探さないでください。旦那様は私がお嫌いでしょう?

雪塚 ゆず

文字の大きさ
58 / 99

アルジェルドside

しおりを挟む
「ボクはマルドゥア。その、勇者の末裔の一人です」

おずおずと、言いづらそうに少年は名乗った。
勇者の末裔ーーということは、王族の一人か。
そいつが一体、俺に何の用なのだ。

「あの、降りません? ボク、未熟だから疲れるんですよ」
「……」
「警戒しているのはわかりますけど。絶対あなたの不利になることはしません」
「………」
「約束を破れば、ボクを殺してもらっても構いません」

サラリと、言い淀むことなくそう言い切った。
マルドゥアの目に、怯えは浮かんでいない。
嘘はついていないようだ。

「いいだろう」
『ちょっと。本気かい?』
「手がかりなしで帰るわけにはいかない」
『手がかりならもうあるだろ。とにかく、今はアストロに』
「俺は負けない」

諭してくるルシフェルに一言。
ぐぅと悔しげにルシフェルは黙った。
千里眼を持つルシフェルが何も言わないということは、嘘をつかれていないということだ。

「わかってくれてよかった」

安心したような笑い方は、どこかラティアンカを想起させるものであった。

◆ ◆ ◆

「どうぞごゆっくり!」

店に入り、紅茶を出すと店員はいい笑顔で去っていった。
マルドゥアの顔は晒されたままなのにも関わらず、特にこれといった反応は見せていない。

「顔、知られてないのか」
「ああ。ボク、下から数えたほうが早いんですよ。この国で顔が知られてるのは、上の兄弟ぐらいです」

俺とは違い、氷で冷やされたジュースを頼んだマルドゥアは、カラコロと氷を揺らしていた。
氷は高級品で、それを躊躇なく頼んだところやはり王族らしいと言える。

「お前、空を飛んだな」
「はい」
「どのくらいだ」
「?」
「勇者の末裔は、どのくらい空を飛べるんだ」
「えーっと、ボクを含めてってことですか?」
「そうだ」
「ボクだけですよ。空を飛べるのは、ボクだけです」

まあ、だろうな。
今まで俺とエリクル以外で、空を飛べる魔術師は見たことがなかった。
マルドゥアは天才と持て囃されてきたんだろうなと思う。
なら、もっと国から持ち上げられていそうなものだが。

「ボク、立場がちょーっと複雑なんですよね。だから偉くもなんともないんです」
「ほう」
「兄様が死ねっていったら、多分ボクは処刑されますね」
「そんなこと言われるのか」
「言われませんよ。例え話です」

クスクスと笑って、ジュースを飲んだ。
こいつにペースを乱されてはならない。

「お前の目的はなんだ」
「の前にそれ。なんですか?」

マルドゥアが指を差したのは、俺がテーブルの上に置いた連絡用の水晶。
そこには苦い表情のルシフェルが写っている。

「連絡用水晶だ」
「こんなに小さいのに?」
「俺が独自に開発した」
「へぇ。凄いや。どーも、そちらの人」
『……どうも』
「こいつ、千里眼を持ってるぞ」

俺が釘を刺すように言えば、マルドゥアは納得するように頷いた。

「なるほど。嘘をついて得はないということですね。了解です」
『おい!』
「このほうが話しやすい」
「ということは、あなたはルシフェル・フォルテ様ですか?」

名前を言い当てられたルシフェルは、ギョッとしてマルドゥアを見た。
俺もまあ、驚いた。

「ボク、勉強好きなんですよ。ルシフェル様は有名ですし」
『たかが小国の王子が?』
「千里眼って、あなたが思ってるよりよっぽど危険視されてるんですよ。ボクの頭だって丸見えでしょ?」
『まあそうだ』
「なら、話し合いを進めましょう。ボクの目的は、父様を王座から引き摺り下ろすことです」

早い話、革命ってやつです。
そう続けたマルドゥアの目は笑っていない。
こいつ、何を企んでいるのか。

「どういうことだ」
「ボク、王座が欲しいんですよ。どうしても。でも、今の状況じゃ絶対に手に入らないんです」
「お前なら、王座は勝ち取れるんじゃないか」

王子で、魔術が達者。
上の兄がそれに勝るものをもっていなければ、王座は確実だろうに。
しかしマルドゥアは首を横に振った。

「ダメなんです。ボクは絶対に指名されない。理由は、言えませんけど」
「玉座から引き摺り下ろすとは」
「言葉通りです。父様は人として尊敬できません。国民達、華やかに見えるでしょう? でもあれ、見せかけなんですよ」

背筋が凍るとはこのことか。
情熱の国と呼ばれたロマドが、見せかけとは。

「ボクは知ってます。輝くこの国、ロマドの裏では虐げられる女性がいることを」
「男尊女卑がこの国は顕著だからな」
「それをよしとするこの国のあり方が、許せないんです」

こいつ、珍しいな。
普通の男なら今与えられた状況を謳歌し、一生を終えるというのに。
あえて女性のために立ちあがろうとしている。

「表にいる彼女達も、潰しあって生きてきたんです。働き口がなくて倒れた国民を、ボクは見過ごせない。いや、見過ごしたとしても。近いうちに反乱が起きて、この国は終わります。このままじゃ、おしまいですよ。しかも友好国であるアストロと争ってるじゃないですか。なにやってるんだって話です」
「お前、神子のことは」
「知ってますよ。見たことありますし。でも、それがなんです? ただの女の子でしょう。女神が復活しようが、歴史が間違っていたことを言いふらされようが、その時はその時です。寧ろ男尊女卑がなくなるから、いいと思いますよ」

ーー本当に変な奴だ。
ここまで男尊女卑に嫌悪を抱く男は初めて見た。
するとマルドゥアは不機嫌そうに、「それとも」と。

「あなたも、男尊女卑に賛成するんですか?」
「……別に」

俺はラティアンカが悲しむ世界は嫌だ。
冷たいと思われるかもしれないが、ラティアンカが笑っていればあとはどうでもいいのだ。
だが……ラティアンカは、女だ。
虐げられる立場なのだ。

「俺は、お前の考えに賛同しよう」
「そうですか。世界一の魔術師が味方で、心強いです」
「……俺は名乗っていないが」
「先ほど透明化の魔術を使って、妹達の話を聞いていたでしょう。そこで気付きました」
「なんでわかった」
「消えるところまで見てたからです」

というかこいつ、いつから俺の存在に気づいていたのか。
得体の知れなさに警戒心は高まる。

「ね、いいでしょう。ボクは理想を通したいんですよ。今からロマドの考えてること、全部言いますから」
「俺達が知り得ない情報か」
「保証しましょう」

ルシフェルがいればこいつと協力しなくとも、こいつの心は読めるだろう。
だが、手を組むことによって発生するメリットもある。
……まあ、悪くはないだろう。
長年の勘がそう言っている。

「いいだろう」
「ありがとうございます! では、早速話させていただきますね!」

たちまち上機嫌になったマルドゥアが、現在の状況を語り出した。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】「お前とは結婚できない」と言われたので出奔したら、なぜか追いかけられています

22時完結
恋愛
「すまない、リディア。お前とは結婚できない」 そう告げたのは、長年婚約者だった王太子エドワード殿下。 理由は、「本当に愛する女性ができたから」――つまり、私以外に好きな人ができたということ。 (まあ、そんな気はしてました) 社交界では目立たない私は、王太子にとってただの「義務」でしかなかったのだろう。 未練もないし、王宮に居続ける理由もない。 だから、婚約破棄されたその日に領地に引きこもるため出奔した。 これからは自由に静かに暮らそう! そう思っていたのに―― 「……なぜ、殿下がここに?」 「お前がいなくなって、ようやく気づいた。リディア、お前が必要だ」 婚約破棄を言い渡した本人が、なぜか私を追いかけてきた!? さらに、冷酷な王国宰相や腹黒な公爵まで現れて、次々に私を手に入れようとしてくる。 「お前は王妃になるべき女性だ。逃がすわけがない」 「いいや、俺の妻になるべきだろう?」 「……私、ただ田舎で静かに暮らしたいだけなんですけど!!」

1度だけだ。これ以上、閨をともにするつもりは無いと旦那さまに告げられました。

尾道小町
恋愛
登場人物紹介 ヴィヴィアン・ジュード伯爵令嬢  17歳、長女で爵位はシェーンより低が、ジュード伯爵家には莫大な資産があった。 ドン・ジュード伯爵令息15歳姉であるヴィヴィアンが大好きだ。 シェーン・ロングベルク公爵 25歳 結婚しろと回りは五月蝿いので大富豪、伯爵令嬢と結婚した。 ユリシリーズ・グレープ補佐官23歳 優秀でシェーンに、こき使われている。 コクロイ・ルビーブル伯爵令息18歳 ヴィヴィアンの幼馴染み。 アンジェイ・ドルバン伯爵令息18歳 シェーンの元婚約者。 ルーク・ダルシュール侯爵25歳 嫁の父親が行方不明でシェーン公爵に相談する。 ミランダ・ダルシュール侯爵夫人20歳、父親が行方不明。 ダン・ドリンク侯爵37歳行方不明。 この国のデビット王太子殿下23歳、婚約者ジュリアン・スチール公爵令嬢が居るのにヴィヴィアンの従妹に興味があるようだ。 ジュリエット・スチール公爵令嬢18歳 ロミオ王太子殿下の婚約者。 ヴィヴィアンの従兄弟ヨシアン・スプラット伯爵令息19歳 私と旦那様は婚約前1度お会いしただけで、結婚式は私と旦那様と出席者は無しで式は10分程で終わり今は2人の寝室?のベッドに座っております、旦那様が仰いました。 一度だけだ其れ以上閨を共にするつもりは無いと旦那様に宣言されました。 正直まだ愛情とか、ありませんが旦那様である、この方の言い分は最低ですよね?

結婚して5年、冷たい夫に離縁を申し立てたらみんなに止められています。

真田どんぐり
恋愛
ー5年前、ストレイ伯爵家の美しい令嬢、アルヴィラ・ストレイはアレンベル侯爵家の侯爵、ダリウス・アレンベルと結婚してアルヴィラ・アレンベルへとなった。 親同士に決められた政略結婚だったが、アルヴィラは旦那様とちゃんと愛し合ってやっていこうと決意していたのに……。 そんな決意を打ち砕くかのように旦那様の態度はずっと冷たかった。 (しかも私にだけ!!) 社交界に行っても、使用人の前でもどんな時でも冷たい態度を取られた私は周りの噂の恰好の的。 最初こそ我慢していたが、ある日、偶然旦那様とその幼馴染の不倫疑惑を耳にする。 (((こんな仕打ち、あんまりよーー!!))) 旦那様の態度にとうとう耐えられなくなった私は、ついに離縁を決意したーーーー。

【完結】殿下、自由にさせていただきます。

なか
恋愛
「出て行ってくれリルレット。王宮に君が住む必要はなくなった」  その言葉と同時に私の五年間に及ぶ初恋は終わりを告げた。  アルフレッド殿下の妃候補として選ばれ、心の底から喜んでいた私はもういない。  髪を綺麗だと言ってくれた口からは、私を貶める言葉しか出てこない。  見惚れてしまう程の笑みは、もう見せてもくれない。  私………貴方に嫌われた理由が分からないよ。  初夜を私一人だけにしたあの日から、貴方はどうして変わってしまったの?  恋心は砕かれた私は死さえ考えたが、過去に見知らぬ男性から渡された本をきっかけに騎士を目指す。  しかし、正騎士団は女人禁制。  故に私は男性と性別を偽って生きていく事を決めたのに……。  晴れて騎士となった私を待っていたのは、全てを見抜いて笑う副団長であった。     身分を明かせない私は、全てを知っている彼と秘密の恋をする事になる。    そして、騎士として王宮内で起きた変死事件やアルフレッドの奇行に大きく関わり、やがて王宮に蔓延る謎と対峙する。  これは、私の初恋が終わり。  僕として新たな人生を歩みだした話。  

三回目の人生も「君を愛することはない」と言われたので、今度は私も拒否します

冬野月子
恋愛
「君を愛することは、決してない」 結婚式を挙げたその夜、夫は私にそう告げた。 私には過去二回、別の人生を生きた記憶がある。 そうして毎回同じように言われてきた。 逃げた一回目、我慢した二回目。いずれも上手くいかなかった。 だから今回は。

本日、貴方を愛するのをやめます~王妃と不倫した貴方が悪いのですよ?~

なか
恋愛
 私は本日、貴方と離婚します。  愛するのは、終わりだ。    ◇◇◇  アーシアの夫––レジェスは王妃の護衛騎士の任についた途端、妻である彼女を冷遇する。  初めは優しくしてくれていた彼の変貌ぶりに、アーシアは戸惑いつつも、再び振り向いてもらうため献身的に尽くした。  しかし、玄関先に置かれていた見知らぬ本に、謎の日本語が書かれているのを見つける。  それを読んだ瞬間、前世の記憶を思い出し……彼女は知った。  この世界が、前世の記憶で読んだ小説であること。   レジェスとの結婚は、彼が愛する王妃と密通を交わすためのものであり……アーシアは王妃暗殺を目論んだ悪女というキャラで、このままでは断罪される宿命にあると。    全てを思い出したアーシアは覚悟を決める。  彼と離婚するため三年間の準備を整えて、断罪の未来から逃れてみせると……  この物語は、彼女の決意から三年が経ち。  離婚する日から始まっていく  戻ってこいと言われても、彼女に戻る気はなかった。  ◇◇◇  設定は甘めです。  読んでくださると嬉しいです。

三年の想いは小瓶の中に

月山 歩
恋愛
結婚三周年の記念日だと、邸の者達がお膳立てしてくれた二人だけのお祝いなのに、その中心で一人夫が帰らない現実を受け入れる。もう彼を諦める潮時かもしれない。だったらこれからは自分の人生を大切にしよう。アレシアは離縁も覚悟し、邸を出る。 ※こちらの作品は契約上、内容の変更は不可であることを、ご理解ください。

婚姻契約には愛情は含まれていません。 旦那様には愛人がいるのですから十分でしょう?

すもも
恋愛
伯爵令嬢エーファの最も嫌いなものは善人……そう思っていた。 人を救う事に生き甲斐を感じていた両親が、陥った罠によって借金まみれとなった我が家。 これでは領民が冬を越せない!! 善良で善人で、人に尽くすのが好きな両親は何の迷いもなくこう言った。 『エーファ、君の結婚が決まったんだよ!! 君が嫁ぐなら、お金をくれるそうだ!! 領民のために尽くすのは領主として当然の事。 多くの命が救えるなんて最高の幸福だろう。 それに公爵家に嫁げばお前も幸福になるに違いない。 これは全員が幸福になれる機会なんだ、当然嫁いでくれるよな?』 と……。 そして、夫となる男の屋敷にいたのは……三人の愛人だった。

処理中です...