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変身ヒーローと異世界の戦争 後編
複合戦略魔法の秘密
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ルオリスタの町までは一週間かかる。
それまでの間に俺とキャリーはお互いの情報を交換した。
キャリーは馬を操りながら、俺は馬車の中から身を乗り出して話しかけた。
「それじゃ、俺たちにあの複合戦略魔法を使ってすぐにフレードリヒの調査が入ったのか?」
「そうよ。それで、あの凄惨な現場を見たわ」
「無理に思い出すな。飯がまずくなるだろ」
「ありがとう。気を遣わなくてもいいわ。アキラのお陰で真相がわかってきたから。それよりも怒りの方が大きいわね」
吐くほどのトラウマが払拭されたなら、俺が見てきた情報も役に立ったと言っていいな。
「それで、あの新聞が発行されたってわけか」
「そうよ。でも、変なのよ。私は不当な調査だなんて言っていないし、クラースは伯爵たちに評決なんて取らなかったわ」
「そうだ。そのクラースはどうしているんだ?」
あの男は女王を裏切るようには見えなかったが。
「……あまり言いたくないのだけれど、クラースって魔力が低いのよ。それで、魔法適性も低いから、あまり魔法の勉強をしてこなかったの」
「それは、まあ人それぞれだからそう言うこともあるんだろう? それとも、宰相には魔法が得意じゃないとなれないっていう決まりでもあるのか?」
「いいえ、総合力が問われるわ」
「だったら、魔力が低いことはこの話には関係ないだろ」
「ううん。大きく関係してる。クラースは極端に魔法に弱いの。特に、精神系の魔法には」
「……え? それって、つまり」
「ファルナたち近衛隊が独自に調査してくれたんだけど、アキラたちが王都を出てすぐの頃から様子がおかしかったらしいわ。あの時、私の後押しをしたクラースはすでに敵の手に落ちていたと考えるべきね。だから、ファルナは必死に私を止めようとしてくれたんだけど……」
キャリーも頭に血が上っていたってことか。
「ちょっと待て。俺も魔力なんてないぜ。魔法に対して弱いんじゃないのか?」
「それはわかってるわ。ただ、アキラの場合魔力が低いと言うよりも、魔力そのものがないように見えるのよね。だから、アキラの魔法耐性がよくわからないのよ」
そもそも魔法ってものがどういう原理で使えるものなのかわからない。
この世界の人間なら使えて当たり前なのだろうか。
「精神系の魔法って言うのは? どういう魔法なんだ?」
「闇の神の力で使う魔法よ。相手の心に働きかけることで気力を減らしたり、心の弱みにつけ込んで思い通りにしたり。強い魔法なら相手の記憶だって消してしまうわ。まあ、それくらいの魔法になると使える魔道士は限られるけど。私の知る限り国内にはそこまでの魔法を使える魔道士はいないわ」
「それって、俺が操られたら結構やばいんじゃ」
「……そう思ったから、複合戦略魔法を使ったのよ」
ケルベロスを倒した上級冒険者が魔物と手を組んだ。
キャリーはそう思い込まされたようだが、確かにそれは最悪のシナリオだろうな。
今さらだけど、よく出来た敵の策略だ。
だが、精神系の魔法は厄介だな。
物理的な魔法だったら、ネムスギアで防げるが、心の魔法なんてどうすればいいんだ。
「その精神系の魔法を防ぐ方法は?」
「魔力が高ければ、そもそも効果がないわ。だから、私には意味はない。今ここにいるメンバーだと、ヨミさんもエリーネちゃんも、気付かれないうちに精神魔法に負けちゃうってことはないと思うわ」
「俺は?」
「だから、わからないのよ」
『彰も大丈夫だと思いますよ』
魔法のことでキャリーが答えられないのにAIは断定した。
「ちょっと待っててくれるか」
「何よ、急に」
俺が馬車の中に入ろうとするとキャリーが呼び止めたが、エリーネが間に入った。
「ああ、女王様。アキラって時々妖精さんと話をするんです。あまり気にしないでください」
少し残念そうにエリーネがそう言ったから、余計にキャリーは哀れなものを見るような表情をさせた。
説明してやりたいが、今は無理だ。
この戦いが終わるまでは。
「それで、何を根拠に大丈夫だと言った」
『……何をそんなにイラついているのですか?』
「変な誤解を生んでいるからな」
『それは、私の説明をするのが下手だからではありませんか』
「今はケンカしてる場合じゃないだろ。さっきの話を続けろよ」
『わかりましたが、彰に理解できるかはわかりませんよ』
「いちいち刺々しいな」
『私も魔力というものを感知できるようになったのは、最近ですから。そこからの推測も含まれます。これまで見た魔法のデータから、この世界の魔法は思い描いたことを具現化させるもののようです。その具現化に魔力が必要とされている。そして、精神系の魔法というのは相手の心を操ることを具現化させているわけですよね。だとしたら、彰の心を操ることは絶対に出来ませんよ』
「随分はっきり言い切るな」
『だって……本来、人の心は一つじゃありませんか。ですが、彰の体には彰の心と私の心がある。ナノマシンのAIに組み込まれた心は無数にあります。その全てを制御しようと思い描けるものは存在しないと思います。それこそ、神様でもなければ』
そうか。ネムスギアのAIは群体として意見を集約させて俺に語りかけるから、心が二つあるように見えるが、実際にはナノマシン一つ一つに心がある。
俺でさえ、全てを把握することなんて出来ないのに、他人にできるはずはなかったか。
このことをキャリーに説明するのは、難しいな。
俺が再び馬車から身を乗り出すと、
「妖精さんとのお話は終わったの?」
「ああ」
「それで、何かわかったことがあるのかしら」
「信じるかどうかはわからないが、俺には精神系魔法に強い耐性があるらしい」
「それは安心ね」
「……信じるのか? 根拠を説明していないのに」
「今さら、アキラのことを疑うわけないでしょ」
それもそうか。今の俺たちがそれを確認しあうのはあまりに無意味だった。
「それで、キャリーはその後すぐに王宮を追われたってわけか」
構わず話を続けた。
「いいえ。あの新聞が発行されてすぐ、王国騎士団の天空の団が獅子の団を捕らえたの。その時は天空の団が勝手なことをしたと思ったけど、どうやらルーザスが天空の団をそそのかしたようね」
「どういうことか話が見えてこない。フレードリヒと天空の団ってのはグルだったってことか?」
「いいえ、そうじゃないわ。元々、近接戦闘を得意とする獅子の団と魔法による遠距離戦闘を得意とする天空の団はいがみ合っていたのよ。そこを利用されたのね」
「キャリーは知っていてその王国騎士団の確執を放っておいたのか?」
「あのね、王国騎士団の各部隊長は私よりも年上なのよ。その人たちにもっと仲良くしなさいと私が言って、意味があると思う?」
女王とはいえ、まだ二十歳にもなっていない少女にそんなことを大の男が言われて納得できるわけないか。
そういうのは心の問題だからな。命令で言うことを聞かせても、魔法で洗脳するのと同じような意味にしかならない。
キャリーの考え方じゃ、強攻策は取れないよな。
フレードリヒなら王国の力を結集させるためだと言ってやりそうだが、天空の団を焚き付けて獅子の団を拘束させているというのは意外だった。
「フレードリヒは獅子の団を嫌っていたのか?」
「と言うより、王国騎士団の力を減らしておきたかったんじゃない?」
そうか、現時点では真偽不明だが、フレードリヒは金華国とも戦っている。
国内を押さえ込むための戦力が限られるなら、王国騎士団も上手く使った方が効率的だったと言うことか。
「その後ね。伯爵たちが裏切ったのかも知れない、ってファルナが教えてくれた」
「近衛隊は無事だったのか?」
「今はまだはっきりしていないわね。各地方の貴族たちの調査に向かわせたんだけど、私の方が連絡どころじゃなくなっちゃって。結局、ファルナだけになってしまったのよ」
そこからの説明はもはや不要だった。
ファルナはたった一人でキャリーを信頼できる伯爵に保護してもらったのだ。
「よく脱出できたな」
「ファルナの情報が早かったのよ。天空の団は私を捕らえようと動いていたけど、ルーザスの騎士団はまだ王都にさえ着いていなかったわ。だから、クリームヒルトの町を取り戻したというのは、本当かも知れないわね」
女王を捕らえることだけを考えていたなら、クリームヒルトを放棄して手持ちの戦力を王都に結集させたはず、と言うのがキャリーの推理だった。
俺はキャリーにクリームヒルトを離れた後、ライオーネルの町から王都に向かったことを話した。
「ライオーネルの町から王都を目指したのは、間違いだったわね」
「どういう意味だ? さすがにフレードリヒを出し抜いてクリームヒルトに入ったからそっちを通って王都に戻りたくはなかったんだが」
「それはもちろん、最悪の手よ。でも、ライオーネル伯爵の考え方はルーザスに近い。二人は協力関係にあると見て間違いないわ」
「……そんな情報は俺たちにはなかったんだから、仕方ないだろ」
「エリーネちゃんは、ルオリスタ側から向かおうとは思わなかったの?」
キャリーは馬車の中でくつろいでいたエリーネに突然話しかけた。
「え? あ、はい。その、急いで王都に戻ろうと考えたら、ライオーネル側から行くしかないと」
「ああ、それもそうね。避けられない選択だったのね」
「ルオリスタ側って、今俺たちが向かってる町だよな」
「そう。位置的にはクリームヒルトの西にあるわ。そちら側を迂回しても王都には着く」
そう言うことか、ってことはルオリスタからクリームヒルトにも行けるってことだな。
いろいろ好都合かも知れない。
取り敢えず、俺とキャリーの逃亡生活の間の重要な情報は共有できたと思う。
後は、この目で現場を確認するだけだ。
ルオリスタまでの道中は、クィンタスで食料を買い込んできたお陰で随分快適だった。
ヨミは野生動物をその場で捌いた方が新鮮で美味しいと主張したが、エリーネが拒絶したので、渋々みんなに合わせていた。
休憩を取っている間、俺は一応AIに辺りを警戒させておいたのだが、キャリーはいつもよりくつろいでいる様子だった。
「あのさ、俺たちは一応お尋ね者なんだからもうちょっと気を遣ったりしないのか?」
「……そうね。でも、ちょっと嬉しいのよ」
「嬉しい? こんな状況なのにか?」
「女王なんて祭り上げられていると、王宮から外へ出る機会なんて限られるわ。こんな隅々まで自分の王国を見て回るなんてありえないもの。でも、本来私はそうしたいのよ。王国と王国に住む全ての人々を知りたいのよ」
「そう言えば、フレードリヒにも啖呵を切ってたもんな。あれは、キャリーの思い描く王国の理想像か」
「そうよ。全ての民の幸せが、王国の幸せであるべき。私のお父様も常々そう言っていたわ」
人が複数いる限り、全ての人が同じような幸せを得るのは難しい。
でも、理想なんだからそう思ってもいいと思った。
俺はデモンを倒した後の理想を描いていなかった。
奴らを全て倒せば平和になって妹の未来と静かに生きていけるのだと漠然とそう思っていた。
一番大切なことを忘れていたのかも知れない。
「夢、か」
「……アキラ、ごめんね」
「は? もう複合戦略魔法のことは謝っただろ。同じことで何度も恨み言を言う気はないぜ」
「そうじゃないわ。あなたの妹さんのことよ。こんなことになって、捜索どころじゃなくなってしまったわ」
まあ、そのためにも早く内乱も戦争も終結させる必要があるわけだが。
「国を取り戻して金華国との戦争が終われば捜索は再開できるんだろ。なら、問題はない。それよりも、重要なことを思い出した」
「重要なこと?」
「複合戦略魔法って、もう使えるのか?」
「……まさか、ルーザスをあれで倒したいの?」
「その前に、キャリーはあの魔法を使ったとき城にいたんだよな」
「え、ええ」
「ってことはあの魔法、あんな遠距離から正確に町を狙って攻撃できるのか?」
もしそうだとしたら、とてつもない武器になる。
あの破壊力だ。フレードリヒに味方している伯爵連中や騎士団に対する抑止力になる。
戦略兵器って言うのは、むしろそういう使い方をするものだからな。
「複合戦略魔法は使えるわ。ただ……今は私の目の届く範囲でしか使えないのよ」
「それじゃ、普通の魔法と変わらないじゃねーか。どうしてあの時はあんな遠距離から正確に撃てたんだよ」
「そんなの、秘密に決まってるでしょ。そもそも複合戦略魔法自体、王家の直系だけが受け継ぐ秘伝の魔法なんだから」
その割に複合戦略魔法の存在そのものが隠されていないのは、恐らくその魔法を作ったキャリーの先祖が抑止力の意味を正しく理解していたんだろう。
今の俺たちにとっても切り札になり得る。
超遠距離からでも撃つための方法を模索しておくべきじゃないのか。
「遠距離から狙うには、何か必要なものがあるのか?」
「さ、さあ? 秘密だって言ったわ」
少し動揺している。俺の推理が近づいてる証拠だが、女王がそんな簡単に揺さぶられるなと言ってやりたい。
まあ、今は城を離れてるし、置かれている状況的に女王として取り繕う余裕がないんだろう。
リラックスしているようにも見えるが。
「あるいは、場所か? それとも、魔力に関係しているのか?」
「あのねえ、何を言っても無駄よ。こんなことに時間をかけるくらいなら、休憩は終わりにするわよ」
強気を取り戻した。
多分、今の推理は核心から離れたんだろうな。
ってことは、何か道具が必要なのかも知れない。
「なあ、エリーネ。魔法を使うのに道具とかって必要だったりするのか?」
ヨミと何やら話をしていたエリーネに聞く。
「魔法に、道具? あのねえ、そんなの魔法水晶を見てきたでしょ」
呆れられてしまったが確かにそうだ。
魔法に道具という組み合わせはある。
「キャリー、その道具があれば遠距離から狙い撃てるんだな」
「ノ、ノーコメントよ」
「それは正解だと言っていることと同じだとも思うんだが」
「……やけに複合戦略魔法にこだわるわね」
「そりゃそうだろう。あの魔法が遠距離から撃てるのなら、たった四人でも十分勝算があると思わないか」
「……そうね。そもそも、戦局を大きく左右するからこその複合戦略魔法だからね」
「だったら、俺たちにくらい教えてくれてもいいだろ」
「はあ……仕方ないわね。でも、絶対に秘密よ」
もっと強く拒絶されるかとも思ったが、意外にも明かしてくれた。
「遙か昔から城の最上階には一枚の地図があるの。それはこのアイレーリス全土を記した地図なんだけど、あのエルフが作った地図だとされているわ」
「エルフって、あの耳の長い? この世界にもいるのか?」
「アキラって本当に歴史を知らないのね。エルフはすでに滅びてしまったわ。ただ、彼らの作った道具は各地に残っているらしいけど。その内の一つがアイレーリスの地図」
「その地図があの遠距離魔法と関係があるってことか」
「エルフの地図の指定した場所に正確に魔法を撃つことが出来るのよ。でも、地図は城の壁に魔法で取りつけられていて外すことはできないから持ち運びは不可能。それに、アイレーリス国内しか記されていないから、他国に対しては同じように魔法を使うことは出来ないわ」
意外と不便だな。
金華国との戦争では防衛戦にしか使えない。
おまけに、その地図がどれだけ細かいのかわからないが、ピンポイントで人間一人だけを狙い撃ちすることも不可能だろうな。
城に戻らなきゃ使えないなら、フレードリヒが相手でも使えないってことか。
先に城を取り戻そうと動けば、さすがにフレードリヒが邪魔をしてくるだろうし。
「わかった。ありがとう。でも、確かに今回の作戦じゃ使えそうにないな」
「でしょ? 私はそれよりもアキラの不思議な能力について教えてもらいたいわね。本当にフレードリヒたちを一人で相手に出来るほどなのか」
「ルオリスタやクリームヒルトの状況によっては、すぐに見せることになると思うぞ」
「そうね。じゃあ、出発しましょうか」
キャリーがそう言って馬に乗ると、ヨミもエリーネとの話を切り上げて馬に乗った。
俺たちはさらに南下する。
すると、段々道の周りが森に囲まれてきた。
それまでの間に俺とキャリーはお互いの情報を交換した。
キャリーは馬を操りながら、俺は馬車の中から身を乗り出して話しかけた。
「それじゃ、俺たちにあの複合戦略魔法を使ってすぐにフレードリヒの調査が入ったのか?」
「そうよ。それで、あの凄惨な現場を見たわ」
「無理に思い出すな。飯がまずくなるだろ」
「ありがとう。気を遣わなくてもいいわ。アキラのお陰で真相がわかってきたから。それよりも怒りの方が大きいわね」
吐くほどのトラウマが払拭されたなら、俺が見てきた情報も役に立ったと言っていいな。
「それで、あの新聞が発行されたってわけか」
「そうよ。でも、変なのよ。私は不当な調査だなんて言っていないし、クラースは伯爵たちに評決なんて取らなかったわ」
「そうだ。そのクラースはどうしているんだ?」
あの男は女王を裏切るようには見えなかったが。
「……あまり言いたくないのだけれど、クラースって魔力が低いのよ。それで、魔法適性も低いから、あまり魔法の勉強をしてこなかったの」
「それは、まあ人それぞれだからそう言うこともあるんだろう? それとも、宰相には魔法が得意じゃないとなれないっていう決まりでもあるのか?」
「いいえ、総合力が問われるわ」
「だったら、魔力が低いことはこの話には関係ないだろ」
「ううん。大きく関係してる。クラースは極端に魔法に弱いの。特に、精神系の魔法には」
「……え? それって、つまり」
「ファルナたち近衛隊が独自に調査してくれたんだけど、アキラたちが王都を出てすぐの頃から様子がおかしかったらしいわ。あの時、私の後押しをしたクラースはすでに敵の手に落ちていたと考えるべきね。だから、ファルナは必死に私を止めようとしてくれたんだけど……」
キャリーも頭に血が上っていたってことか。
「ちょっと待て。俺も魔力なんてないぜ。魔法に対して弱いんじゃないのか?」
「それはわかってるわ。ただ、アキラの場合魔力が低いと言うよりも、魔力そのものがないように見えるのよね。だから、アキラの魔法耐性がよくわからないのよ」
そもそも魔法ってものがどういう原理で使えるものなのかわからない。
この世界の人間なら使えて当たり前なのだろうか。
「精神系の魔法って言うのは? どういう魔法なんだ?」
「闇の神の力で使う魔法よ。相手の心に働きかけることで気力を減らしたり、心の弱みにつけ込んで思い通りにしたり。強い魔法なら相手の記憶だって消してしまうわ。まあ、それくらいの魔法になると使える魔道士は限られるけど。私の知る限り国内にはそこまでの魔法を使える魔道士はいないわ」
「それって、俺が操られたら結構やばいんじゃ」
「……そう思ったから、複合戦略魔法を使ったのよ」
ケルベロスを倒した上級冒険者が魔物と手を組んだ。
キャリーはそう思い込まされたようだが、確かにそれは最悪のシナリオだろうな。
今さらだけど、よく出来た敵の策略だ。
だが、精神系の魔法は厄介だな。
物理的な魔法だったら、ネムスギアで防げるが、心の魔法なんてどうすればいいんだ。
「その精神系の魔法を防ぐ方法は?」
「魔力が高ければ、そもそも効果がないわ。だから、私には意味はない。今ここにいるメンバーだと、ヨミさんもエリーネちゃんも、気付かれないうちに精神魔法に負けちゃうってことはないと思うわ」
「俺は?」
「だから、わからないのよ」
『彰も大丈夫だと思いますよ』
魔法のことでキャリーが答えられないのにAIは断定した。
「ちょっと待っててくれるか」
「何よ、急に」
俺が馬車の中に入ろうとするとキャリーが呼び止めたが、エリーネが間に入った。
「ああ、女王様。アキラって時々妖精さんと話をするんです。あまり気にしないでください」
少し残念そうにエリーネがそう言ったから、余計にキャリーは哀れなものを見るような表情をさせた。
説明してやりたいが、今は無理だ。
この戦いが終わるまでは。
「それで、何を根拠に大丈夫だと言った」
『……何をそんなにイラついているのですか?』
「変な誤解を生んでいるからな」
『それは、私の説明をするのが下手だからではありませんか』
「今はケンカしてる場合じゃないだろ。さっきの話を続けろよ」
『わかりましたが、彰に理解できるかはわかりませんよ』
「いちいち刺々しいな」
『私も魔力というものを感知できるようになったのは、最近ですから。そこからの推測も含まれます。これまで見た魔法のデータから、この世界の魔法は思い描いたことを具現化させるもののようです。その具現化に魔力が必要とされている。そして、精神系の魔法というのは相手の心を操ることを具現化させているわけですよね。だとしたら、彰の心を操ることは絶対に出来ませんよ』
「随分はっきり言い切るな」
『だって……本来、人の心は一つじゃありませんか。ですが、彰の体には彰の心と私の心がある。ナノマシンのAIに組み込まれた心は無数にあります。その全てを制御しようと思い描けるものは存在しないと思います。それこそ、神様でもなければ』
そうか。ネムスギアのAIは群体として意見を集約させて俺に語りかけるから、心が二つあるように見えるが、実際にはナノマシン一つ一つに心がある。
俺でさえ、全てを把握することなんて出来ないのに、他人にできるはずはなかったか。
このことをキャリーに説明するのは、難しいな。
俺が再び馬車から身を乗り出すと、
「妖精さんとのお話は終わったの?」
「ああ」
「それで、何かわかったことがあるのかしら」
「信じるかどうかはわからないが、俺には精神系魔法に強い耐性があるらしい」
「それは安心ね」
「……信じるのか? 根拠を説明していないのに」
「今さら、アキラのことを疑うわけないでしょ」
それもそうか。今の俺たちがそれを確認しあうのはあまりに無意味だった。
「それで、キャリーはその後すぐに王宮を追われたってわけか」
構わず話を続けた。
「いいえ。あの新聞が発行されてすぐ、王国騎士団の天空の団が獅子の団を捕らえたの。その時は天空の団が勝手なことをしたと思ったけど、どうやらルーザスが天空の団をそそのかしたようね」
「どういうことか話が見えてこない。フレードリヒと天空の団ってのはグルだったってことか?」
「いいえ、そうじゃないわ。元々、近接戦闘を得意とする獅子の団と魔法による遠距離戦闘を得意とする天空の団はいがみ合っていたのよ。そこを利用されたのね」
「キャリーは知っていてその王国騎士団の確執を放っておいたのか?」
「あのね、王国騎士団の各部隊長は私よりも年上なのよ。その人たちにもっと仲良くしなさいと私が言って、意味があると思う?」
女王とはいえ、まだ二十歳にもなっていない少女にそんなことを大の男が言われて納得できるわけないか。
そういうのは心の問題だからな。命令で言うことを聞かせても、魔法で洗脳するのと同じような意味にしかならない。
キャリーの考え方じゃ、強攻策は取れないよな。
フレードリヒなら王国の力を結集させるためだと言ってやりそうだが、天空の団を焚き付けて獅子の団を拘束させているというのは意外だった。
「フレードリヒは獅子の団を嫌っていたのか?」
「と言うより、王国騎士団の力を減らしておきたかったんじゃない?」
そうか、現時点では真偽不明だが、フレードリヒは金華国とも戦っている。
国内を押さえ込むための戦力が限られるなら、王国騎士団も上手く使った方が効率的だったと言うことか。
「その後ね。伯爵たちが裏切ったのかも知れない、ってファルナが教えてくれた」
「近衛隊は無事だったのか?」
「今はまだはっきりしていないわね。各地方の貴族たちの調査に向かわせたんだけど、私の方が連絡どころじゃなくなっちゃって。結局、ファルナだけになってしまったのよ」
そこからの説明はもはや不要だった。
ファルナはたった一人でキャリーを信頼できる伯爵に保護してもらったのだ。
「よく脱出できたな」
「ファルナの情報が早かったのよ。天空の団は私を捕らえようと動いていたけど、ルーザスの騎士団はまだ王都にさえ着いていなかったわ。だから、クリームヒルトの町を取り戻したというのは、本当かも知れないわね」
女王を捕らえることだけを考えていたなら、クリームヒルトを放棄して手持ちの戦力を王都に結集させたはず、と言うのがキャリーの推理だった。
俺はキャリーにクリームヒルトを離れた後、ライオーネルの町から王都に向かったことを話した。
「ライオーネルの町から王都を目指したのは、間違いだったわね」
「どういう意味だ? さすがにフレードリヒを出し抜いてクリームヒルトに入ったからそっちを通って王都に戻りたくはなかったんだが」
「それはもちろん、最悪の手よ。でも、ライオーネル伯爵の考え方はルーザスに近い。二人は協力関係にあると見て間違いないわ」
「……そんな情報は俺たちにはなかったんだから、仕方ないだろ」
「エリーネちゃんは、ルオリスタ側から向かおうとは思わなかったの?」
キャリーは馬車の中でくつろいでいたエリーネに突然話しかけた。
「え? あ、はい。その、急いで王都に戻ろうと考えたら、ライオーネル側から行くしかないと」
「ああ、それもそうね。避けられない選択だったのね」
「ルオリスタ側って、今俺たちが向かってる町だよな」
「そう。位置的にはクリームヒルトの西にあるわ。そちら側を迂回しても王都には着く」
そう言うことか、ってことはルオリスタからクリームヒルトにも行けるってことだな。
いろいろ好都合かも知れない。
取り敢えず、俺とキャリーの逃亡生活の間の重要な情報は共有できたと思う。
後は、この目で現場を確認するだけだ。
ルオリスタまでの道中は、クィンタスで食料を買い込んできたお陰で随分快適だった。
ヨミは野生動物をその場で捌いた方が新鮮で美味しいと主張したが、エリーネが拒絶したので、渋々みんなに合わせていた。
休憩を取っている間、俺は一応AIに辺りを警戒させておいたのだが、キャリーはいつもよりくつろいでいる様子だった。
「あのさ、俺たちは一応お尋ね者なんだからもうちょっと気を遣ったりしないのか?」
「……そうね。でも、ちょっと嬉しいのよ」
「嬉しい? こんな状況なのにか?」
「女王なんて祭り上げられていると、王宮から外へ出る機会なんて限られるわ。こんな隅々まで自分の王国を見て回るなんてありえないもの。でも、本来私はそうしたいのよ。王国と王国に住む全ての人々を知りたいのよ」
「そう言えば、フレードリヒにも啖呵を切ってたもんな。あれは、キャリーの思い描く王国の理想像か」
「そうよ。全ての民の幸せが、王国の幸せであるべき。私のお父様も常々そう言っていたわ」
人が複数いる限り、全ての人が同じような幸せを得るのは難しい。
でも、理想なんだからそう思ってもいいと思った。
俺はデモンを倒した後の理想を描いていなかった。
奴らを全て倒せば平和になって妹の未来と静かに生きていけるのだと漠然とそう思っていた。
一番大切なことを忘れていたのかも知れない。
「夢、か」
「……アキラ、ごめんね」
「は? もう複合戦略魔法のことは謝っただろ。同じことで何度も恨み言を言う気はないぜ」
「そうじゃないわ。あなたの妹さんのことよ。こんなことになって、捜索どころじゃなくなってしまったわ」
まあ、そのためにも早く内乱も戦争も終結させる必要があるわけだが。
「国を取り戻して金華国との戦争が終われば捜索は再開できるんだろ。なら、問題はない。それよりも、重要なことを思い出した」
「重要なこと?」
「複合戦略魔法って、もう使えるのか?」
「……まさか、ルーザスをあれで倒したいの?」
「その前に、キャリーはあの魔法を使ったとき城にいたんだよな」
「え、ええ」
「ってことはあの魔法、あんな遠距離から正確に町を狙って攻撃できるのか?」
もしそうだとしたら、とてつもない武器になる。
あの破壊力だ。フレードリヒに味方している伯爵連中や騎士団に対する抑止力になる。
戦略兵器って言うのは、むしろそういう使い方をするものだからな。
「複合戦略魔法は使えるわ。ただ……今は私の目の届く範囲でしか使えないのよ」
「それじゃ、普通の魔法と変わらないじゃねーか。どうしてあの時はあんな遠距離から正確に撃てたんだよ」
「そんなの、秘密に決まってるでしょ。そもそも複合戦略魔法自体、王家の直系だけが受け継ぐ秘伝の魔法なんだから」
その割に複合戦略魔法の存在そのものが隠されていないのは、恐らくその魔法を作ったキャリーの先祖が抑止力の意味を正しく理解していたんだろう。
今の俺たちにとっても切り札になり得る。
超遠距離からでも撃つための方法を模索しておくべきじゃないのか。
「遠距離から狙うには、何か必要なものがあるのか?」
「さ、さあ? 秘密だって言ったわ」
少し動揺している。俺の推理が近づいてる証拠だが、女王がそんな簡単に揺さぶられるなと言ってやりたい。
まあ、今は城を離れてるし、置かれている状況的に女王として取り繕う余裕がないんだろう。
リラックスしているようにも見えるが。
「あるいは、場所か? それとも、魔力に関係しているのか?」
「あのねえ、何を言っても無駄よ。こんなことに時間をかけるくらいなら、休憩は終わりにするわよ」
強気を取り戻した。
多分、今の推理は核心から離れたんだろうな。
ってことは、何か道具が必要なのかも知れない。
「なあ、エリーネ。魔法を使うのに道具とかって必要だったりするのか?」
ヨミと何やら話をしていたエリーネに聞く。
「魔法に、道具? あのねえ、そんなの魔法水晶を見てきたでしょ」
呆れられてしまったが確かにそうだ。
魔法に道具という組み合わせはある。
「キャリー、その道具があれば遠距離から狙い撃てるんだな」
「ノ、ノーコメントよ」
「それは正解だと言っていることと同じだとも思うんだが」
「……やけに複合戦略魔法にこだわるわね」
「そりゃそうだろう。あの魔法が遠距離から撃てるのなら、たった四人でも十分勝算があると思わないか」
「……そうね。そもそも、戦局を大きく左右するからこその複合戦略魔法だからね」
「だったら、俺たちにくらい教えてくれてもいいだろ」
「はあ……仕方ないわね。でも、絶対に秘密よ」
もっと強く拒絶されるかとも思ったが、意外にも明かしてくれた。
「遙か昔から城の最上階には一枚の地図があるの。それはこのアイレーリス全土を記した地図なんだけど、あのエルフが作った地図だとされているわ」
「エルフって、あの耳の長い? この世界にもいるのか?」
「アキラって本当に歴史を知らないのね。エルフはすでに滅びてしまったわ。ただ、彼らの作った道具は各地に残っているらしいけど。その内の一つがアイレーリスの地図」
「その地図があの遠距離魔法と関係があるってことか」
「エルフの地図の指定した場所に正確に魔法を撃つことが出来るのよ。でも、地図は城の壁に魔法で取りつけられていて外すことはできないから持ち運びは不可能。それに、アイレーリス国内しか記されていないから、他国に対しては同じように魔法を使うことは出来ないわ」
意外と不便だな。
金華国との戦争では防衛戦にしか使えない。
おまけに、その地図がどれだけ細かいのかわからないが、ピンポイントで人間一人だけを狙い撃ちすることも不可能だろうな。
城に戻らなきゃ使えないなら、フレードリヒが相手でも使えないってことか。
先に城を取り戻そうと動けば、さすがにフレードリヒが邪魔をしてくるだろうし。
「わかった。ありがとう。でも、確かに今回の作戦じゃ使えそうにないな」
「でしょ? 私はそれよりもアキラの不思議な能力について教えてもらいたいわね。本当にフレードリヒたちを一人で相手に出来るほどなのか」
「ルオリスタやクリームヒルトの状況によっては、すぐに見せることになると思うぞ」
「そうね。じゃあ、出発しましょうか」
キャリーがそう言って馬に乗ると、ヨミもエリーネとの話を切り上げて馬に乗った。
俺たちはさらに南下する。
すると、段々道の周りが森に囲まれてきた。
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三好家は一家揃って全滅し、そして一家揃って異世界転生を果たしていた。
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辺境も辺境、水一滴手に入れるのも大変なマクネイア男爵家生まれた待望の男子には、誰にも言えない秘密があった。それは前世の記憶がある事だった。姉四人に続いてようやく生まれた嫡男フェルディナンドは、この世界の常識だった『魔法の才能は遺伝しない』を覆す存在だった。だが、五〇年戦争で大活躍したマクネイア男爵インマヌエルは、敵対していた旧教徒から怨敵扱いされ、味方だった新教徒達からも畏れられ、炎竜が砂漠にしてしまったと言う伝説がある地に押し込められたいた。そんな父親達を救うべく、前世の知識と魔法を駆使するのだった。
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