猫のアマテル 全十夜

當宮秀樹

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第八夜「不思議な町」

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祝津をあとにしたアマテルは海岸沿を西に移動した。

オタモイ、塩谷、桃内、蘭島と漁港を探索しながら、小樽の西の外れまで足を伸ばした。 
蘭島の小さなトンネルを抜けるといきなり視界が開け、砂浜が続き遠くに切り立った岬が目に入った。 
小樽とは異質で独特のバイブレーションを感じた。

ここはなんていう町? その小さなトンネルが異世界を繋ぐゲートのようにも思えた。 
あのユラユラと少し違うけど共通する空気感があった。

さらに足を進めると民家の数が次第に増えてきた。

歩きながらさっきの空気感はなんだったの?

以前のアマテルなら感じないことでも、今のアマテルは感覚が研ぎ澄まされ、
ちょっとした異変を見逃さない。

町に入ったところで一件のほったて小屋が目に入った。

歩き疲れた体を横にして砂浜の波を見てるうちに寝入ってしまった。

目が覚めたときには辺りが暗くなっていた。

海には水平線にイカ付け漁の明かりが横一列に並び、空には満点の星空。 
こんな穏やかな気持ちで観る景色はひさしぶりだった。

子供の頃母親と祝津で経験して以来。 いや、景色が穏やかではなく観ている自分が穏やかなんだ。 
心の穏やかさが受け止める景色も変えて観せるるんだ。 アマテルは思った。


「ねぇ、そこの猫さんここでなにやってらの?」声の主はマメ柴。

「景色を見てました。ニャ」

「楽しい?」

「はい」

「なんで?」

「綺麗だから」

「綺麗なの好きなんですか?」

「はい、あなたは?」

「どうでもいい……」

「毎日見る当たり前の景色だからそう思うのよ」

「今日ここに泊まらない?」

「ありがとう。 でも、今まで寝てたからもう眠たくないの」

「なんだ、つまんない……」

「どうして?」

「わたし、知らない動物のはなし聞くのが好きなの」

「どんな話ししたらいいのかな? あなた猫の友達いるの?」

「いない、噛みつかれたことならあるもん」

「あら……ぷっ!」

「猫は何であんなに運動神経がいいの?」

「犬だって鼻が良いじゃない」

「猫はジャンプ力も凄いよね」

「犬は噛む力が猫の数倍強いじゃない」

「……」

アマテルは笑顔で「動物というのはそれぞれ特性というものがあるのね、
トンビや鷹さんは走るの遅いけどその分空を飛ぶことが出来るし、遠くまで見える目がある。 
爪も鋭い。フクロウやテンは暗闇でも目が見える。 だからみんな自分の特性を心得て上手に生きてるの」

「そっか・・・おねえちゃん頭いいね」

「あなたもすぐに分かるわよ。 動物の中でも犬、猫は昔から人間に飼われて食事を与えられているけど。 
カラスをごらん。 毎朝人間の捨てたゴミをあさって生きてるのよ。 
人間に嫌われながら……どう思う?」

「かわそう」

「でも、私たちと違い大空を自由に遠くまで飛んで、好きなところに自由に行けるよ」

「そっか、猫さんはなんでも知ってるね!」

「あなたより少し多く生きてるからね。 せっかく人間に飼われてるのだから人間の生き方も
楽しんだらいいのに」

「ワン、ありがとう。 私、猫さんと話せてよかった」

「楽しんでね、さようなら」

「あっ、そうだ猫さんこれからモイレの辺り行くと楽しいことあるかもね」意味ありげに言った。

「モイレね、分かった。 行ってみる、ありがとう」

歩き出したアマテルは立ち止まり振り返った。 今話したばかりのあの犬が消えていた。

「えっ? どういうこと……なんなの?」

 少し歩くと、ただならぬ気配を感じていた……今まで感じたことない悲しみが伝わってくる。 
その瞬間「死」の感覚を味わった。 ここは豚の食肉加工場だった。

初めての感覚を感じながら歩き続け、民家を抜けた辺りで大きな川にぶつかった。 
そこを跨ぐ大きな橋を渡り小高い山の陰を歩いていると大きな蛇が声をかけてきた。

「猫さん、どこ行く?」

「モイレというところですけど」

「ここがモイレ」

「そうですかここがモイレですか、ありがとうございました」

「モイレになんの用?」

「分かりません。 今さっき柴犬さんに『モイレで面白いことあるかも』って聞いたので寄ってみました」

「この辺は面白いことなんかなんにもない。 あるのは防波堤とヨットハーバーと昔の番屋と
夏場の海水浴場ぐらい」

「そうですか、急ぐ用事がないからゆっくり見て回ります。ありがとう、さようなら」向きを変えて
歩き出した。

「ちょっと待って」

「まだ、なにか?」

「僕がなにも無いって言ってる、なんで行く?」

「理由がないと行ってはいけないの?」

「僕はここで色んな動物と話している、この先なにもないって説明したら、普通はみんな引き返す……」

「引き返す理由がないから行くの。それがなにか?」

「うん確かに、でも、行く理由もない……」

「理由はないけど、私の足が行きたがるから行くの」

「行っても意味がないのに行く?」

「行く意味があるか無いか、なぜ分かるの?」

「今までもそうだったから」

「今まではそうかも知れない。 でもこれからは違うかも知れないよ」

「なんで?」

「未来は決定してないから」

「だって今まではなにもなかったんだから、確率的にこれからもないはず……」

「なぜ決めつけるの?」

「確率的に1」

「今こうして私があなたに会った確率は? 北海道の全部の猫と、全部の蛇の中から
私とあなたが出会う確率は?」

「………」

「確率だけでいうと天文学的確率よ。 こんな出会いは確率で解決できないよ」

「………」

「だって二匹がこうして出会ったのは、偶然じゃなく必然だから」

「必然……?なんで?」

「あなたはここから離れることが出来ないでいる。 あなたをここから解放してくれる誰かを
待ってたからよ。 そこに私がタイミング良く通りかかった。 あなたが引き寄せた必然的確率なの」

「私は解放を望んでない」

「そう、それはよかった。 じゃあなぜ私に声をかけたの?」

「通りかかったから」

「あなた、ここを通りかかったものには全員声をかけるの?私に声をかけたのは無意味なお節介なの?」

蛇は返答に困った「……」

「本当はいろんな地方を旅して、見聞したいのでしょ。 その一歩が踏み出せない。 
本当はあなたを縛るものなどなにもないのよ。 初めから……」

「ないの?」

「そう、ない」

「初めから? 本当に?」

「本当にっていうか最初からなかったのよ。あなたが自分で作った幻影なの」

「自分で作った幻影……?」

「そう、幻影。 最初からなにもないのに、あなたはその幻影をでっち上げてしまったの。 
そして自分自身を縛りつけてしまった。 でも、もう大丈夫。 そのことに気づいたあなたは
自由にどこへでも行ける。 長い間お疲れ様でした」

「ありがとうございました」蛇の顔が明るく輝いた。

蛇はこの場から一瞬で姿を消してしまった。

また消えた……この町はいったいなんなの? 今のもわたしの幻影なの? 

 アマテルはまた歩き出した「まだまだ理解出来ないことがあるんだ」ワクワク感をおぼえた。

砂浜を歩いているとヨレヨレの一匹のカラスが、人間のゴミカゴをひっくり返していた。 
次の瞬間カラスも一緒に転げ落ちてしまった。

「いでで……」

通りかかったアマテルが声をかけた。

「カラスさん、大丈夫?」

「ありがとう。わしは大丈夫だで、ほらこのとおり」

カラスは羽をひろげてみせようとしたが、右の翼が思うように開かない。

「いででで」

アマテルはそっと駆け寄り「大丈夫?」

「いででで。 年を取ると動きが鈍くてかなわんのう、猫さんありがとうね」

「いえ、本当に大丈夫ですか? 巣まで私が運びましょうか?」

「どやって運ぶんじゃ?」

「私の背中に乗ってくれたらいいですよ」

「わしがお前さんの背中に乗って、隙を見て首にくちばしを立てたらお前死ぬぞ……それでも乗せるのか?」

「いいですよ」

「なにがいいのじゃ?」

「くちばしを立ててもいいですよ」

「お前は馬鹿か? カラスが背後からくちばしを立てるということは、殺すということぞ、
そんなことも分からんのか?」

「カラスさんは私を殺したいの?」

「わしだって年老いてもカラスじゃ、猫の一匹や二匹やろうと思えばまだまだやれるで」

「やるって、殺すっていうこと?」

「そうだ」

「わたしを殺すの? カラスさんが?」

「……?」カラスは返答に困った。

「ねっ、だから背中に乗ってもいいわよ」

「お前さんは変わった猫よのう」

カラスは未だかつて出会ったことのないタイプの猫に興味を覚えた。

「わしが乗ると背中に爪を立ててしまう。 背中に傷がつくのでできる限り歩くから、
その横をトンビや鷹から護ってくれんかのう」

「はい、わかりました。気をつかってくれてありがとうございますニャ」

(今度は、こいつの方から礼を言った。 こいつなに者? 馬鹿猫?)カラスは心の中で呟いた。

「はい、ただのメス猫です。馬鹿猫もあってますニャ」

カラスは立ち止まりアマテルの方を向いて「わしの心が読めるのか?」

二匹は山の方角に向かってしばらく歩いた 。大きな鉄塔の下を通りかかったその時だった。 
後方から黒い影が爪を立ててカラスに襲いかかってきた。

「あぶない」叫びながらアマテルは猫パンチで相手を威嚇した。 襲いかかってきたのは大きなトンビ。 
トンビはそのまま舞い上がり、上空から鋭い目で隙を狙い、円を描いて飛んでいた。

「猫さんありがとうね、あいつは昔からわしと仲悪いのよ。隙を見せたらいつも襲いかかってくるんじゃ」

アマテルはカラスを巣に送り届けた。 もどる途中で空から声がした。                               

「おい、おまえさっきはなんでカラスをかばった?」

声の主はカラスを襲ってきたあのトンビ。

「だって、カラスさんがケガしてたから、私が巣まで送る約束したニャ」

「お前は猫だろがなんでカラスを守る?」

「だから、守る約束したからニャ」

「あいつは悪いカラスなんだぜ・・・」

「私には悪いかどうかなんて関係ありません 。ケガをしてたから送り届けたそれだけニャ」

「じゃあ私がケガしたら同じことするのかい??」

「希望とあればします」

「なんで?」

「断る理由がないから」

「普通断るでしょ。 私は猫の天敵なんだから」

「あなたもカラスさんと一緒ね」

「失礼な、私とカラスを一緒にするな!」少し威圧的な口調になった。

「なぜ怒るの?」

「当たりまえだろ、わたしをカラスごときと一緒にするな。今度いったら殺すぞ!」

「殺す? どうぞ」

「本当に殺すぞ1」

「だから、どうぞ」

トンビはアマテルの目の前に勢いよく降りた。

「怖くはないのか?」

「べつに」

「お前は死ぬんだよ」

「はい」

「変わった猫だねえ……」

そこにもう一羽のトンビがやってきた。

「お母さんどうしたの?」トンビの息子だった。

「この猫殺されてもいいっていうのよ」

「そうなんだ。 母さんよかったね、殺そ!」

アマテルが「どうぞ殺してください」

母トンビが息子に「ねっ、言ったでしょ」

息子は「じゃあお言葉にあまえていただきま~す」

そう云ってアマテルに近寄ってきた。
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