喪女なのに狼さんたちに溺愛されています

和泉

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073.交渉

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「ひどいよね。あんな大雨の中、行く宛もない君を追い出してさ」
 死んだと思っていたよとイワライが苦笑する。

 ヒナの代わりに怒ってくれる狼のディーンとジョシュの頭を撫で、落ち着かせる。
 イワライからもヒナの姿は見えないはずだ。
 ヒナは狼の2匹に向かって首を横に振った。

「チェロヴェには戻りたくない」
「そう言うと思ってミドヴェはどうかなって」
「どうしてミドヴェ?」
「チェロヴェの大臣の一人がミドヴェとつながっているんだ」
 そこなら交渉できるとイワライは説明した。

「ミドヴェの王子は会った事がないんだけど」
「やっぱり女の子なんだ。君」
 じゃぁ、王子と結婚でいい? とイワライは言う。

「1月に夜会があるって知っている? そこらへんの独身王子が私を見に来るはずなんだよね。どうせだったら1番カッコいい王子を選びたい」
 ミドヴェじゃなくてもいいかとヒナが尋ねると、イワライは声を出して笑った。

「見た目なの?」
「どうせ好きになったり優しくしてもらえないでしょう? だったら見た目だけでも好みの方がいい」
 イワライは少し間をあけて、そうか。と呟いた。

 欲しいのは聖女の能力。
 この子自身が欲しいわけではない。
 この子は、自分がただの道具なのだと理解している。
 イワライは木の向こうで空を見上げた。

「……ごめんね」
「どうして謝るの?」
 櫛を手に取り、狼のディーンのブラッシングを始める。
 イワライからの返事はない。

「ねぇ、元の国に戻る方法ってある? 戻れるならチェロヴェも候補に入れるんだけど」
「……知る限り、ないかな……」

 少し声のトーンが暗くなるイワライ。
 ブラッシングするヒナの手が再び止まった。

「……そう。じゃぁチェロヴェはナシで」

 狼のジョシュが擦り寄ってくれる。
 狼のディーンも心配そうに茶色の眼でヒナを見つめた。
 困った顔で2匹に微笑むヒナ。

 芝生の上の『鳥』も近くへ寄ってきた。
 今、自分はどんな表情をしているのだろう?
 みんなが心配しているのがわかる。

「最後に1つ。私は夜会で王子と直接交渉ができる。あなたを通した時のメリットは?」
 ヒナの言葉にイワライは目を見開いた。

「……そう来たか。君、賢くて困るね」
 自分が道具だと理解しているだけではない。
 自分の価値もわかっていて、自分で交渉する力も持つ。
 か弱い女の子ではない聖女に、イワライは苦笑した。

「自分で交渉されたら俺の出番はないなぁ」
 もっと操りやすい子かと思ったとイワライは頭をガシガシ掻く。

「それは予定外」
 お手上げだとイワライは溜息をついた。

 ヒナはディーンのブラッシングを終え、今度はジョシュの三角耳の後ろを掻いた。
 気持ちよさそうにグゥと鳴くジョシュ。

 狼のディーンが立ち上がると、南広場を走り回っていた狼達が一斉にヒナの方へ向かって走った。

 ディーンが立ち上がるのは「話は終わり」という合図。
 相手をヒナから引き離せという指令だ。

「えっ? 待って、待って、その勢いでみんなが来たら避けられないんだけど」
 慌てて立ち上がるヒナ。

「は?」
 何が起きているかわからないイワライは思わず木の向こうから顔を出した。
 
 15匹以上の狼が一斉にこちらに向かって走ってくる。
 ランディとリッキーも慌ててヒナの方へ走った。

 木の向こうのイワライはヒナの腕を掴み木の反対側へ引っ張った。

 芝生の上の『鳥』も驚いて飛び立つ。

 狼達は勢いを緩めることなく木の横を走り抜け、木の裏のヒナとイワライの姿を確認し、そのままUターンして走り抜けた。

「うわっ」
 狼達はリッキーに飛びつき押し倒す。
 ランディが慌ててリッキーに駆け寄る姿を木の裏からヒナは見た。

 あのまま木の前に居たら、自分がリッキーのように押し倒されてたはずだ。
 危なかったと胸を撫でおろす。

「ありがとう」
 ヒナがお礼を言うと、イワライは困った顔で笑った。

「リッキーの所に行かないと」
「待って」
 歩き始めたヒナの腕をイワライが掴んだ。

「聖女に関する資料を手に入れたら、俺を後見人に指名してくれる?」
 どうしても爵位がほしいのだと言うイワライにヒナは首を傾げた。

「爵位ってそんなにすごいの?」
「どうしても欲しいんだ」
 困った顔でヒナを見るイワライ。
 事情は教えてくれないみたいだ。

「もう少し仲良くなったら考える」
「は? 仲良く?」
 ヒナの意外な答えにイワライは呆気にとられた。

「リッキー、大丈夫~?」
 パタパタと走っていくヒナの後ろ姿を見ながらイワライは木にもたれかかった。

 仲良くってなんだよ。
 想像していた性格と全然違うヒナに笑いが込み上げてくる。

 もっとおとなしい子だったらよかった。
 もっと何も考えない子だったら騙すのも楽だったのに。

 でも、後には引けない。
 爵位を手に入れ、両親が安心して一緒に住める場所を手に入れたい。

 人族の父と狼族の母。

 聖女の研究をしている父はチェロヴェから出られない。
 狼族の母は結界のせいで人の姿でチェロヴェに入ることができない。
 見つかった瞬間に獣は攻撃されてしまう。

 チェロヴェの爵位があればたとえ狼の姿でも誰にも干渉されずに父と病気の母は一緒に住めるだろう。

 チェロヴェ以外の国なら人の姿で一緒に住める。
 両親を国に保護してもらう事を条件に聖女を連れて行き、爵位をもらって事業を始めれば生活していけるはずだ。

 イワライはギュッと手を握った。

 見上げた空は綺麗な水色。
 緑のトリが1羽飛んでいる。

 あの子の事は嫌いじゃない。
 サバサバしていて、どちらかといえば好きなタイプだ。
 顔は見えないけれど。

 利用してごめんね。

 イワライは南広場から離れ、母が住む街の外れの小さな家に帰って行った。
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