた。
「おはようございます。皆様」
ユリウスが賑やかなベッドルームを覗き、挨拶をした。
「ユリウス、昨日グラスが割れてしまいました。ソファーの下です。侍女をお願いします」
「わかりました」
グラスが割れるって、一体何をしたのだろうか?
ユリウスは溜息をつきながら手配しますとディーンに答えた。
「……なぜアレク様は裸なのですか?」
ユリウスが不思議な状況を見て笑う。
「着替えてきます!」
裸の単語に真っ赤になったヒナは、慌ててベッドから飛び降り、奥の部屋に消えた。
「……楽しい会でしたか?」
グラスが割れてしまうほどとユリウスが揶揄うと、服を着ながらアレクサンドロは苦笑する。
「みんなで反省した」
「反省?」
「とりあえず、ヒナは可愛かった」
恥ずかしそうに、気まずそうに真っ赤な顔でつぶやくアレクサンドロ。
「すぐに誰かと恋仲になれるかもしれないですね」
ユリウスがわざと意地悪な言い回しすると、着替えていたアレクサンドロの手がピタリと止まる。
ユリウスはニッコリ微笑むと、割れたグラスの片付けの手配を行った。
朝食を食べたアレクサンドロとユリウスは9時頃に仕事へ。
「俺たちもそろそろ遊びに行こうか」
差し伸べられた手を取ったヒナは、なぜか今日も右手はランディ、左手はディーンという不思議な状態になってしまった。
「迷子にならないですよ?」
「ヒナと手を繋ぎたいんだ」
No.1ホストの手口か!
「私も手を繋いで歩きたいです」
優等生のデレ発言!
恐るべし狼族。
満月の夜以外も十分危ない。
広い廊下を三人横並びで歩いていく。
前回とは違う廊下だということはわかるけれど、どこを歩いているのかはさっぱりわからない。
もしかしたら私は方向音痴なのかもしれない。
「ここが売店です。ノートを買いますか?」
「ほしいです! 書き終わっちゃったんです」
ヒナは先日ディーンにもらったノートと同じ物を手に取った。
「ランディ様の万年筆のインクはどれですか?」
「ヒナ、呼び名」
「あっ! ラ、ランディの使っているインクは……」
恥ずかしかったのか段々と小さくなる声。
ランディはクスッと笑うと、一番上の棚から三色を手に取った。
「この三色を混ぜて作るんだよ」
つまりオリジナル色。
黒でも青でもない素敵な色を作り出すのもセンスが必要なのかもしれない。
自分には難しそうだとヒナは早々に諦めた。
「特別な色なのですね。素敵な色だったからいつでも買えたらいいなって思っちゃいました」
ランディは三色を棚に戻すと、「いつでも作ってあげるよ」と微笑む。
「あ、トートバッグ!」
ノートが入るシンプルなトートバッグを見つけたヒナは嬉しそうに手に取った。
「可愛い物を街で探そうか?」
ランディの問いかけにヒナは首を横に振る。
「コレがいいです」
「ヒナ、他の色もありますよ」
ディーンが上の段から取ってくれたのは、緑とベージュ。
ヒナは手に持っていた青いトートバッグをベージュと交換した。
ひととおり商品を見たあと、ようやくヒナは自分がお金を持っていないことに気が付いた。
ノートとトートバックをしっかりと手にしてしまっている。
働いたらお金を返しますと約束すれば買ってくれる……?
「決まりましたか?」
「あの、ディーン様、私」
「ヒナ、呼び名が違いますよ」
なかなか慣れないですねとディーンがクスクス笑う。
「え、えっと、ディーン。私、お金を持っていなくて、働いたらお返しするので、今日コレを」
代わりに買ってくれますか? と聞こうとしたヒナのドッグタグをディーンは服から引き出した。
「先日、武官たちを手当てしたお金がここに入っていますよ」
「でも、口座とか」
ディーンに以前教わった内容は、身分証を作って口座を作ったらキャッシュレス決済ができるという話だった。
「作ってあります。三時間分のお給料なのであまり金額は多くありませんが、ノートとトートバックは買えますよ」
さぁやってみましょうとディーンはヒナをレジに案内した。
商品を指定の場所に置き、画面に出た数字が商品金額。
ドッグタグを当てると、残高が表示された。
すごい! キャッシュレス決済!
初めてのお買い物だ。
ヒナはドッグタグと画面を何度も眺め、初めてのお買い物を楽しんだ。
売店を出た後に向かったのは、オオカミの厩舎。
「うわあぁぁ。可愛い!」
犬が水を飲むときに使用するようなお皿にミルクが注がれ、小さなオオカミたちが群がって飲んでいる姿が可愛すぎる。
尻尾は左右にパタパタ。
短い足でジタバタ。
なに、このパラダイス!
ずっと見ていられる!
ヒナは可愛いオオカミたちを食い入るように見つめた。
目はまだ涙で潤っている。
少しヒナを見つめた後、アレクサンドロは片づけているランディとディーンのもとへ戻った。
「寝た」
頭をボリボリ掻きながらアレクサンドロが苦笑する。
「室内履きの中にも破片があるし、血もついている」
怪我をしたことは間違いないとランディが言うと、ディーンもはっきりと傷を見たと答えた。
「破片はほとんど集めたけれど、後は明日侍女に頼もう」
「……飲み直しだな」
グラスが割れた側のソファーには座らず、反対側に二人、一人掛けソファーにアレクサンドロが座る。
残ったワインを注ぎ、つまみを口に入れながら先ほどのアリエナイ出来事を三人で振り返った。
「だいぶ不安なようですね」
「知らない場所に連れて来られて外に放り出されたんだ。目を見て話せないのは当然か」
可哀想だとランディはワインを飲み干す。
「騙されないと言っていましたね」
ディーンもワインを口に含み、苦笑した。
自分たちはヒナを騙そうとしていた。
どんな手段でも構わない。
この国から出て行かないようにしろというのが国王命令だ。
「優しくして惚れさせてこの国に滞在を決めたら、後は自然消滅しても仕方がないし、男女ではよくあることだと気軽に考えていた」
「私も、親切にして自分を頼らせ、この国に滞在を決めたら、そのままサポートさえしていればいいと思っていました」
「酷い事をした」
アレクサンドロは切なそうな顔で満月を眺めながら大きく息を吐いた。
今夜は薄月夜。
満月が薄い雲に遮られてほのかに照っている。
アレクサンドロはヒナの治癒を国のために利用しようと思い、森から連れて来た。
怪我をして動けなくなった自分を見返りも求めずにヒナは助けてくれたのに。
「ヒナが笑って過ごせるようにする」
聖女だからではなく、一人の女性として。
アレクサンドロが満月を見ながら手にグッと力を入れると、ランディとディーンもそうだなと満月を見上げた。
「えぇっ?」
翌朝、目が覚めたヒナはベッドの上で眠る三頭の狼に驚いた。
黒っぽいグレーはアレクサンドロ。
銀色はランディ、茶色はディーンだろう。
どうしてこんなことに?
なぜか前髪は全部横にある。
変な寝癖がついてしまって真っ直ぐ降りない。
眼鏡も枕元にない。
これじゃ顔が丸見え!
昨日は確かワインを飲んで……?
飲んで?
どうしよう。
全然覚えていない。
悩むヒナの横でグレーの眼を開けた狼のアレクサンドロはヒナの顔に擦り寄った。
「おはようございます、アレク様」
その声で狼のランディとディーンも目を覚ます。
ヒナに擦り寄ると、隣に座った。
もふもふパラダイス!
三頭の狼の毛並みはみんな違う。
銀色のランディが一番柔らかい。
黒っぽいグレーのアレクサンドロが一番硬かった。
順番に撫でるとアレクサンドロが自分を撫でろと割り込む。
三頭の狼のやり取りをヒナはくすくす笑いながら楽しんだ。
狼のランディはベッドから軽やかに降りるとリビングへ。
すぐにリビングから人の姿で出てきた。
服が緩くはだけていてセクシーすぎる。
上着もなく、白いシャツに黒いズボンだ。
袖のボタンを留めるだけの仕草で色っぽいってどういうこと?
イケメンはシンプルな服装でもイケメンなのだと感心する。
「おはようヒナ」
今までヒナ姫と呼ばれていたのに、呼び捨てになった事に驚いたヒナはボンッと顔が赤くなった。
「お、おはようございますランディ様」
ヒナは必死で前髪の寝癖を戻す。
ランディはヒナのアゴを手で持つと、クイッと顔を持ち上げた。
「ランディって呼んでくれる約束だろ?」
嘘だが。
No.1ホストの微笑みにヒナの目が泳ぐ。
なんで、なんで?
そんな約束いつしたの?
「忘れたの? 困った子だな」
ランディが頬に口づけすると、狼のアレクサンドロがグァウと吠えた。
ランディは笑いながら手を離す。
「ヒナ、眼鏡はここですよ」
リビングに置いたままでしたと、いつの間にか着替えたディーンがヒナに眼鏡を差し出した。
「あ、ありがとうございますディーン様」
良かった、前髪が半分戻らないけれど眼鏡があればマシだ。
でもディーン様まで呼び名がヒナ嬢から変わっているのはなぜ?
「私のこともディーンと呼ぶ約束でしたよね」
もちろんそんな約束はしていないが。
ニッコリ微笑みながらディーンがヒナに眼鏡をかけさせる。
眼鏡をつけたついでに頬を両手で包み、ディーンは軽く頬に口づけした。
「えぇっ?」
焦るヒナの横で狼のアレクサンドロが再びグァウと吠える。
「朝の挨拶ですよ」
ディーンが笑いながら言うと、ランディも頷く。
グルグルと喉を鳴らすとアレクサンドロはヒナの足に肉球を乗せ、身体を乗り出しヒナの口をペロリと舐めた。
狼だけれど、コレはキスに含む?
犬に舐められたのと同じ?
「おいおい、それはズルいだろう」
ランディが狼のアレクサンドロを引き離す。
「満月の夜は悪い狼に気をつけるんだよ。食べられてしまうからね」
「危ないので満月の日は外出禁止ですよ」
満月は危ない?
狼だから?
狼男って満月で変身だったっけ?
うーんと悩み始めたヒナを二人+一頭はじっと見つめた。
「あ、リビングのテーブルの横ですが、グラスが割れてしまったので近づかないでくださいね」
「足は怪我していなかったと思うけれど、どうかな? 大丈夫?」
ランディが足を確認するように言うと、ヒナは布団からもぞもぞと足を出した。
右足も左足も何ともない。
「大丈夫です」
怪我していないですと答えるヒナに狼のアレクサンドロは擦り寄った。
「アレク、いい加減に戻れ。ヒナにくっつきすぎだ」
ランディが狼のアレクサンドロを引き離す。
アレクサンドロは布団の中に潜ると、その場で人の姿に戻った。
驚いたヒナがひゃっと声を上げる。
裸のアレクサンドロはグレーの眼を細めてヒナに微笑んだ。
「ちょ、ちょっと、女性の前でそれは」
ディーンが急いでリビングへ服を取りに行く。
アレクサンドロは悪びれる様子もなく、ヒナを見続けた。
ヒナは20歳。
アレクサンドロは22歳だ。
年齢的にはちょうどいい。
このまま抱き寄せて、押し倒したい。
今日は半分戻らない前髪と眼鏡だが、素顔を見てしまったのでもう眼鏡とか関係ない。
思い浮かぶのは昨晩の吸い込まれそうな大きな黒い眼だ。
「……ヒナ」
手を伸ばし、ヒナを抱き寄せそうなアレクサンドロの上に服がバサッと降ってくる。
「……ディーン」
苦情を言いたそうなアレクサンドロの声。
「手が滑りました」
全く悪びれる様子もなく微笑むディーンに、アレクサンドロは溜息をついた。
「おはようございます。皆様」
ユリウスが賑やかなベッドルームを覗き、挨拶をした。
「ユリウス、昨日グラスが割れてしまいました。ソファーの下です。侍女をお願いします」
「わかりました」
グラスが割れるって、一体何をしたのだろうか?
ユリウスは溜息をつきながら手配しますとディーンに答えた。
「……なぜアレク様は裸なのですか?」
ユリウスが不思議な状況を見て笑う。
「着替えてきます!」
裸の単語に真っ赤になったヒナは、慌ててベッドから飛び降り、奥の部屋に消えた。
「……楽しい会でしたか?」
グラスが割れてしまうほどとユリウスが揶揄うと、服を着ながらアレクサンドロは苦笑する。
「みんなで反省した」
「反省?」
「とりあえず、ヒナは可愛かった」
恥ずかしそうに、気まずそうに真っ赤な顔でつぶやくアレクサンドロ。
「すぐに誰かと恋仲になれるかもしれないですね」
ユリウスがわざと意地悪な言い回しすると、着替えていたアレクサンドロの手がピタリと止まる。
ユリウスはニッコリ微笑むと、割れたグラスの片付けの手配を行った。
朝食を食べたアレクサンドロとユリウスは9時頃に仕事へ。
「俺たちもそろそろ遊びに行こうか」
差し伸べられた手を取ったヒナは、なぜか今日も右手はランディ、左手はディーンという不思議な状態になってしまった。
「迷子にならないですよ?」
「ヒナと手を繋ぎたいんだ」
No.1ホストの手口か!
「私も手を繋いで歩きたいです」
優等生のデレ発言!
恐るべし狼族。
満月の夜以外も十分危ない。
広い廊下を三人横並びで歩いていく。
前回とは違う廊下だということはわかるけれど、どこを歩いているのかはさっぱりわからない。
もしかしたら私は方向音痴なのかもしれない。
「ここが売店です。ノートを買いますか?」
「ほしいです! 書き終わっちゃったんです」
ヒナは先日ディーンにもらったノートと同じ物を手に取った。
「ランディ様の万年筆のインクはどれですか?」
「ヒナ、呼び名」
「あっ! ラ、ランディの使っているインクは……」
恥ずかしかったのか段々と小さくなる声。
ランディはクスッと笑うと、一番上の棚から三色を手に取った。
「この三色を混ぜて作るんだよ」
つまりオリジナル色。
黒でも青でもない素敵な色を作り出すのもセンスが必要なのかもしれない。
自分には難しそうだとヒナは早々に諦めた。
「特別な色なのですね。素敵な色だったからいつでも買えたらいいなって思っちゃいました」
ランディは三色を棚に戻すと、「いつでも作ってあげるよ」と微笑む。
「あ、トートバッグ!」
ノートが入るシンプルなトートバッグを見つけたヒナは嬉しそうに手に取った。
「可愛い物を街で探そうか?」
ランディの問いかけにヒナは首を横に振る。
「コレがいいです」
「ヒナ、他の色もありますよ」
ディーンが上の段から取ってくれたのは、緑とベージュ。
ヒナは手に持っていた青いトートバッグをベージュと交換した。
ひととおり商品を見たあと、ようやくヒナは自分がお金を持っていないことに気が付いた。
ノートとトートバックをしっかりと手にしてしまっている。
働いたらお金を返しますと約束すれば買ってくれる……?
「決まりましたか?」
「あの、ディーン様、私」
「ヒナ、呼び名が違いますよ」
なかなか慣れないですねとディーンがクスクス笑う。
「え、えっと、ディーン。私、お金を持っていなくて、働いたらお返しするので、今日コレを」
代わりに買ってくれますか? と聞こうとしたヒナのドッグタグをディーンは服から引き出した。
「先日、武官たちを手当てしたお金がここに入っていますよ」
「でも、口座とか」
ディーンに以前教わった内容は、身分証を作って口座を作ったらキャッシュレス決済ができるという話だった。
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ドッグタグを当てると、残高が表示された。
すごい! キャッシュレス決済!
初めてのお買い物だ。
ヒナはドッグタグと画面を何度も眺め、初めてのお買い物を楽しんだ。
売店を出た後に向かったのは、オオカミの厩舎。
「うわあぁぁ。可愛い!」
犬が水を飲むときに使用するようなお皿にミルクが注がれ、小さなオオカミたちが群がって飲んでいる姿が可愛すぎる。
尻尾は左右にパタパタ。
短い足でジタバタ。
なに、このパラダイス!
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「聖女失格です。王家にも国にも、あなたはもう必要ありません」——そう告げられた日、リーネは王女でいることさえ許されなくなりました。
聖女としても王女としても半人前。婚約者の王太子には冷たく切り捨てられ、居場所を失った彼女がたどり着いたのは、森と鉄の匂いが混ざる辺境の小さな村。
そこで出会ったのは、無骨で無口なくせに、さりげなく怪我の手当てをしてくれる鍛冶屋ユリウス。
村の事情から「書類上の仮妻」として迎えられたリーネは、鍛冶場の雑用や村人の看病をこなしながら、少しずつ「誰かに必要とされる感覚」を取り戻していきます。
かつては「落ちこぼれ聖女」とさげすまれた力が、今度は村の子どもたちの笑顔を守るために使われる。
そんな新しい日々の中で、ぶっきらぼうな鍛冶屋の優しさや、村人たちのさりげない気遣いが、冷え切っていたリーネの心をゆっくりと溶かしていきます。
やがて、国難を前に王都から使者が訪れ、「再び聖女として戻ってこい」と告げられたとき——
リーネが選ぶのは、きらびやかな王宮か、それとも鉄音の響く小さな家か。
理不尽な追放と婚約破棄から始まる物語は、
「大切にされなかった記憶」を持つ読者に寄り添いながら、
自分で選び取った居場所と、静かであたたかな愛へとたどり着く物語です。
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