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娘の来訪〈参〉
しおりを挟む「政五郎は……そのう……いかにも武家の男らしき面相にてござってな。そなたが『幼き頃より心を寄せて』ござった松波の多聞様のごとき『浮世絵与力』とは、とうてい似ても似つかぬが——構わぬのか」
きりりと精悍な面立ちで、頭は粋な本多髷の松波 多聞は、巷では勝手に浮世絵にされるほどの鯔背な男だった。
御用と書かれた提燈を背景に、右手に持った手綱で暴れ馬を難なく操りながら、左手に持った朱房の十手で部下の同心たちを操り、悪党に向かって不敵に微笑む多聞を模した「此れぞ、天晴れ大江戸の与力」と云う惚れ惚れするほど勇ましい姿の絵が、江戸のおなごたちを夢心地にさせ、飛ぶように売れていた。
ひるがえって与岐の甥である本田 政五郎は、頭こそ当世流行の本多髷であったが、その面相は与岐の父や兄——つまり祖父や父そっくりの無骨な「鬼瓦」であった。
ゆえに顔立ちだけで見比べると、多聞の方が奉行所で一日中文机に向かっての「綺麗な」御役目で、政五郎の方が町家連中のいざこざを聞くや否や駆けつけて睨みを利かせつつ仲裁する「泥臭い」御役目だ。
「何をお云いかと思えば……母上、千賀は武家の女にてござりまするぞ」
千賀はつんと顎を上げた。与岐の目には姑に生き写しに見えた。
「御家同士の結びつきでひとたび祝言を挙げたからには、旦那様には一生お仕えせねばならぬと肝に銘じておりまする。見目かたちにて選り好みなぞ、はしたなき真似はいたしませぬ」
武家の縁組は「御家同士の結びつき」以外の何物でもない。惚れた腫れたで夫婦になれる町家の者のようにはいかぬゆえ、縁談相手の顔の造作によって一喜一憂するのは「大変無礼で、はしたなきこと」と、親から武家の子女たちは口を酸っぱくして育てられている。
「……思わぬ刻を過ごしてござったゆえ、そろそろお暇いたしまする。母上、本田様の方へ何卒よろしくお口添えくださりませ」
千賀は一方的に告げると、畳からすっと立ち上がり打掛の長い裾を翻した。
それまで気配をいっさい殺して後ろに控えていた女中と中間もまた立ち上がる。
——物心もつかぬうちに置いて出てしまい、千賀には母として何もできなんだ。今からでも、この子のためにできることがあるならば……
さように思いながら、与岐は娘の背を見送った。
与岐はそれまで決して帰ることのなかった八丁堀の実家に幾度となく出向き、兄を説得した。
案の定、兄は渋った。されども、与岐が離縁して直ちに八丁堀の組屋敷を出て小伝馬町へ移り住んだのはやはり外聞の悪しきことで、その所為もあってか政五郎にはなかなか縁談が来なかった。
本田家が背に腹はかえられぬのは、明らかであった。
「兄上、政五郎とわたくしの娘の千賀との縁組が整いさえすれば、我が本田と進藤の御家との長年続いたわだかまりが解け、双方丸く収まりまする。
さらに、組屋敷の他家にも面目が立ち、以前のごときお付き合いがまた戻ってくることでござりましょう」
「わかってござる。某もわかっておるのじゃ。されど——せめて、芙美であらば……」
兄はあまりの無念に思わずぽつりと独りごちた。千賀の「評判」は南町の組屋敷じゅうに通っていた。
さりとて、与岐は聞こえぬふりをした。与岐とて、実は上の娘の千賀を松波に嫁がせたのちに下の娘である芙美を政五郎に娶らせる心算をしていたのだが……
与岐は兄にはいっさい話さず、そっと胸の裡に秘めた。
その年のうちに善き日を選んで、本田 政五郎と千賀は祝言を挙げて夫婦になった。
゜゚・*:.。. .。.:*・゜゚・*:.。. .。.:*・゜゚
与岐はその日、気疲れした重い足取りで我が仕舞屋へ帰ってきた。
またもや亭主から去り状が取れぬとある女房が公事宿に駆け込んできたゆえ、与岐に来てほしいと呼び出されたのだ。
——相手が相手だけに……さて、どうなるものやら……
与岐は思いを巡らせながら勝手口の方へ回った。
すると、裏木戸の陰に年若いおなごがぽつんと一人で立っていた。
「……母上」
離縁の際に婚家に置いてきた二人の娘のうち、妹の芙美であった。
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